袖すり合うも他生の縁
私と動物たちが寛いでいると、ほんのりと薄暗い森の奥から足音と話し声が聞こえてきた。思わず悲鳴を上げそうになる。
その人影が私のいる川辺に姿を現したとき、男が四人いることがわかった。
(お、男!?しかも四人!?どうしよう!?な、なんでこんなところに!? 街の男は最低最悪だ!大変だ、どうしよう!?)
怖くなった私は、無意識に左側にいたリアをぎゅっと強く抱きしめてしまう。
『うーーッ!』
リアが低く唸る。
ご、ごめんね‥‥‥。
私は男たちへと視線を戻し、どうすればここから逃げられるかを必死に考えた。
しかし男たちは、私たちの姿を目にした途端、なぜかその場で硬直し、ただ私を凝視している。
リオは彼らを敵だと認識したのか、私の前へと進み出て、
『グルルルル』 と牙をむき出しにして威嚇し、戦闘態勢に入った。
鹿ちゃんたちや他の動物たちはすっかり怯えてしまい、
「あ、ちょっ!」と私が言い終わる前に、みんな反対側の森へと逃げ去ってしまった。
「リ、リオ、とりあえずまだ何もしないでね」
私はリアを抱きしめたまま、小さくリオに呟く。そして四人の男をじっと見据えながら、頭の中で必死に逃げる方法を探し始めた。
驚きすぎたせいか、私は一周回って、今ものすごく落ち着いている。
シーーーーーーーン
四人の男は、しばらくの間、私を見たまま硬直していた。
‥‥‥えーと、なんか言って。
あっいや、何も言わない方がいいか。このままお互い何も話さず、お互いがまるで存在しないように振る舞えた方が安全よね。
うんうん、そうしよう。
しかし次の瞬間、四人の男が我に返ったかのように声を上げる。
「えっ!?」
「ど、どうしてっ!?」
「まぼろし?」
「な‥‥‥ぜ‥‥‥ここに‥‥?」と四人それぞれ反応した。
「‥‥‥‥‥‥‥」
驚きたいのはこっちなんだけど。
そう心の中でツッコミを入れながら、私は黙ったまま、四人の男をジロリと睨んだ。
この状況‥‥‥。
私は、何か挨拶をするべきなのかしら……?
でも、知らない人に挨拶するのっておかしくない?
だって、知らない人じゃん?
それに街の人は悪い人ばかりだし‥‥‥。
でも、もしかしたらこの人たちはいい人かもしれないよね?
挨拶する?
それとも無視しちゃう?
どっちにするのが正解なの?
誰か、正解を教えて‥‥‥。
そういえば、私はこれまで知らない人に自分から声をかけたことがなかったわ。
村に住むようになったときも、おじいちゃんがみんなを私に紹介してくれて、気づいたら自然と仲が深まっていたんだもん‥‥‥。
知らない人に会ったら、何をどうすればいいのか――事前におじいちゃんに教えてもらえばよかったな‥‥‥。
「えーと‥‥‥君ひとり?」
四人の男の中で、いちばん小柄な男が私に声をかけてきた。
知らない人に会ったら声をかけても大丈夫らしい。そうなんだね‥‥‥勉強になったよ。
「‥‥‥この子たちも一緒です」
私はリアとリオをちらりと見てから、男たちへ視線を戻す。
「あなたたちは誰ですか?どうしてこんな時間にこんなところで?何をしに来たんですか?ここは森の中ですよ?」
少し考えてから、私は首を傾げた。
「あっ、わかりました。迷子ですね?」
私もこの森の道なんてよく知らない。方向も「川沿い」としかわからないし、道なんて教えられない。
‥‥‥どうしよう。
まさか、今夜この人たちとここに泊まるの?
嫌だ‥‥‥
絶対嫌だ‥‥‥
まじで嫌だ‥‥‥
「いや、それ、俺たちのセリフなんだが‥‥‥」
「??どうしてそれがあなたのセリフなのかはわかりませんけど、私のほうが先に言いましたよ?」
「‥‥‥‥‥」
さっき話した男が、むっとした表情になる。
お、怒らせちゃった?こ、ここで殺されちゃう?
「ふふっ。俺たちは王都の騎士だよ」
金髪の男が、場の空気を和らげるように笑った。
「仕事を片づけて、王都へ戻る途中なんだ。ちょうどここで一泊しようと思ってね。俺の名前はカイテル。
さっき話したのがジル。背が高いのがファビアン。黒髪がマーティスだ。よろしくね。君の名前は?」
金髪の男はニコニコしながら、先に仲間たちの名前を教えてくれる。さっきから、この人はずっとニコニコしている。何だか嬉しそうで、優しそうで‥‥‥。
いい人、かも。なんかあんし‥‥‥。
あっ、いやいやいやいやいやっ!
街の人は残酷で冷酷で嘘つきで、信用しちゃいけないって、おばあちゃんも、おじいちゃんも、お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、散々言ってたじゃない!
この人たちを信用しちゃダメ!ダメダメ!
これは嘘の笑顔かもしれないよ!まだ森を出てないのに、ここで街の人に騙されちゃダメよ!
「‥‥‥私はリーマと言います。前の子はリオ、この子はリアです。あなたたちは‥‥‥ここに泊まるんですか?」
お願いだから違うって言ってくれ。
「そうだよ。もうこんな時間だし、これ以上歩くと危ないからね。リーマはどこに行く途中なんだ?」
カイテルと名乗った男が、私のほうへ一歩近づいた。
その瞬間、リオとリアがさらに唸り声を強め、威嚇する。
えーーーっ!本当にここに泊まっちゃうの!?最悪じゃん!?どうしようどうしようどうしよう!?リーマ大ピンチ!
