毎日顔を合わせれば、情も文句も育つ
王都へ向かう途中、太陽が空から消える前に、ジルさんたちは下に広がる更地を見つけた。
今夜は、ここで野営することになった。
私とカイテルさんがドラゴンちゃんから降り、リオとリアの荷箱を下ろす。
私が二匹を荷箱から出すと、すぐに大きく伸びをし始めた。
荷箱は十分大きかったけれど、リオとリアも大きい。
やっぱり、少し窮屈だったんだろう。
「リオ、リア。明日には王都に着くから、もう少し我慢してね」
『ぐるぅぅぅぅぅ』
(わかってるわよ)
リアがそう返してくれた。
いい子だね。
休憩中、火を熾してトレストで買ったご飯を食べていると――
『ごろぉぉぉぉ~~~~!』
(おろかニンゲンどもっ!)
突然、リオとリアが唸り始めた。
どうしたの?
そう聞こうとした、その瞬間――
後ろから叫び声が上がり、十数人の盗賊団が、国の騎士であるお兄さんたちに襲いかかってきた。
「動くな!ドラゴンをもらうぞ!死にたくなけりゃ――」
とかなんとか。
あとはよく分からない言葉を、盗賊団は叫んでいた。
‥‥‥この人たち、ドラゴンちゃんが欲しいのね。
その気持ちは、まあ、わからなくもない。
だがしかし、億の一にもお兄さんたちを倒せたとして、ドラゴンちゃんがこの人たちの言うことを聞くの?
聞かないよね?
そもそも相手は国の騎士なんだけど?
命知らずすぎない?
そんなことを、かなり呑気に考えている間に、お兄さんたちはすぐさま盗賊団と交戦を始めていた。
一人で数人を相手に、容赦なく、次々と倒していく。
さすが王都の騎士だな〜。
カッコいいな〜。
‥‥‥と、感心しながら戦いを観戦していたら―――四人の盗賊団員が、私に向かって走ってきた。
どうやら、この四人は私に観戦をさせてくれないらしい。
ケチ‥‥‥。
「リーマ!」
カイテルさんが叫び、駆けつけようとするけれど、別の盗賊団員に阻まれて近づけない。
でも大丈夫だよ、カイテルさん!
私は自分のことを自分で守れる、すごくすごい女なんだから!
四人の盗賊団員は、私を弱いと思ったらしく、剣もきちんと構えずに突っ込んでくる。
私は「よし!」と気合を入れて、出迎え――
‥‥‥ようとした、その瞬間。
『がおっーーー!』
二頭のドラゴンちゃんと、リオとリアが、私と盗賊団員の間に割って入った。
視界が一気に塞がれ、何が起きているのか分からない。
不本意ながら、私の出番は消えてしまった。
「みんな、死なない程度にしてね!」
慌てて、そう声をかける。
次の瞬間――
盗賊団員たちは、枯れ葉のように、ひょろひょろと地面に倒れていった。
私はおずおずと近づき、動かなくなった四人の様子を確認する。
‥‥‥おっ。
全員、ちゃんと息してる!
ふぅぅ‥‥‥。
ちゃんと「死なない程度」にやってくれたみたい。
まあ、あと一息で死にそうだけど。
二頭のドラゴンちゃんと、二匹のホワイトウルフちゃんにボコボコにされて、この四人が一番可哀想だわ。
街に出て一日目で、当たり屋に盗賊団。
街って、本当に物騒。
‥‥‥なるほど。
だから村のおじいちゃんおばあちゃんは、あんなに心配してくれたのね。
その後、盗賊団は制圧され、お兄さんたちは彼らを縛って荷箱に入れ、ファビアンさんたちのドラゴンちゃんに乗せた。
王都の役所に引き渡すためだそうだ。
「この人たち、ドラゴンが欲しかったんですか?
でも、ドラゴンって人間の言うこと、簡単には聞かないんですよね?」
「ドラゴン小屋にあった首輪、覚えてるだろ?
