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愛があると思っていた  作者: みのみさ


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07 まさかの療養

 体調不良でしばらく休んでいたパトリシアが登校すると、クリフォードの側近候補に高位貴族用のサロンに案内された。

 中にはクリフォードが待っていて、パトリシアは青白い顔に微笑みを浮かべた。

「まあ、殿下。待っていてくれたのですね。ご心配をおかけして申し訳ありません」

「やあ、パティ。今回は長めの欠席だったね。アーサーズ夫人が心配していたよ」

 パトリシアはぴくりと身を震わせて俯いた。


 アーサーズ夫人は降嫁した王女でクリフォードの姉だ。

 アーサーズ公爵家のお茶会でパトリシアは特産品を他家と勘違いするという失敗をしてしまった。

 周りの様子からすぐに気づいて真っ青になったパトリシアは体調不良を口実に早めに辞去した。後から謝罪の手紙とお詫びの品を贈ったが、失敗の影響か高熱をだしてしばらく寝込む羽目になってしまった。


「あの、夫人には本当に申し訳ないことをしてしまって・・・」

「ああ、気にしないで。体調が悪かったのだから、仕方がない。

 姉は日差しが強かったのに、ガーデンパーティーにしたせいだと後悔していたくらいだ。

 君の失敗も具合が悪かったせいだと大目に見ているから大丈夫だよ」

「・・・申し訳ありません。わたくしの体調管理が甘かったせいでご迷惑をおかけして。

 わたくしは領地暮らしが長かったので、王都の気候になかなか身体が慣れないみたいですの」


 パトリシアが度々寝込むので、伯母が医師を手配してくれた。誤診を心配して数人の医師に診てもらったし、色々な検査も受けた。

 はっきりとした病状はなく、病名はない。

 ただ、体力不足や精神的な疲れから慢性的な倦怠感に襲われているらしい。慣れない気候のせいかもしれないと虚弱の原因を判断されていた。

 長期休暇には自然豊かな地方都市で療養して体調を整える。少しでも体調不良を感じたら、すぐに休んで無理のない登校で留年にならない程度の出席日数を確保すればなんとか卒業できるだろうと言われていた。

 総合判断を下したのは王宮の医師で、クリフォードの紹介だった。当然、クリフォードも診察内容を把握している。


「今度の休暇から領地で静養することになりましたの。殿下とお会いする機会が減ってしまって残念ですわ」

「仕方ないよ。君の体調を整えないと挙式も無理だって言われているんだから。

 ところでさ、隣国では自然豊かな土地で温泉による効能を見込んだサナトリウムを建てたって話、聞いてる?

 病弱で長期療養が必要な患者の治療所なんだって。君、そこに行ってみない?」

「え、殿下?」

 パトリシアは思わず目を見張った。たった今、領地での静養を話したばかりだ。


 何故に、サナトリウム行きを勧められるのか?


「あの、殿下。バートレット家の領地は殿下がいずれ下賜される王領と似た気候です。バートレット領で身体を慣れさせたほうが」

「うん、それは聞いてる。でもね、それで出産に耐えられるくらい丈夫になるかはわからないでしょう?

 跡取りをもうけられない相手との婚姻は認められないって、母上から念を押されてね。パティには丈夫になってもらわないと困るんだ。この際、学園は休学して静養に専念したほうがいいよ」

「そ、そんな・・・」

 パトリシアは思わず息を呑んだ。

 将来の公爵夫人になるには貴族学園の卒業は必須だ。そして、優秀な成績は無理でも、留年は避けなければならない。公爵夫人が留年なんて外聞がよくない、瑕疵にしかならないのだ。


 クリフォードが検分するようにパトリシアを眺めた。

 少し痩せたようで制服が大きいのか、着こなしが崩れている。顔色は青白く、化粧でも誤魔化しが効かなかったようだ。口紅が顔色から浮いているように見えた。

 艶のあるピンクブロンドは色褪せたようで、いつもクリフォードの贈り物で飾っていた髪はリボンでまとめてある。病人が無理をしているようにしか見えず、つい眉間に皺が寄ってしまう。


「髪飾りの重さが負担になるから、軽いリボンを使うようにしてるんだって? 本当に虚弱さが増してきてるね。

 婚約当時は人並みより少し身体が弱いくらいだったのに、どんどん悪化していってるなんて。静養する必要があるでしょ?

 僕もそういつまでも宮廷薬師の薬を融通するのは難しいし、お見舞いもいつも装飾品ってわけにはいかないよ」


 パトリシアへのお見舞いは最初にブローチを贈ったため、装飾品以外は格好がつかなかった。クリフォードの色の金や緑の宝石を扱った物をプレゼントしてきたが、寝込む頻度が増えているのだ。

 特級薬の原料が手に入りづらくなったとかで値段もあがっていて、頭が痛い問題だった。婚約者への予算とクリフォードの個人資産で賄ってきたが、薬と装飾品だけで使いきるわけにはいかないのだ。

