女子大生:「一回ヤったくらいで彼女面しないでよね」とか言っちゃうツンデレデレ女vs(ふーんそういうもんか)と言葉通り受け取っちゃうダウナー女
同い年の友人が一人いる。
ウン年来の〜ってわけじゃないけども、同じ大学同じ学部の、まあぼちぼち二年以上は続いてる間柄。わたしとしてはわりと馬が合う気がしてるんだけど、向こうはいつも仏頂面で「なんとなく一緒にいるだけ」とか言う。そのわりには、宅飲みに誘って断られたことはない。
そいつ──まりは実家住みだから、飲むのはもっぱらわたしが住んでるワンルーム。壁は……まあ厚くはないので、控えめに騒ぐ感じで。わたしもまりもそんなバカでかい声を出すほうじゃないから、今のところ苦情とかはとくに来ていない。
意識の低い大学生を自負するわたしたちが飲むのはもっぱら安くて酔えるやつ。つまみはスーパーで10%引きとかになってる惣菜。半額まで待って争奪戦するのもめんどいし。
ともかくそういう、若さでカバーできるくらいの非・丁寧な暮らし感が、わたしとまりはぴったり合致していて。だからあいつのほうも、ツンケンしつつも仲良くやってくれてるんだと思う。
そういう友人関係。
昨日まではそうだった。昨夜までは、そういう関係だった。
きっかけはなんだったか……あー、そう、そう。かき揚げ。二枚で228円から10%引きのやつ。子供のころはもっと安かった気がするけど、どうだっけ。
まあともかく、スーパーで買ったそいつを貪り食ってたら二人とも油で唇がテッカテカになっちゃって、「めっちゃ気合い入れてグロス塗ったみたいじゃんぎゃははww」みたいなノリからなんかキスまでいって、その後はもう流れでぬちゅぬちゅくちゅくちゅあはんうふんみたいな。いやあはんうふんっていうか「ぅ゙っ……♡」「ん、ぉ゙っ……♡」って感じだったけど。主にまりが。
つまりセックスしたって話。
少なくとも、最中に左右の住人から壁ドンされたりとかはなかった。
お互いこういうのとは縁遠い人生だったもんだから、いざもう引き返せないラインに指が触れたその瞬間こそ、ちょっとの不安もあったけど。ヤってみれば案外手痛い失敗とかもなく、むしろ結構盛り上がった。
女同士、つまり女体については自分の体で最低限知っているわけで。それに加えて酔いとテンション任せに普段一人で発散するときにどうしてるかとか、どこをどうするとキくとかもお互いベラベラ喋っちゃったもんだから、その上で、人生で初めての他人にシたりシてもらったりな興奮も合わさってのものだったから。
まあ、ようするに気持ちよかったってこと。わたしも、反応を見る限りまりも。
つまり行為そのものは、一夜のまぐわいそれ自体は大成功テッテレーって感じだったわけだ。
「…………」
「…………」
なので今──一夜明けた朝、というかもう昼前、わたしが考えているのはこれからについて。これからの、わたしとまりについて。
流石に一発ヤっちゃったからには、元の友人同士とはいかない気がしてるんだけど、どうだろうか。
「…………」
「…………」
まりは午後から一コマだけ講義があるってことで(学科の必修らしい)、無言で身支度をしている。いつも以上に言葉少なな仏頂面。朝食代わりに出したインスタントのアサリ汁も、いつも以上に静かに飲んでいた。
そんなまりにならってわたしも静かに二日酔いと戦っていたわけだから、目を覚ましてからのわたしたちの会話は「……おはよ」「……ん」だけだった。ヤってる最中も酒飲んだり飲ませたりしてたからね、そりゃ二日酔いにもなりますわな、お互い。
「…………」
「…………」
そろそろまりも大学向かわなきゃって時間になっても、わたしたちは無言のまま。
だけどこれが不思議なもんで、気まずいっちゃ気まずいんだけど、少なくともわたしの中に深刻さなんかはない。ただ疑問があるだけ。わたしとまりは、どういう関係になったんだろうかっていう。
「…………」
「…………」
それを今、ぱぱっと聞いて確かめるべきか。それとも少し時間を置くべきか。そこにわたしは悩んでいる。で、ぐるぐる……っていうほど重たくはないけどとにかく考え込んでいるうちに、いよいよまりがウチを出るタイミングが来ちゃったってわけだ。今。
「…………」
なんかのおまけで貰ったらしいよく分からんロゴの入ったトートバッグを肩にかけたまりが、やっぱり無言で玄関のほうへと向かっていく。いつものくせで、座椅子に座ったまま首の向きだけでそれを追ってしまう。
「…………」
「あー……」
「…………」
「…………いってらー?」
とりあえず適当に手を振ってみる。少なくとも今はもう時間切れだろうと、そう考えながら。少し遠くにあるまりの目ん玉が一瞬だけわたしの指先を追って、それから体ごとふいっと逸らされた。スニーカーのかかとを引っ張る背中が見える。飲んだ次の朝(昼)が輪をかけて素っ気ないのは、いつも通りといえばいつも通り。
