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苦き薬は、命を洗う

 夜、早速お父様に呼ばれた。


「リーマ、さっきカイテルから聞いたよ。麻薬をやめさせる薬があるんだってな」


 お父様は真剣な表情で続ける。


「その話が本当なら、私たちにとっても――いや、この国にとっても、非常に喜ばしいことだ。

麻薬で苦しんでいる国民を救える可能性がある。

どんな植物なのか。どんな効果があり、どれくらいの期間が必要で、どんな症状が出るのか。

知っていることを、できるだけ詳しく教えてくれ」



 そう言われてしまえば、話すしかない。


 私は一度息を整え、知っていることを一つ一つ、丁寧に話し始めた。


「ディルは、もともと空気をきれいにしてくれる植物です。

何かを燃やして煙が出ても、ディルがその煙を吸い取って、浄化して、

きれいな空気を外に出してくれます。

村の空気がずっと澄んでいるのは、ディルがたくさん生えているおかげなんです」


 お父様は黙って頷き、話を遮らない。


「それから‥‥‥水も、きれいにしてくれることを、おじいちゃんは偶然知ったと言っていました」


 それは、私がまだ村に来る前の話だ。


「昔、大雨で森の木が倒れて、川が泥で濁ってしまったことがあったそうです。

川の水は使えなくなって、村人たちは仕方なく、源流まで水を汲みに行っていました。

でも、何日か経ってから、おじいちゃんがもう一度川を見に行くと‥‥‥

その川が、元通りきれいになっていたんです。

最初は、泥が川底に沈んだだけだと思ったそうですが、

く調べると‥‥‥川の中に、何本かディルが倒れているのが見つかりました」


 私は少しだけ言葉を選びながら続ける。


「ディルは空気を浄化する植物です。

だから、おじいちゃんは――"もしかしたら、水もきれいにできるんじゃないか"って、そう考えたそうです」



 私は一拍置いてから、話し続ける。


 おじいちゃんは、汚い水にディルの葉を入れて一日そのまま置いてみた。


 すると次の日には、はっきりわかるほど水がきれいになっていた。


 葉や枝で泥水や濁水を何度も試した結果、いちばん浄化の力が強いのは葉だとわかった。


 それからおじいちゃんは、ディルを使って小屋を掃除したり、野菜を洗ったりするようになった。


 その方法を村人にも教えると、洗い物の手間が減って助かる、とみんな言っていた。


 空気も水もきれいにしてくれる、とても役に立つ植物だということで、

おじいちゃんは村の周りや森のあちこちにディルを植えるようになった。



 ルネおばちゃんが村に来たのは、その少し後のことだ。


 数年前、私が森の中で動物たちと遊んでいたとき、誰かがこちらに向かって走ってきて、目の前でいきなり倒れ込んだ。


私は、その人が急に死んでしまったのかと思って、心臓が止まりそうになった。


でも、おずおずと近づいてみると、まだ息をしていた。


そこで動物たちの力を借りて、その人――ルネおばちゃんを小屋まで運んだ。



 あの時のルネおばちゃんは、本当にひどい状態だった。


顔は死人みたいに真っ青で、目は飛び出そうなほど見開かれ、唇は乾ききり、肌も荒れ放題だった。


呼吸が苦しくなったり、突然暴れ出したり、幻覚を見ている様子もあった。


 おじいちゃんは、暴れないようにしばらく縄で縛りながら、すぐに麻薬依存だと見抜いた。



 しばらくして、おじいちゃんはルネおばちゃんに、静かに話しかけた。


「ディルは毒のない植物だ。だが、人間に使ったことはない。

どうなるかは、正直わからない。治るかもしれないし、治らないかもしれない。――どうする?」



 ルネおばちゃんは、ほとんど間を置かずに答えた。


「飲むよ。飲んでやる。これから生きていても、死んでるのと同じだ。

あんたの言ってた植物で死のうと、麻薬で死のうと、どうでもいい。

あたしはやってみせる。だから――あの木の水を持って来い」


 その声には、迷いがなかった。


 私は、その姿を見て、素直にカッコいいと思った。



