表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/34

選んだのではなく、導かれた道

 お兄さんたちと一緒に行動すると、私とリオとリアだけの時よりも移動が速い。


 なぜかというと、絵描きと野菜採りという名の寄り道が、あまりできないからだ。


 最初の頃は、珍しい薬草を見つけるたびに――


「うわっ!ねぇお兄さん、見て見て!」私は植物に指をさしながら、勢いよく話し始める。


「この桃色、すごくきれいでしょう?夜になると光るんです!ほらほら、めちゃくちゃ美味しそうじゃないですか?でも食べちゃったら、下痢になっちゃうみたいです!私は実際食べたことがないから、本当に下痢になるかどうか分かりませんけど、お兄さんたちが気になるなら、遠慮なく食べてみてくださいね!あっちにも生えていますから、お兄さん四人分、全然足りますよ!」


 お兄さんたちにぺらぺらとその植物のことを解説しながら、私はその植物に飛びつき、イキイキと絵を描き始める。


「何が『足りますよ』だよ。下痢だろうが」誰かが、ぼそっと呟いた。


「ふふふふっ」誰かが、こらえきれずに笑った。



 その植物を描き終わり、しばらく歩いたところで、少し離れた場所に、また別の珍しい薬草を見つけた。


「ぎゃあっ!なにこれなにこれ!?」私は思わず声を上げる。


「お兄さん!これ!おじいちゃんの画集でしかみたことないですよ!そもそも、おじいちゃんも『実物を見たことがない』って言ってました!これ、すごーーーーーーーーっく珍しいですよ!見た目はあまり可愛くないけど、焼くとめちゃくちゃ美味しいらしいんです!珍しいのに美味しい!もはや高級食材です!こんなところにあるなんて、興奮しますね!お兄さんたちもそう思いません!?」私は興奮したまま、息もつかずにまくしたてる。


「今日の晩ご飯に採りますから、ちょっと待ってくださいね!お兄さんの分も採りますから、安心してくださいね!」


 そう言って、私はその植物を採る前に、念のため絵を描いてから、丁寧に採取した。


「‥‥‥今、ホワイトウルフたちでさえ、ため息をついたぞ‥‥‥」誰かが、ぼそりと呟いた。


「ふふふふっ」誰かが、また笑った。



 私が絵描きと採取を終え、再び歩き出そうとした、その時――


「はっ!お兄さんお兄さん!」


「はぁ‥‥‥進まねぇ‥‥‥」誰かの力尽きた呟きが背後から聞こえた。


「ああああれはマジックマッシュルームです!」私は指をさして声を上げる。


「見えますか?あの紫色のキノコです!あれはマジックマッシュルームです!すごくきれいでしょう?でもすごい猛毒持ちのキノコですよ!触ったら秒速で死んじゃうみたいです!ふふふ、せっかくだからもうちょっと近くで見よう〜」


 私はマジックマッシュルームをこれまで一度しか見たことがない。あの時はおじいちゃんと一緒で、近づこうとした瞬間、全力で止められたのだ。でも今は――おじいちゃんが、いない!


 チャンスだっ!


