知らぬ道は、連れと行け
‥‥‥
「あずか、スーパーでしょうゆを買ってきてくれる?今日、買い忘れちゃったの」
「いいよ〜、焼き芋も買ってもいい?焼き芋、食べたい~」
「だったら芋を買ってきて。ママが焼き芋を作るから。ついでにアイスも二個買ってきて、せっかくだからアイス焼き芋を作っちゃおうか」
「やった~~」
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・
「あずかちゃん、学校が終わったらマックいかない?」
「めいりちゃん‥‥‥来週期末テストだよ‥‥‥」
「あずかちゃん、私は「できる」と思えば何にでもできちゃう女だから!毎日、寝る前に『私は合格する』って思っているんだよ?」
「わぁ‥‥‥めいりちゃんの輝かしい未来が見えてきた気がする‥‥‥」
「じゃ、行くよね!」
「行かないわよ、図書室に行くわよ!めいりちゃんもね!」
「いやーーー!」
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‥‥‥
ふと目が覚めた。
私はぼんやりと木々と空を眺める。空がほんのり明るい。少し離れたところで黒い影が浮いているのに気が付き、私は悲鳴を上げそうになった。目をこすってよくよく見たら、カイテルさんだった。
私はしばらく、ぼんやりと木々の隙間と空を見上げる。空は、ほんのりと明るい。
——朝?
そう思った瞬間、少し離れた場所に黒い影が立っているのが見えて、私は思わず悲鳴を上げそうになった。
目をこすって、もう一度よく見る。はぁぁ‥‥‥カイテルさんだった。
見張りをしていたのだろうか。確かに、こんな森の中では、誰かが見張っていないと危険だよね。寝てる間に、誰かに首をはねられちゃうかもしれない。私は今まで楽観的過ぎたわ。リオとリアがいなければ、私はとっくに死んでいたかもしれない。というかリオとリアがいなかった期間、よく無事でいられたわね、私。
私はリオとリアを起こさないように、そっと息を整え、静かに寝袋から抜け出した。
「カイテルさん、おはようございます」
私はそう挨拶して、川で顔を洗った。みんなが起きるまで、まだ少し時間がある。何をしようかと思い、私はぶらぶら歩きながら、珍しい植物を探しては、絵を描き始めた。
「何をしているのか?」暇だったのか、カイテルさんが私の隣まで歩いてきて話しかける。
「この薬草の絵を描いています」
「薬草が好きなのか?」
「はい、でもこれは好きというより、ちゃんと覚えるために描いているんです」
「真面目だね」
「ただ、好きなことをしているだけですよ〜」
「リーマは、他に好きなものがあるのか?」
「うーん‥‥‥動物が好きですね~」
「そうなんだ。じゃあ、好きな食べ物は?」
「うーん‥‥‥魚とかカニとかですね〜」
カイテルさんは、思いつくままにあれこれ質問してくる。私は植物の絵を描きながら、その一つ一つカイテルさんに答えていた。そうしているうちに、背後から物音がし始め、他のお兄さんたちもそろそろ起き出したようだった。
「魚を焼いたから、リーマも食べて」ジルさんが、焼き魚を私に手渡してくれた。
お兄さんたちは、みんな魔法が使える。
ファビアンさんが、魔法でさっと火を熾すのを見て、私は思わず口を尖らせてしまった。
「いいなあ。魔法、使えて‥‥‥」ちょっぴり、いや、結構へこんだ。
そのあと、お兄さんたちは何故かちょっとした魔法披露会を始めた。
カイテルさんは、そよ風を起こして涼ませてくれるし、ジルさんは、水を出して飲ませてくれる。マーティスさんは、土の魔法で小さな人形を作って、私を遊ばせてくれた。
‥‥‥うらやましすぎる。
そう、この世界には魔法というものがある。けれど、誰でもできるわけではない。
村にも、魔法が使える人は何人かいた。魔法で重いものを運んじゃったり、失くしたものを魔法で探し出しちゃったり、古いものを魔法で新しくしちゃったり―――生活に溶け込んだ、不思議な力。
私はというと、魔力はきれいさっぱり皆無だ。本当に、本当に、うらやましい。
以前、おじいちゃんが土の魔法を使えると知って、「教えて!」と駄々をこねたことがあった。
「魔力のない人間が、五年、必死に頑張り続ければ‥‥‥まあ、土を一粒ぐらいは出せるかもしれんな」とその一言で、私はあっさり諦めた。
「ありがとうございます」魚は食べるから、美味しくいただいた。
「そういえば、君はどうやってホワイトウルフたちとあんなに仲良くなったのか?」ファビアンさんが、ごはんを食べながら聞いてきた。
「うーん‥‥‥特に何もしなかったんですけど」私は少し考えてから答えた。「何日前に、たまたまリオとリアに会って声をかけてみたら、仲良くしてくれました」
「ホワイトウルフは、人間が挨拶したからといって、すぐ懐くような動物じゃないんだが‥‥‥」ファビアンさんは眉間に皺を寄せた。
「うーん、わかりません」私は曖昧に笑って、少し誤魔化した。
私は、自分が動物たちとすぐ仲良くなる力を持っていることを、もちろんちゃんと自覚している。このお兄さんたちは優しい人たちだと思う。でも、昨日の夜に会ったばかりの人たちだ。だから、この力のことは話したくない。
村の人たち―――というか、おじいちゃんでさえ、「そんな動物を支配する能力なんて聞いたことがない」と言っていた。
だから、この力はそれほど珍しいものなのかもしれない。もし、このことを村の人以外の誰かに話してしまったら、私に何かひどいことが起きる可能性がある。
街の人は残酷な人ばかりだと、村の人たちは言っていた。だから、お兄さんたちには悪いけれど、このことは話したくない。
朝ご飯が終わると、早速出発することになった。
一番前を歩くのはマーティスさん。後ろをカイテルさんとファビアンさんが歩き、私の右側をジルさんが歩いている。そして、リオとリアは私の左右を守るように歩いていた。
「リーマは、生まれてからずっと村にいたのか?」
ジルさんが聞いてきた。ジルさんはお喋りなので、よく話しかけてくれる。
「いいえ、三年前から住んでいました」
「その前は、どこに住んていたんだ?」
「‥‥‥うーん、私もわかりません。何故か、前の記憶がないんです」
「‥‥‥そうなのか?えー、じゃあ、家族は‥‥‥?」
「村におじいちゃんがいますよ。私を拾って助けてくれたおじいちゃんです。おじいちゃんは私の大事な家族です!」
おじいちゃんは、元気にしているかな‥‥‥。
私が準備しておいた水と薪はもうなくなっているかもしれない。
大丈夫かしら。おじいちゃんのことをブランちゃんにお願いしてきたから、きっと大丈夫だと思うけど、やっぱり心配だわ。
「‥‥‥そうなのか‥‥‥」後ろからカイテルさんの小さなつぶやきが聞こえた。
「私は全然気にしていないから。お兄さんたちも、気にしないでくださいね」
私は笑顔でお兄さんたちに言った。
自分の話のせいで、空気が重くなってしまったら申し訳ない。




