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エピローグ

すれ違ってばかりの二人は様々な難関?を乗り越え、いよいよこの日を迎える。

 ユニラテラ王国の初代国王が建てたという由緒正しい教会は、何百年かを経た今も荘厳な雰囲気を漂わせている。

 入ってすぐに目に飛び込んでくるのは、最奥のステンドグラスが散らす色彩豊かな陽光だ。真下には神父が立つ祭壇が設えられ、手前に何列もの長椅子が並ぶ。


「うひゃー。こんなにいるの?」


 教会の二階部分に備え付けられたテラスから下を覗き込んだセクティアが、思わず驚きの声をあげる。花や(つる)を模した細工が施された柵の隙間から確認出来るのは、主役が現れるのを今か今かと待つ人々の姿だ。

 正装に身を包み、ずらりと並ぶ人、人、人。あれが全て参列者などとは信じられない。しかもまだ次々と入場してくる。


「信じられない。どこからこんなに湧いてきたのよー」


 今日、あと数時間で式が始まることになっていた。フリクティーの第二王女であるセクティアと、ユニラテラ王国の第二王子であるスヴェインの結婚式が。

 まだ式の開始には時間があるため皆リラックスしており、こういう場でないと会えない相手に挨拶をしたり、親しい者同士で会話を楽しんだりしている。


「それにしてもうるさ過ぎ。耳が痛いわ」


 上にいるからか、下で交わされる声全てがない交ぜになって耳に飛び込んでくるせいで、鼓膜が痛い。


「おい、せっかく来て下さった客人を『湧いた』とか言うな! 当たり前だろ、王族同士の結婚なんだ。両国からはもちろん、隣国からも数多く来賓(らいひん)が来られているんだ。くれぐれも……」


 ちくちくと注意事項を列挙しようとするスヴェインに、彼女は笑って右手の親指を立ててから、胸を叩いてみせた。


「粗相するなって言いたいんでしょ? どーんと任せておいてよ!」


 花婿は肺の中身を全部吐きだすくらいの盛大な溜め息を吐く。セクティアが外面だけは取り(つくろ)えることを知っていても、根っこの思考回路が暴走するのではと不安で仕方ない。


「にしても……」


 セクティアがざわめきの中でも聞き取れるようにと、スヴェインの耳元に口を寄せ、ぽつりと呟く。彼は一瞬どきりとしたが、他意のなさげな彼女を意識すると負けてしまった気がして、冷静を装った。


「なんだか、私よりよっぽどお姫様というか、花嫁というか。そんな人ばっかりだね」


 男性は基本的に黒の衣装だが、女性達は赤や黄や青に彩られた細身のドレスを(まと)っている。顔に念入りに化粧を施し、耳や首元には競うようにして宝石を飾る様はさながら芸術作品の発表会のようだ。

 これでまだ式用の控えめな服装だというのだから、感嘆の息しか出てこない。式後に行われるお披露目の晩餐(ばんさん)会ではどうなってしまうのだろう。


「私なんて埋もれちゃうわね、きっと」

「何言ってるんだ。主役はお前だ。胸張ってろよ」

「主役って言ったらスヴェインもでしょ?」

「こういう催しの時、新郎は添え物なんだよ」

「添え物ぉ?」


 もうすぐ妃になり、しばらくは国の内外から大変な注目を浴びるだろう女性の癖に、不思議そうに首を傾げている。


「セクティア様、準備を始めますので、どうぞこちらへお越しください」

「あ、はい」


 セクティアが侍女に案内されて控室に入ると、すぐさま衣装や化粧道具を抱えた者達に周りを取り囲まれてしまった。彼女達の目はギラギラしていて、今日という日への並々ならぬ気合が感じられる。

 髪や肌をいじられるのは嫌いではないけれど、あまりの気迫に皮膚がピリついた。


「お、お手柔らかにお願いしまーす……」



「化けるじゃないか」


 人払いが済んだ静かな控室の中。準備が終わったからと入室を許され、まじまじと観察した花婿の第一声がこれだった。

 普通の女性なら気分を害する感想だが、花嫁は気にする素振りもなく「まぁね」と紅をさした口角を上げる。その身は純白のドレスに包まれていた。


 清楚さを演出するため胸元はあえて開けず、水色の宝石を連ねたネックレスが映える。裾は足をふわりと覆い、座っている椅子を隠して更に床を()っている。

 青く長い髪を高く結い、複雑に編み上げ、蝶を模した髪飾りで止めている。式で是非付けて欲しいと母であるフリクティー王妃から贈られたものだ。


「ヴェールはどうした?」

「ずっと付けていたら邪魔だし、汚したら困るでしょ。入場直前でいいわ」


 軽口を叩くスヴェインもスーツで決めている。白地に銀糸で刺繍された以外は胸元の銀細工のブローチが印象的だ。鳥が翼を広げた姿が象られている。


「思ったよりシンプルなのね」

「式だからな。それに言ったろ、主役はお前だって」


 実は周囲はもっとごたごたと着飾ろうとしたのだが、「花嫁より目立つつもりはない」の一言でばっさりと切ってしまったらしい。もっとも、長身で毅然と立つ彼はそれだけで衆目を十分に惹き付けるだろう。


