人間関係は会話から始める
会話は人間関係の始まりだと私は学んだ。
私はこの四人の男にいろいろ質問され、いろいろ聞き返して、そうしてひたすらこの人たちと話しているうちに、だんだん慣れてきて、警戒心が少しずつ溶けていった。今は、私は彼らを「お兄さん」と呼ぶようになっている。
私は村のおじいちゃんおばあちゃんから、街の人の怖いことしか聞いていないから、めちゃくちゃ警戒をしすぎていたのかもしれない。私は、このお兄さんたちは、優しい人たちだと思う。
「ねぇ、お兄さん、トレストって街、どんな街ですか?」
「トレストは、デリュキュース国の近郊の街だよ。王都からかなり遠いから、あまり人気のあるじゃないんだ」カイテルさんは教えてくれた。
「かなり遠いって、どのぐらい?歩いたら、どのぐらいかかるんですか?」
二時間とか?三時間とか?
それなら余裕ね~余裕〜余裕〜。
だって私は、森の中を、余裕で十日も歩いているんだもんね〜、とそんなふうに呑気なことを考えながら、ジルさんが渡してくれた水を飲み始めた、その時に―――
「トレストから王都まで歩いたら、三週間ぐらいかかるかな」カイテルさんは、にこやかにそう答えた。
「―――っ!?」私は盛大にむせてしまった。
「さ、えっ?三週間!?えっ!三週間!?‥‥‥えーと、あぁー、な、なるほどね〜」
私は必死に頭を回転させ、淡い、淡すぎる期待を込めてカイテルさんを見る。
「さ、三時間の言い間違いですよね?三時間‥‥‥ですよね?」私は指三本を立てながら、カイテルさんに聞き返す。
急に、眩暈がしてきたよ!
三週間!?
えっ!?村の外って、そんなに広いの!?っていうか森の外ってそんなに広いの!?
そ、そう言えば、さっきカイテルさんがドラゴンちゃんに乗れば一日で王都に着くと言っていたわね。
‥‥‥ドラゴンちゃんに乗ったこともないし、そもそもドラゴンちゃんを見たことすらないから、その「一日」の感覚が全く理解できていないわ。
「ふっ。三週間だよ」カイテルさんは、楽しそうに笑った。
‥‥‥田舎者でごめんなさいね。
「三週間も‥‥‥かかるんですか‥‥‥?さん‥‥‥しゅう‥‥‥かん‥‥‥」
私は呟くように言って、肩を落とした。
おじいちゃん‥‥‥そんな話、聞いていないんだけど‥‥‥。
実は、もし億の一にも街についてしまって仕事が見つからなかったら、他の街をちょびっと見て回ろうかな〜なんてと思ったり思わなかったりしちゃったりしたんだよね‥‥‥。
村の外って、本当にそんなに広いんだ‥‥‥?
はぁ‥‥‥。
三週間かかるなら、他の街は無しにして、トレスト止まりでいいか。
しかたがないわね。人生って、そうそううまく行くものじゃないもんね。
「よし!私は、自分のこれからの方針をやっと決められました!」
やっと自分のこれからの行き先が決められたから、逆に安心する。
トレストが他の街から遠すぎるのも、逆に考えれば、ちょうどいいのかもしれないわね。
「どんな方針?」
「私は、ちょっと村の外をなめていました。こんなに広い世界だとは思っていなかったんです。ちょびっと他の街にも行ってみようかな~なんて呑気に考えていましたけど‥‥‥」
「けど?」
「もうやめます。一生、骨を埋めるまで、トレストに住むと――今、決めました!」
「まず落ち着いて」カイテルさんが即座に止めに入る。「トレストから他の街までなら、ドラゴンに乗れば本当に簡単に行けるよ」
「そのドラゴンちゃん、私でも気軽に、簡単に乗れるんですか?すごく珍しい動物だと聞いたことがありますが?」
「‥‥‥まあ、簡単に乗れるよ」
カイテルさんはそう言ったけれど、どこか視線が泳いでいるように見えた。
「本当に?」
「ま、まあ。俺たちと一緒なら、簡単に乗れるよ」カイテルさんは、少しモゴモゴしながら答えた。
「じゃあ、王都でお兄さんたちとお別れしたら、その後、私はどうすればいいですか?私は自力で、どこにでも行けるわけじゃないですし‥‥‥やっぱり、王都には行きません。トレストでいいです」
ドラゴンちゃんに乗ってみたい気持はあるけれど、しかたがないか。遠すぎると、村に帰れなくなる。
「じゃあ、王都で俺と一緒に住めばいいだろう?仕事だって一緒に探すよ」
「そんな迷惑をかけるようなこと、できるわけないじゃないですか?やはり私は、トレストでいいですよ。心配しなくても大丈夫ですよ。なんとかしますから」
「ならとりあえず一緒にトレストまで行こう」ジルさんが、私とカイテルさんの会話に割って入った。「後のことは、着いてから考えればいいよ」
「そうだな」マーティスさんも頷く。「君はトレストに行くんだろう?俺たちもトレストに向かっているんだ。トレストまで一緒に行こう。後のことはトレストに着いてから考えよう」
「それに君は、さっきから眠たそうだ」ファビアンさんが私を見て言った。「今日はもう休め。頭がすっきりしてから、また話そう」
「‥‥‥‥‥‥」“寝る”という言葉を聞いた途端、私の中で、別の不安が顔を出す。
「お兄さんたちはどこで寝るの‥‥‥?」近くに男がいると、ゆっくり寝れないんだけど‥‥‥。
「君は、ここで寝ろ」マーティスさんが、淡々と言った。「俺たちはあっちにいる。君の傍にはホワイトウルフがいるんだから、心配する必要はないだろう」
「‥‥‥うん、はい」
そうと決まると、お兄さんたちは、私がいる場所の向かい側へと歩いて行った。
リオとリアは、まるで当然のように私を挟む位置に座り、完全に“守る態勢”に入る。その姿を見て、私はようやく肩の力が抜けた。
向かい側で、小さな声で話し合うお兄さんたちをぼんやりと眺めながら――私は、そのまま静かに眠りに落ちた。