いやまあいつもの「ウザしね」は飛んできてないけど、それはわたしが「酒くせぇ息吐きながら必修受けにいくとか流石っすねパイセンw」とか言わなかったからだろう。
「……、っ」
そんなことを考えたまさにその瞬間に、もう出ていくんだろうと思っていたまりが振り向いた。上半身だけを捻って、わたしの名前を呼んできた。
「…………言っとくけど、めい」
「なん」
「一回ヤったくらいで彼女面とかはしないでよね」
すんげー睨んできやがる。なんかこう、今にも「くっ、殺せ……!」とか言い出しそうな眼力。ただでさえ、なんもしてなくても目つきが悪いってのに。
「眼光鋭すぎてウケる。ビームでも出したいの?」
「ウザしね」
結局それも言うのか……って煽ろうか悩んだ一瞬のうちに、まりはドアを開けて出ていってしまった。ちょっと開いて隙間から体を押し出すみたいな、かしこめの猫みたいな挙動で。開くガチャンと閉まるガチャンの間隔もえらく短かった。
足音もすぐに聞こえなくなる。
より一層静かになった部屋の中で、まりの言葉を反芻する。
一回ヤったくらいで彼女面とかはしないでよね。
「ふーん。そういうもんか」
つい独り言が出てしまった。
一般的にそういうもんかどうかは知らないけど、少なくともまり的にはそういうもんらしい。
となるとわたしたちの関係は今まで通り、友人同士というわけだ。
まあそれはそれで良いんじゃないかなとか思いつつ、わたしはスマホをいじり始めた。
◆ ◆ ◆
その後もなんやかんやと低意識キャンパスライフを送っているうちに、気付けばまりとヤった日から一週間近くが過ぎていた。
まりとの宅飲みはだいたい週一か二かってくらいで、いつもならそろそろまたわたしのほうから誘う頃合いではある。
……のだけど。
「…………」
「…………」
ここ数日ほど、妙にまりの機嫌が悪い。ガチでキレてるわけじゃないけど、なぁんかほんのり不満そう。いやまあいつも無愛想なのはそうなんだけど、それとはまた違うベクトルでね?
わたしとまりは学部は同じだけど学科は違うから、受けてる講義も同じだったりそうじゃなかったり。同じ講義のときは並んで席につくのがいつもの流れだし、つい今だって午後の講義を二コマ連続で一緒に受けた。
どっちも今日の講義はこれで終わりだから、席を立つのもまあゆっくり。まりはノパソを、わたしはルーズリーフをのそのそと片付けながら、しかしとくに会話はなし。
「…………」
「…………」
講義中にも、そして今もまりの変調の理由を考えてはいるんだけども。
思い返せば前段階として、なんか若干そわそわしてる日が二、三日あったような気もする。前の宅飲み明けから数えてそれくらい。
なんかこー……そう、声かけたら一瞬肩が跳ねたり。逆に向こうから声かけてくるときには、最初の一音だけ上擦ってたり。隣りに座るときにも、なぁんかこう、妙に距離を気にしていたり。意識してみると結構覚えているもんだな、わたしも。
とはいえわたしとしては、本人に言われた通りこれまでと同じように接していたつもりなんだけど。そうすると段々、そわそわが落ち着くのと引き換えにへそが曲がり始めたという感じ。なんでだ。
「…………」
「…………」
なんて考えているうちに荷物もまとめ終わって、席を立って。二人並んで結構広い講堂をあとにする。廊下の人気と喧騒はほどほど。窓からは西日がじんわり差し込んできてたけど、階段を下りるときにはそれも届かなくなった。
三階から二階へ。
「…………」
「…………」
二階から一階へ。
「………………あん、た……さぁ」
その途中の踊り場で、まりがぽつりと声を漏らした。
足が止まっていたので、一応は合わせて立ち止まってやる。日光も届かなければ電灯もついていない(節電だとさ)薄暗い空間で、頭だけでまりのほうを向く。
「なん」
「……なんでそんないつも通りなのよ」
「いや、なんでって言われてもね」
質問の意図が分からない。
なので首を傾げて肩もすくめて、なに言ってんのかワカリマセーンとアピールしてみる。
「仮にもセ……」
そうするとまりは一度、変なところで声を区切った。上を見て下を見て、ほかに誰もいないのを確かめてから、さらに小さな声量で再開。
「……セックスした間柄なんだからさ、もっとこう……なんかないわけ?」
「…………」
「…………」
「……え、いや、そっちが彼女面とかすんなよって言ったんじゃん」
自分で言ったことも忘れたんかこいつ。
え、しかもなんかこっちが悪いみたいな感じで睨んできてんだけど。マジでなに。
「そっ、れは……そうだけど。でもほら、あるでしょこう」
「なにがさ?」
「なにってか、いや、くっ、ほ、とにかくもうちょい……っ、なんかあるでしょうがっ」
「いや知らんよ。もっと分かりやすく頼む」
「ぐ、くっ……!」
ぐぬぐぬ呻きだしたけど、こっちとしてはほんっとに意味が分からない。どういうこと? 彼女面すんなってつまりいつも通りでいろってことじゃないの?
