絶望デブは筋肉に魅了される
愛梨さんとのパーソナル契約をして一週間が経過し、僕は再びジムへ来ていた。
この一週間、毎日の食事を記録し逐一愛梨さんへ送っていた。
間食にコンビニで買ったホットスナックやジュースまで事細かく記録した。
「やっほ!お疲れ様、じんくん!」
「お疲れ様です、愛梨さん。」
相変わらず元気な愛梨さんと挨拶を交わす。
今日は白のレギンスに水色のTシャツ姿だ。
タイトなシャツが愛梨さんのスタイルの良さを際立てている。
「一週間よく頑張ったね!ちゃんと報告してくれて助かったよ。」
「いえ、お世話になってるのはこちらですから。」
「むむっ、相変わらず硬いなー。まぁ良いや、早速本題に入っても良いかな?」
「はい、もちろんです。よろしくお願いします。」
席に誘導され、愛梨さんが向かい側に座った。
「さてっと…それじゃ先週の続きで今後の話をしたいんだけど、送った動画は観てもらえたかな?」
「はい、全部観させてもらいました!」
「オッケーオッケー!それで、こんな体になりたいなっていうのあった?」
「ありましたよ…強烈に憧れる体が。」
「お、なになに?」
「愛梨さん、僕……筋肉ゴリゴリの海外ボディビルダーみたいになりたいです!!」
「………ほへ?」
愛梨さんは口をまん丸に開けてポカンとしていた。
一週間前、パーソナル契約をした日の夜。
僕は愛梨さんから送ってもらった動画をベッドの上で観ていた。
一つ目の動画は筋肉が売りのアイドルのトレーニング動画。
色白でうっすら腹筋の割れた細身のイケメンが腕立て伏せやら体幹トレーニングなんかをやっている。
女性にモテそうな体だ。
「おー…これが細マッチョってやつだね。カッコいいな…」
二つ目はモデル兼YouTuberをしている男性の動画。
ぶら下がり健康器みたいなやつで懸垂をしている。
さっき見たアイドルの人よりも筋肉の筋がしっかり見えて、より男らしい体つきをしていた。
「凄い…腹筋の横のところに筋が入ってる。」
三つ目はサーフパンツを履いた爽やかな男性が大会でポーズを取ってる動画。
メンズフィジークっていう競技の選手らしい。
ここまでくると服を着てても明らかにマッチョだとわかるんじゃないかと思う。
というか二つ目までと明らかに体のレベルが違った。
「なにこの肩…メロンが入ってるみたいだ。お腹は細いし、これぞ逆三角形って感じだなぁ。」
四つ目はローライズのボクサーパンツみたいなのを履いたゴリマッチョが並ぶ大会の動画。
こちらはクラシックフィジークっていうみたいだ。
メンズフィジークの選手もマッチョだと思ったけど筋肉の迫力が全然違った。
正直女性に引かれるレベルでムキムキだけど、その肉体美に自然と惹かれた。
「何でこんなに筋肉もりもりなのにこんなに綺麗なんだろ…。」
そして五つ目の動画。
愛梨さんから『ちょっと怖いかもしれないけど…』という文と共に送られてきた最後の動画だ。
そこには、スキンヘッドの黒人が煌めく笑顔で、クラシックフィジークを更に超える巨大な筋肉とバッチバチに走った血管を観客に見せつけているのが映っていた。
「なん、だこれ……これが、人間…?」
化け物だ、と思った。
まるで人の体に筋肉というパーツを無理矢理くっつけて造ったクリーチャーのようだ。
しかしその怪物のような肉体と圧倒される迫力を目の当たりにした僕は、"気持ち悪い"とは全く思わなかった。
それどころか。
「……か、カッコいい…!!」
この日、僕は生まれて初めて"筋肉"というものに強烈な憧れを抱いた。
「………なる、ほど?それでこんな体になりたいって思ったのね。」
「はい。この一週間、ボディビルの動画を漁ってたくさん見てました。」
「真剣な眼差しが痛い…まさかそれを選ぶとはねぇ…」
愛梨さんが難しそうな顔をしている。
「あ、あの…何かまずかったですか?」
君には無理、とか言われるんだろうか。
それでも僕は諦めたくない。
「うーん…海外のを見せちゃったのは失敗だったな…せめてナチュラルボディビルくらいにしておけば……いや、目標を高く持つのは悪くないよね。でもいきなり薬の話とかするのも良くないし…」
愛梨さんが何やらブツブツと呟いているが、何を言っているのかよく聞こえなかった。
「あの…愛梨さん?」
「むむむ………よし、決めた。ひとまず目標はボディビルタイプで難しいことは後々学んでもらおう、そうしよう。」
愛梨さんの中で何かが決定したようで、しきりに頷き始めた。
「あ、ごめんねじんくん!ちょっと色々考えちゃってた!」
「あぁいえ、お気になさらず。……あの、ああいうのは僕には無理…ですかね?」
「いや、諦めるのは早いよ。正直ああいう風になるのは色々と障害があるけど、憧れに貴賎はないから!目標が大きくて良いと思う!」
「そ、そうですかね。」
「うん!まぁボディビルにも細かな違いがあるから、また幾つかおすすめの動画送るから見ておいてね。」
「はい、わかりました。」
「よろしい。それじゃ今から送ってもらった一週間の食事内容の整理と見直しをして、それからトレーニングの話に入ろうかな。」
「了解です。よろしくお願いします!」
その後は暫く愛梨さんから栄養学の軽い講義を受けて、実際のトレーニングに入っていった。
これからは週に2〜3回くらいこうしてジムに通うことになる。
こうして僕の筋トレ生活が始まったのであった。




