デブトレーニーは振り払う
直斗に初めて会ったのは、小学校に入学して同じクラスになった時だった。
小さい時から正義感が強かった直斗は、これまた小さい時から太っていた僕がいじめられているのを助けてくれたのだ。
それからは中学高校と一緒に進み、ずっと仲良くしてきた。
だけど、昨年の三つの冤罪によって僕は直斗に見限られた。
当時は彼を恨みもしたし、何故信じてくれないのかと思ったりもした。
でも、正義感が強い反面思い込みの激しいところがある直斗の性格…いや、性質を思えば仕方ない事だと今は思える。
それでも、こうして彼に会いたいかと問われれば、僕はやはり否定しただろう。
「刃…久し振りだな。」
「……そうだね。」
「半年ぶりくらいか。元気だったか?」
「うん、まぁね。」
「そうか……円香と緋奈も心配してるぞ。」
「…そう。」
どの口が…と思わないでもない。
「一人暮らししてるんだってな。家には帰ってるのか?」
「いや、帰ってないよ。」
正確には帰りたくても帰れない、かな。
いや帰りたくもないけどね。
「……例の件は、もう謝ったのか?」
その言葉に、あの日、直斗に言われた言葉を思い出す。
『自分の罪を認め、被害者に謝るんだ。じゃないと、お前とは友達でいられない。』
「……謝るって、何をさ。」
「何をって…わかってるだろう。」
「久し振りに会ったと思ったらそれ?直斗は相変わらずだね。」
「なっ…相変わらずなのはお前だろ!まだそんな事言ってるのか!」
「僕はやってない!何度だって言ってやる!僕はやってない!」
「刃……」
直斗は憐れむような目をしている。
僕にはそれが、嘲笑うような…あるいは蔑むようなものに見えた。
「君に…、君達に今更わかってもらおうとは思わない。僕には僕の今がある。」
「過去から目を背けるのか?自分の犯したことなんて忘れて…そんなの俺は認めないぞ!」
「君に認めてもらう必要はない。やってもいないことを認めて、それで得るものが仮初の幸せなら、僕はそんなものいらない!」
「じ、刃…」
直斗が目を丸くしている。
僕が彼らに見放されたあの時でさえ、僕がここまで強く言うことはなかった。
怒りよりも諦めの方が強かったからかもしれない。
でも今は違う。
僕には……僕には………
僕には筋トレがある!!
「直斗、悪いけどそんなくだらない話しかないなら、僕はもう帰らせてもらうよ。一刻も早く糖質とタンパク質を摂取したいから。」
「たんぱ……え?」
「じゃあね、直斗。」
「お、おい、ちょっと待ってくれよ!」
伸ばされた手を掴む。
細い腕だ。
ハンマーカールをして腕橈骨筋を鍛えた方が良い。
「僕は早く親子丼が食べたいんだ。筋合成率が高まっている今がチャンスなんだ。」
「え?…え?」
「僕の幸せを邪魔するな。」
困惑する直斗を突き放し、僕は再び歩き出した。
スーパーで手早く買い物を済ませて帰宅。
買った品を片付け手を洗う。
筋肉が栄養を欲しがっている。
早く作ってしまおう。
「鶏胸肉の扱いも慣れてきたなー」
鶏胸肉は皮を剥いで一口サイズに切っていく。
切ったものから測りに乗せていき、予定していた重さになったら余りはラップに包んで冷蔵庫へ。
最近買った親子鍋にすき焼きのたれを入れて火にかける。
たれを温めている間に玉ねぎを切り、どんどん鍋に入れていく。
玉ねぎに火が通ったら塩胡椒を軽くまぶした鶏肉を入れる。
朝炊いたご飯をレンジで温める。
シャキシャキの玉ねぎが好きな人は鶏肉と一緒に入れても良いだろうけど、僕は玉ねぎはしんなりしてるのが好きだから先に火を通したいのだ。
「んー…良い匂いだ。」
すき焼きのたれを使うと簡単に親子丼ができる。
これも愛梨さんに教えてもらったのだ。
鍋に蓋をして火にかけつつ卵を溶いておく。
暫くして鶏肉が煮えたら卵を入れてまた蓋をする。
たまに蓋を開けつつ卵の状態をチェック。
半熟になったタイミングで火を止めて暫し放置。
余熱で卵を好みの状態まで固める。
できあがったら丼に盛ったご飯の上に乗せて万能ネギをパラパラかけて完成だ。
「我ながら良いできだ……写真撮って愛梨さんに送ろうっと。」
食事の報告の為に写真を送ると、すぐに返信があった。
黒光りのボディビルダーが『yeah buddy!!』と叫んでいるスタンプが送られてきた。
僕がこういうのが好きだからこのスタンプを使ってくれているのか、はたまた愛梨さんの趣味なのか。
どっちかわからないけどクスッと笑ってしまう。
僅かに残っていたイライラが消えていった気がした。
ありがとう、愛梨さん。
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