選んだのではなく、導かれた道
お兄さんたちと一緒に行動すると、私とリオとリアだけの時よりも移動が速い。
なぜかというと、絵描きと野菜採りという名の寄り道が、あまりできないからだ。
最初の頃は、珍しい薬草を見つけるたびに――
「うわっ!ねぇお兄さん、見て見て!」私は植物に指をさしながら、勢いよく話し始める。
「この桃色、すごくきれいでしょう?夜になると光るんです!ほらほら、めちゃくちゃ美味しそうじゃないですか?でも食べちゃったら、下痢になっちゃうみたいです!私は実際食べたことがないから、本当に下痢になるかどうか分かりませんけど、お兄さんたちが気になるなら、遠慮なく食べてみてくださいね!あっちにも生えていますから、お兄さん四人分、全然足りますよ!」
お兄さんたちにぺらぺらとその植物のことを解説しながら、私はその植物に飛びつき、イキイキと絵を描き始める。
「何が『足りますよ』だよ。下痢だろうが」誰かが、ぼそっと呟いた。
「ふふふふっ」誰かが、こらえきれずに笑った。
その植物を描き終わり、しばらく歩いたところで、少し離れた場所に、また別の珍しい薬草を見つけた。
「ぎゃあっ!なにこれなにこれ!?」私は思わず声を上げる。
「お兄さん!これ!おじいちゃんの画集でしかみたことないですよ!そもそも、おじいちゃんも『実物を見たことがない』って言ってました!これ、すごーーーーーーーーっく珍しいですよ!見た目はあまり可愛くないけど、焼くとめちゃくちゃ美味しいらしいんです!珍しいのに美味しい!もはや高級食材です!こんなところにあるなんて、興奮しますね!お兄さんたちもそう思いません!?」私は興奮したまま、息もつかずにまくしたてる。
「今日の晩ご飯に採りますから、ちょっと待ってくださいね!お兄さんの分も採りますから、安心してくださいね!」
そう言って、私はその植物を採る前に、念のため絵を描いてから、丁寧に採取した。
「‥‥‥今、ホワイトウルフたちでさえ、ため息をついたぞ‥‥‥」誰かが、ぼそりと呟いた。
「ふふふふっ」誰かが、また笑った。
私が絵描きと採取を終え、再び歩き出そうとした、その時――
「はっ!お兄さんお兄さん!」
「はぁ‥‥‥進まねぇ‥‥‥」誰かの力尽きた呟きが背後から聞こえた。
「ああああれはマジックマッシュルームです!」私は指をさして声を上げる。
「見えますか?あの紫色のキノコです!あれはマジックマッシュルームです!すごくきれいでしょう?でもすごい猛毒持ちのキノコですよ!触ったら秒速で死んじゃうみたいです!ふふふ、せっかくだからもうちょっと近くで見よう〜」
私はマジックマッシュルームをこれまで一度しか見たことがない。あの時はおじいちゃんと一緒で、近づこうとした瞬間、全力で止められたのだ。でも今は――おじいちゃんが、いない!
チャンスだっ!
