絶望デブは相談する
翌日、僕はいつも通り大学へ通った。
必修の講義では空木さん達から嘲笑を浴びせられ、嘘告白の件を聞いたであろう人達から後ろ指を指されたけど、何とか耐え抜いた。
栄井店長のクールな微笑や、愛梨さんの優しい笑顔を思い浮かべると、不思議と心が落ち着いた。
最後の講義が終わると、足早に大学を後にしてバイトへ向かう。
朝のうちに店長へ連絡し、今日は出勤することを伝えていた。
スタッフ用の裏口から入りスタッフルームへ向かうと、そこには帳簿をつけている店長の栄井祥織さんがいた。
「お疲れ様です、店長。」
「ん、茎田か。お疲れ様。」
近寄って挨拶をすると、店長が顔を上げた。
濡羽色のショートボブに切長の目。
身長が高くほっそりしているが出るところはしっかり出ており、モデルのようなスタイルをしている。
事務作業をするときは赤縁の眼鏡をかけていた。
「昨日はすみませんでした。」
「気にするな。お前が急に休むくらいだ、何かあったんだろう。」
女性としてはやや低めの声。
言い方はぶっきらぼうな感じもするが、僕を心配してくれているのはひそめられた眉から読み取れる。
「ありがとうございます。実はその事で話したいことがあって…今日閉めた後、お時間ありますか?」
「あぁ、問題ない。今日はほんとに働けるんだな?」
「はい、大丈夫です。ご心配おかけしました。」
僕は店長に再度頭を下げると、コックコートに着替えキッチンへ向かった。
閉店後、他のスタッフと一緒に手早く締め作業を終えて、僕は店長と二人になった。
ちなみに僕の諸々の事情についてはスタッフには話していないが、以前に大学の人が嫌がらせしに来たこともあって噂として知られていた。
そのせいで少し距離を置かれているが、店長が普通に接してくれるから皆も何となくそれに従い業務には支障が出ていなかった。
ともあれ、スタッフが皆帰ったところでコーヒーを淹れ、店長と向かい合って昨日の事を話した。
「……そうか。」
ひとしきり話し終えたところで、店長は腕を組んで目を閉じ一言呟いた。
「それで、昨日はちょっと働けそうになくて、休んでしまいました。すみませんでした。」
「謝罪は受け取ろう。だが何度も言うが気にする必要はない。茎田はいつもよく働いてくれている。たまにはそういうこともあるさ。」
店長の言葉に思わず目が潤む。
何だか昨日から泣いてばかりだ。
「……僕の方こそ、いつも店長には助けられてばっかりで…僕なんてどこにも居場所ないのに、店長は優しくしてくれて、それで…それで……」
「…前に言ったな。私は私が見たものしか信じない、と。その上で言う。茎田は噂に聞くような下らないことをする男じゃない。お前は真面目で、思いやりがあって、そして不器用な奴だ。そんなお前を…信じている。」
溢れ出る涙は、止められなかった。
たぶん、僕がずっと聴きたかった言葉。
家族にも、友達にも言ってもらえなかった言葉。
「ありがとう…ございます。僕、店長が、大好きです。」
何度も涙を拭いながら告げる。
「う、うむ、そうか……まぁ、その、なんだ…うむ…」
店長がうっすらと頬を赤らめ口ごもる。
珍しいものを見た、と思った。
「まぁその……それにしても、悪質な奴もいたものだな。大学生にもなってそんな幼稚なことをするとは。」
わざとらしく話を変える店長。
あれ、この人こんなに可愛かったっけ。
「昨日は流石に心やられちゃいました。でも、店長に話聞いていただけたので、もう大丈夫です。」
我ながら単純な男だ。
「こんなので良ければいつでも頼れ。」
「ありがとうございます。」
駄目だ、また泣きそうになる。
「それに、私だけじゃなく頼れる人も見つけたのだろう?」
「そう、ですね。まだわからないですけど…そうかもしれません。」
昨日知り合ったばかりの愛梨さんの顔が浮かんだ。
「私はその人に会ったことがないから何とも言えないが……まぁ、信じたければ信じてみると良い。もし何かあっても私がいる。」
こんなにカッコよくて綺麗で優しい人がどうして結婚していないんだろう。
彼氏さんもいないみたいだし。
心底不思議だ。
「だがそれにしてもお前はもう少し自信を持つべきだな。色々とあって卑屈になるのもわかるが…」
「うっ…そ、それは自分でもどうにかしたいとは思っていて、昨日出会った方にも……あ、そうだ!」
「ん、どうした?」
昨日、別れ際にグイグイ迫られて愛梨さんと連絡先を交換しながらした会話を思い出した。
僕はどうせデブで根暗だから…というようなことを言ったら、愛梨さんが満面の笑みでとある提案をしてくれたのだ。
「僕、ジムに通ってみようと思ってるんです!」
「………ほう?」
店長はキョトンとした顔で、首を捻った。