おそらく、ああいう道具を使って捕まえるつもりだったんだろう」
「ドラゴンは超希少だからな。売れば、次の代まで贅沢に暮らせる。
それだけの価値があると思ったんだろう」
「へぇ〜‥‥‥そうなんですね〜?」
‥‥‥私も、余裕で一生贅沢に暮らせそうな方法を思いついた気がするけど、忘れることにした。
「急に盗賊が現れて、びっくりしちゃいました。
トレストのあの騎士といい、さっきの盗賊といい‥‥‥村のおじいちゃんおばあちゃんが言っていた通り、
村の外って本当に物騒で残酷で残忍な場所なんですね!
私はずっと安全で平和な村に暮らして、
優しい村の人たちに囲まれていましたから、こんなスリリングな出来事なんて全然なかったんです。
でも、おかげですごくワクワクしました!いい経験でした!
いつか村に戻ったら、この話をお土産にしてあげたいです!
というか、今すぐおじいちゃんに話したいです!」
「た、楽しんでいるみたいで‥‥‥よかったな‥‥‥」
ジルさんは、明らかに顔を引きつらせていた。
「別に、そこまで物騒でも残酷でも残忍でもないぞ。街も普通に安全で平和だ」
ファビアンさんは、苦笑しながらそう言う。
「安心して。リーマは、俺が守るからね」
カイテルさんも苦笑しつつ、私の頭を撫でてくれた。
「村のおじいちゃんおばあちゃんが、君を心配しすぎなんだ。街はそこまで危ない場所じゃない。今日は、たまたまだ」
マーティスさんもそう付け加える。
‥‥‥ファビアンさんとマーティスさんは街の弁護をしてくれているけれど、
今日だけで二回もスリリングな出来事に遭っているから、正直、説得力はあまりない。
「それに、お兄さんたちはさすが国の騎士ですね。すごくカッコよかったです!」
「ははっ!当たり前だ!俺たち四人は、デリュキュース国のトップレベルの騎士だからな!」
ジルさんは、聞かれてもいないのに自画自賛を始めた。
‥‥‥残念ながら、これもあまり説得力はない。
「ふーん、へぇ〜。トップレベルの騎士なのに、どうしてリオとリアとは戦いたくないんですか?」
「‥‥‥」
ジルさんが、ものすごい目で睨んでくる。
あらあら、怖い怖い〜。
「そういえばリーマ、ドラゴン小屋の件は何だったんだ?」
ファビアンさんが話題を変える。
「??ドラゴンちゃんの小屋に、何かありましたか?」
「君、ドラゴンとじゃれ合っていただろ」
「あぁ、はい。しました。ドラゴンちゃんって、
思ったより大きくて、可愛くて、おとなしくて、いい子ばかりでした!」
「何をして、どうやって仲良くなった?俺にもコツを教えてくれ」
「コツですか?
うーん‥‥‥お兄さんたちが、最初に私に話しかけてくれた時と同じ感じでやればいいんじゃないかと」
私は自然にできてしまうから、聞かれても上手く説明できない。
「それができないから、聞いてるんだよ」
「そう言われましてもですね〜」
「はぁ‥‥‥。俺は、君に一番似合う仕事を思いついた」
「本当ですか!?どんな仕事ですか?医者?看護師?やっぱり薬師ですか!?私もそう思いました!」
「‥‥‥動物の飼育員だ」
「??私は動物に詳しくないですよ?
