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田舎娘、街デビューしました。

 村を出てから二週間ほど経った頃、私はついに森を抜け、少し歩いてトレストの街に入った。


 その瞬間、私は思わず、目を見開いた。



 カイテルさんから、「六番目の街だから、あまり人気がなくて盛んじゃないよ」と聞いていたから、もっと、うす暗くて静かな街を想像していた。


 でも、全然違う!人がたくさんいて、行き交う足音があって、イキイキしていて、にぎやかな街だよ!


「こ、これが、全然人気な街じゃない、というの‥‥‥?」


 思わず、声が漏れてしまった。


 人気じゃない街が、これなら。じゃあ、人気な街は一体‥‥‥どうなるの?


 私とカイテルさんの言う「人気」はどうやら、根本からレベルが違うらしい。


 こんなにたくさんの人を見るのは初めてだから、急に視界がぐるりとして、軽い眩暈がしてきた。


 これで「人気じゃない街」なら、王都はどうなの?私、王都で生きていけるの?やばいじゃん‥‥‥。



 そんなことを考えている間に、マーティスさんとファビアンさんはもう何でもない様子で前を歩いていて、「先に食堂に行くね〜」とジルさんはそう言って、人の流れに紛れるように歩いて行ってしまった。


 私はリオとリアと一緒に、興味津々であちこちの店を眺めながら歩いていた。



 その時――――どん、と何かにぶつかる。



「あっ、ご、ごめんなさい」



 私の完全ボケである。


 村にいた時と、全く同じ感覚で歩いてしまったわ。


 だって‥‥‥村なら絶対誰にもぶつからないもん‥‥‥。



「‥‥‥ッ!」相手の男が息を呑む。


「‥‥‥ちゃ、ちゃんと‥‥‥前を見ろよ。痛いんだよ?すごくさ」


 そう言いながら、防具のようなものを身につけた男は、なぜか頬を赤く染めた。


「君に、責任をとってもらうからね。ほら、一緒にあの店行こう?おれ、奢るよ。あそこ、美味しいよ」


 この男は意味のわからないことを言って、いきなり私の手を掴んで、どこかに連れていこうとした。


 えっ?な、何が起きているの?どうしてそんなに怒るの?どこに行くの?


『――がおあぁっ!!』(コノヤロウッ!)


 次の瞬間、リオとリアの咆哮が街に響いた。


 リオが男に体当たりし、男の身体はあっさりと吹き飛ばされる。


 リアは私の前に立ち、低く唸りながら、完全に私を庇う姿勢を取った。


「いてぇ!き、君ッ!自分のペットをちゃんと見ろよ!俺は騎士だぞ!こんなこと、簡単に済むと思うなよ!」


 えっ?


 騎士?


 これが騎士?


 お兄さんたちは優しいのに、どうしてこの男はこうなの?お兄さんたちと違いすぎない?


「リーマ!」


 切羽詰まった声が聞こえた。


「何があった!?ごめんね、俺は目を離したから!どうしたの?何があった?」


 顔を青ざめさせたカイテルさんが、私の傍へ駆け寄ってきた。


「こ、この男と私がぶつかったんです。

謝ったら、いきなり私の手をつかんできたから‥‥‥

それで、リオとリアが私を守ってくれました‥‥‥」


 おじいちゃん以外の人に怒鳴られたのは初めてで、内心かなり狼狽したけれど、できるだけ落ち着くようにしてカイテルさんに説明した。


「‥‥‥おまえ、騎士だよな。なんで女の子に、そんな態度をとってるんだ?」


 カイテルさんが低い声で男を睨みつける。


「おい、何があったんだ?」


 前方を歩いていたファビアンさんとマーティスが戻ってきた。



「こ、この女が俺にぶつかったんだ!痛ぇんだろうが!」



 ふへっ!?あれで?そんなに痛いの?か弱い女の子の私は、痛くもかゆくもないのに?



 この男、見た目と違って、体が相当虚弱なんだ‥‥‥なんか可哀想かも‥‥‥


「‥‥‥ねぇ‥‥‥私はあなたとぶつかっても、別に痛くもかゆくもなかったのに、あなたはそんなに痛いの?」


 私は首を傾げた。


 一方で男の顔がぴくりと引きつる。


「それって、体が弱すぎるんじゃない?それでも騎士なの?

無理しないで、騎士はやめて、家でおばあちゃんと一緒にお裁縫でもやったほうが、体にいいと思うよ?」


 この男は私とぶつかったことでぷんぷん怒っているようだ。



 しかしこの男の体は、か弱い女の子の私よりかなり虚弱みたいだから、私は怒らずに、彼の体にピッタリの新しい職業を提案してみた。



 自分の体と体調に合わない仕事をすると体調が悪化するし周りに迷惑だからね〜。



 私、優しいでしょう?



