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愛があると思っていた  作者: みのみさ


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06 まさかの予想外

 二学年に進級したレックスはメルヴィンとはクラスが分かれたので情報交換のためにランチを一緒に摂ることにした。婚約者たちも同席して仲の良い友人になっている。

 その日も四人でランチを摂っていると、なんだか騒がしい声がして彼らは顔をしかめた。


 婚約発表したばかりの第三王子クリフォードとその婚約者を囲んだ一団だ。

 婚約者が選ばれて侍る女子生徒は減ったが、側近候補にはまだ空きがある。彼が臣籍降下するまでは婚約者にも側近や護衛や侍女などがつくので、その人選もあってクリフォードの周りは相変わらず賑やかだ。

 婚約発表の後に体調を崩して休んでいたパトリシアが登校してきて、彼女に気に入られようとご機嫌伺いの男女が騒がしい。


 パトリシアの髪に輝く翡翠の髪飾りを目にして、ミッシェルが羨ましげにため息をつく。

「まあ、あの翡翠はカトラル王国産の物ではないかしら。濃厚な緑色が素晴らしいと評判なのよね」

「侯爵令嬢は日替わりで殿下からの贈り物を身につけているそうだから、殿下からの贈り物ではないかしら?」

 メルヴィンの婚約者が観察する視線を向けていた。


 パトリシアはバートレット家でのお披露目以降、装いが華やかで派手なアクセサリーを身につけるようになった。

 子爵令嬢から侯爵令嬢に身分が変わったのだ。高価な身なりになるのは品位を保つためにも必要だろうが、クリフォードから贈られる装飾品は王族御用達店の一品ばかり。学園につけてくるには格が高すぎて、いささか浮いていた。


「はあ、スタンが留学を伸ばしたのは正解だったな。あんな元婚約者を目にはしたくないだろう」

「バートレット嬢は変わったよ。入学当時はスタンの贈り物のガラスの髪飾りでも気にしていなかったのに」

 レックスが同情心いっぱいのため息をつくと、メルヴィンも同調する。


 スタンリーの交換留学は一年間だけだったが、彼は隣国での学びが足りないと留学期間を延長した。長姉のセリーナが隣国で店をだすことになって、その準備を手伝っていたりもするらしい。

 セリーナは隣国に渡ってから、懐妊が判明した。店をだすのは悩んだそうだが、もともと子供ができても店をたたむつもりはなかったのだ。夫や弟の手を借りて開店することにした。

 来月が出産予定日で、開店は半年後だ。開店準備はほとんど終わっているが、出産間近なので開店を延ばしたのだ。しばらくは薬師を雇って通常の薬だけ任せるが、かつての顧客の要望でどうしても必要な場合だけセリーナが特級薬を調合する。本格的にオーダーメイドを受けるのは店が軌道に乗り、子育ても落ちついてからの予定だった。


「スタンは学生のうちはセリーナ様を手助けするって言ってたけど、卒業しても戻らないつもりかな?」

「その可能性はあるな。まあ、隣国で楽しくやっているようだし、しばらくは離れていたほうがいいだろう。スタンが当主を継ぐ頃にはこちらも落ちつくだろうから」

 レックスとメルヴィンは苦い顔を見合わせて、賑やかな一団に厳しい視線を向けた。




「もういいわ、下がってちょうだい」

 バートレット家当主マドリンは侍女頭を下がらせて、重いため息と共に頭を抱え込んだ。


 侍女頭の報告によると、パトリシアの教育は予定よりだいぶ遅れている。

 パトリシアがサボっているわけではない。物覚えは悪くないし、学習意欲もあるのだが、如何せん体力がなさすぎた。

 休憩時間を多めにとり、無理のないようゆっくりと進めても時折体調を崩して寝込むのだ。寝込む間の学習は溜まりどこかで調整するのも無理だから、どうしても遅れがでる。

 特にダンスが壊滅的だった。

 何曲も踊れる体力がないから、一曲を通してミスしたところを反復学習する余裕はない。ダンス講師は足を踏まれても大丈夫なように鉄板入りの靴を用いているから何度踏まれようと蹴られようとも平気だが、本番ではそうはいかない。

