カイテルの大切な人
ドレスの店を出て、私がカイテルさんの手首から外そうとすると、カイテルさんは私の手を掴み、そのまま手を繋いで中央街を歩く。
「ドレスの店の時間が余ったから、楽団でも見に行く?」
「はい、見てみたいです!」
「よかった。楽団は一年中いろいろな公演をやるから、楽団場に行って決めようか?」
「はい!」楽団のことも王都のことも何も知らないから、とりあえずカイテルさんについていこう。
「カイテルさん、私、試験の勉強をしたいんですけど、どこで勉強できるんですか?本もたくさん読みたいです」
「なら屋敷の図書室でいいんじゃないかな?本がいっぱいあるからリーマの好きなものがあるはずだ。でも薬の本があるか俺もわからないから、今日図書室の本を見に行って、なかったら一緒に買いに来ようか?」
「ありがとうございます。でも屋敷に図書室もあるんですか?さすが貴族の屋敷ですね。屋敷に畑もあるし、花園もあるし、図書室もあるし、ドラゴンちゃんもいるなんて。一昨日までの私は全く想像できませんでしたよ。屋敷にないものはあったりしますか?」
「どうだろうね。最近大切な人が屋敷に来てくれたから、俺にとって今の屋敷は完璧だ。これ以上完璧なところはないと思うよ」
「大切な人ですか?屋敷に?その人は誰ですか?」
お父様たち、使用人たち以外の人に会っていないから、私はまだその人に会っていないと思う。誰だろう?カイテルさんの大切な人なら私も仲良くなりたい。
私がそう聞くとカイテルさんは歩みを止め、優しい目で私を見つめ、私の手をギュッと握り、もう一方の手で私の頬に優しく触れる。
「その大切な人はリーマだよ」カイテルさんが言い終わると、私のおでこに口づけをした。
私はドキッとして、心臓がバクバクして、顔が急に熱くなった。
こここここここ、これはニックお兄ちゃんがよく言っていた街の男の甘い言葉なの?
ここここここ、これは街の男の誘惑というの?は、破壊力が高すぎるよ!ジゼルお姉ちゃんが言った通り私にはこんな男の甘い言葉に耐性なんかないよ!
どどど、どうしよう。なななな、何を言えばいい?何か言うべき?ここ、これは王都の文化なの?顔がすごく熱いよ。心臓がドキドキしてうるさいよ。
私は頭をフル回転させたけれど、結局何を言うべきか分からず、顔を俯き、黙ることにした。
「ふふっ、じゃ楽団場に行こうか」
カイテルさんが私の手を繋いだまま歩みを進め、私は俯いたままカイテルさんに促されるままに付いて行く。
今のは何も無かったことにしよう。さっきのは王都の文化だ。そうそう、あれは王都の男の文化だわ、と私はそう思うことにした。
音楽というのはとても素敵なものだ。あんなおかしな形の楽器なのにあんな素敵な音が作れるなんて知らなかったし、見たこともなかったよ。街は私の知らないことばかりだ。
「カイテルさん、今日中央街まで連れてきてくれてありがとうございました!すごく楽しかったです!楽団もとても素敵でした!音楽もすごーーーーーーーく素敵でした!こんな素敵なものを見るの、初めてです!」
私は帰りの馬車の中で興奮状態でカイテルさんに何度もお礼を伝えた。
「ふふっ、気に入ってくれて良かった。また連れてくるよ。今度はお芝居も見る?」
「はい!お芝居も楽しみです!ふふふっ私、カイテルさんと一緒に王都までついて来て本当に大正解でした!あの時の私を褒めてあげたいです!」
「俺もリーマが王都まで俺と一緒に来てくれて嬉しかったよ。森の中でリーマに会えて俺の幸運なんだ。これからもリーマの知らないことをたくさん体験しようね。俺はなんでも応援するからさ」
・・・・・・えっ神様!?カイテルさんは神様だったの!?
私は目を擦ってもう一度カイテルさんを見る。
やはり神様に見える!
村の人以外でこんなに優しくしてくれる人に出会えたなんて。私は前世で何をして、今世にこんな素晴らしい高待遇をもらっているのかしら。
「ありがとうございます!カイテルさんに出会えて私は世界一幸運な田舎娘です!」
「俺こそリーマに会えて世界一幸せな男だ」
カイテルさんが私の頭を撫でながら言って、私の胸がじんと温かくなった。
カイテルさんは本当に神様だ。
メイソン家の屋敷に戻ると、今日のお礼として私はカイテルさんに自分のお得意料理を作ろうと決めた。カイテルさんにサプライズをしよう!
