国の最高幹部
デリュキュース国のトップ、大賢者と十人の最高幹部が、定例会議のため王宮の会議室に集まっていた。
国王はパトリック・ベルトラン。
ベルトラン王族は実力主義を貫く王族で、昔から優れた者を国の最高幹部として登用してきた。その伝統は何百年も続き、デリュキュース国は他国より発展し、高い権力を保持している。
パトリック王は温厚で国民思いの人物だ。民が困っているときに何もできない幹部は、決して許さない。
王に次ぐ高位は、大賢者フェロー・クライズである。
「大賢者」という称号は、予知能力を持つ者にのみ与えられる。予知能力は非常に希少で、百年に一人しか現れないとされる。その能力で国家の災害や戦争、時には個人の悩みまでも予見し、王に助言して最悪の事態を防ぐのが大賢者の役割だ。
先代大賢者の死から四十年、ようやくフェローが発見され、十年前に正式に大賢者の位に就いた。現在も王に次ぐ高位として国政に関わり、国家の安全を支えている。
大賢者がいなかった四十年間、国では感染症や火災、台風などの災害が相次ぎ、数万人規模の被害が出ていた。しかしフェロー就任後の十年間で、大規模な洪水災害や戦争の予知・防止に成功している。さらに将来、デリュキュース国で再び大規模な感染症が発生することを予知している。
国家にとって、予知能力を持つ大賢者の存在は極めて重要である。
そして十大大臣。国防省、財務省、産業省、農務省、魔法秩序保安省、法務省、保健省、森林保安省、総務省、外務省の各大臣で構成される。
十大大臣の地位は、単に貴族であるだけでは務まらない。無能な貴族は爵位を持っていても、大臣にはなれない。実力ある者だけが王の目に留まり、任命されるのである。
十大大臣の中には貴族出身者も平民出身者もいる。平民でも功績を重ね爵位を授けられることがある一方、無能な貴族は爵位を剥奪されることも珍しくない。互いに実力で上り詰めた者同士であるため、貴族も平民も自然と互いを尊重し、萎縮することはない。代々名門として知られる大貴族であっても、平民出身の大臣に一目置き、遠慮するほどである。
しかし、いかに実力主義を掲げる王であっても、やむを得ぬ事情で無能な者が大臣に就くことがある。これもまた、デリュキュース国の避けがたい現実であった。
今日の定例会議の議題は、乾季による水不足であった。それに伴い、国内の農産物の収穫量は大きく落ち込み、食料事情も深刻化している。この乾季の問題は三年に一度は起こる、完全に避けることのできない災害である。
乾季の原因は、遠方の砂漠大国から吹き荒れる暴風が、乾いた砂を含んだ風をデリュキュース国まで運んでくることにあった。その砂風にさらされ、各地の農地は徐々に水分を奪われていく。水源も次第に枯れ、やがて農作物は立ち枯れていった。
とりわけ被害が深刻だったのは、砂漠大国からの砂風を正面から受ける最前線の街、トレスト北部地区である。
トレスト北部は砂風と慢性的な水不足にさらされ、土は痩せきり、手の施しようがない状況に陥っていた。そこで先代の農務省大臣が王に進言し、街には大規模な貯水施設が建設された。先代大臣の在任中はその施設も適切に管理され、十分に機能していたが、彼の死後、管理は次第に行き届かなくなり、トレストの状況も再び悪化しつつある。
この砂風による被害は、古くから繰り返されてきた。大賢者の知恵を借りずとも、三年から五年に一度は起こると予測できる程度の災厄である。それにもかかわらず、国の最高幹部である十大大臣の中には、そうした事実を承知しながら、何ひとつ有効な手を打てずにいる者がいた。
「収穫量の激減は、別に今年が初めてではないでしょう?三年前にも起きていました。水不足になったのは私の責任ではありませんし、そもそも私が農務省大臣に就いてから、まだ三ヶ月しか経っていないのです。私に責任を押し付けるのは不公平でしょう!」
農務省大臣、ラウリー・ブレイズ男爵は声を荒げ、王と大賢者、そして他の十大大臣たちを順に見回しながら抗議した。
「確かに数年に一度は水不足に陥る。しかし、今年ほど深刻な事態になったことはなかった。ラルフ男爵は砂風による水不足と耕地の乾燥に備え、トレストの民に水をほとんど必要としない作物の栽培を常に呼びかけていた。品質の低い農産物は加工して付加価値を高めるよう奨励し、水不足の年であっても、食料の輸出すら可能にしていたのだ」
財務省大臣ロラン・テレンス伯爵は、深いため息をつきながら言葉を続けた。
「私は別に新しいことをしろと言っているわけではない。せめてラルフ男爵が残した対策を、きちんと引き継いでほしいだけだ。ラウリー大臣、この三ヶ月間、あなたは何をしていた?」
「父が二十年以上も務めていたのですから、できて当然でしょう? 私はまだ就任して三ヶ月しか経っていません。そんな比較をされても困ります。それに、水不足と乾燥した農地への対策として、水の魔法使いと土の魔法使いの騎士を何人も派遣したではありませんか」
「そんな愚策で何が解決する?」
国防省大臣アーロン・メイソン伯爵が、怒りを噛み殺した声で遮った。
「広大な農地を一時的な魔法で潤すなどあまりにも非効率だ。恒久的な対策にならないことは誰の目にも明らかだった。騎士たちは魔力を使い果たし、今も任務に就けない者が出ている。結果として、騎士団に無駄な負担をかけただけだ!」
