忙乱の前に、平和あり
私はカイテルさんの屋敷に泊まってから五日が経った。
三か月後の採用試験の勉強のため、これから毎日図書室で一日中勉強するつもりだけど、
寝る前にリオとリアとじゃれあっているとき、重大なことに気づいた。
――リオとリア、全然体を洗っていないのだ!
白い毛並みは、今や灰色に見えるほど汚れていた。
「明日、カイテルさんに裏庭で洗ってもいいか聞いてみよう‥‥‥」
そして、今に至る。
「リオ、準備が終わったよ!こっち来て!」
二匹同時に洗うことはできないので、まずリオから始めることにした。
「‥‥‥」
――が、リオはそっぽを向いた。なんとリオに無視されてしまったのだ。
「来なさ―――い!」
私は前足を全力で引っ張るけれど、リオも全力で抵抗している。
まったく動かない。どうやら、水は大嫌いらしい。
「リオ、あんた、すっっっっっっごく汚いわよ!ほら、自分の毛を見てみなさいよ!
あんなに白くてきれいな毛が、もう灰色になってるじゃないの!ホワイトウルフなのにこれでいいの?
それに、なんか臭いもするし!私と同じ部屋で寝るんだから、
ちゃんときれいにしてもらわないとダメでしょ!」
私は必死に説得を試みた。
しばらく格闘した後、私の最後の言葉が効いたらしい。
「誇り高いホワイトウルフは、体が汚いままでいいの?臭いままでいいの?
リオは満足するの?ホワイトウルフが汚い動物だって、みんなに思われても笑われてもいいの?」
やっと、リオは大人しく体を洗わせてくれた。
しかし、このまま洗っても毛はふわふわにならない。
まずは櫛で、絡まりまくった毛を丁寧に梳かす。
次に、水の入った大きな桶にリオを入れ、石けんで毛を洗い始めた。
桶の水がどんどん灰色になっていくのを見て、思わず鳥肌が立ち、絶句した。
今までリオに抱き着いたり、同じベッドで寝たり、ほっぺにキスされたり――
こんなに遊んできたことを思い出して、体がぶるぶる震え上がった。
この様子だと、恐らくリアも同じく‥‥‥
よし、少なくとも週一回はリオたちの体を洗うことにしよう。
「リーマ、リオとリアのお風呂はどうだった?」
カイテルさんが私たちのところに歩いてきた。朝の剣術の自主練が終わったようだ。
遠方任務の後に取るはずだった休暇は麻薬事件のせいで取れなかったけれど、昨日から明日までの振替休暇で、今日も休みらしい。
「死ぬほどショックを受けましたよ!水を三回も変えてやっときれいになったんです。
一回目の水は真っ黒、二回目は濃い灰色、三回目は薄灰色。
今は四回目の水で洗ったんですよ!私はリオとリアと一緒に寝ていますし、
すごく遊んでいます!さっきは鳥肌も立ちました!」
私は延々とぶつぶつ文句を述べた。
「はははっ、俺が手伝うよ」
「ありがとうございます!まだリアを洗っていませんから、助かります!」
私とカイテルさんはリオの体をタオルで乾かしているけれど、リオは大きいので時間がかかりそうだ。
もっと速く乾かす方法はないかな?、と私は考えながら、カイテルさんに話しかけた。
「カイテルさん、私、リオを乾かす方法を思いつきました」
「どうやって?」
「カイテルさんにしか頼めない方法ですけど‥‥‥」
私は申し訳なさそうに、カイテルさんの顔を見上げる。
「俺?じゃあ俺がやるよ。何をすればいい?」
いつも優しいカイテルさんなら、こう言ってくれると思っていたよ!
「カイテルさんの風魔法で弱い風を吹かして、リオを乾かしていただけますか?」
この屋敷ではカイテルさんにしか頼めない方法だ。
お父様やお母様にこんなことは頼めないし、使用人に風の魔法が使える人もいない。
でも、これ、毎週頼めないわね。その時はその時の私に頑張ってもらおうか。
「なるほどね。わかった」
カイテルさんはにっこり笑うと、手のひらから、そよ風を放って、リオを乾かし始めた。
カッコいいなぁ。羨ましい。
次はリアの番だ。リオと同じく四回水を替えてやっと、リアの毛も輝く白になった。
お風呂の後、カイテルさんはリオと同じように風魔法でリアを乾かしてくれた。
「リオ、リア、こんなに白くてきれいな毛になったね〜。これから週一回はお風呂に入れてあげるね〜」
私がそう言うと、リオとリアは同時に低い声で『ぐぅ~~』と何かを訴えようとしている。
が、無視するのだ。
「文句があるなら、三日に一度洗ってあげるからね〜」
私がそう言うと、リオとリアはすぐに黙った。
「はははっ」カイテルさんが笑う。
最近、リオはリアにすごく気をかけていることに私は気づいていた。
リア自身も前のように活発ではなくなった。それにリオはよくリアのお腹をつんつん嗅ぐ。
なぜだろう‥‥‥?
「あっ!」
私はある仮説を思いつき、つい声をあげた。
「どうしたの?」カイテルさんが私を見た。
「か、カイテルさん!あ、赤ちゃんができました!」
絶対そうだ!だからリオがあんなにリアを気にかけていたんだ!
「‥‥‥えっ‥‥‥?な、なん‥‥‥だって‥‥‥?」
カイテルさんがそう聞くと、突然硬直し、言葉が途切れ途切れになった。
「赤ちゃんですよ!赤ちゃんができましたよ!」
「‥‥‥あ、か、ちゃん‥‥‥?えっ‥‥‥い、いつから‥‥‥?
あ、あい、相手は‥‥‥だれ?
む、村の‥‥‥だれか‥‥‥だ、だい、だいしょうぶ、だ‥‥‥
お、おれは、全部‥‥‥受け入れ‥‥‥る‥‥‥」
カイテルさんは何故か急に顔を真っ青にし、何かをぶつぶつ言っている。
「何を言っているんですか!?リオしかいないんじゃないですか!?」
「‥‥‥りお?‥‥‥あぁ、、、あぁ、、、なるほど‥‥‥
り、りおね‥‥‥あぁ、りあね‥‥‥よ、よかった‥‥‥びっくりした‥‥‥」
カイテルさんが顔を見上げ、大きなため息をついた。
「そうだよね!?リオ?リア?」
リオとリアが嬉しそうに頷いた。
「おめでとう!」
私はリオとリアに抱きついた。