「そのホワイトウルフを、止めてくれないかな?俺たちは、リーマに悪いことをするつもりは絶対にないから」カイテルさんはそう言って、私に向き直った。
「‥‥‥ホワイトウルフ?」
私はリオとリアを見比べる。
「へぇ〜リオとリアって、ホワイトウルフなんだ。知らなかった。初めて見たよ。教えてくれても良かったのに」
私がリオとリアにそう言うと、二匹は私をちらりと見て、ドヤっと胸を張った。
ホワイトウルフは凶暴で力強く、誇り高い動物だと、おじいちゃんから聞いたことがある。
リオとリアは、自分たちがやっとホワイトウルフだと私に認識されたのが、よほど嬉しいらしい。
ホワイトウルフって案外単純な動物なのね。可愛いんじゃないの。
「なぁ、そろそろそのホワイトウルフを止めてくれないか?せっかく君と会ったんだ。ゆっくり話そうよ」
私がなかなかリオを止めないせいか、ジルという男がそう言ってきた。
「ふーん、へぇ〜。騎士であろう者は、ホワイトウルフが怖いんですか〜?本当に騎士なんですか〜?もしかして、嘘?」
私はニヤニヤしながら続ける。
「嘘は泥棒の始まりですよ?よくないですよ〜?」
リオとリアがホワイトウルフなら、私は安全。そう確信していた。
「「「「‥‥‥‥‥‥‥」」」」
「‥‥‥怖くないよ」
カイテルさんが、苦笑しながら口を開く。
「ただ、戦うと結構疲れるんだ。ホワイトウルフは強いし、珍しい動物だからね。万が一、殺してしまったら‥‥‥それはそれで、もったいない。だから、必要がなければ戦いたくないんだよ」
『グルルルゥゥゥーーーッ!!』(ダレがシヌンダッテ!?)リオとリアは見事にハモった。
自分たちが殺される側ではない、と全力で訴えている。
さすが夫婦だわ。
「でも、せっかくだから――一人一戦くらい、戦ってみますか?」
私はにこやかに続ける。
「ホワイトウルフって、あまり見かけない動物だと聞いたことがあります。今は、ちょうどいいチャンスですよ?本当に騎士なら、挑戦してみたいと思うでしょう?」
そう言って、ちらりと後ろを振り返る。
「ほら、リオもリアも、やる気満々です」
リオとリアは、今まさに爪を研ぎ、身体を伸ばし、運動前の準備を始めていた。
『コイ! ニンゲンどもッ!!』生き生きとした唸り声が、夜の森に響く。
「‥‥‥‥‥‥遠慮するよ。 リーマ、お願いだから」
カイテルさんは、心底困った顔でそう言った。
『ホワイトウルフを、ムシするなッ!!』リオとリアが再び唸り声を上げ、前足で何度も地面を叩く。
‥‥‥この子たち、好戦的で誇り高すぎる。さすがホワイトウルフだわ。
でも―― この四人が本当に悪い人だったとしても、
私は、絶対に安全ね。
「どうして、私は知らない人の言うことを聞かなければならないんですか?」
私はカイテルさんにそう問いかけながら、腕の中のリアを撫でる。
「理由を、三つあげてみてください」
‥‥‥私、ちょっと調子に乗りすぎてない?
もし億が一にも街に入ったら、こうやってついつい強気になっちゃう癖、ちゃんと直したほうがいいわよね。
「お互いの名前は知っただろ。全くの他人ってわけじゃないはずだ」
ファビアンという男がそう言った。
私は四人を順に見回し、にこりと微笑む。
「あなたたちの名前は、なんでしたっけ?」
一拍置いて、続ける。
「今の私は、あなたたちの名前を知りません。ですから、これで私たちは赤の他人ですね」
男たちは黙り込み、互いの顔を見合わせた。
‥‥‥名前を聞いたくらいで、
「信じろ」なんて言われてもね。街の人を信じるわけ、ないじゃん。
「お、俺たちは……!」
カイテルさんが一歩前に出て、必死な口調で言う。
「俺たちは、絶対にリーマに悪いことをしない!俺は、リーマのことを知りたい!それに……リーマと、ちゃんと話がしたい!」
彼は息を整える間もなく、言い切った。
「‥‥‥これで、三つの理由だっ!」
「‥‥‥‥‥‥‥」
なんかさ‥‥‥私はただただ自分の身を守ろうとしているだけなのに。
どうして私がこの人たちを虐めているみたいな状況になっちゃっているのかしら。
少しだけ、罪悪感が胸に芽生え始めた。
「俺たちがリーマに何かよくないことをする前にさ‥‥‥」
カイテルさんは、今にも泣きそうな顔で続ける。
「そのホワイトウルフたちに、やられると思うよ。ね?そろそろ止めてくれない?」
「‥‥‥リオ、こっちに来て」
私がそう言うと、リオはすぐに私のそばへ戻ってきた。リアも、それに合わせるように威嚇をやめる。
確かにこの人たちが私に何かしようとするなら、リオとリアは私を守ってくれる。
四人がかりでも、ホワイトウルフと戦いたくないと言うくらいだから、私は絶対安全だ。




