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六十一話 オーガの力

 背の高い草むらの中で、俺はオーガと戦うことになった。


「てぇえあああああああああ!」


 体に纏わせている水の魔法のアシストを使用し、鉈で思いっきり斬りつける。

 生い茂った草を斬り飛ばしはしたけど、オーガは鉈が当たる直前に一歩下がって回避し、お返しに分厚く先が尖った爪を振るってきた。

 俺も後退して避けたが、大人ほどの身長があるオーガの手が予想以上に長く、手の爪先が掠ってしまった。

 当たったのは服の表面だったんだけど、まるで鋭利なナイフで切られたように、ぱっくりと裂ける。

 そして、肩掛けにしていた弓の弦も切られてしまった。

 弓が地面に落ちたけど、構わずに前に出て、オーガの足を狙って鉈を振るう。


「りゃあああああああああ!」


 またオーガは下がって避けようとしたようだけど、俺はさらに前に踏み出し、鉈を押し付けるようにして足に当てる。

 そして勢いよく振り抜いて、刃でオーガの肌を切り裂いた。


「ダグィイイイ!」


 オーガは驚いたように後ろに跳んで、より警戒した目をこちらに向けてきた。

 俺は鉈を構えなおしながら、相手に与えた傷の具合を観察する。

 オーガの肌が赤色だから視認しにくいけど、やっぱりあまり足を斬れていなかったようだ。

 もともと鉈の刃は枝葉を連続で斬るために、あまり鋭くはしていない。

 だから、さっきの斬り方じゃあまり手傷は負わせられないことは分かっていた。

 けど、それでは説明できない手応えを、斬ったときに感じた。

 例えるなら、皮膚のすぐ下にゴムが詰まっているような、肉にしては弾力と硬さが違った感じだった。

 きっと、あの鍛え上げられたかのようなオーガの肉体が、そう感じさせたのだと思う。

 もしかしたら、オーガという種族の筋肉は、そもそも人間や野生動物とは作りが違うって可能性もあるかな。

 そう考えながら、俺はオーガと睨み合いを続ける。

 お互いに様子見をしているので、俺は魔塊の減少を抑えるために、体に纏わせている水の魔法を一時的に解除した。

 その瞬間、オーガが襲い掛かってきた。


「――くっ!」


 急いで水の魔法を再使用すると、オーガは警戒したみたいに跳び下がって、また様子見を始める。

 まるで魔法を使っているときと、使っていないときが分かるみたいな動きだ。

 まさかと思い、俺は水の魔法の厚みを極力薄くしてた。

 これで見た目なら、水の魔法を解除したように見えるはず。

 ちらりと視線を外して自分の腕を見ると、少し多く汗をかいているようにしか見えなかった。

 オーガの反応を伺うと、やっぱり警戒したまま動こうとしない。

 どうやら、オーガは俺が魔法を使っていることが見える――というよりも、感じることが出来るみたいだ。

 商隊から俺だけを連れ去ったのも、きっとその能力が関係しているんだろう。

 あの中で俺が一番の脅威だと、このオーガは思ったのかな。

 そう考えると、場違いな感想だけど、強敵だと認識されたのかなって、ちょっとだけ嬉しくなる。

 前世では、チビだと侮られることは多かったけど、手強そうだって思われたことはなかったしね。

 でも、そう浮かれている場合じゃない。

 このオーガを倒すことを考えないと。

 視線を左右に向け、背の高い草むらに隠れながら攻撃しようかなって考える。

 でもそのときは水の魔法を解除しないと、オーガの魔法を感知する能力で、位置を察知される可能性もあるんだよね。

 なら、攻撃魔法を放とうかなって、手をオーガに向ける。

 すると、こちらが狙いをつけ辛くするためにか、横に移動を始める。しかし、近づいてはこない。

 こうなると直接戦闘しかないなと、オーガを出し抜く方法を考える。

 魔法を解除して、オーガが近づいてきて攻撃してくるまでまって、再使用しながら攻撃しようか。それとも魔法は解除しなくて、一気に攻め続けるか。それとも……。

 色々と案が浮かび、そのどれかに決めかけたとき、草むらの中を何かが走ってこちらにくる音がいくつも聞こえた。

 音がしてきた方向は、商隊のいる道からだったので、護衛の人たちが援護にきたのか、それとも逃げ出したゴブリンたちがこっちにくるのか。

 さてどっちかと横目を向けると、草むらの中から出てきたのは、ゴブリンたちだった。


「ちっ!」

「ギィィイイイイ――!」


 近くに現れた一匹を斬り殺す。

 すると他のゴブリンたちは、俺を包囲して武器を向けてくる。

 防御が堅い水の魔法があるので、ゴブリン程度なら問題はないだろうと判断する。

 しかし、次の光景を見て、そうも言ってられないんじゃないかって思った。


「ギッギギィ」

「ギギッギギガィ」

「ガァグゥ」


 ゴブリンとオーガが、会話らしきものをしているのだ。

 こいつら仲間だったのかと警戒しながら、道中に現れたゴブリンのゾンビたちも、このオーガの手勢だったんじゃないかって考える。

 もしかしたら、あの中継村が頻繁に襲われるようになったことと、このゴブリンとオーガの組み合わせは関係あるのかもしれない。

