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気づけば私は、貴族の屋敷に住んでいた

カイテルさんの家に到着すると、私の想像を遥かに超える建物が目に入った。


ガイルちゃんを降りながら、私は目の前の建物を凝視する。


たぶん今の私の顔、かなりアホだと思う。


だって、私にとって「家」といえば、村の小屋くらいのものだ。


こんなふうに、広大な敷地にどーんと建っている建物なんて、一瞬たりとも想像したことがなかった。



……家なの、これ?


屋敷?


豪邸?


とにかく、すごく広い。



たぶん、村が五個分くらいあると思う。


でも広すぎてよくわからないから、五個分より広いかもしれないし、狭いかもしれない。


屋敷の玄関まで歩いていくと、使用人っぽい人たちが、お兄さんたちを出迎えに来た。


ああ、なるほど。


カイテルさん、金持ちだったのね。


確かに、言われてみれば金持ちの雰囲気はあるわ。


だって、何の躊躇いもせずに、二百セルも払って、私に首飾りを買ってくれたぐらいだもん。


二百セルっと、ご飯、二十食分だよ?


高いよ?


そして家族ぐるみの付き合いだから、他のお兄さんたちもきっとお金持ちなんだろうね。


……なんてことを考えながら、私はカイテルさんと屋敷の人たちが話している様子を、ぼんやり眺めていた。


なんだか、全然現実味がない。


これ、夢じゃないよね?


ガイルちゃんと、もう一頭のドラゴンちゃんは、六人の使用人に連れられていった。


私は手を振って、お別れをする。


せっかく仲良くなったから、またいつか会えたら嬉しいな。


カイテルさんは、自然な仕草で私の手を取り、そのまま屋敷の中へ入っていった。


リオとリアは、あちこちを見ながら、私の後ろからついてくる。


屋敷の中に入ると、無駄に広いホールが目の前に広がっていた。


……これ、何に使うの?


バク転、三十回くらいできそうだよ?


まあ、そのバク転は、私にはできないんだけどね。



ホールの奥、左側の扉を通ると、長い廊下があった。


廊下の右側には部屋が二つ、左側には庭が見えていて、庭に下りる階段もついている。


「ここで待て」


カイテルさんが、他のお兄さんたちにそう言った。


そのまま私の手を引いて、庭に通じる階段を降り、小さな池の前で立ち止まる。


リオとリアも、特に何を言うでもなく、静かに後ろからついてきた。


「リーマ、リオとリアと一緒に、ここでちょっと待っていてくれるか?」


「はい、わかりました」


家主にそう言われたら、断る理由なんてない。


「すぐ戻るから」


そう言って、カイテルさんは他のお兄さんたちのところへ戻り、廊下にある一つ目の扉の中へ入っていった。


 私は、なんとなく庭をぐるっと見回した。


 この屋敷の庭は、とてもきれいだ。


 花がたくさん咲いていて、緑もいっぱいで、空気がすごく澄んでいる。


 小さな池では、色とりどりの魚が、気持ちよさそうに泳いでいた。


 見ているだけで、心がすーっと落ち着く。


 なんだか、とても平和な場所だ。


 待っている間、私は池のそばに腰を下ろした。


 すると、庭にいた小さな動物たちが、少しずつ集まってきて、気がつけば私のまわりでじゃれ始めている。


 こんなに居心地のいい庭だから、きっとこの子たちも住みついているんだろう。


 あまりにも気持ちがよくて、私は何度も欠伸をした。


 太陽もぽかぽかしていて、だんだん瞼が重くなってくる。


 このまま草の上にごろんとして、寝てしまいたい。


 ……ダメダメ。


 人様の家の庭で勝手に寝るなんて。


 おじいちゃんに知られたら、絶対に怒られる。


 ――と思ったけれど。


 そんな私の葛藤なんてお構いなしに、誇り高きはずのホワイトウルフ二匹は、


 もう草花の上で、我が庭みたいな顔をして、気持ちよさそうに寝ていた。


 しかも、堂々とイビキまでかいている。



 私は必死に目を見開き、欠伸をしながら小鳥ちゃんたちと遊んでいた。


「リーマ、お待たせ。お父様とお母様に会いに行こう」


 私がうとうとして、そろそろ限界で、このまま草花の上に倒れ込みそうになったその時、カイテルさんが私とリオとリアを呼びに来た。


 私は、(はっ!)と飛び上がるくらい驚いた。


 そのおかげで、目はすっかり覚めたけれど――。


 ……今の、見られたかな。


 ちょっと恥ずかしいかも。


「あっ、はい。リオ、リア、起きて。もう行くよ」


 二匹はのそっと起き上がり、


「うるさいなぁ」

と言いたげに、ぶつぶつ唸りながら欠伸をして、伸びをしていた。


 私はカイテルさんに手を繋がれ、そのまま一緒に歩き出す。


 リオとリアも、まだ半分寝ぼけたまま、後ろからついてくる。


 そして、一つ目の扉を開けて中に入った瞬間――


 思わず、


(うわぁ……)


