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無垢の前に、強き者は折れる

 翌朝。


 お兄さんたちと一緒に行動してから三日目。


 明日の昼前にはトレストに到着すると、マーティスが言っていた。


 この日、カイテルさんは朝から、何度も私のほうを見ては、何か言いたそうな口を開き、そして閉じる――そんな落ち着かない様子だった。


 あまりにもそわそわしているので、さすがに気になって声をかける。


「どうしましたか? カイテルさん」


 すると、カイテルさんは少し肩を強張らせ、おずおずと話し始めた。


「リーマ‥‥‥えーと‥‥‥ホワイトウルフが、凶暴な動物だってことは、知っている‥‥‥よね?」


 こんなにも歯切れの悪いカイテルさんは、初めて見た。


「はい」


 私は理由がわからないまま、首を傾げて答えた


「そ、そうだよね‥‥‥。えーとね‥‥‥」


 そこで、カイテルさんの代わりに、マーティスさんが口を開いた。


「ホワイトウルフを街に連れて行けば、間違いなく騒ぎになる。だから、ここで別れたほうがいいんじゃないか、って話だ」


「‥‥‥‥‥えっ?」一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


「どうしてですか?リオもリアも、誰にも何もしていませんが?」


「それは分かってる。でも街の人は――」


「怖がるから、ですか?」私は思わず声を強めた。


「怖がるからって、この子たちは誰にも何もしていないでしょう?勝手に怖がるのに、どうして私たちが離れなきゃいけないんですか?」


「「「「‥‥‥‥」」」」


 お兄さんたちはお互いに顔を見合わせる。誰も、すぐには答えなかった。


「それもそうだけど、でもな‥‥‥」


 ジルは何かを言おうとした。でも私はリオとリアと絶対に別れない。


「お兄さんたちがそんなにリオとリアが無理なら、別々で行きましょう。お兄さんたちとは、ここで別れます。私たちは私たちで街に行きます」


「えっ!?」


 真っ先に声を上げたのは、カイテルさんだった。


「ち、違う!そういう意味じゃなくて‥‥‥!わ、分かったよ。うん、わかった。そうだよね。リオとリアも連れて行くから、安心して、ね?一緒に行こうね?リーマもリオもリアも俺たちと一緒に王都に行こうね。ね?」


 カイテルは慌てて、必死の様子で許してくれた。


「本当にいいですか‥‥‥?」


「全然いいよ。ごめんね、不安にさせて。リーマもリオもリアも一緒に行こうね?」


 そう言って、カイテルさんはいつもの優しい表情に戻った。朝からずっとぎこちなかったカイテルさんが、ようやくいつものカイテルさんに戻った気がした。


 カイテルさんたちが、そんなに私のことを心配してくれているんだ‥‥‥


 私、我が儘を言いすぎちゃった‥‥‥?


 いつも優しくしてくれる人たちにあんな我が儘を言ったなんて‥‥‥。


 もっと穏便な言い方があったはずなのに‥‥‥。


「ありがとうございます‥‥‥我が儘を言って、ごめんなさい‥‥‥」


「いいよいいよ、気にしないで。リーマが一緒に来てくれれば、それでいいんだ」


 カイテルさんのおかげで、私はリオとリアを街まで連れて行けることになった。でも、やはりホワイトウルフがそのまま街に入れば、大騒ぎになるのは大変だ。


 どうにか誤魔化せないだろうか――そう考えた末、私は閃いた。


 今まで寝袋として使っていた大きな毛布で、リオの体をぐるぐる巻きにする。


 メアリーおばあちゃんの上着で、リアの体をぐるぐる巻きにしてみた。


 ふむふむ、この方法は、意外といけるわね。


 こうして見ると、二匹とも大きい犬ちゃんにしか見えない‥‥‥と思う。


 これなら、街の人を誤魔化せるんじゃない?我ながら名案だ。よし!明日、街に入る前に、リオとリアをぐるぐる巻きにしよう!


 私はリオとリアの姿を見て、満足した。


 お兄さんたちに、明日、リオとリアをぐるぐる巻きにして、街の人を誤魔化すことを話そうと、お兄さんたちのほうに目を向ける。


 すると、カイテルさん以外の三人が、なぜか腹を押さえ、必死に笑いを堪えている――ように見えなくもない。


 一方でカイテルさんはというと、そんな三人のお兄さんをじろりと睨みつけていた。


「‥‥‥?」


 どうしたのだろうか。


 当のリオとリアを見ると、二匹ともどこか誇らしげに胸を張り、お兄さんたちを見て、ドヤ顔でニヤリとしている。


 気のせいかな。みんな、一体どうしちゃったのかしら。




 お兄さんたちと一緒に行動するうちに、ぼんやりと、なんとなくではあるけれど、それぞれの性格が分かってきた。


 カイテルさんは金髪に青い瞳で、背が高い。いつもニコニコしていて、とても優しく、四人の中で一番、私のことを気にかけてくれる人だ。


 森を歩いているとき、毒のある植物の近くを通りかかると、私が近づかないように、さりげなく私と植物の間を歩いてくれる。


 何度も森を歩くうちに、そうしてくれない時もあるから、恐らく植物の知識は、私のほうが詳しいと思う。それでも――誰かに心配してもらえるというのは、やっぱり嬉しいものだ。




 ジルさんは赤髪に赤い瞳。カイテルさんより少し背が低く、明るくて、とにかくお喋りな人だ。


 初めてお兄さんたちに会った夜、私がだんだん慣れて、警戒心が解けていったのは、間違いなくジルさんのおかげだと思う。


 道中でもよく話しかけてくれるし、王都のこと、他の街のこと、森の外での暮らしについても、いろいろ教えてくれる。


 だから私は、ジルさんと話す時間がとても楽しい。




 マーティスさんは黒髪で青い瞳。背格好はカイテルさんと同じぐらいだ。


 か弱い女の子である私の首根っこを、一切の躊躇なく掴んだあたりから察するに、恐らく――無慈悲な人だと思う。


 それに、マーティスさんは何も言わずに立っているだけで、ものすごい圧を放っている。その証拠に、他のお兄さんたちが時々、マーティスさんに対して、微妙に遠慮している様子が見られるのだ。


 その光景が、なかなか面白い。何度も見ては、思わず笑い出しそうになった。


 まあ――その圧が私に向けられなければ、の話だけど。




 ファビアンさんは銀髪で碧眼。村の人たちは青色や赤色、黒色の瞳ばかりだから、見慣れてはいるけれど、ファビアンさんのような色の瞳を持つ人を、私は今まで見たことがなかった。すごく、きれいな瞳だ。


 ファビアンさんはこの四人の中で一番背が高い。無表情な人に見えるし、あまり喋らない。


 けれど、たまに茶目っ気のあることを言ったり、ふいに冗談を口にしたりするから、思っているほど寡黙な人ではないのかもしれない。


 もっと仲良くなれば、きっとファビアンさんのこともいろいろ分かってくると思う。


 ファビアンさんは、よくリオとリアのことを質問してくる。


 動物が好きなのかな、と思って聞いてみたら、王城では騎士団だけでなく、動物の訓練隊も担当しているらしい。


 なるほど、と納得した。



 ――まあ、つまり。

 お兄さんたちは、みんな優しくて、いい人たちだ。


 村を出て、こんなに優しい人たちに出会えたなんて、私はもしかしたら、とても幸運に恵まれた女なのかもしれない。


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