「リーマ、これから何をする?」
「秘密です」
「うん?秘密って?」
「だから、今から私のやることはカイテルさんに秘密です。準備できたら、呼びますね!」
「えっ‥‥俺も一緒‥‥‥」
「ダメです!じゃ!」と私は強引に会話を終わらせ、裏庭にいるはずのバーナードさんのところに走っていく。
まず庭師のバーナードさんに四種のハーブを譲ってもらった。
次は台所に行き、料理長のジョージさんに台所を借りたいと言ったら、道具や調味料の置き場を教えてくれた。
「私が手伝いましょうか、お嬢様?」とジョージさんが優しい声で聞いた。
「大丈夫ですよ。こう見えても料理が得意です。自分が作ったものをカイテルさんに食べてもらいたいです」
「そうですかそうですか。カイテル様は幸せ者ですな。では頑張ってくださいね。欲しいものがあれば私に行ってください」とジョージさんがふふっと笑いながら、台所を出ていった。
私のお得意料理はタレ付きの蒸し魚。村の小屋でよく作っていたし、おじいちゃんもジゼルお姉ちゃんもニックお兄ちゃんもよく美味しいと褒めてくれたから、一番自信を持っている料理だ。絶対に失敗しない。
私は魚を洗って鱗を取り除き、内臓を取り出して魚のお腹をきれいに洗う。四種のハーブを小さく切り、混ぜて魚のお腹にぎっしり詰め込む。魚の臭みを消すために魚の外側に潰した茶葉と塩をたっぷり塗り、しばらく置いておく。その間にタレを作らなければならない。
タレの材料は酢、塩、砂糖、胡椒、千切り赤玉ねぎ、潰したナッツ。タレは簡単。全部弱火で混ぜるだけだ。
街には砂糖という甘さを増やす調味料があって本当に便利だわ。村にはこんな便利な調味料がないから、毒がなく、甘みのある木のみを潰し、料理に入れて甘みを出すんだよね。森で動物たちと遊ぶ時、よく鳥ちゃんとリスちゃんと一緒に木の実を拾っていたわね。懐かしい〜。砂糖を使うのは初めてだから、どれだけの甘さなのかしら?少しずつ入れて味見しよう。
私はさっき準備しておいた魚を茶葉と塩を洗うためにもう一度魚を洗い、タオルで水分を吸い取ってもう一度塩を薄くかけ、鍋に入れて蒸すと、さっき作ったタレを蒸し魚にかける。これで完了だ。
見た目はまあまあいい感じじゃないかな~ハーブのおかげですごく香ばしい〜。
私は内心「やった!」と思いながら、味見するとちょっとがっかりした。いつもの味だけれど、王都のレストランで美味しいものを食べてしまったのか、舌が肥えてしまい、自分が作ったものを前みたいに満足できなくなった‥‥‥。やはりあの店みたいに美味しくない‥‥‥。何が足りないかな?もう少し砂糖を入れるべきだったかな?それとも胡椒かな?タレにハーブも少し入れたらよかったのかな。
はぁ・・・・・・ジョージさんに手伝ってもらったらよかったかも・・・・・・。いろいろコツを教えてくれるかもしれないし・・・・・・。料理が得意とか偉そうに言っちゃって恥ずかしい・・・・・・。
自分の作った蒸し魚をカイテルさんに食べてもらうのはさすがに恥ずかしいわ。この蒸し魚をどうしようか?自分で食べてしまおうか?リオとリアに食べてもらおうかと、私が迷っているうちにカイテルさんが台所に入ってきた。
「か、カイテルさん‥‥‥どうしたんですか‥‥‥?まだ呼んでないんですよ‥‥‥」私はさり気なく蒸し魚を自分の後ろに隠す。
「メイドからリーマが台所にいると聞いたから来たんだ。料理をしていたのか?あっ、もしかして、その料理、リーマが俺に作ってくれたものなのか?」カイテルさんはパッと嬉しそうになった。
「‥‥‥‥‥」
「食べてもいい?」
「‥‥‥今度でもいいですか?これ、美味しくないです。もうちょっと美味しくできるようになってから‥‥‥」
「どれどれ?美味しそうじゃないか?食べてもいい?」カイテルさんは私の後ろを覗く。
「‥‥‥‥‥」
「食べるね?」
「‥‥‥‥‥はい」
私はおずおずとカイテルさんに蒸し魚の皿をカイテルさんの前に移動させ、カイテルさんはその蒸し魚を食べ始めた。
「美味しいよ!すごく美味しいんじゃないか!しかもすごくいい香りがするよ」カイテルさんは本当に美味しそうにまた食べる。
「ほ、本当に美味しいですか‥‥‥?」
「うん!すごく美味しいよ!すごく香ばしいし、どうやって作ったのか?」
「‥‥‥よ、よかったぁ〜ありがとうございます!バーナードさんからハーブを譲ってもらって魚の臭いを消したんです!」
「なるほどね。流石だね。俺こそありがとう。また作ってくれる?何でもいいよ」
「はい!今度別のものを作りますね。じゃがいもスープとかたまご蒸しとかも得意です!」
あっ、また偉そうに得意とか言ってしまった。
私がそう言うとカイテルさんは嬉しそうに微笑み、「楽しみだ」と言った。
美味しそうに蒸し魚を食べているカイテルさんを私は控えめに眺め、嬉しくなった。こんなに美味しそうに食べてくれたら、次はジョージさんに料理のコツを教えてもらって、またカイテルさんに別のものを作ろうと思った。
カイテルさんは私が作った蒸し魚を完食し、「ごちそうさま。すごく美味しかったよ」と満足そうに笑った。
「これからどうする?図書室に案内しようか?」
「はい!図書室はどんなものか見てみたいです!本も見てみたいです!」
そう決まると、私とカイテルさんは一緒に図書室に行き、夕食まで一緒に図書室で過ごす。
図書室には植物の本や医療関係の本、動物の図鑑、小説などたくさんの本が置いてある。こんなに本がたくさんあるなら、植物の本を買う必要ないね。さすが貴族の屋敷の図書室だ。もはや本屋なのでは?
「リーマお嬢様、旦那様がお呼びでございます。執務で待っていらっしゃいますのでお越しください」
私が植物の本を読み、本に載っている植物の絵で自分の絵描きの練習をしている時、メイドさんが私を呼びに来た。いきなりお父様に呼ばれたから、不安になった。私がなんかダメなことをしちゃったのかしら‥‥‥。
「大丈夫だよ、心配しないで。ただ話があるだけだと思うよ」
カイテルさんが私を宥め、私の手を握って執務室まで送ってくれた。




