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アーロン

「ラウリーの野郎、何が不法入国は国防相の仕事だ?勉強し直せよ。あの無知野郎。不法入国を心配する前に自分の仕事をしろよ。乾季で民が困っているだろうが」


 アーロン・メイソンは、朝の定例会議が終わり執務室に入ると、早速側近のウイリアムズに愚痴った。


「全くその通りですね。ラウリー大臣がわざと旦那様を煽ったのでしょう。この間のテロリスト軍団の阻止といい、アンティリオ国の騎士同士の共同訓練といい、どちらも大成功に終わったのです。特に同盟国のニコレフ国の内乱鎮圧も大勝利でした。反対に農務省では水不足で収穫量が激減し、国民が苦しんでいます。収穫量も減る、品質も落ちる。この状況で解決の兆しは全く見えませんから、旦那様が嫉妬されるのも無理はないでしょう」


 ウイリアムズは相変わらず軽い口調で話した。

 彼は三十歳になる、非常に有能なアーロンの部下である。十五年前、ウイリアムズは騎士になることを志し、騎士団の入団試験を受けたものの、不合格に終わった。


 だがアーロンは、彼の学園での成績表を見た瞬間、この男は剣を振るうよりも、頭脳を使う仕事のほうが、その才能を最大限に活かせると理解した。


 そしてアーロンは、騎士団入団試験に落ちたウイリアムズに国防省の仕事を任せてみると、その判断は正しかった。彼は状況の判断も決断も早く、無駄がない。アーロンが側近として働くことを提案したときも、ウイリアムズは一切の迷いなく頷いた。


「あいつは無能だからな。水分摂取の少ないイモや人参に変えたり、今の収穫を加工して付加価値を付け、海外に輸出したらどうだとアドバイスしたのに、聞く耳も持たなかった。そもそもその対策は、自分の父親時代から行われてきたものだ。それをなぜ見習わないのか、不思議だ」


 アーロンはため息をつき、また話を続ける。


「代わりにあいつは何をした?水の魔法持ちの騎士を各地の農業地に派遣しただけだ。その結果はどうだ?解決できず、魔力を使いすぎた騎士が倒れこんでしまったではないか」


「あの時、許可しなければよかったですね」


「許可しなければ、それはそれで、俺のせいで国民が苦しんでいると言い訳にされるんだろうが」


「おっしゃる通りです」


「無能は自分の能力に合う仕事をしていればいい。だが、人の上に立つ無能は大罪だ。なぜあんな奴が大臣になったんだ!?」


「ラウリー大臣の父親は、本当に素晴らしい農務省大臣でした。毎年の収穫量や輸出量も多く、民も豊かでした。乾季になる前に事前に対策を立てていましたから、今のように国民が苦しむことはほとんどありませんでしたね。あのお方が本当にもったいないです」


「ラルフは本当に素晴らしい大臣だった。頭もよく、性格もよく、人望も厚かった。なぜあのような人の息子が、こうなのだ!?」


 ラルフ・ブラウズはブラウズ男爵家の前当主だった。二十五年もの間、農務省大臣を務め、王様や十大大臣、部下からも厚い信頼を得ていた。しかし三カ月前、突然の心臓発作で亡くなり、急遽、次期当主である息子のラウリー・ブラウズが農務省大臣の座を引き継いだ。


 十大大臣が引退や死亡で空席になった場合、次期当主が大臣の座を受けること自体は珍しくない。しかし、通常は王が能力に応じて新大臣を選定する。


 今回はラルフの突然の死で、次期大臣の選定はまだ済んでいない。しかし王も現状に我慢ならないはずだ。先ほどの会議でも、ラウリーに二週間以内に解決しろと仰っていた。あのバカは二週間で乾季の問題を解決できるわけがない。となれば、候補者はすでに絞られているに違いない。


「旦那様、素晴らしい父親を持ちながら無能無知の子どもであるのは珍しくないですよ。ラウリー大臣は、子どもの頃から素晴らしい父を見て、自分の無力さを悟り、ヤケになったのでしょう。いくら頑張っても父にはなれないのですから。だから開き直ったのだと思います。旦那様はあまりラウリー大臣を怒らず、温かい目で見てあげてください。大臣の人生はそろそろ終わるでしょうから」


「‥‥‥おまえ、辛辣だな。そこまで言っていないが‥‥‥」


「ラルフ男爵、五十五歳での急逝は本当に残念でした」


「心臓発作‥‥‥あのラルフが?今まで病気ひとつしたことがなかったはずだ。遺体を見たのはブラウズ家と主治医だけだろう?葬儀も家族内で済ませている。十大大臣としては不自然な対応だ。調査は進んでいるのか?」


「まだ何も。遺体は家の敷地内に埋葬されましたので、掘り出すのは容易ではありません。正当な理由と証拠がないと発掘申請は通りません」


「だな。では引き続きラウリーの身辺と、ブラウズ家の金の出入りを調べろ。怪しいことが起こるときは、だいたい金が絡む」


「承知しました」


「あいつの妻はどこの出身だった?」


「バンデの男爵家のご息女です。嫁いだ当時は幸せに暮らしていましたが、ラルフ大臣が亡くなった後、ラウリー大臣の女癖と暴力で苦労しているようです」


「‥‥‥可哀想だが、今のところ我々が手を出せることではないな」


「はい。もしラウリーがラルフ大臣の死に関与していれば、その時は助けられるでしょうが」


 全く、その通りだ。



 その後、アーロンはずっと王城の執務室で各街の報告書や要請書を読み、側近のウイリアムズに情報集めや申請許可、処理指示などをさせ、一つ一つの報告書と要請を処理していった。