 ふぅぅ~、それにしても、人生初の街でこんな場面にすぐ会えるとはね~~。


 ちょっとぶつかっただけでこんなに怒られるなんて!

 街は本当に物騒で残忍で残酷なところみたいだわ!

 意外と楽しいんじゃないか!


 

 ワクワク!



 そう考えていると、「ふっ」「はははっ」と周りの野次馬から笑い声が聞こえた。


 ‥‥‥えっ?どうして笑ってるの?私は真剣に彼に新しい職業を提案しているよ?


「おまえっ!おまえのペットが、いきなり俺を吹き飛ばしたんだろう!?」



 あらまぁ、「君」呼びから、「おまえ」呼びになってしまったわ。相当激ぷんぷんのようだ。


 でも‥‥‥


「でも、それはあなたがいきなり私の手を掴んだからだよ?この子たちは、私を守っただけ。それの何が悪いの?」


 男が言葉に詰まる。


「‥‥‥あっ」


 私はぽんと手を打つ。


「もしかして、痛かった?」


 男の顔が、みるみる赤くなる。


「あなたは虚弱だもんね。あんなに派手にぶっ飛ばされたら、痛いもんね。可哀想‥‥‥この子たちの代わりに、私が謝るよ?」


 虚弱なこの男が、いきなりホワイトウルフに飛ばされたら、体調が悪化しちゃうかもしれない。


 ちょっと可哀想かも‥‥‥


 ほら、今この男が急に顔を真っ赤にしたよ。倒れちゃうかな?近くに診療所あるかしら?


「きょじゃ、く‥‥‥?かわい‥‥そう?はでに‥‥?ぶっとば‥‥‥された?お、おまえっ!」


 男は何か言おうとして、言葉が全部途中で切れてしまう。


「あっ、ちょっと落ち着いて」私は慌てて止めた。


「あなた、虚弱体質だから、あまり大声を出さないほうがいいよ!

悪化しちゃうよ?倒れちゃったらどうするの?

虚弱でも、あなたは一応男だよ?おばあちゃん一人で看病するの、大変だと思うよ?」


 まぁ、この男に本当におばあちゃんがいるかどうかは知らない。


 もしかしたら、おばあちゃんじゃなくておじいちゃんかもしれない。


 でも、さっきの新しい職業の提案の時、彼はおばあちゃんの存在を否定しなかったし?


 それに、この男はちょっと変だわ。

 

 体が弱いから、代わりに声を張ってしまう癖があると思う。

 

 虚弱な自分を強く見せたいのかな?だから虚弱でも騎士になったのね?


 日々、頑張ってるのね〜。えらいね〜。



 だがしかし、この男の怒鳴り声は私に効果なし。


 おじいちゃんの怒鳴りのほうが骨の髄まで響くし、地鳴りしてしまうレベルだ。


 この程度の大声で怯む私ではないのだ。


 私、勇敢でしょう?


「お、おばあ‥‥‥ちゃん‥‥‥?」


「違うの?じゃあ、おじいちゃんのほうが正解?ねぇ、あなた、落ち着いてよ。

ほら今、顔がすごく赤いよ。絶対、体調が悪化している!早く診療所に行ったほうがいいと思う!」


「て、てめぇ‥‥‥」


 彼は低い声で唸り、私をギョッと睨みつける。



 あらまぁ、「おまえ」呼びから、さらにランクアップして、「てめえ」呼びになってしまった。



 めちゃくちゃ激ぷんぷんしているみたいだけれど、どうしてそんなに激ぷんぷんしてるの?



 心優しい女の子の私が、こんなに虚弱なあなたを心配してるのに‥‥‥


 街の人って、何を考えているのかよくわからないわ。


「でもでも大丈夫だよ!安心してね!虚弱でも、騎士になるために日々頑張ってることは騎士団も知っているはずだから、すぐクビになったりとかしないと思うよ!」


 私が彼を安心させるように優しく微笑む。


「でも、やはり虚弱な体で騎士をやると、すごく大変だし、周りに迷惑だから、

さっき私が提案したお裁縫の仕事も考えてみてね!絶対うまく行くから!

無理をしないあなたを見ると、あなたのおじいちゃんも絶対喜ぶからね!頑張ってね!」


 私は笑顔でそんな激ぷんぷんの彼にエールを送った。


 ふふふっ、いいことをした後って、すごく気持ちがいいわね。


 おじいちゃんに再会したら、この話をしてあげようかな〜。



「て、てめぇ‥‥‥」


 顔が真っ赤で、体を震わせる彼。


 やっと私の優しさに気づいたのね、きっと感動しているんだろうな〜。


「いいよいいよ、お礼はいらないから!

