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愛があると思っていた  作者: みのみさ


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09 まさかの訃報

「え、もう一度言ってくれる?」

 クリフォードは側近からの報告に目を瞬かせた。

 隣国のサナトリウムに療養に出かけた婚約者が無事到着したという報告に、病状悪化で手遅れだったと続いたのだ。


「その、移動の旅に体力が持たなかったようでして。到着してすぐにお亡くなりになったそうです」

「え、そんなに悪かったの? それなのに、旅に出したとか。

 え、バートレット侯爵は何を考えているのさ」

「侯爵もそこまで悪くなっていたとは予想外だったようでして」

「療養させるのに、移動の間の医師の手配もしていなかったの? 非常識すぎない?」

「詳しいことはまだ報告にあがっておりません。詳細の報告の手配をいたします」

「ええ〜、今更じゃないか。良かれと思って、サナトリウムを紹介したのに裏目にでるなんて・・・。

 ああ、もう、パティを気に入っていたのに〜。

 また選び直さないとだよ。公爵夫人にちょうどいい令嬢なんて、まだ誰かいたっけ?」

 クリフォードはガックリと肩を落として恨みがましく報告書を睨んでいる。


 伯爵家以上の成績優秀で近い年頃の令嬢はもう婚約済みばかりだ。こんなことなら、ベンソン家の養子にしておけばよかったと後悔が押し寄せてくる。

「あー、もうついてないなあ。わざわざ、薬代だって負担したし、元婚約者の留学だって推薦してあげて婚約を白紙にした補償だってしたのになあ〜。

 しかも、一年間は喪に服さないと、次の相手を見つけても婚約はできないし。踏んだり蹴ったりだよ」


 ぼやくクリフォードは婚約者の死を残念に思ってはいても悲しんではいなかった。まだ、そこまでの情を築けていなかったし、知らせを聞いただけでは婚約者を失った実感も湧かなかったのだ。

 ただ、気の毒な令嬢を幸せにしてあげようとしたヒーローだと己を認識していた。

 それが覆ったのはパトリシア・バートレットの葬儀後だ。


 遺体を運搬するのは無理だったので、隣国ですでに火葬されて灰だけを持ち帰って棺に収めたという。灰だけでは見苦しいと花々で埋めた棺で親族だけの葬儀だったが、婚約者のクリフォードが欠席するわけにはいかない。

 神妙に涙を堪える顔をしていたクリフォードは戻ってすぐに兄夫婦に呼ばれた。王太子の長兄を補佐している次兄のほうだ。

 喪服を脱ぐ暇ももらえず、大至急と呼ばれて緊急事態かと慌てた。急いで第二王子の宮殿に向かうと、兄は難しい顔をして、義姉の顔色も優れない。


「兄上、義姉上、何かありましたか?」

「何かではない。これを読んでみろ」

 兄に渡されたのは厚めの手紙だ。義姉宛で隣国の友人からの物だった。

 手紙にはサナトリウムから発信されたというある悲恋話が書かれていた。思い合う恋人同士が権力を笠にした王子に引き裂かれたというもので、隣国では貴族社会にも広まりつつあるらしい。


「これがどうかしたのですか?」

「この噂の元はお前の婚約者だったバートレット侯爵令嬢と元婚約者だ。二人は恋愛で結ばれた婚約だったそうだぞ?

 お前は冷遇されていた令嬢を救ったら惚れられたから婚約したと言っていたが嘘だったのか。実際はお前が横恋慕したのではないのか?」

「ええー、兄上。何を言っているのですか。パティは伯母のバートレット侯爵に放置されていたのですよ?

 だから、婚約者の家で世話になるしかなかった。でも、その婚約だって病弱だったパティの薬のためです。恋愛だなんてデマはどこから出たのですか?」

「シトリン男爵家はサナトリウムに出資したそうよ。その関係で令息がサナトリウムに出入りしていて、ちょうど重篤な状態で到着したバートレット侯爵令嬢を見かけて号泣したのですって。

 二人は引き裂かれた恋人同士で死の淵で再会した悲恋だと噂になったそうなの。

 二人の実名は公にはされずに男爵令息と侯爵令嬢の悲恋と謳われているけど、わかる相手には察せられるわ。友人は侯爵令嬢の婚約者が貴方だからと教えてくれたのよ」

 義姉が苦々しい声で説明した。クリフォードは唖然として首を傾げた。


「え、だって、そんなことは一言も聞いてませんよ?

 ベンソン老公もバートレット侯爵も、それにパティだって・・・」

「お前の側近候補たちに尋ねてみたが、当初令嬢はシトリン男爵令息との婚約を薬のためではないと説明していたらしいな。だが、周りの声に恐縮して口を噤んだようだと証言がある。

