田舎娘、街の料理に敗北する(?)
「今、どこに向かっているんですか?」
私はカイテルさんに手を引かれながら、あちこちの店に首を伸ばし、行き先を確かめた。
「食堂だよ。ジルはもうついていると思う」
食堂へ向かう途中、きらきらと光る品物を並べた店が目に入った。
「何だろう?」
そう思って少し覗いてみると、首飾りや髪飾り、耳飾り、指輪などが並んでいる。
「わぁ〜きれい〜」
宝石や、こんなに輝く石を見るのは初めてだった。
街には、こんな綺麗なものがあるんだ。
――でも、きっと高いよね。宿のお金も心配だし、おじいちゃんのお金だって足りないんだろうし‥‥‥。
「気に入ったものがある?」
「うーん‥‥‥この青色の、長い首飾りがきれいですね。カイテルさんの眼と同じ色で」
「‥‥‥じゃあ、これを買ってあげる」
カイテルさんは顔を赤らめながら、嬉しそうに店の人へ代金を払った。
「えっ!?ちょっと待ってください!私、お金ないですよ!」
宿代だって足りないかもしれないのに!
「だから、買ってあげるって」カイテルさんは微笑む。
「そのつもりで言ったわけじゃありません!本当に大丈夫です!ただ、きれいだなって思っただけで‥‥‥」
「俺が喜んで買ったんだ。受け取ってくれ。それとも、俺からのものは嫌か?」
悲しそうに言われてしまい、私はそれ以上何も言えなくなった。
ずるい‥‥‥
「こっち向いて」
言われるまま向くと、カイテルさんが笑顔で首飾りをつけてくれる。
その瞬間、妙な視線を感じた。
ふと顔を上げると、少し離れたところで、ファビアンさんが腕を組み、にやにやとこちらを眺めていた。
――見られてる‥‥‥の?
そう思った瞬間、私は一気に顔が熱くなった。
宝石屋での買い物を終えたあと、カイテルさんは他の店にも連れて行ってくれた。
ファビアンさんは「邪魔者は先に行くよ」とニヤニヤしながら去っていく。
私たちは食堂へ向かいながら、街のあちこちの店を覗いて回った。
花屋、雑貨屋、お菓子屋、服屋‥‥‥。
どれも、私にとっては初めて見るものばかりで、胸が高鳴った。
――これのどこが、人気のない街なんだろう。
トレストは、とても賑やかに見えた。
「カイテルさん!街って、すごく楽しいです!トレストはこんなに賑やかなのに、王都ほどでもないなんて本当ですか?王都がどんな場所なのか、もう想像もつきません!」
「ふふっ。トレストより、ずっと賑やかだよ」
カイテルさんは楽しそうに言った。
「店も、ここよりずっと多い。リーマはきっと気に入るはずだ。楽しみにしていて。俺が全部案内するから」
「約束ですよ!早く王都を見てみたいです。楽しみです!」
「ふふっ、約束だ」
カイテルさんは、いつもの優しい笑みを浮かべた。
そうして、あちこちの店を覗いているうちに、私たちは街の食堂に辿り着いた。
リオとリアも、カイテルさんと私について店に入ろうとしたが、入り口で店の人に呼び止められた。
「申し訳ありませんが、動物は店内に入れません」
その言葉に、この子たちはむっとして、
『ぐるぅぅぅぅっ!』(ワタシタチはホワイトウルフだぞっ!)
と、やけに偉そうに唸り始める。
「こらこら、大丈夫だから」
私は二匹をなだめながら、耳元で小さく言った。
「街を出たら、たくさん狩りしてもいいからね」
すると、しぶしぶといった様子で、二匹は店の前で待つことに同意してくれた。
店に入ると、奥の席にジルさんの姿が見える。
すでにファビアンさんとマーティスさんも到着していて、三人で楽しそうに話していた。
「ジルさん、ファビアンさん、マーティスさん。お待たせしました」
「お帰り~。街、楽しかった?」
ジルさんが、いつもの元気な声で尋ねてくる。
「はい!初めて見るものばかりで、すごく楽しかったです!」
「トレストぐらいでそんなに楽しんでるならさ、王都に着いたら、仰天するんじゃない?」
「王都、すごく楽しみです!」
「それはよかった~。料理、いっぱい頼んだからね。もう少し待ってて~」
「ありがとうございます。街の料理も楽しみです!」
そこで、ジルさんが少し声を落とした。
「‥‥‥ファビアンから聞いたんだけどさ。さっき、ちょっとしたトラブルがあったって?」
「ありました!」私は元気よくうなずく。
「村では絶対に起きないことなので、ワクワクしました!