あなたは今まで頑張ってきたから、これからは自分の体に合った仕事をすれば大丈夫!

あなたは十分えらかったよ!よく頑張った!

騎士団のみんなも、きっとあなたの気持ちをわかってくれるはず!

まずは、初めての第一歩に勇気を出して!」



「はははははっ!もうムリ!この子ヤバすぎっ!」


「み、見てらんねぇっ!この男、かわいそうっ!はははっ!」


「だ、だれかあの子止めてふふふっ!」


 野次馬の笑い声が響く。


 えっ?なんで笑っているの?私は真剣に彼にエールを送っているけど?


 だがしかし‥‥‥予想とは反対に、この人は私の優しさに全く感謝せず、顔を真っ赤にしながら、私に手をあげようと‥‥‥した瞬間。


『がおー!』


 リオとリアは威嚇して私の前に立ち、彼の動きがピタリと止まった。後ずさりする。


 どうやら、またリオとリアに飛ばされるのが怖いらしい。


 大変だ‥‥‥。


 もしかして彼に動物へのトラウマを与えてしまったかもしれない‥‥‥。


 もし今後、動物に恐怖心を抱いてしまって、近づけられなくなったら申し訳ない‥‥‥可哀想‥‥‥



「も、もしかして動物が怖くなっちゃった?可哀想‥‥‥本当にごめんね、この子たちはわざとじゃないの‥‥‥本当にいい子なの‥‥‥」


「ど、どうぶつが‥‥‥こわい‥‥‥?おれが‥‥‥かわいそう?」顔が真っ赤なままの彼が、ぼやく。


「り、リーマ、ふふふっ、もう、もういいよ。もう、なにも、ふふふっ、言わないで、ふふふっ、あげて、、ふふふっ」


 カイテルさんが笑いを堪え、私の手をちょんちょん引っ張りながら言った。


 カイテルさん、笑うことじゃないの!この人にトラウマを与えてしまったの!


「はははははっ!‥‥‥・・・・・こほんっ!こほんっ!えーと、他にこの二人を見た人はいますか?‥‥‥ふふふふっ」


 ファビアンさんも笑いを堪え、真剣な顔に整えてから、野次馬に問いかけた。


「俺が見たよ!この男はわざとこの子をぶつけたんだよ。なのに、この子にいちゃもんつけやがって手首をつかんでどこかに連れて行こうとしたんだ」


 一人の野次馬のお兄さんが大声で答える。


 ‥‥‥えっ!?あれがわざとだったの!?


「私も見たわ!騎士なのに、女の子を虐めるなんて最低だわ!」


 一人のお姉さんも声を上げて訴えた。


 ひ、ひどい‥‥‥


 私が本当に彼を心配したのに‥‥‥


 あんなにエールを送ったのに‥‥‥


 やはり街は物騒で残忍で残酷だわ‥‥‥


 悲しい‥‥‥



「わざとぶつけた‥‥‥?どこかに連れて行こうとした‥‥‥?おまえはちゃんと騎士の規定通りに罰を受けてもらうぞ」



 カイテルさんはさっきまで笑いを我慢していたのに、今すごく怖い顔でこの男を睨む。


 いつも優しい人が怒ると、マジ怖いよね‥‥‥おじいちゃんと同じだ‥‥‥



「お、俺は何もしてない!」


「俺、こいつを騎士の拠点に連れて行くよ」


 マーティスさんもさっきまで野次馬と一緒に爆笑していたのに、今は表情を整え、その騎士を連れて行く。


「リーマ、ごめんね、俺が離れたから」


「いいえ!私が本当にあの人の体調を心配したのに、

結局あの男がわざとぶつかったとか聞くとちょっと悲しいですけど、

でも街の初日にこんなスリルなことに会うなんてワクワクしますよ!

街は意外と楽しいところですね!

村ではこんな物騒なことは絶対にありませんから!」



「ふふっ‥‥‥そうなのか?」カイテルさんがまた笑い出す。


「それにリオとリアも、カイテルさんたちも守ってくれましたから」


「ごめんね。これからはもう離れないから。俺のそばにいて」


 カイテルさんは私の手を握って歩き出す。



 リオとリアは私の隣を歩きながら、

『がううううー』(イナカムスメからハナれろッ!)と唸り、

軽くカイテルさんに体当たりをする。カイテルさんはよろけながら前へ歩いていく。



 この子たちは本当に心配症だね〜。でも大丈夫、カイテルさんが私に悪いことをするわけないし、安心だよね。


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