 次の日、おじいちゃんがディルの葉を潰してお湯で煮ると、茶色い水になった。


どう見てもおいしそうじゃなかった。


 気になって少し味見をした私は、あまりの苦さにすぐ流し台へ行って、何度もうがいをした。


それでも口の中の苦みは消えなかった。そのせいで、その日の料理の味はまったく覚えていない。



「今日の料理、なんだか味が違うな」


 おじいちゃんにそう言われたくらいだ。



 ルネおばちゃんも、薬を飲み込んで、しばらくしたら吐いた。


それでも諦めず、バケツに入ったその薬を飲み込んでは吐き、飲み込んでは吐き、を繰り返した。


私はその様子を見て、胸の奥がざわざわした。



 数日が過ぎると、ルネおばちゃんの顔色は少しずつよくなり、麻薬の症状が出る回数も減っていった。


 二週間ほどで、目は普通の人のように澄み、肌も少しずつ戻り始めた。

村人に笑顔で話しかけられるようにもなった。



 二ヶ月が経つころには、呼吸困難もなくなり、食欲も戻った。


ただ、この治療は本当に辛くて、逃げ出したくなったり、


死んでしまいたくなったりすることもあったと、あとでルネおばちゃんは話していた。



 三ヶ月目には、ショック状態になることもなくなり、暴れることもほとんどなくなった。


いつの間にか、あの激マズ薬にも慣れてきたのか、吐く回数も減っていた。


私は内心、ルネおばちゃんは普通の人じゃないんじゃないかと思い始めていた。




 治療の間も、ルネおばちゃんはただ休むだけではなく、自分の小屋を建てたり、畑を耕したり、料理を作って村人に分けたりしながら暮らしていた。



 そして四ヶ月目に入るころ、麻薬依存の症状は完全に出なくなった。

顔色も体つきも健康そのもので、村人に向ける笑顔は明るかった。


 それを見て、おじいちゃんは、もう薬はいらないと判断した。


 ルネおばちゃんは、あの激マズなものをもう飲まなくていいと知って、心から喜んでいた。


 それ以来、ルネおばちゃんは西の辺境村で暮らし続けている。



 私がすべて話し終えると、お父様はしばらく黙り込んだ。


机の上に視線を落としたまま、何かを考えているようだったが、やがて顔を上げて口を開いた。



「なるほどな。徐々に体がよくなり、症状も少しずつ消えていった、というわけか‥‥‥」



「ディルが体内の汚れを浄化しようとした結果、

あの急激な吐き気は、毒――つまり麻薬による汚れを外に出そうとした反応ではないか、とおじいちゃんは推測していました。」



「なるほどな。‥‥‥それなら、期待はできそうだな」


 一度言葉を切り、お父様は続けた。


「明日、王様に相談してみよう。許可が出たら、

その‥‥‥げきま‥‥‥じゃなくて、ディル薬を作ってもらえるか?

まずは、今回捕らえた麻薬団員に飲んでもらって、実際の働きを見ておきたい」



「はい、わかりました」


 責任重大だ、と思った。でも自信はたっぷりあった。



 ルネおばちゃんの時は、最初こそおじいちゃんが作っていたけれど、その後は私が毎日作っていた。


目をつぶっていても作れる、と言っていい。作り方自体は、拍子抜けするほど簡単だもん。



「もしリーマの話どおり、四ヶ月で依存症が治るなら‥‥‥

王都に、そういう治療の場を作ることも考えられるな。うまくいけば、他の街にも広められるだろう」


「とても辛いですから‥‥‥」


 私は、思ったことをそのまま口にした。


「麻薬をやめたい、っていう強い気持ちがないと、途中でやめてしまう人もいると思います」


「だろうな」お父様は静かにうなずいた。


「リーマが自分の目で見てきたのなら、間違いない。その辛さや副作用のことも、きちんと王様に伝えておこう」


 少し間を置いて、低い声で続ける。


「‥‥‥それでも、苦しんでいる人が多い。助けられる可能性があるなら、試す価値はあるはずだ」


 そして、お父様は私を見て、はっきりと言った。


「ありがとう、リーマ。この方法は、我々にとって大きな希望だ。今日はもう下がっていい」


「はい。失礼します」


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