 未だにまともに踊れる曲が一曲もないとか。目眩がしそうな結果だった。


 パトリシアが努力しているのはわかっているが、努力だけで褒められるのは幼児期だけだ。成長するにつれて、努力に伴う成果を求められる。


「・・・あの娘を引き取ったのは失敗だったかしら?」

 マドリンは苦々しく呟いて眉間を揉みほぐした。

 嫡子として厳しく育てられたマドリンと違って末子の妹は甘やかされていた。次女が政略結婚で隣国の貴族に嫁がされても、末子は国内貴族ならば相手は誰でも良いと言われていたのだ。末妹は恋愛結婚で侯爵家の利にならない子爵令息なんかを選んだ。

 それなのに、未熟児で生まれた子供のために侯爵家を頼ってきたから、マドリンは冷たく追い払ってやった。

 もともと、末妹は気に食わなかったのだ。貴族の義務も果たさず好き勝手に生きて困った時だけ実家の侯爵家をアテにするなんて。

 マドリンは父が体調を崩したのを契機に甘い顔をする両親を領地に押し込んでやった。侯爵家の実権を握ったマドリンに逆らえる者はいなくなった。

 末妹が亡くなった時は二度と関わることはないと清々したくらいだ。夫が事故に遭ってゴタゴタしたのは事実だが、末妹のために何かしてやろうとは思わなかった。


 それなのに、第三王子がパトリシアを気に入ったりするから・・・。


 パトリシアは母親にとてもよく似ていた。あの顔を見ているとイライラするが、マドリンは侯爵家当主らしく己の感情を押し隠した。

 末妹と似ているからと姪を冷遇しても気が晴れるわけではない。第三王子に気に入られたのだから、相応しい待遇を用意してやる代わりに侯爵家に利を寄越せと打算を働かせるだけだ。そのためにパトリシアには侯爵令嬢らしくなってもらわねば困るのに、教育成果は捗らない。


 クリフォードの婚約者にはなったが、姪には必要最低限のマナーを仕込むので手一杯だ。付け焼き刃にしかならず、いつボロが出るかとヒヤヒヤする。

 高位貴族からお茶会の誘いがあるたびにマドリンは胃に穴が開く思いをしていた。いつか何かやらかすのではと、気が気ではない。

 今のところ、些細なミスは家名と第三王子の婚約者の立場で見逃されている。だが、侯爵家に養子に入って一年になる。まだ不慣れだなんて言い訳は通らない。厳しい目を向けられる頃合いだった。

 それなのに、パトリシアが寝込む頻度が上がっていた。クリフォードが宮廷薬師から薬を融通してくれて、以前と同じように服用しているのに効き目がよくないらしい。


 薬自体は以前と同じ物だ。念の為にパトリシア愛用の薬のレシピを買い取って作ってもらっているのだから、効能は同じはずなのに。

 参考意見を尋ねたくても、『緑の手』はクリフォードのお節介のせいで潰れてしまった。調合したセリーナ自身もこの国にはいないらしい。

 貴族夫人の一番の役割は跡取りを産むことだ。ただでさえ、パトリシアの健康状態は人並みから少し劣るくらいだったのに、このまま虚弱が進んだら子供を望めなくなってしまう。

 マナー教育さえ予定よりも遅れているのに、当主夫人に必要な夫の補佐や領地の家政なんて学ぶ時間さえとれない。

 国王以外は一夫一妻で最悪跡取りは養子をとるにしても、パトリシアの代わりに当主夫人の仕事を任せられる相手などいないのだ。貴族夫人としては致命的な欠陥だった。


 クリフォードに望まれての婚約だが、王命ではない。パトリシアが丈夫になって侯爵令嬢の教育を完成させないと婚約解消だってあり得るのに・・・。


「全く、母娘揃って腹立たしいったら。なんて、役立たずなのかしらっ」

 マドリンは忌々しく吐き捨てて、イヤイヤながらも医師の手配をすることにした。

タイトルを「まさかの〜」でまとめてみましたが、今話はちょっと難しかったかも・・・。

レックスたちにも、マドリンにも『予想外』だったパトリシア、ということで。

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