「……あ、なに? もしかして “面”じゃなくてほんとに彼女とかそういう話? わたしら実は付き合ってる?」
「んっ、な、わけないでしょっ」
「じゃあやっぱ今まで通りじゃん」
「だっから、そう、それはっ、そういうのともまた違うでしょうが」
「えぇー……」
め、めんどくせぇぇぇ……
彼女面するなとか睨んできたくせに、いつも通りでいたらそれはそれで文句言ってくるとか。
なにが言いたいのかほんとに分からん。まり、一回ヤるとこんな感じになるのか……
「…………」
あーもう結局また黙り込んじゃった。しかもなんか、え、こいつちょっと泣きそうになってない? 目つきは最悪なままだけど。涙目で睨んできてやがる。えーなんかわたしが悪いみたいじゃん。泣きそうな成人女性の宥め方なんて知らんよわたしは。
「…………っ」
「あ、ちょ」
気まずー……とか思ってるうちに、まりのほうから階段を下り始めてしまった。わたしも慌ててあとに続いて、すぐに横に並ぶ。走って逃げ出すとか大声で泣きわめくとかじゃないから、そんな本気で厄介な感じではないけど。というかむしろ、さっきより距離近くなってない? 無言でこっち側に重心傾けてきてない?
体が触れ合うほどではないけど、友達同士にしては結構近いなくらいの距離感で、まりはわたしの隣にいる。お互い無言のまま講義棟も出て、なんか適当に木とか草とか生やしてる感じの屋外を進んで。謎にあるちょっと汚い池の横とかも歩く。なんとなく視線を落としたら、バカでかいアメザリが我が物顔で水中に佇んでいた。
……海老天とか食べたくなってきたな。
階段以降だんまりなまりをそれとなくうかがう。目はやっぱり、まだちょっと赤かった。
まーーぁ、見た感じキレてるっていうより伝わってなくて悔しい? みたいな雰囲気だし。
こっちとしても、こいつ思ったよりめんどくせぇなという気持ちはありつつも、不思議なことにそれが不快かと聞かれると首を縦には振れない自分がいる。
つまりなにが言いたいかというと。
「あー……とりあえず今日どーすん?」
ってこと。
「…………飲む」
で、まりの返事もそういうこと。
「じゃまあスーパー寄る?」
「…………ん」
「わたし海老天食いたい気分なんだよねー」
「……あっそ」
「いやそこにめっちゃデカいザリガニいてさ。もういま完全に甲殻類の口になっちゃってる」
「ザリガニって死ぬほど泥臭いって話だけど」
「だから海老天買うんじゃん」
酒入れながら、真意を根掘り葉掘り聞いたって良いし。どうしても説明できないフィーリングの話っていうんなら、それはもうどうしようもないし。
とにかくなんにせよ、非・丁寧な暮らしは一人よりもまりと一緒のほうが捗る気がしてる。多少面倒くさいところがあったとしても、まあそれはそれというやつだ。
「まりなに食う?」
「…………餃子」
「ゔぇーwwニンニクくせぇっすよパイセンww」
「ウザしね」
夕日……と呼べるか微妙な傾き具合の日光をうなじに食らいながら、キャンパスを二人で歩く。まりの影がふらふらと揺れていて、今にもわたしの影に重なりそうだった。
……しかし、一回ヤったくらいで彼女面しないで、か。
じゃあ、二回ヤるとどうなるんだろ。いやでもニンニク臭いのはヤだなぁ……