 と、声が出そうになった。


 外から見たときは、扉が二つあるから二部屋あるんだと思っていた。


 でも、入ってみると、一つの部屋に扉が二つあるだけだったみたい。


 二部屋分ってことだよね?


 そりゃあ、広いはずだわ。


 たぶん、この部屋だけで、村の小屋より広いと思う。


 部屋の真ん中には、長ーい机が一台置かれていて、椅子が十脚も並んでいる。


 何の部屋なのかはよくわからないけど……。


 こんなに広いと、逆に効率が悪くない?


 机の端っこから扉まで歩くのに、時間がかかりそうだし。


 村の小屋だったら、三歩も歩けば、台所から玄関まで行けるのに……。



 そして私は、見知らぬ四人の美男美女が、にこやかにこちらを見つめていることに気づいた。



 ……あ、見られてる。



 その瞬間、ぶるぶるっと緊張が背中を駆け上がった。



 気づけば手のひらがじっとりしている。


 いつの間にか、手汗までかいていた。


「お父様、お母様、叔父様。こちらはリーマ。

そのホワイトウルフは、リオとリアです。偶然、森で会いましたので、連れてきました」



 カイテルさんは、いつも通り――いや、いつも以上に爽やかな満面の笑みで、私のことを紹介した。


 どうして、この状況でそんな笑顔ができるんだろう。


 こっちは緊張しすぎて、心臓が口から出そうなのに。


「リーマ。こちらは俺の父、アーロン・メイソン伯爵。ここの当主だ。

こちらは母のジョゼフィン・メイソン伯爵夫人。

こちらはバロウズ・レンブラント侯爵、マーティスのお父様。

こちらはロラン・テレンス伯爵、ジルのお父様だ」



 ……伯爵?


 ……侯爵?



 えっ。



 えええええっ!?



 お兄さんたちって、そんなにすごい人たちの息子さんだったの!?


「え、えーと……は、初めまして。リーマです」


 私は、何かすごいオーラに圧倒されながら、おずおずと、限界まで平民っぽい挨拶をした。


 こんな豪華な部屋で、こんな豪華な人たちを前にしたら、そりゃあ縮こまる。


 それに、森でお兄さんたちに会った時とは、状況が全然違う。


 あの時は、私、ほぼ絶体絶命だった。


 だからこそ、変に度胸が据わっていて、堂々としていられたんだと思う。


 でも今は、ちゃんとした「初対面」。


 私は緊張で、無意識に自分の服をぎゅっと握っていた。


 ……あれ?


 もしかして、私って人見知りだったのかな?


 それとも、これがお貴族様のオーラってやつ?



 うーん……。


 でも、村の人たちに初めて会った時は、こんなに緊張しなかったよ?


 やっぱり、お貴族様のオーラにやられてるだけかも。


 これが、平民の性というものなのだろうか……。



 お兄さんたちって、貴族なんだね。


 この二枚目たちが貴族で、しかもこんなお金持ちだなんて、世の中は不公平すぎるよ。


 それにしても、本当に父親にそっくりだ。


 顔立ちも、髪の色も、目の色も似ている。


 これなら、お兄さんたちのお父さんは一発で覚えられそうだ。


「まあ、初めまして。あなたがリーマなのね。本当に可愛らしいわ〜。

会えてうれしいわ。これからもよろしくね。私のことは、お母さんと呼んでいいわよ」


 カイテルさんのお母さん――伯爵夫人は、優しい笑みを浮かべて、私に声をかけてくれた。


 ……ん?


 お母さん?


 どうして?


 今、そう聞こえたよね?


 聞き間違い?それとも、ついに私の耳が変になった?


「……えーと。お母さん、ですか?」


「そうよ。お母さんと呼んでね。こちらも、お父さんと呼んで」


 そう言って、伯爵夫人はまたにこりと微笑んだ。


 隣にいるカイテルさんのお父さんを見ると、その伯爵も同じように優しく頷いている。


 ……えっ。


 本当に?


