03 まさかの国外追放⁉︎
数日後、スタンリーは見知らぬ男子学生から呼び止められた。さるお方から話があると連れられてきたのは高位貴族用のサロンだ。
高級なソファで出迎えたのは第三王子クリフォードで、スタンリーの顔が強張った。初対面なので恭しく礼をとり、お声がけを待つ。
「君がシトリン男爵令息か。ああ、楽にして構わないよ」
「お初にお目にかかります。第三王子でん」
「ああ、そういうのはいいから座って。君とは腹を割って話がしたかったんだ」
スタンリーが遮られて席に着くと、目の前に高級そうなお茶がだされる。ここに連れてきた男子学生が手慣れた仕草で淹れてくれたが、側仕え見習いなのだろうか。他に上級生で体格のよい生徒もいて、護衛騎士候補かもしれない。
クリフォードはくつろいだ様子でお茶を口にして、にこりと微笑んだ。
「パティからは君の話をよく聞いてるんだ。命の恩人なんだって、とても感謝しているって言ってたよ。それで、僕からもぜひともお礼をしたくて呼んだんだ」
「も、もったいないお言葉でございます。ですが、バートレット家から十分な慰謝料をいただきましたので、お気遣いは無用でございます」
クリフォードがパトリシアを愛称で呼んでいて、スタンリーの胸に痛みが走る。スタンリーには人前ではもう呼べないのに。
「バートレット家が支払うのは当然だよ。姪を放置していたのだから。
シトリン家で面倒を見てくれなかったら、どうなっていたことか。本当にパティが無事でよかった。
全く、バートレット家には呆れちゃうよ。すぐにパティを引き取ってくれていたら、もっと早くに彼女と出会えていたのに」
クリフォードは拗ねてふくれるが、金髪に緑目の眩い御尊顔がブサイクになることはない。無駄にキラキラとしていて、侍る女子生徒がいなくても美男子ぶりに変わりはなかった。
「シトリン家はベンソン家と取引してるよね。評判がいいから、王家からも頼もうかと思って。御用達になれば、評価が高まってお礼になるよね」
「・・・王宮からのお取引は大変光栄ではございますが、我が領地から王都へ運ぶには少々距離がございます。
現在の御用達先を当家へ変えるのは無理ではないかと愚考いたします」
シトリン家は隣接する領地がベンソン公爵家の領地で取引している。ベンソン家の領地で薬草を加工して王都へ運んでもらっているのだ。ベンソン家との取引に障りがありそうで王家と誼を持つのはよくなかった。
「ふうーん、そうなんだ。でも、君の姉君は王都で薬屋を開いてるんでしょ。効能が高い薬でオーダーメイド専門とか聞いたけど?」
「義兄が冒険者で高価な素材でも仕入れができますので、成り立っています。姉の薬には我が領地産以外の薬草も使われています」
「へえ、それじゃあ。姉君に薬の注文をだしたほうがいいかな。王家御用達のお店とか名誉でしょ」
「お心遣いは大変ありがたく存じますが、姉には荷が重いお話でございます。姉が一人で切り盛りしている個人店ですので、量産には向きませんし、宮廷薬師の方々にはとても敵いません」
スタンリーは失礼のないように断るのに必死だった。
セリーナは宮廷薬師の声がかかったものの、学園で同期だった薬師にしつこく言い寄られてセクハラ紛いの被害も受けた。それで、宮廷薬師は無理だと辞退したのに、宮廷薬師と対立しかねない御用達の座なんかありがた迷惑なだけだ。
「ええー、あれもヤダ、これもヤダとか。君って結構ワガママだね。パティも苦労したんじゃない?」
「・・・申し訳ありません。
大変名誉で光栄なお話でございますが、どうも私どもには分不相応と思われます。殿下のお心遣いは恐悦至極ではありますが、どうかご寛恕くださいませ」
スタンリーは深々と頭を下げたが、クリフォードは不満げだ。彼は不意に閃いたというように顔を綻ばせた。
「ああ、それなら、君に留学の推薦を与えるよ。今、隣国と交換留学の話がでてね、君は語学力に優れているって聞いたしちょうどいいでしょ。
パティも君に申し訳ないって気に病んでるからさ。顔を合わせないほうがいいし。行ってくれるよね?」
提案ではなく決定事項だった。クリフォードの緑の瞳が全く笑んでなくて、これが本題だったのだと察せられた。
「・・・私ごときに大変ありがたいお話です。謹んでお受けします」
スタンリーは内心の思いを隠して、恭しく頭を下げるしかなかった。
「パティ、これでもう不安になることはないよ!」
「殿下、いかがいたしましたか?」
「パティを不快にさせてたヤツを留学させてやったんだ。もう顔を見ることはないから」
「まあ、そうでございましたか。殿下、ありがとうございます」
パトリシアはにこりと微笑んだ。伯母に仕込まれた淑女の笑みだ。
クリフォードに気に入られている彼女をよく思わない面々は多い。バートレットの家名で表面上はかろうじて守られている状態だった。
伯母はパトリシアを養子にする手続きを進めている。バートレット家は成人した従兄が跡継ぎで、パトリシアは嫁ぐのを前提にした養子縁組だった。
「パティが正式にバートレット家の養子になったらお披露目するでしょ。僕がエスコートするから任せてよ」
「はい、殿下。ありがとうございます」
上品に微笑んだパトリシアがこほっと咳き込んだ。クリフォードが不愉快そうに顔を歪める。
「パティ、また風邪でもひいた? この前、休んだばかりでしょ。ちゃんと薬は飲んだの?」
「ええ、殿下。宮廷薬師のお薬はよく効きました。殿下のおかげでいつもより早く治ったのです。
今はちょっと乾燥しているみたいで喉が渇いただけですわ」
「ふうん、気をつけなよ。身体が弱いと子供ができないかもしれないって、母上に反対されかねないから」
「はい、お気遣いありがとうございます」
パトリシアは淑女の笑みを深めてから、愛らしく小首を傾げた。
「殿下、お願いがあるのですが。殿下の色を取り入れた小物をプレゼントしていただきとうございます。
殿下のご寵愛を示したほうがよいと伯母から忠告されましたので、髪飾りやブローチなど学園でも身につけていられるものがよろしいのですけれども」
「そうだねえ、僕たちの婚約は来年になるし。今度、お気に入りの商会に話しておくから見てみなよ」
「はい、ありがとうございます」
パトリシアは会釈して頭を下げた。スタンリーとの婚約は白紙に戻したが、新たな婚約は最低でも一年はおかないと外聞が悪い。
パトリシアはメイドが淹れてくれたお茶を手にして、またこほりと咳を漏らした。




