知らぬ間に、情けは心に灯る
「リーマちゃん、後で私とお庭でお散歩しましょう。
私はここに住んでいないから、たくさんリーマちゃんと話しておきたいわ」
動物と仕事の話が一段落すると、ジョアンナお姉様がお庭の散歩に誘ってくれた。
いつも優しいカイテルさんのお姉さんだし、私はジョアンナお姉様と仲良くなりたい。
「はい!」
「じゃ俺も‥‥‥」
「女性同士だから、あなたはここにいなさい」
カイテルさんが何か言い終わる前に、ジョアンナお姉様はビシッと彼の言葉を切った。
カイテルさんはすぐ黙る。
一言で黙らせるとは‥‥‥さすがお姉様という存在だ。
食事が終わると、みんなが居間へ移動する中、ジョアンナお姉様は私の腕を自然に組み、そのまま庭へ連れて行ってくれた。
「リーマちゃんは辺境村に三年前から住んでいたと聞いたけれど、本当なの?」
一階の廊下を、二人でゆっくり歩きながら庭へ向かう。
「はい、そうです」
「じゃその前のことはどこに住んでいたの?」
「えーと、私も知らないです‥‥‥実は私にはその前の記憶がなくて‥‥‥」
「まあ、そうなのね‥‥‥。ごめんね、嫌なことを聞いてしまって‥‥‥」
ジョアンナお姉様は悲しそうに眉を下げ、泣きそうな顔で私の頭を何度も撫でてくれる。
「私は全然大丈夫ですよ。村の生活は、とても楽しいし幸せでしたから」
「ふふっ、そうなのね。
それで……いつから動物と仲良くなれるって分かっていたの?さっき話を聞いていてすごく羨ましいわよ」
私はジョアンナお姉様に、初めて鳥ちゃんと仲良くなった日のことを話す。
「最初は鳥ちゃんでした。あの日、私の肩にとまって……薬草をくれたんです」
「なるほど。薬草をくれたのね。可愛いわ」
ジョアンナお姉様は、くすっと笑いながら相槌を打つ。
ジョアンナお姉様は、言葉も仕草もとても上品で、つい見とれてしまう。
そんな貴族の方の隣にいると、私は少し緊張してしまった。
田舎育ちの自分の仕草が、失礼に思われないか心配になる。
ブラックベアのブランちゃんが初めて村に来た日のこと。
鹿ちゃんたちが、私のお手伝いをし始めた日のこと。
どれも、私にとっては当たり前の日常だった。
ジョアンナお姉様は目を見開き、楽しそうに話を聞いてくれる。
「そうなのね〜全く想像できないわ」
「私だったら、きっと仰天していたと思うわ」
「羨ましい〜」
そんなふうに、嬉しそうに相槌を打ってくれた。
今度は、私が質問をする番だった。
人々がどうやったら結婚できるのか、知りたかったから。
ジョアンナお姉様の場合は、十七歳の時に社交界でアラートン・レヴィン伯爵に出会い、一目惚れしたという。
その後、何度か社交界で顔を合わせ、お姉様がさりげなく距離を縮めていき……気づけば、結婚していたらしい。
なるほど、なるほど。
貴族の出会いの場は社交界なんだね?
えーと、じゃあ、平民は?
平民はどこに行けば、結婚相手に出会えるんだろう?。
おじいちゃんは「孫を抱きたい」って言って、私を村から追い出した。
じゃあ私は、結婚して、子どもを産まないといけないのかな……?
平民の出会いの場はどこだ?
考えが、ぐるぐる回る。
ジョアンナお姉様のおかげで、私は社交界がどんなものか少し知ることができた。
たくさんの貴族がお茶や食事を一緒にしたり、ダンスをしたり、いろいろ喋ったり、情報を収集・交換する場らしい。
どんな情報を交換するのかは知らないけれど、平民の私には関係ない世界だから気にしなくてもいいと思う。
お姉様には、息子さんが二人いる。
五歳のドミニク君と、三歳のドナルド君。
私が子どもに会ったことがないと言うと、「今度、連れてくるわね」と約束してくれた。
「このドレスはリーマちゃんにとても似合うわね。というより、リーマちゃんはどのドレスでも似合いそうだわ」
「ありがとうございます。これは、お姉様のドレスですか?」
「えぇ、結婚前に着ていたものよ。
レヴィン家の屋敷に引越ししたときに、ここに置いていったの。
たくあんあるから、よかったら全部もらってちょうだい」
「こんなきれいなもの……もらっていいんですか?
それにここに泊まらせてもらったうえにドレスまで…私はもらってばかりで‥‥‥」
「気にしないで〜。むしろ、リーマちゃんがここに来てくれて嬉しいのよ」
「……本当ですか?」
「ええ。本当よ。お父様も、お母様も、カイテルも、みんなリーマちゃんに会えてとても嬉しいのよ」
「……そう言ってもらえると嬉しいです‥‥‥」
「もしドレスが好みじゃなかったら、無理にもらわなくてもいいわ。
後でカイテルに新しいのを買ってもらえばいいから」
「‥‥‥い、いいえ、お姉様のドレスをお借りします」
「あげるわよ。足りなかったらカイテルに言えばいいからね」
「私は四、五着ぐらいあれば足ります。
それに、お金もないので、連れて行ってもらっても何も買えません」
「ふふっ、四、五着じゃ全然足りないわよ。
それにカイテルはリーマちゃんにお金を払わせないから、安心して」
「尚更買えません。初めて会ったときからカイテルさんからもらってばかりで……
私は何もしてあげられないし、返せません……
カイテルさんがずっと優しくしてくれるんです」
「じゃあ、リーマちゃんはカイテルに幸せになってほしい?」
「はい!もちろんです!いつも優しくてしてくれるカイテルさんが幸せなら、私も幸せです」
「ふふっ、そうなのね~。じゃあ、リーマちゃんがずっとここにいてくれるだけで、カイテルは幸せよ」
ジョアンナお嬢様はそう言って、私の頭を優しく撫でた。
「だから、"もらってばかり"、なんて考えなくてもいいの。
欲しいものがあればカイテルに言ってね。あの男、喜ぶから」
「赤の他人の私に優しすぎます‥‥‥どうしてですか?」
「みんなリーマちゃんのことが好きだからよ。本当に会えて嬉しいわ。特にカイテルはね」
お姉様が優しい手つきで、私の手をギュッと握りしめた。
「リーマちゃんは、私たちの家族みたいな存在だからね」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
心がじんわりと、温かくなる。
でも――
どうして、今日会ったばかりの私を、こんなにも大切にしてくれるんだろう。
今日会ったばかりなのに。
不思議で、少しだけ怖くて、
それ以上に、嬉しかった。