 隣国のサナトリウム行きを勧めたのは容易にはお見舞いに行けないからで、お見舞い品を省くためでもあった。


 パトリシアは膝についた手をぎゅうっと握りしめた。

「・・・申し訳ありません。でも、お見舞いは辞退させていただきますが、お薬だけはなんとかならないでしょうか?」

 心細そうに見あげてくる婚約者からクリフォードは視線を逸らした。

「バートレット家で購入する分を優先するくらいの口利きはできるよ。これまで色々と便宜を図ってきたのだから、これ以上は無理だ。

 君はわかってくれるよね?」

「・・・はい、殿下。ご厚情には感謝しております」

 パトリシアは深々と頭を下げた。


 この一年半で薬の消費がだいぶ増えた自覚はある。いくら王族の口利きでも特級薬の独占状態はよくない。他者の恨みを買う恐れがある。

 宮廷薬師の薬を頼れないとなると、市井の薬師にあたるしかないが心あたりはなかった。特級品の薬を作れる相手で思い浮かぶのはすでに閉店した『緑の手』のセリーナだが、当然頼めるわけがない。他の薬師にしても高位貴族のお抱えが多く、新規の客は時間がかかるはずだ。

 バートレット家のお抱えに特級薬師はいなかった。専属医師が必要に応じて、薬師ギルドに注文をだしていたはずだ。薬師ギルドで特級薬を頼むと、時価になるので宮廷薬師よりも高額になる。


 伯母がパトリシアに価値を見出してくれるうちは手に入れてくれるだろうけど・・・。


 パトリシアは握りしめた手から体温が奪われていくように感じたが、王族の言葉に逆らうわけにはいかない。なんとか、伯母仕込みの優雅な笑みを披露する。


「殿下のお心配りはありがたいですわ。手続きや準備などがありますから、早速伯母に相談してみようと思います。今日はこれで早退させていただきますわ」

「そうだね、療養は早いほうがいいだろう。うちの馬車でバートレット家まで送らせよう」

「まあ、ありがとうございます」

 案内してくれた側近候補に付き添われてパトリシアは退出した。側仕え見習いが控えているのに、お茶の一杯も出されなかった。

 婚約してから、そろそろ半年だ。クリフォードの態度は寝込むたびに素っ気なさが増していく。パトリシアはすでに見限られ始めている気がしたが、気づかないフリをするしかなかった。




「バートレット侯爵令嬢が休学したそうよ」

 いつものランチタイムでメルヴィンの婚約者のエレインが報告してきた。彼女はパトリシアと同じクラスだ。

「体調不良で休むことが多かったけど、どこかお悪いのかしら?」

 ミッシェルが首を傾げると、エレインが声を潜める。

「虚弱さに磨きがかかったというか、どこが悪いとはっきりした病名はないそうよ。健康になるまで静養したほうがいいと殿下から提案されたらしいわ」

「出席日数は大丈夫なのか? もともと、休みがちだっただろ」

「休学したんじゃ、進級は無理じゃないかな」

 メルヴィンとレックスが顔を見合わせた。

 パトリシアが幼少期は寝込むことが多い病弱な少女だと知っているから、二人とも病弱さがぶり返したのではないかと思っていた。


「クラスの女子たちが騒がしくなったのよ。

 このまま、休学が続いて留年になったら、殿下には相応しくないって。婚約解消になればチャンスが巡ってくるんじゃないかって、水面下の争いが起こりそうなの。

 クラスの雰囲気がギスギスしそうでイヤだわ。また、婚約者争いが起こるなんて」

 エレインがうんざりしたように暗い顔になった。メルヴィンが慌てて宥める。

「気持ちはわかるが、公言するなよ? まだはっきりとしてはいないからな」

「ええ、わかっているわ。でも、時間の問題のような気がするわよ」

「さすがに婚約して半年で解消は外聞がよくないだろう。もともとの婚約を白紙にさせてまで選んだ婚約者なんだから」

 レックスが皮肉気味に口角を上げた。


 白紙は婚約自体をなかったことにするものだ。事情があってやむを得ずとか、お互いに瑕疵はないが継続は無理な場合にとられる手段だった。

 通常ならばパトリシアの心変わりで有責になるところをバートレット家の権力で取り繕われていた。

 クリフォードのおかげで伯母との仲が改善され、パトリシアは侯爵令嬢になる。スタンリーとは身分違いで婚約を白紙にするしかない。

 白紙の場合は慰謝料は発生しないのだが、パトリシアが世話になった諸費用が慰謝料という名目で支払われ、シトリン家は納得していると円満な婚約解消アピールだ。

 その後、パトリシアはクリフォードへの感謝の気持ちが恋慕に変化し、薄幸の子爵令嬢のシンデレラストーリーだと、美談になった。ベンソン家からの後押しもあって社交界では好意的に受け止められている。

 そこまでしておいて、わずか半年で婚約者から降ろすのは薄情すぎるだろう。

 

 レックスはスタンリーと文通を交わしていて、彼は相変わらずおかんのようだった。

 元婚約者の具合が気になるらしく、よく尋ねてくるのだ。メルヴィンからはストーカーになるからやめろと、はっきりと断られたらしい。

 レックスはセリーナの薬の取引があるから、断りはしないだろうと頼られている。

 これまでは律儀に答えていたが、正直に言えばスタンリーの未練を増長させているようで気が進まなかった。これで最後の知らせにできると思うと、ほっとする。

 レックスは清々するとパトリシアの休学を歓迎していた。

『シンデレラストーリー』を『サクセスストーリー』にするか迷ったのですが、『成功』より『幸運』なイメージでシンデレラストーリーとしています。

尚、異世界で『シンデレラ』が通じるのか?はスルーでお願いします。

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