 ベンソン家はシトリン家の重要な取引相手でお得意様でもあった。

 婚約者の家のことを思うと、令嬢はベンソン家の声を無視にはできなかったのだろう。ベンソン家は養子を手元に置きたくて、令嬢をお前の婚約者に差し出した。

 そこに社交界の噂を無視できなかったバートレット家が関わってきた。まあ、バートレット家は王家と縁続きになるメリットをとったらしいが・・・。

 ベンソン家とバートレット家の両方から圧力をかけられたら、男爵家では太刀打ちできない。

 侯爵令嬢、いや、パトリシア嬢は男爵家を庇ってお前との婚約を受け入れたのではないか?」

「それなのに、貴方は令息に留学を命じたそうね? しかも、令息の姉の店も潰したと聞いていてよ?」

「留学は良かれと思って声をかけたのですよ! 語学力が優れていると聞いたから。一年間の予定を延長するほど熱心なのだから、悪い話ではなかったはずだ。

 それに、店を潰してなんかいません! 依頼を失敗したのだから、相手の自業自得でしょう?」

 兄夫婦は目を剥く弟に憐れみの視線を向けた。


「お前は王族としての自覚に欠けるな。我らの言葉には重みがある。

 王族の言葉に逆らうのは不敬罪を問われる覚悟がいるのだぞ? お前の依頼を断るなど一介の薬師にはできまい。

 お前は自身の影響力をもっと考慮しろ。無闇な軽挙は控えるべきだ」

「大量依頼は受けていないと説明しても理解されなかったと聞いているわ。無理な依頼でも受けるしかなかったようね。

『緑の手』はベンソン家以外の高位貴族も利用していたの。『緑の手』の閉店は彼らに不満を抱かせてしまったのよ。

 おまけに、S級冒険者が隣国に出国してしまって、希少植物や貴重な材料が手に入りづらくなった弊害も出ているわ。ずっと値上がりが続いているそうよ? はあっ、頭が痛いわね」

「はっ? S級冒険者が隣国に行ったって、僕には関係ないでしょ」

 義姉の言葉が理解不能だった。クリフォードの眉間に深くシワがよる。


 S級は冒険者の頂点で全世界で十人いるかどうかの精鋭だ。各国は様々な優遇措置で国に止めおこうとしていると聞く。

 S級がこの国に見切りをつけたなら、国の優遇措置に不満があったのだろう。臣籍降下予定の第三王子に責任があるわけない。

 兄夫婦は二人揃って、はあああっと大きなため息をついた。なんだか、バカにされているようでさすがに面白くない。

 クリフォードは膨れっ面になって兄たちを睨めつけた。


「兄上も義姉上もひどいですよ。一体、何が言いたいの?」

「S級が出て行ったのは嫁の店が潰れたからだ。お前の無茶な依頼で、な」

「隣国で新たに店を出すけど、この国の依頼は二度と受けないと公言しているそうよ。たとえ、どんな高額の指名依頼でも断ると言っているわ。

 事情が事情だけにギルドでも説得は無理だと諦めたそうね」

「え、嫁の店が潰れたって・・・。S級冒険者の配偶者は『緑の手』の薬師だったの?」

 目を見張るクリフォードに二人は頷く。クリフォードは理不尽だとますます膨れた。


「ええ〜、男爵家出身でも継ぐ爵位のない平民の夫婦だったでしょ。夫がS級冒険者とか知るわけがないよ」

「あら、有名な噂だったわよ? 『緑の手』がオーダーメイドで流行っているのは夫のおかげだって。

 どんなに珍しい貴重な薬でも手に入る店だと社交界でも密かに人気があったわ」

「S級の公言で閉店はお前の仕業らしいと噂が流れている。真相解明した兄上は頭を抱えていたぞ。

 父上も密かに利用していたそうで、よく効く育も・・・、いや、欲しい薬が手に入らなくなったと嘆いている」

 次兄が父の薄い頭を思い浮かべて沈痛な表情になった。義姉も憂い顔だ。


「S級冒険者の恩恵が我が国から隣国へ移ったの。隣国は好機と捉えてS級の囲い込みに動いているそうよ。友人たちは喜んでいるけどねえ、わたくしは喜べないわ」

 義姉の友人はS級の活躍で貴重な材料を使った高価な化粧品が値下がりするかもしれないと期待しているらしい。

「そんなの、僕のせいではないですよ。たかが平民ごときの動向に過敏になりすぎでしょ」

「たかがではないわよ? 一国に十人いれば御の字の特級薬師に、一人でもいれば重畳のS級冒険者。

 貴方には彼らがいなくなってどれほどの損失なのかわからないのかしら?」

「お前のせいだと知れ渡るのも時間の問題だ。方々からの恨みつらみは覚悟しておけ」

「そんな!」

 兄夫婦から睨まれてもクリフォードは不満でいっぱいだった。己の責任だとは全く全然さっぱり思っていない。

 兄夫婦なりに弟を気遣ってせっかくの忠告だったが、生かされることはなかった。


 クリフォードは婚約者を亡くした影響で周りが自粛して取り巻く人々が減っていった。喪が明けても腫れ物扱いは変わらず、侍る相手は減少する一方だった。新しい婚約者を見つけようにも、打診はことごとく断られた。

 配偶者が見つからなかったために公爵家を興す話は消えてしまい、クリフォードは王命である伯爵家へ婿入りが決定した。

 昔からの名家だが、経営が厳しくて爵位返上を検討するしかない没落貴族家だった。クリフォードは立て直しを命じられて領地に行ったきりになった。

 王都へ出向く暇もなく、社交界への復帰は叶わなかったという。

ラスト一話で完結予定です。私はあまりネタバレが好きではないのですが、ラストが地雷の方がいる可能性がありますので、注意喚起しておきます。

ちょこっとだけネタバレでお嫌な方はスルーしてくださいませ。


ヒーローは登場済み、恋愛ジャンルでハッピーエンドタグです。ラストの予測がつくと思います。これはNGと思われる方は申し訳ありませんが、ここでendになさってください。

ネタバレ嫌いな当方としては最大限の配慮なので、無視なさることのないようお願いいたします。

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