私が一歩、マジックマッシュルームに近づこうとした瞬間、
「ちょっと!このバカ!自分で猛毒って言ったんだろう!?」
「えっ!?い、今何をしようとしてんだ!?」
「自殺はやめろ!」
「リーマ!近づくな!」
おじいちゃんの代わりに、今度はお兄さんたちが全力で私を止めに入った。
「‥‥‥えっ?わ、私はただもう少し近くで見たかっただけなんですけど‥‥‥。私だって、死ぬつもりはありませんよ‥‥‥?」
「それでもダメだよ。わかった?」カイテルさんはそう言って、私の頭をぽんぽんと撫でた。
「は、はい‥‥‥」
私はマジックマッシュルームの観察を断念し、再び歩き出した。しばらく進んだところで、今度はちゃんと役に立つ植物を見つける。
「あっ、お兄さん!」
「今度はなにっ!?」ほぼ反射で返された声に、私は負けじと説明を始めた。
「あの植物は回復薬の材料です!解熱剤としても使えますから、絶対役に立ちますよ!採りますから、ちょっと待ってくださいね〜」
そう言ってから、私はふと思いついたように付け加える。
「あっ、お兄さんたちは急いでるなら、先に行ってもいいですよ。森の出口で会いましょう!じゃ!」
「じゃ、じゃねぇよ。君、絶対に一人で森の出口まで辿り着くわけないんだろうが‥‥‥」力尽きたような声が背後から聞こえた。
しばらくの沈黙のあと、誰かがはっきりした声で言った。
「俺はリーマを待つよ」と。
回復薬の材料を採取し、再び歩き出した。そして、
「お、お兄さん!あああああの花っ――!きゃっ!痛いっ!」
私がその花に飛びつこうとする前に、マーティスさんに首根っこを掴まれてしまった。
どうやら、マーティスさんはついに我慢の限界を迎えたらしい。
か弱い女の子の私に全く容赦なく、首根っこを鷲掴みにしたまま歩き出し、強引に私を前に出す。
「ちょ、ちょっと待ってください!あ、あれはですね!すごく!すっっっっごく珍しい花なんですよ!い、一生に一度、見られるかどうかの花なんですよ!ちょっとだけ!マーティスさんちょっとだけ――!って痛い痛い痛いっ!いたーーいっ!!」
私の必死の懇願は、ことごとく森に吸い込まれていった。
「あ、あの花は本当に珍しいですよ!あの花を無視するなんて信じられません!」
「わかったから、早く歩け」
「もうーーっ!いつかおじいちゃんにお土産話にできるかもしれないのにっ!」
「わかったから、早く歩け」
「私が七十歳のおばあちゃんになっても、二度と見られないかもしれないのにっ!」
「わかったから、早く歩け」
「もうーーーーーーーっ!」
「君、いつもこんな調子で森を歩いていたのかよ。だから十日間も森の中を彷徨う羽目になるんだな。納得したわ!」
「‥‥‥‥‥」
私はマーティスさんにぷんぷん怒り、頬を膨らませて、もう口をきかないと心に決めた。
チラッとマーティスさんを睨み、ぷいっとそっぽを向く。
「痛っ!」
私の頭にいきなりげんこつが落ちた。けど、別に痛くない。
「大げさだ。痛くないんだろう。人の話を無視するな」
「騎士なのに、か弱い女の子に暴力を振るうとか騎士失格です!これは騎士が一般市民にすることですか!?」
私は振り返って、指を突きつける。
「おいっ!暴力じゃないだろう!痛くなかったんだろうが!」マーティスさんが声を荒げた。
「する側とされる側の気持ちは全然違いますよ!」
「大げさだ!俺は軽く叩いただけだろう!」
「じゃあ、リオに、マーティスさんを『軽く』叩かせてみてもいいですか?」
「‥‥‥‥‥‥」
一瞬の沈黙。
「わかったわかった。頭を叩いて悪かったよ」マーティスさんは観念したように息を吐いた。
「ふーん」私は腕を組み、思案気に考える――風に言う。
「まあ、私は優しいから、今回は許してあげてもいいです。二度とありませんからね」
「‥‥‥調子に乗るなよ」マーティスさんが、ぎょろりと私を睨んだ。
こわっ!
