お口:さくらんぼのヘタで舌の器用さを競うツンデレデレ人間と腹に第二の口があるダウナー人外
「──さくらんぼのヘタ」
「んー?」
「口の中で結べる人はキスが上手いらしいわよ」
実家から大量に送られてきたさくらんぼを、同居人の化け物と一緒に食べている最中に。ふとそんな話を思い出して、種と一緒に吐き出してみた。
「へ〜」
外見は人間とそう変わらないそいつ、メイ──メイナンチャラカンチャラドータラコータラウンタラカンタラとかなんとか馬鹿みたいに長い名前だったので勝手に略して呼んでる──は、目の前にうず高く積まれたヘタの一つを手に取り、怠そうな目で眺めている。
「……そういやわたしのとこにも、ウヌラチャノンチャッタの腸を口の中でマドアラナラの像にできるやつは食べ上手ー、みたいなのがあったなぁ」
「そうそうそんな感じ」
しらんけど。
とにかく、実家にいた頃は全然できなかったけど、今のあたしはメイの上の口も下の口も満足させられるくらいには舌が器用になっている。ヘタが長めのやつを一つ取って実を食べ、種を出す。それからヘタを口の中に放りこみ、頬とか歯とかも使いつつやってみれば、簡単にだけど結ぶことができた。舌の上に乗せてベッと出しメイに見せつければおぉーと感心する声が上がって、少し気分が良くなった。
「どれどれわたしも……」
触発されてか、持っていたヘタを口に入れたメイ。外から見ても分かるくらいに舌をもごもごさせたり、顔を傾けたり振ったりと頑張っている。眉間には軽くシワが寄っていて、どこか斜め上を見ながら奮闘している様子が、中々どうして可愛らしい。言わないけど。
「無理しない方が良いんじゃないのー?あんたそっちの舌は短いんだから」
たまらず煽ってしまったら、帰ってきたのは露骨にムッとした顔。ヘタをぺっと吐き出し、勢い込んで膝立ちになる。恥じらいもなくシャツを捲って、メイは第二の口を露わにした。
「お?言ったな?じゃあこっちの舌の本気、みせたげるよ」
舐めればよく啼く下の口……ではなくって。それよりも上、人間でいうヘソの辺りを中心に大きく入った横スジ。それがゆっくりと上下に割れ、歯のない大口がメイの腹部に現れた。この化け物の、化け物たる所以。普段はいちいち見せびらかすことすらないそれを、今はこれみよがしにばっくり開いている。薄暗いその穴蔵の中には、ぬらついたピンク色が窺えた。
「よっ……と」
そのままメイは腹の口から、容積を無視しているとしか思えない長く大きな舌を伸ばして、テーブルの上のヘタを全部──ほとんどは大食らいのこいつが食べたやつ──さらっていった。そうして閉じたその中で、舌がもごもごと蠢いているのが分かる。さっき口でやったのと外見には同じような雰囲気。だけどあの粘度の高い唾液のようなものをまとった舌の形が、さっきよりもずっと、あたしの想像を掻き立てる。
この第二の口について、そう詳しくは知らない。メイの種族の特徴で、噛むのではなく呑むことを主目的にしている、ってことくらいしか。こっちよりも下の口の方がよっぽどよく把握してる。入口上の浅いところを舌でこそぐと白目向いて仰け反るだとか、中指を根本まで突っ込んで第一関節を曲げるときったない声を出すだとか。
ともかく、だいたい全部知り尽くしているメイの体の中で唯一の未開の地。それが今、きっとあたしの舌なんてはるかに超えた器用さで、さくらんぼのヘタたちを弄んでいる。ときおりメイの腹部がぽこぽこと内側から押され、それを見ているだけで、言い知れぬ興奮が背中を掻いていった。
「んー、うん、そろそろ……っと、ほい」
やっぱり斜め上に目線をやりながら、上の口でそう言って。同時に第二の口が再び、くぱっと開かれる。数十秒ぶりの、あの長い舌との再会。まるで恋する乙女みたいに心臓が大きく跳ねて。その上に乗っていた、なにかよく分からない存在の像のようなものに、動悸が完全に狂わされた。
「じゃーん、マドアラナラの像。パーツがちっちゃいからちょっと手間取ったけど」
そのマドナンチャラっていうのがなんなのかは知らないけど。知らなくともその、その精巧さはひと目で分かる。口に入れたヘタを一つ一つ結んで長い一本を作り出し、それをさらに結んだり編んだりして作り出した、名状しがたい神仏像のような芸術品。粘液でコーティングされ、てらてらと妖しくあたしを惑わせる。その完成度の高さがなによりも示しているのは、台座のように大人しく佇んでいるピンクの長舌の、常軌を逸した器用さ。
「……ぅ、わぁ……」
どうにか、どうにかそんな、ドン引きしてますみたいな声を出せた。だけども実際には、あたしはすっかりとメイの第二の口に魅入られてしまっていて。ごくりと喉が鳴ったのまでは、隠すことができなかったみたい。
「んー?……ふーん?」
ムカつくくらいに察し良く、メイの口角がニヤリと上がった。それは上の口だけだったけど、でも、お腹のそれも一緒に嗤ったと錯覚してしまうくらいに、蠱惑的な雰囲気を纏っている。ムカつく。いつもはあたしが主導権を握ってるのに。
「まりさぁ」
「っ」
「もしかして、食べられたい?」
そんなわけない。って言葉は、そ、までしか声に出なかった。だって、だって食べられたい。あの口に、あの舌に全身をくまなく弄んでもらいたい。まるで見せつけるみたいに、ぞるりと伸びた舌がテーブルの上にナントカの像を置いて、戻って、それでますます、あたしの理性がなくなっていく。
「あっはは。大丈夫、食べないよ。ちょっと味見するだけ。ね?」
楽しげに目を細めたメイが、膝立ちのまま近づいてくる。……違う、あたしが近づいていってるんだ。知らないうちに四つん這いになって、お腹の口と目線を合わせたまま、自分から向かっていってる。もともと隣り合って座っていたんだから、ほんの数歩のうちにすぐ目の前まで。半開きな口の中がよく見える。妙に甘ったるい粘液の匂いが誘いかけてくる。いやらしく照るピンク色の舌先が、入口で手招きしてる。
「おいでー?ほーら、怖くないですよー?」
優位に立ててることがよっぽど嬉しいのか、メイの声は今までに聞いたことがないくらい嗜虐的で粘っこい。あたしが、あたしがメイに負ける。ただ少し、化け物らしい部分を見せられただけで。悔しくて、ムカついて、でもゾクゾクして。もう止まれずに、気づけば卑しく媚びるみたいにしてメイの舌先に頬を擦り付けていた。火照ったそれに奉仕する気持ちで体を擦り付けながら、ばっくり開いた口の中へと身を乗り出す。明らかにメイの薄い胴体よりも奥行きのある口内には、粘液の甘ったるい匂いがむわぁ♡っと充満していた。
「──最初だし、ちょっとだけー。うん、半分だけ、ね?」
くらくらしながら、なんとかお腹あたりまで舌の上に乗せたところで、メイはおもむろに口を閉じた。食いちぎるなんてひどいことはせずに、ただ、上半身を徹底的になぶってやるって、べたっと顔面に張り付いてきた舌の腹にそう言われる。
外界に取り残されたままの下半身が、ずるいずるいって啼いていた。