世の中には、いろんな出来事があるんですね。とてもいい経験でした!」
「そ、そうなのか‥‥‥?」
ジルさんは一瞬言葉に詰まり、引きつった笑みを浮かべた。
「‥‥‥楽しそうで、なによりだな‥‥‥」
「そう言えば‥‥‥あの男は、本当に騎士だったんですか?私、ちゃんと体調を心配したのに‥‥‥」
「ふふふ‥‥‥」
マーティスさんは、どこか含みのある笑みを浮かべた。
「騎士が一般市民にあんなことをしたんだ。あの騎士は、戒告処分を受けることになったよ」
「騎士なのに、どうしてあんなことをしたんですか?わざとぶつかるなんて、ひどいです‥‥‥」
「「「「‥‥‥‥‥」」」」
一瞬、妙な沈黙が落ちた。
お兄さんたちは顔を見合わせ、そろって苦笑する。
(どうしたの?そんなに言いにくいことなの?)
「うーん‥‥‥まあ‥‥‥」
マーティスさんが、珍しく歯切れ悪く口を開く。
「女の子に、ちょっかいを出したかった‥‥‥んじゃないかな」
「ちょっかい?」
私は首をかしげた。
「ちょっかいを出して、何がもらえるんですか?」
「うーん、運が良ければ‥‥‥」
今度はジルさんが、視線を泳がせながら答える。
「女の子を、手に入れられるからね~」
「この街には、女の子がたくさんいるんじゃないですか?」
私は素直に疑問を口にした。
「別に、運任せにする必要はなかったと思いますけど?」
「‥‥‥‥‥‥」
「リーマ、その話はもういいよ」
カイテルさんが、苦笑いしながら割って入る。
「終わったことだし、ちょうど料理も来た。ご飯にしよう」
――お兄さんたち、なんだか怪しい。
でも、とても言いにくそうだから、私は深く考えないことにした。
街の料理って、どんなものだろう。
そう思って楽しみにしていた――その時だった。
運ばれてきた料理を見た瞬間、私は、ぴたりと動きを止めた。
皿、皿、皿。
――全部、肉料理。
しかも、全部、私が食べられないもの‥‥‥
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
――これは、まずい。
とても、大変なことになってしまった。
私は今さらになって気づいた。
――そういえば、私、肉が食べられないって、
お兄さんたちに一度も話していない。
なんてこった。
村の小屋にいた頃は、私が料理担当だったから、当然、自分が食べられるものしか作っていなかった。
おじいちゃんは好き嫌いがなかったし、ずっと私に合わせてくれていた。
お兄さんたちと一緒になってからも、森での食事は野菜と果物と魚ばかり。
だから、何も問題にならなかったのだ。
――街に来るまで。
そうだよね‥‥‥街なら、こうなるよね。
私は、この可能性を一切考えていなかった。
(私って‥‥‥バカだな‥‥‥)
テーブルの上には、ずらりと並ぶ料理。
なのに、蛇料理も、魚料理も、カニも、エビも、野菜料理もない。
あるのは――全部、動物の肉。
あれも、これも、食べられない。
でも、「食べられない」と言うのは、すごく言いづらい。
ぼんやりと皿を眺めていると、だんだん、胃の奥がむかむかしてくる。
――これは、鶏肉。
(鶏ちゃん‥‥‥)可哀想に‥‥‥。
こんな料理を見るの、三年ぶりじゃないかしら。
ふぅ‥‥‥。一旦落ち着こう、リーマ。
大丈夫、大丈夫。
鶏ちゃんを見なければいいのよ。
ほら、隣に‥‥‥とても小さな、野菜が乗ってるじゃない。
うんうん、それを食べよう。
「リーマ?どうした?食べないのか?」
カイテルさんが声をかけると同時に、私の皿に、鶏ちゃんの料理をそっと置いた。
――あ。
うぅぅ‥‥‥どうしよう‥‥‥。
いつも優しくしてくれるカイテルさんが、私のために取ってくれた料理だ。
食べないのは、失礼な気がする。
「‥‥‥タベマス‥‥‥」
私は意を決して、鶏ちゃんの肉をそっとつまんだ。
(これは魚‥‥‥これは魚‥‥‥これは魚‥‥‥)
必死にそう言い聞かせながら、口に運ぶ。
――だめだ。
胸の奥が、ぎゅっと苦しくなって、なんだか、泣きたくなってきた。
ちゃんと言わなかった私が、悪いのだ。
(鶏ちゃん‥‥‥ごめんね‥‥‥)
「待って待って」カイテルさんが、私の手をそっと止めた。
「もしかして、この料理、好きじゃないのか?」
少し申し訳なさそうに、眉を下げる。