 私が一歩、マジックマッシュルームに近づこうとした瞬間、


「ちょっと!このバカ!自分で猛毒って言ったんだろう!?」


「えっ!?い、今何をしようとしてんだ!?」


「自殺はやめろ!」


「リーマ!近づくな!」


 おじいちゃんの代わりに、今度はお兄さんたちが全力で私を止めに入った。


「‥‥‥えっ?わ、私はただもう少し近くで見たかっただけなんですけど‥‥‥。私だって、死ぬつもりはありませんよ‥‥‥?」


「それでもダメだよ。わかった?」カイテルさんはそう言って、私の頭をぽんぽんと撫でた。


「は、はい‥‥‥」



 私はマジックマッシュルームの観察を断念し、再び歩き出した。しばらく進んだところで、今度はちゃんと役に立つ植物を見つける。


「あっ、お兄さん!」


「今度はなにっ!?」ほぼ反射で返された声に、私は負けじと説明を始めた。


「あの植物は回復薬の材料です!解熱剤としても使えますから、絶対役に立ちますよ!採りますから、ちょっと待ってくださいね〜」


 そう言ってから、私はふと思いついたように付け加える。


「あっ、お兄さんたちは急いでるなら、先に行ってもいいですよ。森の出口で会いましょう!じゃ!」


「じゃ、じゃねぇよ。君、絶対に一人で森の出口まで辿り着くわけないんだろうが‥‥‥」力尽きたような声が背後から聞こえた。


 しばらくの沈黙のあと、誰かがはっきりした声で言った。


「俺はリーマを待つよ」と。



 回復薬の材料を採取し、再び歩き出した。そして、


「お、お兄さん!あああああの花っ――!きゃっ!痛いっ!」


 私がその花に飛びつこうとする前に、マーティスさんに首根っこを掴まれてしまった。


 どうやら、マーティスさんはついに我慢の限界を迎えたらしい。


 か弱い女の子の私に全く容赦なく、首根っこを鷲掴みにしたまま歩き出し、強引に私を前に出す。


「ちょ、ちょっと待ってください!あ、あれはですね!すごく!すっっっっごく珍しい花なんですよ!い、一生に一度、見られるかどうかの花なんですよ!ちょっとだけ!マーティスさんちょっとだけ――!って痛い痛い痛いっ!いたーーいっ!!」


 私の必死の懇願は、ことごとく森に吸い込まれていった。


「あ、あの花は本当に珍しいですよ!あの花を無視するなんて信じられません!」


「わかったから、早く歩け」


「もうーーっ!いつかおじいちゃんにお土産話にできるかもしれないのにっ!」


「わかったから、早く歩け」


「私が七十歳のおばあちゃんになっても、二度と見られないかもしれないのにっ!」


「わかったから、早く歩け」


「もうーーーーーーーっ!」


「君、いつもこんな調子で森を歩いていたのかよ。だから十日間も森の中を彷徨う羽目になるんだな。納得したわ!」


「‥‥‥‥‥」


 私はマーティスさんにぷんぷん怒り、頬を膨らませて、もう口をきかないと心に決めた。


 チラッとマーティスさんを睨み、ぷいっとそっぽを向く。


「痛っ!」


 私の頭にいきなりげんこつが落ちた。けど、別に痛くない。


「大げさだ。痛くないんだろう。人の話を無視するな」


「騎士なのに、か弱い女の子に暴力を振るうとか騎士失格です!これは騎士が一般市民にすることですか!?」


 私は振り返って、指を突きつける。


「おいっ!暴力じゃないだろう!痛くなかったんだろうが!」マーティスさんが声を荒げた。


「する側とされる側の気持ちは全然違いますよ!」


「大げさだ!俺は軽く叩いただけだろう!」


「じゃあ、リオに、マーティスさんを『軽く』叩かせてみてもいいですか?」


「‥‥‥‥‥‥」


 一瞬の沈黙。


「わかったわかった。頭を叩いて悪かったよ」マーティスさんは観念したように息を吐いた。


「ふーん」私は腕を組み、思案気に考える――風に言う。


「まあ、私は優しいから、今回は許してあげてもいいです。二度とありませんからね」


「‥‥‥調子に乗るなよ」マーティスさんが、ぎょろりと私を睨んだ。


 こわっ!


