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愛があると思っていた  作者: みのみさ


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エピローグ

 妻の名前はフェリシア・パティ・シトリン。ミドルネームに『パティ』が入っているのは養母の影響だ。

 養母のセザンヌ伯爵夫人は亡くなった姪パトリシアによく似たフェリシアを養子に引き取った。姪を偲んで愛称をミドルネームに入れた、と言われているが、実はフェリシアはパトリシア本人だ。


 パトリシアはサナトリウムに到着すると、即入院となった。

 なぜか、シトリン姉弟が勢揃いしていて、セリーナ特製の特級薬をダース単位でいただくわ、シャーリーに全力で治癒をかけられて体力が回復して通常よりも治りが早いわ、リディアと競うようにスタンリーにせっせと世話を焼かれるわ、と至れり尽くせりの療養生活になった。

 バートレット家の一年半ですっかり弱った身体が数カ月で元通りになって、伯母のセザンヌ伯爵夫人に養子の誘いを受けた。新しい戸籍を用意するから、『フェリシア』という別人となって生きてみないか、と。


 元気になってから知らされたのだが、パトリシア・バートレットはすでに死亡届が出されていた。

 セザンヌ家とシトリン家が共謀したと聞いて唖然となったものだ。


 セザンヌ伯爵夫人はバートレット家の次女だった。

 末妹との仲はよく、婚姻後は文通を交わしていた。妹の悲報後にパトリシアを引き取りたかったが、国を跨ぐため手続きが複雑で時間がかかるため叶わなかった。姪は婚約者のシトリン家で大切にされていたから安心していたのに。

 婚約が白紙になったパトリシアが長姉マドリンに引き取られたと知って心配になった。マドリンは侯爵家当主らしく、情よりも利益を優先する人間だ。嫌っていて仲が悪かった末妹の子供を引き取るなんて、何らかの利用価値を見出したとしか思えなかった。


 スタンリーが留学すると息子に声をかけさせて情報を得た。クリフォードとの婚約が姪の本意ではないと知って、スタンリーにパトリシアを救うために共犯者になる気はないかと持ちかけた。

 パトリシアの体調悪化を案じていたスタンリーは速攻で頷き、パトリシアの死を偽装してバートレット家から解放することに同意したという。


 説明されたパトリシアはぽかんと口を開けて言葉がでてこなかった。

 再会したスタンリーが大泣きして縋りついてくるから拒絶なんてできなかった。

『弟の精神安定のために健康になってちょうだい』とセリーナに懇願されて、『愚弟が早まらないように見張るのも大変なのよね』と物騒な呟きをもらすシャーリーには脅されて、パトリシアには逆らう術がない。まずは健康を取り戻すのが第一と事情説明は後回しになっていた。

 まさかシトリン家総出で偽装工作に加担していたなんて無茶苦茶だし、想像外すぎる。


「サナトリウムにはね、不幸なことに回復の見込みがなくて身寄りがいない患者もいるんだ。

 大概は遺産の寄付と共に葬儀や埋葬の手配を頼むものなんだけど、その中の一人が協力を申し出てくれた。遺産はあまり残りそうにないから、君の遺灰の身代わりになってもいいと言ってくれたから偽装が成功したんだ」

「え! ちょ、ちょっと待って、スタン。わたくし、貴方を裏切ったのよ? 酷いことを言ったわ。それなのに、伯母様に協力したの? え、どうして?」

「だって、パティの『他にお慕いしている方がいる』は嘘だったでしょ」

 スタンリーに自信満々鼻高々に断言されて、パトリシアは口をハクハクとさせた。その通りだが、認めていいものか判断がつかない。


「パティには嘘をつくときに俯く癖があるんだ。だから、すぐに嘘だってわかったけど、嘘をついてまで婚約解消を望む理由がわからなかった。

 もし、本当に心変わりが原因なら、誠意を見せるためにもパティは絶対に目を逸らしたりしない。

 殿下に言い寄られて困っているんだったら、ベンソン家に力になってもらえるからあり得ない。

 もしかして、君が侯爵家を頼ったのは侯爵令嬢になりたかったのかなって、失礼なことを考えたりもした。侯爵家のほうが待遇がよくて君は幸せなのかもしれないって。

 僕は気づかないうちに君に嫌われることをしたから、見切りをつけられたのかなって絶望しちゃったよ」

 けろりと告げられた言葉にパトリシアは大混乱だ。あたふたとして、ぶんぶんと激しく首を横に振った。


「そんな、スタンを嫌うなんて絶対にない! 心変わりしたから、わたくしのほうこそ嫌われてると思ってた」

「パティの心変わりなんて嘘だったんだから、嫌うわけないよ。

 ただ、シトリン家が懇意にして頼ってたベンソン家の老公から殿下の婚約者の座を示唆されたから、断れなかったんだよね?

 ごめんね、パティ。我が家が社交を重要視してなかったから、パティ一人に辛い選択をさせてしまって・・・」

 スタンリーはへにゃりと眉を下げて情けない顔を歪ませた。


「君を守るなんて、大口叩いておいて全然守れてなかった。老公の思惑に気付きもしないで本当に僕は愚かだったよ」

 老公がクリフォードとパトリシアの婚約を後押ししていると知ったのは留学間際のことだった。高位貴族の間では広まっていた噂を男爵家が耳に入れる機会はなく、ベンソン家頼りの社交では欺かれても全くわからなかった。