「主役かぁ。ねぇ、どう? 少しは見直した?」


 言って、立ち上がったセクティアは胸を張って全身を見せつけた。通常であれば美しく着飾った花嫁を一目見た途端、男は満面の笑みで賞賛の言葉を口にするものだ。

 スヴェインはまだその「儀式」をしていなかった。素直に褒めるのが照れ臭かったせいと、新婦が土壇場で姿をくらますことさえ懸念していたためなのだが、やはり褒めて欲しかったのだと気付いた。


「あ、あぁ。綺麗だ」

「やっと言ってくれた。スヴェインも格好良いわよ」


 幾重にも重ねられた薄い生地がふわりと広がり、波打つ。ドレスに細かく編み込まれたレースの動きに目を奪われていると、つい口からぽろりと感想が(こぼ)れた。


「お前って、健康的だよな」


 セクティアの足は決して深窓の令嬢のように白く艶やかではない。乗馬を日常的に嗜む時点で、一日の大半を室内で過ごす女性のものとかけ離れるのは仕方がないことだ。

 だから彼も「健康的」と表現した。そこには深い意味などなかったけれど、言われた方には全く違って聞こえてしまった。


「は? まさかもう『子どもは、三人は欲しいな』とか言いたいんじゃないでしょうね。気が早い」


 ぴきっ! 空間に亀裂が走る。どうやらいつもの「斜め上の発想」で明後日の方向へ意味を汲んでしまったらしい。


「言い直す。下品な奴だ」

「なんですって~!?」

「気が早いのはそっちだろうが!」


 新婦の甲高い叫びの中にノックの音が3回響く。ぴたり、と二人とも口を閉ざした。

 冷静になってみれば、人払いはされていても外に警備兵はいるし、近くに侍女達も待機させたままなのだ。騒ぐのはまず過ぎる。


「失礼致します。式の準備が整いましたので会場へお越し下さい」


 耳に心地よい低音が届いた。入り口を開け放ち、光り輝く廊下へ促すように立っていたのは、スヴェインの側近であるシンであった。


「……はぁ。お前は本当にいつも冷静で助かる」

「お褒め頂き光栄です」


 彼は軽く礼をして入室し、顔を上げると微笑んだ。


「セクティア様。これからは貴女様も私の主です」


 シンは物腰が柔らかい好青年で、いつでも優しく接してくれたが、あくまで客人に対しての態度を貫いていた。その壁が薄く()がれているようにセクティアには感じられた。

 今、自分は他人に「身内」として受け入れられたのだ。


「もうすでに十分、身内面してるだろ」

「馬鹿にしないでよ。私だって最低限の礼儀くらい心得てるんだから」


 スヴェインが容赦ない突っ込みを入れ、セクティアが頬を膨らませる。


「ほう? 是非とも拝見したいものだ」

「思う存分堪能させて差し上げますわ。しっかりと目をお開きになっていらして」


 妙な緊張感は、数秒ともたなかった。あまりに滑稽(こっけい)で、どちらともなく笑いが零れてくる。三文芝居もいいところだ。


「いやいや、俺が悪かった。ふふ、お前の実力は認めるから。だから、もうやめてくれ……はは」

「そっちこそ笑うのやめてってば。あはは……貰い笑いしちゃうでしょ」


 これから荘厳な式に向かうというのに、腹がよじれて仕方ない。二人はひとしきり笑い合った。見れば、気を利かせたシンが扉も一度閉めてくれていた。


「……はぁ。さて、一世一代の大舞台だ。ばっちり決めようじゃないか」


 スヴェインが、やっと収まった口元を引き締めて白手袋をはめた手を差し出す。セクティアが、目尻に浮かんだ涙を、化粧が落ちないようにハンカチで拭いながら、しっかりと掴り返した。


「えぇ。茶番劇の始まりよ!」


 力強い足取りで、これから夫婦となる二人は光の中へと踏み出していった。


最後までお付き合い頂き、ありがとうございました。

いつもドタバタしていて、恋人らしいことは何一つしていない二人でしたが、お楽しみ頂けたでしょうか。

おまけもお読み頂けたら嬉しいです!

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