騎士団は国防省の管轄である。部下が軽率な判断によって酷使されたとあっては、穏やかでいられるはずもなかった。
「もうよい。これ以上、すべてをラウリー大臣一人の責に帰すのは筋違いであろう」
王は変わらぬ穏やかな口調でそう言った。
「王様の仰る通りです。私は全力で職務に励んでおります。責められるどころか、むしろ称賛されるべきではありませんか」
王の言葉を自分への擁護と受け取ったラウリーは、勢いづいたように言葉を重ねる。
「そもそも、あの騎士たちの魔法使いは魔力が低すぎて話になりません。まさか国防省大臣の差し金ではありませんよね? 低級な魔力しか持たぬ者ばかりを寄越したのでしょう。十分な実力のある魔法使いであれば、各地の農地の問題など解決できていたはずです!」
ラウリーはニヤリと笑い、アーロンのみならず他の大臣たちにも視線を走らせた。同じ十大大臣なのだから、怯む必要はない――そう言わんばかりの態度だった。
「何だと……自分の無――」
アーロンは、部下である騎士たちを侮辱された怒りから声を荒げかけた。
「――だが、その前に私が言おう」
アーロンが言い切るより早く、王は静かに言葉を継いだ。
「何十年も父の背中を見て育ちながら、その十分の一にも満たぬ手腕で農務省を預かることは、断じて許されぬ。無能な者は十大大臣に不要だ。ラウリー大臣、自分がなぜ“運良く”その地位に就けたのか、忘れるな」
王の声はあくまで穏やかだった。しかし、その一言一言は重く、逃げ場を与えない。
「不幸にも急逝した父に、もっと敬意を払うがよい。二週間だ。それまでにこの問題を解決できぬなら、二度とこの場に来る必要はない。農務省大臣の座は、君には荷が重すぎる。もう一度、デリュキュース国というものを学び直すがいい」
大賢者は、終始沈黙を保ったまま小さく息をついた。温かな眼差しでラウリーを見つめるが、口は挟まない。国の統治は王の役割であり、大賢者は求められた時にのみ助言する存在である。
「……えっ! そ、そんな……不公平です!二週間で何ができると仰るのですか!?それになぜ私だけが、ここまで責められるのですか!」
ラウリーは動揺を隠せず、声を裏返らせた。
「そもそも国の問題は農業だけではありません! 不法入国や麻薬問題だって深刻ではないですか!? 国防省大臣は何もしていないのでは――」
「はぁ……」
王は小さく息を吐いた。
「不法入国は国防省の管轄ではない。現在は法務省大臣が前向きな対策を進め、実際に不法入国者は減少している」
「ラウリー大臣。君は『三ヶ月しか経っていない』と言うが、正しくは『三ヶ月も時間があった』のだ。その間に何も成し得なかった。それが、君の実力を証明している」
「これ以上、国民に迷惑をかけるな。二週間以内に成果を示せなければ、ここにいる資格はない」
王は呆れを滲ませながらも、終始冷静な声音を崩さなかった。
先代農務省大臣の急逝という不運があったとはいえ、この男を十大大臣に据えてしまったことは、王としての大きな過ちだった。深い後悔が胸を刺す。
なぜ、あれほど有能な男に、これほど愚かな息子が生まれたのか――理解に苦しむ。
先ほどまで怒りを露わにしていたアーロンは、今や呆然とした表情でラウリーを見つめていた。他の大臣たちは口元を押さえ、笑いを堪えきれずに肩を震わせている。
「ラウリー大臣。不法入国の問題を案じてくださり、ありがとうございます」
法務省大臣ダニエラ・カイン子爵は、上品な微笑を浮かべてラウリーに向き直った。
「私は法務省大臣の座に就いて以来、この問題を最優先課題として取り組んでおります。三年前より不法入国対策を本格的に開始し、現在も継続中です。その結果、以前と比べて不法入国者の数は、三年前からおよそ三割減少いたしました」
その穏やかな口調とは裏腹に、内容は明確な成果報告だった。
ロランとバロウズは思わず顔を見合わせ、笑い出しそうになるのを必死に堪える。
法務省大臣ダニエラは、もとはスラム街出身の平民である。しかしその向上心は人一倍強く、頭の回転も群を抜いていた。八年前に外務省へ仕官して以来、デリュキュース国の法律のみならず国際法、さらには諸外国の法制度にも精通し、その卓越した知略で幾度となく外交問題を解決してきた。
やがてその才能は王の目に留まり、五年前、法務省大臣の座と同時に爵位を授けられるに至る。今や大貴族であるアーロンやロラン、バロウズでさえ、十年以上年下のスラム街出身者である彼女に一目置いていた。
「し、しかし……二週間で解決など、誰にでもできることではありません!」
ラウリーは必死に声を張り上げた。
「王様、どうか、もう一度ご再考を――」
「君は、この私に不満を述べているのか?」
王は穏やかに微笑んだ。
しかし、その瞳には一切の温度がなかった。
「それとも、私の判断が誤っていると、そう言いたいのか?」
「い、いいえ! 決してそのような意味では……!」
「もうよい」
王は静かに言葉を切った。
「二週間以内に解決せよ。できなかったなら、それで構わぬ。私は別の者に解決させるだけだ」
そして、何事もなかったかのように視線を巡らせる。
「次の議題は?」
その問いに応じ、森林保安省大臣マイケル・テュラン子爵が、現在ドラウネ地方で発生している野生動物被害について語り始めた。
こうして会議は次へと進み、
ラウリー・ブレイズ男爵という存在は、音もなくこの場から消えていった。