熊ちゃんとか、鹿ちゃんとか、ウサギちゃんとか、鳥ちゃんくらいしか‥‥‥」
「君は、一番動物に詳しいと思うぞ」
「そういえばリーマ、どうしてガイルが俺のドラゴンだって分かったんだ?」
「ガイルちゃんが教えてくれたからですよ?」
「‥‥‥‥‥‥ガイルが、いつ?」
「話している時にです」
「‥‥‥話した‥‥‥のか‥‥‥?」
カイテルさんが、首を傾げる。
「ガイルちゃん、カイテルさんが大好きって言ってましたよ。
カイテルさんを見ると、すごく安心するって」
「本当か?それは‥‥‥嬉しいな」
カイテルさんは、素直に嬉しそうに笑った。
「そういえば、俺たちが小屋に入った時、ドラゴンが暴れてただろ?あれは何だったんだ?」
マーティスさんが尋ねる。
「暴れましたっけ?結構おとなしくしていたと思いますけど‥‥‥」
「いや、鳴いたり、翼をバタバタさせたりしてたぞ。今まで、あんなことなかったから焦った」
「あぁ、あれは暴れてたんじゃなくて、喜んでたんです」
「‥‥‥喜んでた?なんで?」
「私に会ったからに決まってるじゃないですか?」
「「「「‥‥‥そう?」」」」
「ところで、お兄さんたちはどうして騎士になったんですか?」
ジルさんの話によると、お兄さんたちはご両親の代からの家族ぐるみの付き合いらしい。
年齢は、ファビアンさんが二十三歳、マーティスさんが二十二歳、ジルさんとカイテルさんが二十一歳だ。
「俺は、もともと騎士になりたかったんだ。それに次男だからさ。父親の跡を継がなくていいしな」
へぇ〜。ファビアンさんにはお兄ちゃんがいるんだ〜。
「俺は、なんとなく」
ふーん。マーティスさんは意外と適当だね〜。
「俺は武器を使うのが好きだから、なったんだ~」
へぇ〜。ジルさん、意外と真面目だね〜。
「俺は部屋の中で仕事をするより、いろんなところに行ってみたくてさ。それで騎士になったんだよ」
ほぉ〜。カイテルさんは意外と自由人だね~。
皆さんは十六歳で学院を卒業し、そのまま騎士団の入団試験を受けたそうだ。
ジルさんとカイテルさんは、ファビアンさんとマーティスさんの後に入団したが、
偶然にも同じ隊に配属され、今に至るらしい。
「俺たちは成績優秀でさ、すげぇ人気者なんだぜ?
いつも女の子にきゃあきゃあ言われて、国中の騎士人気ランキングでも常に上位だよ~」
ジルさんは、聞かれてもいないことまでペラペラと喋り、自画自賛している。
ただ、どうして騎士になったのかを聞いただけなのに‥‥‥。
騎士の仕事はさまざまだ。
お兄さんたちのように遠方で任務を行う者もいれば、
王族の近衛騎士、城内や街の警備騎士、治癒騎士などもいる。
私みたいに魔力がまったくなくても、剣術さえ優れていれば騎士になれるらしい。
この国は実力主義で、貴族でも平民でも、男でも女でも、実力さえあれば王城や貴族の元、あるいは他の良い場所で働き、高収入を得られる。
騎士だけでなく、料理人でも、医者でも、教師でもだそうだと、カイテルさんが教えてくれた。
実力主義の国って、いいわね。
それなら私も、いいところで働けたりするのかな?
ちなみに、治癒騎士というのは、治癒魔法を使える騎士のことらしい。
その魔法で、重症の傷を負った人でも治せるという。
……え?
マジかよ。
それ、すごくない?
それなら、私みたいな薬師、もう要らないんじゃない?
いらないよね?
存在意義どこ?
……いや、まあ、薬は薬で必要だと思うけど。
たぶん。
まあ、そんな心配は、王都に着いてからでいいや。
「お兄さんたちは幼馴染なんですか?羨ましいです!私も幼馴染が欲しいです!」
「ずっとこいつらと一緒だと、つまんねぇよ」
ファビアンさんが、つまらなそうにぶつぶつ言った。
「逆に言えば、ずっとおまえと一緒なのが、まじでつまんねぇってことだよな?」
マーティスさんが、ファビアンさんをギッと睨む。
その圧と目力‥‥‥無意識なの?それとも、わざと?
「‥‥‥っ!」
ファビアンさんは、しまった、というように口に手を当てた。
マーティスさん‥‥‥年上のファビアンさんですら、ビビってない?
「‥‥‥お兄さんたち、本当に仲がいいですね。幼馴染、羨ましいです」