 午後の遅い時間になると、報告書と要請処理が一旦落ち着き、アーロンは椅子に背もたれて眉間を揉み、内心ため息をついた。


(はぁ、今日も仕事量が多すぎだ。愚か者の要請が多すぎる。こんなバカな要求をするんじゃないぞ。騎士を何だと思っている? 便利屋とでも思っているのか? 私の時間の無駄になるだけだろうが‥‥‥)


 アーロンは心の中で毒を吐いた。こんな状態がもう一カ月も続いている。そろそろ体が持たない。今日はそろそろ仕事を切り上げて、さっさと帰ろう。


「カレル森の件、騎士団から報告は来たか?」


「いいえ、まだ報告は来ておりません」


「まぁ、何もないのだろうな。私たちの考えすぎだろう。フクロウがどうとか何とかってリーマが言ったが、大したことはないだろうな」


「そうですね〜。リーマお嬢様も特にあの森のことを気にしているわけではないようですから、何もないでしょう」


 息子の意中の女性について悪く言いたくはないが、リーマの能力はどこまで本物か知らない。確かにリーマは特別な子だ。能力も、この世界に二人はいないだろう。


 しかし、動物の感情や表情を読み取り、動物の言っていることがわかる‥‥‥そんなことが本当にできるのか? 聞いたことも見たこともない。文献にも動物を支配する力などと書かれていない。フクロウがどうとか何とか言っていたが、ただの妄想の可能性もある。


 ロランとバロウズのやつ、そんな妄想話を聞くだけで本気にしたのだから、大変なのは私ではないか。まあ、その時私も多少気にはなったが、今思うと‥‥‥。まあいい。報告は一応明日聞こう。今日はもう帰る。


『コンコン』


そう思った時に扉を叩く音がした。そろそろ帰るというのに、誰だ?


「入れ」


 一人の騎士が入り、お辞儀をして報告を始める。


「失礼します。アーロン大臣。本日のカレル森の捜査についてご報告します。先ほどカイテルが騎士団本部に戻り‥‥‥」


‥‥‥‥‥‥‥


‥‥‥‥


「麻薬工場を見つけた!?」


 アーロンが騎士から報告を聞くと、つい叫び声を出してしまった。机の横に立っているウィリアムズは目を見開いた。


「はい。カイテルの報告によると、キルモンキーの道案内(?)とホワイトウルフのおかげで麻薬の拠点を見つけたそうです。先ほどクラウド団長が二十名の騎士に命じ、先の一番隊のタイラル隊長に応援を出しました。数えきれないほどの麻薬、麻薬の原材料、十一人の麻薬団員も逮捕したそうです」


「‥‥‥‥」


 キルモンキーの道案内? あの人間大嫌いなキルモンキーが道案内したというのか? 何を言っている?


「その十一人の麻薬団については、騎士団に到着次第、早速尋問する予定です」


 まさか、そんなヤバいものを見つけるとは‥‥‥。そもそも報告を最後まで聞いても、キルモンキーの道案内が何なのかよくわからない。はぁ‥‥‥これから直接騎士団本部へ行こう、とアーロンは心の中で呟いた。


「了解。進捗はまた報告してくれ」


「承知しました」


「カイテルはいまどこだ?」


「カイテルは二十名の騎士と一緒にカレル森に向かっています」


「そうか、分かった。下がってよい」


 騎士が執務室を出ると、アーロンとウィリアムズは同時に嘆息した。


「今日、徹夜確定ですね〜」


 ウイリアムズはのんびりした口調で言ったが、肩を落とし絶望的な顔をしている。


「はぁ‥‥‥今日こそ早く帰れると思っていたのに‥‥‥」


「私の息子はまだ二歳ですよ。二歳の子どもはたくさん親の温もりが必要な時期です」


「‥‥‥わかったわかった。麻薬の調査が終わったら三日休暇をやる」


「この一カ月間の仕事の量も多く、私は二日しか休みを取れませんでした」


「‥‥‥五日休暇をやる」


「ありがとうございます。楽しみです〜。ちなみに先の報告、キルモンキーの道案内とはどういうことですか? こればかりは少し意味が分かりませんが‥‥‥キルモンキー? もしかして何かの比喩でしょうか?」


「私がわかるわけないだろうが。カイテルがいない‥‥‥リーマに詳細を聞けばわかるだろうが、私たちはまだ帰れない。夕食を準備してくれ。終わったら、すぐ騎士団本部へ行くぞ」


「承知いたしました」


「あと‥‥‥王都で一番美味しいキー気屋でケーキを買っておいてくれ。明日リーマに渡す」


「え、なぜ急に?」


「お詫びだ」


「何のお詫びですか?」


「何でもいいだろう? 気にするな」


 ウイリアムズは自身の主をチラッと見た。急にどうしたのだろうか。


 アーロンは少しばかり、リーマ自身もリーマの能力も軽んじていたことを反省した。お詫びとして、息子の未来のお嫁さんであろうリーマにお菓子を届けるのだ。


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