 今の顔、ものすごく怖い‥‥‥‥‥‥。調子に乗りすぎたか‥‥‥。


 その様子を見ていた他のお兄さんたちは、少し後ろで――盛大に爆笑していた。




 村を出る前に、おじいちゃんはデリュキュース国のことを少しだけ教えてくれた。


 デリュキュース国は、六つの大きな街で構成された国だ。


 中心にあるのが王都――プロメテウス。王族、貴族、商人、あらゆる人が集まる巨大な都市。


 その王都を囲むように、北にヘラクレム、東にバンデ、南にマラーヤ、南西にドラウネ、そして西にトレストがある。


 頭の中で、おじいちゃんが描いてくれた地図を思い浮かべる。


 私にできそうな仕事といえば、おそらく薬の仕事ぐらいだ。


 じゃあ、どの街に行けば、薬の仕事ができるのか――それを、ずっと考えていた。


 うーん‥‥‥何でもありそうなのは、やっぱり王都なのかな?でも、遠すぎる。いつか村に帰る時、大変なんだよね‥‥‥。


 東のバンデは論外だ。トレストの反対側だし、王都より絶対に遠い。


 南のマラーヤに行くなら、途中でドラウネを通らなければならない。それなら、いっそドラウネに行った方が近い気もする。


 ‥‥‥そう考えると、やっぱり一番楽なのはトレストだね。


 トレストは人気のある街じゃないかもしれないけれど、人間は必ず薬を必要とする。なら、薬の仕事だってきっとあるはずだ。


 お願い。薬の仕事がありますように‥‥‥。


 お願い。あってくれ‥‥‥


「何を考えているのか?」


 いつの間にか、私の隣を歩いていたカイテルさんが声をかけてきた。どうやら、私の真剣な顔に気づいたらしい。


「うーん‥‥‥どの街に行くかとか、街でどうやって仕事を見つけるかを考えていました。そもそも、街ってどんなところですか?全く想像できなくて‥‥‥村より、何倍大きいですか?」


「リーマの村がどのくらい大きいのかわからないけど」カイテルさんは少し考えてから答える。


「村よりは、かなり大きいよ。もし行き先を決められないなら、俺たちと一緒に王都に行こうよ。王都なら仕事がたくさんあるし、仕事のことで困ることはまずないからね」


「うーん、でも王都が遠すぎる‥‥‥」


「ドラゴンに乗れば、一日で着くよ」


「それでも‥‥‥遠すぎると、いつか村に帰る時、大変‥‥‥」


「でも王都ならリーマが一人じゃなくて俺もいる。何かあったら俺がすぐ助けられる。だから、王都の方が絶対にいいよ」


 カイテルさんは、当たり前のことのように言った。


「‥‥‥確かに‥‥‥知っている人がいたほうが、安心はしますけど‥‥‥でも、迷惑なんじゃ‥‥‥」


「そんなことを考えないで。全然、迷惑じゃないよ。まずは王都に行って、一緒に考えようね。絶対大丈夫だよ。俺が手伝うから、だから安心してね」


「‥‥‥王都はトレストよりどのぐらい大きいですか?」


「うーん、そうだな」カイテルさんは少し考えてから答えた。


「大きさだけで言えば、三倍ぐらいかな。でも賑やかさはトレストの十倍はあるよ。トレストは王都から遠いから、人の行き来も少なくて、あまり賑やかじゃないんだ」


「そうなんですか‥‥‥?じゃあ、トレストには仕事が少なそう‥‥‥」


「王都の方が、トレストより仕事は絶対に多いよ」


「あっ!そうだ!大事なことを思い出しました!王都の宿って、高いですか?一応、おじいちゃんから少しお金はもらったんですけど‥‥‥王都の宿だと高そうだし、足りないかも‥‥‥だったら、トレストの方がいいかも‥‥‥」


「宿のことは、気にしなくてもいいよ」カイテルさんは、あっさりと言った。


「俺の家に住めばいいよ。俺の両親もいるから、心配することはない。両親もリーマに会えたら、きっと喜ぶと思うよ」


「‥‥‥‥‥‥」


 カイテルさんは、本当にありがたい提案をしてくれた。やっぱりカイテルさんはすごく優しい。


 初めて会った時、カイテルさんにひどいことを言ってしまったことを思い出して、恥ずかしくなる。


 カイテルさんは私の頭を撫で、「安心して。王都で絶対うまくいくからね」と、心配させないように慰めてくれた。


 ――完全に妹扱いである。


 村でも私は、孫扱いか、娘扱いか、妹扱いをされていたから、その感覚がなんだか懐かしくなって、無性に村の人たちに会いたくなってきた。



 ‥‥‥だがしかし。


 なぜか、他のお兄さんが、私とカイテルさんを見て、急にニヤニヤし始めた。


 さらに、リオとリアまで突然、『ぐるうううッ!』(あのイナカムスメからハナレなさいッ!)と、低い声で唸り始めた。


 私は――ついに、リオとリアに「田舎娘」と呼ばれてしまった‥‥‥完全事実だから、反論できずである‥‥‥


 っていうか、みんな一斉にどうしちゃったのかしら?


「ありがとうございます。カイテルさんはすごく優しいです」私はそう言ってから、少しだけ言葉を選んだ。


「でも‥‥‥カイテルさんに迷惑をかけたくないですから、宿に泊まりますよ」


「全然迷惑じゃないからね」


 カイテルさんは微笑んで、また私の頭を撫でた 。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