 私は戸惑った。


 本当に、この二人を「お母さん」「お父さん」と呼んでいいの?


 どうしていきなり、赤の他人にそんなふうに呼ばせるの?


 そっと周りを見回すと――


 お兄さんたちも、お兄さんたちのお父さんたちも、



「ふふふ」


「いいな〜」


「ほぉ〜」


「へぇ〜」

 と、よくわからない相槌を打ちながら、なぜか全員ニヤニヤしている。



 ……なに、この反応。


 森で会った時から、ずっと気になっていたけど、これはどういう意味なの?


 もしかして、これが王都流の相槌なの?


 聞いたら、ちゃんと教えてくれるのかな。


「あ、はい。えーと……お、お母様? と、お父……様……?」


 カイテルさんは「様」をつけている。


 なら、私もつけたほうがいいよね。


 とりあえず、一番丁寧そうな呼び方にしておこう。


 カイテルさんは、相変わらずにこにこしているし、


 誰にも笑われていない……よね?(ニヤニヤはしてるけど)


 きっと、合っているはず。


 うんうん。


 リーマ、大丈夫。自信を持ちなさい。


「まあ、その首飾り、とても素敵ね」


 カイテルさんのお母様は、にこにこしながらちらりとカイテルさんを見て、私の首元を褒めた。


「ありがとうございます。これは、トレストでカイテルさんが買ってくれたんです……」


 私は少し俯きがちに、小さな声で答えた。


 だって、この首飾りを買ったのは、このお母様の息子さんだから。


 何か言われたらどうしよう、とちょっと怖い。


 返せと言われたら、速攻で返そう。うんうん、そうしよう。


「ふふふ」

「へぇ〜」

「ほぉ〜」

「おおお〜」

「やるじゃん」



 ……まただ。


 意味不明な相槌が、四方八方から飛んでくる。


 お兄さんたちと森にいた時から、何度も何度も聞いているせいか、もうだいぶ慣れてきた。


 今後はもう、鳥ちゃんのさえずりだと思うことにしよう。


「そうなのね〜。やるじゃない、カイテル?」


 どうやら、お母様はこの首飾りのことを気にしていないらしい。


 返せと言われる気配もないし、怒られてもいない。


 ……よかった。


「リーマ、どこに住むか、まだ決まっていないでしょう?


 だったら、これからここに住んでもいいわよ。

今、メイドたちに部屋を準備させているの。カイテルの隣の部屋をね」


「えっ? そ、そんな、迷惑をかけられません。私は街の宿に泊まりますから……」


 ありがたい話だとは思う。


 ウィンクまでしてくれるし。


 でも、見ず知らずの人のお屋敷に泊まるなんて、さすがに恐縮すぎる。


「まあまあ、そんなこと言わないで。

今日はみんなで晩ご飯を食べましょう。もちろんリーマもね。

部屋は準備しているから、とりあえずお庭で休んでちょうだい。

準備ができたら、メイドが呼びに行くから」


「えーと……」


 ……あれ?


 私の断り、今、軽く無視された?


 なんだか、このまま流されると、普通にここに住むことになりそうなんだけど。


 どうしよう、どう言えばいいの?


 私は、そっとカイテルさんを見る。


 助けて、の視線を込めて。


「そうだね。リーマ、ここに住もう?

 ここにいれば安全だし、何か困ったことがあったら、俺がすぐ助けられるから。心配することはないよ」



 ……あ、だめだ。



 どうやら、完全に勘違いされている。


「……は、はい……」


 まあ……うん。


 仕事を見つけるまでの話だろうし。


 王都の宿、絶対高そうだし。


 街にもまだ慣れていないし……。


 いつまでも、ここに住ませてくれるわけじゃないだろうし。


 ……うんうん。ここは素直に、お言葉に甘えさせてもらおう。



「ふふっ。じゃあ、部屋の準備ができるまで、お庭で待っていてね〜。

 あとでメイドがお菓子と飲み物を持っていくから、ゆっくりしてちょうだいね〜」



 お母様は、上品に微笑んだ。


「はい……ありがとうございます……」



 こうして、私の住む場所はあっさり決まり、ひとまずお貴族様たちとの話し合いは終わった。


 私とお兄さんたちは、一緒に、この無駄に広い部屋を後にする。


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