「ごめんね。俺、先に聞くべきだったよ。リーマ、食べられないものってある?」
「‥‥‥‥‥肉は‥‥‥ダメです」
俯いたまま、かろうじてそれだけを絞り出す。
「肉?」
カイテルさんは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに頷いた。
「そうか。肉は食べられないんだね。じゃあ、他の物を頼もう。
魚は大丈夫だよね?カニとエビが好きだったよね?ちょっと待っててね」
いつも優しいカイテルさんはいつもと変わらない、やさしい声で言った。
それだけで、胸の奥がじんわり熱くなる
「‥‥‥ごめんなさい」
私は小さく謝った。
「今まで気にしたことなっくて‥‥‥言うの、忘れちゃって‥‥‥」
「いいよ、いいよ、気にしないで」カイテルさんは、すぐに首を振った。
「俺こそ、ごめんね。先に聞くべきだったよ。
食べられないものがあったら、ちゃんと言ってね。無理して食べなくていいんだよ」
「カイテルさんは、悪くないです。私は悪かったです。本当に‥‥‥ごめんなさい‥‥‥」
「全然、大丈夫だよ」
穏やかに、きっぱりと言う。
「謝らなくていいよ。ちょっと待っててね」
「‥‥‥で?」
ファビアンさんが、料理を口に運びながら口を挟んだ。
「どうして、肉を食べられないんだ?」
「‥‥‥私は、動物と仲いいんです‥‥‥
動物は、私の友達ですから‥‥‥
それで、いつの間にか、食べられなくなっちゃって‥‥‥」
私は小さな声で、正直に答える。
「動物と仲良い?」
ファビアンさんが眉を上げる。
「どういうこと?」
「‥‥‥すぐ、動物たちと友達になれるんです‥‥‥
動物たちは‥‥‥私の言うことを、聞いてくれて‥‥‥」
森にいた頃、この話はずっと隠してきた。
だから、怒られないか不安になって、私はちらっと、お兄さんたちの顔を見回した。
――理解はしていないみたい。でも、誰も怒っていない。
それに気づいて、私は、ほっと胸を撫で下ろした。
(はぁ‥‥‥よかった)
「えーと‥‥‥だから、リオとリアがあんなにリーマのいうことに従順なのか?」
「‥‥‥まあ‥‥‥はい」
「でも、それで肉を食べられなくなるほどか?」
ファビアンさんは首を傾げる。
「正直、そこまではよく分からないな」
「動物は私の友達ですから」
私は顔を上げて、はっきり言った。
「ファビアンさんだって、食料のために友達のジルさんを殺したり、食べたりしないでしょう?」
「なんで俺だよ!?」
ジルさんが勢いよく突っ込む。
「しかも例えが怖いんだよ!」
「‥‥‥まあ、確かに」
ファビアンさんは少し考えるようにして、言葉を選びながら続ける。
「こいつらを食べるために殺す、って発想はないな‥‥‥なるほどな、そういう気持か」
ファビアンさんは首を傾げながら、頷く。完全に理解したわけじゃないみたい。
でも、納得しようとしてくれているのが分かった。
「この店、エビとかカニとか、たまごとかもあるよ〜」
ジルさんがメニューをぱらぱらと捲りながら言う。
「じゃあ、これとこれにしようか?」
「は、はい!」
思わず声が弾む。
「エビもカニも好きです!たまごも好きです!あっ、蛇も食べられます!」
お兄さんたち‥‥‥優しすぎる!
「へぇ~」
マーティスさんは料理から顔をあげ、感心したかのように目を見開いた。
「俺、今まで蛇を食べる女に会ったことなかったな」
「うーん、さすがに蛇料理はないねー」
ジルさんは残念そうにメニューを閉じる。
(蛇は美味しいのに‥‥‥)
そうして何品か追加で注文してくれて、私は無事、街の料理を食べることができた。
――本当に、優しい人たちだ。
その優しさが、胸の奥にじんわり沁みてくる。
「‥‥‥動物と仲いいって、どんな動物でもか?」
今度はカイテルさんが、穏やかに尋ねた。
「全部かどうかわかりませんけど‥‥‥
熊ちゃんとか、鹿ちゃんとか、リスちゃん、ウサギちゃん、鳥ちゃんは、すぐ友達になれます」
「珍しい能力だな」
ファビアンさんが、今度は素直に感心したように言う。
「すげぇ羨ましい」
「えらいね」
カイテルさんはそう言って、私の頭を優しく撫でてくれた。
本当のお兄ちゃんができたみたいで、胸が温かくなる。
――だがしかし。
なぜか、他のお兄さんたちは顔を見合わせて、また急にニヤニヤし始めた。
(‥‥‥どうして?)