「だけど、赤の他人よりも身内が大切なのは当然だよね、()()()()()から。我が家では老公を批判するつもりはないよ。

 うん、()()()()()()()わかるからね、我が家は老公を見習うことにしたんだ」

 スタンリーはとても良い笑顔なのだが、どこか黒さを感じさせるオーラ全開だった。思わず、パトリシアは身震いする。


「あ、あの、スタン? なんだか、ちょっと怖いのだけど・・・」

「え、怖かった? ごめんね、パティ。君に怒ったわけじゃないから」

 笑顔で告げるスタンリーの目は完全に無だ。批判するつもりはないと言っているが、内心では怒り狂っているのは確かである。

 スタンリーはふっと仄昏い笑みを浮かべた。

「運よくサナトリウムに出資する機会に恵まれたからね、我が家の薬草をサナトリウムに卸すことにしたんだ。

 王都よりもこちらのほうが距離が近いから鮮度は保てるし、ベンソン家より高値で取引もできる。ちょうど、セリ姉様の店をサナトリウム内で開くことになったから、姉様の後押しにもなる。

 赤の他人よりも大切な身内を優先させることにしたんだ」


 ベンソン家との取引は少しずつ減らしていき、最終的には全ての取引停止にする予定だ。

 これまではベンソン領のほうが優秀な薬師が多くて販路も確保されていたから、薬草の加工から販売まで任せていた。それが全てなくなるのだ。薬の量産で潤っていたベンソン領には大打撃になるだろうが、シトリン家の知ったことではない。

 ベンソン家を見習って身内を大切にしただけなのだから。


 もともとサナトリウムはセザンヌ領の温泉の湯治場から発展した療養施設だった。セザンヌ伯爵家が運営を任されていて、スタンリーは就職の勧誘を受けた。まだ学生の身だから、休日にバイトして少しずつ慣れているところだった。

 いずれはシトリン領内の診療所とサナトリウムを連携させて、薬師や医師に聖女見習いを相互派遣して技術提供や療養効果をあげる計画も立てていた。


「スタンがこの国で就職するの? 男爵領はどうするつもりなの?」

「それについては家族会議で決定済みだから、心配することはないよ」

 スタンリーは後継をシャーリーに譲ってこの国に帰属することにした。

 シャーリーが『ヒューゴーを捕獲するから、後は任せて』と、とてもいい笑顔で了承したとか・・・。問題は何もなく穏便なお話し合いだったそうだ。

 サナトリウムは国の事業で成功すれば褒賞で準男爵位を承ることができる。一代限りの貴族位だが、サナトリウムでさらなる成果をあげれば永代男爵位もあり得る。

 スタンリーは男爵位を視野に入れて行動していた。

 サナトリウムが評判になれば、近隣諸国にも知れ渡るだろう。パトリシアが体調悪化で療養するのは高確率であり得たから、療養先に選ばれるかもしれないと思っていた。

 シトリン家一同でサナトリウムに尽力すると決定事項なのであった。


「まさか、わたくしのために?」

「うん。姉たちも両親も僕も、君を諦めるつもりはなかったから。パティが自由になったら、また僕を選んで欲しいと思ってた。

 ねえ、パティ。君一人にだけ辛い決断をさせてしまうような情けない男だけど・・・。

 まだ少しでも、ほんのちょっとだけでもいいから、僕に愛があるなら、求婚の機会をもらえないかな。

 今度こそ君を守りたい、僕の家族になってもらいたいんだ」

 スタンリーが心配そうに見つめてきた。パトリシアの水色の瞳がじわりと潤んで大粒の涙が溢れる。

「え、パティ、泣くほどイヤだった? もう、僕には一欠片も愛なんかない?」

 スタンリーも泣きそうになって慌てている。パトリシアはふるふると(かぶり)を振った。


「い、いやじゃないの。嬉しくて・・・。まだ、スタンが、わたくしを、思ってくれている、から・・・」

「僕は喜んでもいいのかな? まだ、ごく僅かでも愛があると思っていいのかい?」

「ある、・・・いっぱい、あるう。うそ、ついて、ごめんなさ、いいい」

 えぐえぐと子供のように泣きだしたパトリシアは最愛の人に思いきり抱きついた。

「うん、僕もごめんね。一瞬だけでも、パティを疑っちゃって・・・」

 スタンリーも泣き笑いになった。


 パトリシアとは幼馴染でも家族でもなんでもいいから、確かに愛があると思っていた。やっと、取り戻せたのだ。もう二度と手放しはしないと強く決意した。




 シトリン領だけで栽培されている特別な薬草はない。セリーナだけが調合できる唯一無二の薬もない。

 だから、ベンソン家ではシトリン家との取引が減少しても他家から補えば大丈夫だと思っていた。長年、シトリン領の薬草しか扱っていなかったので、高品質で必要量を十分に確保できるのがどれだけ幸運なのか、全く把握していなかった。

 薬の質が落ちて売れ残るようになってから、ようやく事態の改善に努めたが遅かった。

 時折、特注される特級薬も最高品質な物はセリーナと取引していた。ベンソン家お抱えの特級薬師では品質にムラがあった。最高品質の成功率は三割ほどで成功までには大量の高品質の薬草が必要になるのに、手に入らなくなった。

 高品質で貴重な薬草に、最高級の特級薬が隣国のサナトリウムで手に入るとなって、ベンソン領は次第に寂れていった。


 サナトリウムでは薬処『緑の我が家』が大盛況で、サナトリウムの発展に貢献したと新たな男爵家が叙された。近隣諸国中で話題になったという。

最後までお読みいただきありがとうございます。

面白かったら評価していただけると嬉しいです。


私は元サヤが好きではないですが、やむを得ない事情がある場合はアリだなと思っています。好みは人それぞれですので、中には絶対にNGという方もおられるようですが、ここまでお越しくださったからにはNGな方はいない、はず。

もし、万が一にでもおられても、申し訳ありませんが苦情にはお付き合いしません。

注意喚起を無視する方は他人の話を聞かないタイプだと思われますので、お互いに関わらないほうが平和だと思います。

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