今の顔、ものすごく怖い‥‥‥‥‥‥。調子に乗りすぎたか‥‥‥。
その様子を見ていた他のお兄さんたちは、少し後ろで――盛大に爆笑していた。
村を出る前に、おじいちゃんはデリュキュース国のことを少しだけ教えてくれた。
デリュキュース国は、六つの大きな街で構成された国だ。
中心にあるのが王都――プロメテウス。王族、貴族、商人、あらゆる人が集まる巨大な都市。
その王都を囲むように、北にヘラクレム、東にバンデ、南にマラーヤ、南西にドラウネ、そして西にトレストがある。
頭の中で、おじいちゃんが描いてくれた地図を思い浮かべる。
私にできそうな仕事といえば、おそらく薬の仕事ぐらいだ。
じゃあ、どの街に行けば、薬の仕事ができるのか――それを、ずっと考えていた。
うーん‥‥‥何でもありそうなのは、やっぱり王都なのかな?でも、遠すぎる。いつか村に帰る時、大変なんだよね‥‥‥。
東のバンデは論外だ。トレストの反対側だし、王都より絶対に遠い。
南のマラーヤに行くなら、途中でドラウネを通らなければならない。それなら、いっそドラウネに行った方が近い気もする。
‥‥‥そう考えると、やっぱり一番楽なのはトレストだね。
トレストは人気のある街じゃないかもしれないけれど、人間は必ず薬を必要とする。なら、薬の仕事だってきっとあるはずだ。
お願い。薬の仕事がありますように‥‥‥。
お願い。あってくれ‥‥‥
「何を考えているのか?」
いつの間にか、私の隣を歩いていたカイテルさんが声をかけてきた。どうやら、私の真剣な顔に気づいたらしい。
「うーん‥‥‥どの街に行くかとか、街でどうやって仕事を見つけるかを考えていました。そもそも、街ってどんなところですか?全く想像できなくて‥‥‥村より、何倍大きいですか?」
「リーマの村がどのくらい大きいのかわからないけど」カイテルさんは少し考えてから答える。
「村よりは、かなり大きいよ。もし行き先を決められないなら、俺たちと一緒に王都に行こうよ。王都なら仕事がたくさんあるし、仕事のことで困ることはまずないからね」
「うーん、でも王都が遠すぎる‥‥‥」
「ドラゴンに乗れば、一日で着くよ」
「それでも‥‥‥遠すぎると、いつか村に帰る時、大変‥‥‥」
「でも王都ならリーマが一人じゃなくて俺もいる。何かあったら俺がすぐ助けられる。だから、王都の方が絶対にいいよ」
カイテルさんは、当たり前のことのように言った。
「‥‥‥確かに‥‥‥知っている人がいたほうが、安心はしますけど‥‥‥でも、迷惑なんじゃ‥‥‥」
「そんなことを考えないで。全然、迷惑じゃないよ。まずは王都に行って、一緒に考えようね。絶対大丈夫だよ。俺が手伝うから、だから安心してね」
「‥‥‥王都はトレストよりどのぐらい大きいですか?」
「うーん、そうだな」カイテルさんは少し考えてから答えた。
「大きさだけで言えば、三倍ぐらいかな。でも賑やかさはトレストの十倍はあるよ。トレストは王都から遠いから、人の行き来も少なくて、あまり賑やかじゃないんだ」
「そうなんですか‥‥‥?じゃあ、トレストには仕事が少なそう‥‥‥」
「王都の方が、トレストより仕事は絶対に多いよ」
「あっ!そうだ!大事なことを思い出しました!王都の宿って、高いですか?一応、おじいちゃんから少しお金はもらったんですけど‥‥‥王都の宿だと高そうだし、足りないかも‥‥‥だったら、トレストの方がいいかも‥‥‥」
「宿のことは、気にしなくてもいいよ」カイテルさんは、あっさりと言った。
「俺の家に住めばいいよ。俺の両親もいるから、心配することはない。両親もリーマに会えたら、きっと喜ぶと思うよ」
「‥‥‥‥‥‥」
カイテルさんは、本当にありがたい提案をしてくれた。やっぱりカイテルさんはすごく優しい。
初めて会った時、カイテルさんにひどいことを言ってしまったことを思い出して、恥ずかしくなる。
カイテルさんは私の頭を撫で、「安心して。王都で絶対うまくいくからね」と、心配させないように慰めてくれた。
――完全に妹扱いである。
村でも私は、孫扱いか、娘扱いか、妹扱いをされていたから、その感覚がなんだか懐かしくなって、無性に村の人たちに会いたくなってきた。
‥‥‥だがしかし。
なぜか、他のお兄さんが、私とカイテルさんを見て、急にニヤニヤし始めた。
さらに、リオとリアまで突然、『ぐるうううッ!』(あのイナカムスメからハナレなさいッ!)と、低い声で唸り始めた。
私は――ついに、リオとリアに「田舎娘」と呼ばれてしまった‥‥‥完全事実だから、反論できずである‥‥‥
っていうか、みんな一斉にどうしちゃったのかしら?
「ありがとうございます。カイテルさんはすごく優しいです」私はそう言ってから、少しだけ言葉を選んだ。
「でも‥‥‥カイテルさんに迷惑をかけたくないですから、宿に泊まりますよ」
「全然迷惑じゃないからね」
カイテルさんは微笑んで、また私の頭を撫でた 。