 一気にまずい状況になったなと、警戒を強める。

 そして、一匹のオーガと十匹はいるゴブリンたちの、どちらを先に片付けようかと考える。

 そのときだった。

 不意にオーガが近くにいたゴブリンの一匹の頭を掴むと、軽々と持ち上げる。


「ギギイィィ!」


 そのゴブリンは、悲鳴を上げて手足をバタつかせている。

 しかしオーガは気にもせず、ゴブリンを掴んでいる腕を大きく振りかぶった。

 まさか――って嫌な予感がして、急いで横に跳び、別のゴブリンを体当たりで吹っ飛ばす。

 その直後、さっきまで居た場所を、オーガが投げたゴブリンが通過した。

 俺は体当たりで吹っ飛ばしたほうに止めを刺しながら、投げられたゴブリンがどうなったかを確認する。

 頭を掴んで投げたからか、首が変な方向に捻れていて、明らかに死んでいた。

 このオーガの凶行に、周囲のゴブリンたちがうろたえる。


「ギッ、ギギギィ」

「ギィグギギ、ギ」

「ドゴォアアアアアア!」


 しかしオーガが一声鳴いた途端、ゴブリンたちの混乱が収まった。

 そして、俺に武器を向けてくる。

 まるでそうしないと、さっきのゴブリンのように投げられてしまうというように。

 これを見て、俺は気分が悪くなった。

 強い人が弱い人を力ずくで従える光景だからだ。

 こういう自分の力に思い上がって強権を振るうヤツが、俺は生まれ変わる前から大嫌いだった。

 チビでひ弱だった前世では、何度反抗しても潰されるだけだったが、今世では違う。


「ゴォアアアア!」

「ギ、ギギギィ!」

「ギギィグ!」


 そのことを鳴いて指令を出すオーガと、付き従って反抗しようともしないゴブリンたちに、しっかり見せ付けてやろうって決意した。




 俺対オーガとゴブリンたちの戦いになった。

 まず俺は、体に纏わせた水の魔法の厚みを増やし、一気にゴブリンたちを殲滅することにした。


「だあああああ! てぇりゃああああああ!」


 鉈を一振りする度に、ゴブリンが一匹ずつ死んでいく。

 あっという間に四匹を倒すと、他のゴブリンたちは怖気づいた。

 けど、オーガが大声を上げて、攻撃しろとせっつく。


「ゴォアアア、ゴゥオオオオ!」

「ギ、ギギギィー!」


 破れかぶれのように、ゴブリンが突き出してきた槍を避け、その柄を俺は片手で掴む。

 そして、水の魔法のアシストで水増しした腕力で、槍ごとゴブリンを振り回した。


「ギギィイイーー! ギギァグ――」

「――グギガッ!」


 槍を掴んでいたゴブリンは、別のゴブリンに当たると、一塊に地面に転がる。

 俺は槍を持ち直すと、そいつらに向かって投げつけた。


「てえぇやあああああ!」

「「ギィガァ……」」


 ゴブリン二匹を地面に縫いとめるように、槍は肉体を貫通して地面に突き刺さった。

 これで俺には敵わないと悟ったのだろう、ゴブリンたちが逃げようとするように後ろに下がり始める。

 しかし、オーガはそれを許さなかった。


「ギ、ギギギィ!」

「グォオ、ドグォアアアアアア!」


 ゴブリンの一匹を捕まえると、オーガはまたこっちに投げつけてきた。

 しかし今度は、俺は避けない。

 右腕と背中そして両足にかけて水の魔法の厚みを増やし、飛んできたゴブリンを右腕で殴り飛ばす!

 一瞬だけ、ずっしりとした重みを感じた。

 けどすぐに消え、殴り飛ばしたゴブリンは、あらぬ方向へ錐揉み回転しながら飛んでいった。

 その結果を見て、ゴブリンたちとオーガは驚き、俺は水の厚みを薄く戻しながらビックリしていた。

 水の魔法を纏えば石のゴーレムに殴られても平気だったから、もしかしてと思って試してみたけど、防御力と力の増強度合いは予想以上だった。

 魔塊を解した魔力しか使えないのに、量をドカ食いするっていう燃費の悪さはあるけど、これは詐欺に近い効果の魔法じゃないだろうか。

 これなら、もっと積極的に攻撃に出てもいいかもしれない。

 そう思いながら踏み出すと、オーガとゴブリンたちは一歩後ろに下がった。

 この行動を恥だとでも思ったのか、オーガは左右の手で近くにいたゴブリンを一匹ずつ掴み、こっちへ連続して投げつけてきた。


「ドグオォォオォオオオオ!」

「「ギヒィイイイイイイ!」」


 先ほどよりも速度が上がっていたが、俺は左腕に纏わせた魔法の水を厚くしながら、飛んできたゴブリンたちを横に殴り退けた。


「ググゥゴオォ……」


 オーガは再度、周囲に手を伸ばす。


「ギ、ギギィギア!」

「「ギャギャギィ!!」」


 しかし残り三匹だけになったゴブリンたちは、急いでその手を避けると、草むらのさらに奥へ逃げていった。

 その様子を見て、俺はオーガを鼻で笑ってやる。


「ふふんっ。どうやら、子分たちに見捨てられたようだね?」

「ガグ、グゴアアアアアアアアアア!」


 俺の嘲笑を受けて、オーガはゴブリンたちなど要らなかったと言いたげに雄叫びを上げると、こちらに突っ込んでくる。

 ようやく様子見を止めたなって思いながら、俺は体を覆う水の厚みを上げると、こちらからも突進していった。


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