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三十五話 石のゴーレム



 石のゴーレムと出合った翌日からも、俺とテッドリィさんは森に入って、魔物を倒すことを続けていく。

 俺は危険が大きいと反対したんだけど、テッドリィさんが教育係という強権を発揮して、土のゴーレムも見つけたら出来るだけ倒すようになった。


「はんッ。一度倒した魔物なら、やり方は心得たもんだろうが。それに、土の核一つが銀貨数枚だぜ。狙わなくてどうするよ」


 と豪語するだけあって、テッドリィさんは土のゴーレムの動きを見切っていたらしく、危なげなく前線で戦ってみせた。

 核の位置も、頭や手足にあることは稀で、大抵が胴体部にあるようで、テッドリィさんが楽に戦える要因になっていた。

 俺はというと、矢で射掛けたり風の魔法で足止めしての援護だ。

 矢に風を纏わせる魔法は、使うとまた石のゴーレムが来るかもしれないため、封印している。

 テッドリィさんが剣で核を刺して倒すし、たまに俺の矢が核に当たって倒すこともあったから、使わずに済んでいるだけともいえたかな。


 それで、石のゴーレムとより強いゴーレムを倒そうとしている、あの冒険者たちはどうしているかというと。

 なんでもロッスタボ親方に、石や鉄または銅を破壊できる武器の製作を求めたのだそうだ。

 けど、商人に鉄や銅は売り払ってしまって在庫がなかった。

 そのため、武器の製作代の他に、彼らが森で石を拾い集めて持っていくことで話がついたらしい。

 材料があれば、あの銅を樽精製出来るロッスタボ親方だ、武器作りも手早く済ませたのだそうだ。

 なんでこの話を俺が知っているかと言うと、森に行くときに彼らにたまたま出くわして、事情を聞いたからだ。


「つーわけでだ。早速、新調した武器を持って、石のゴーレムに挑んでくるぜ!」


 嬉々とした表情で、大きな四角錐のハンマーとかツルハシを持って、森の奥へと入っていった。

 彼らが消えてから、テッドリィさんは笑った。


「他の奴らがアイツらみたら、絶対にイカレてるって勘違いするぜ」

「あの武器は石のゴーレムに効きそうなのに、なんで?」

「バカだなぁ、バルト。ハンマーはともかくとして、平地にある森の中にツルハシを持っていくヤツが、普通いると思うか?」

「ああー、そういえばそうだね。石のゴーレムを相手にする以外には、使い道がないもんね」


 ハンマーは鈍器として扱えるだろうけど、ツルハシは武器としては使いづらいだろうしね。

 その後、夕方に食堂に行ってみると、彼らと再び会うことが出来た。

 豪華な料理が並んでいることから、石のゴーレムを倒してのけたようだ。


「無事に倒せたようですね、おめでとうございます」

「おおー、坊主とネェちゃん。おら、こっちに座れ座れ」

「懐具合が暖かいを通り越して熱いからな。おごってやっからよ!」


 そして乾杯の流れから、石のゴーレム戦の話を聞くことになった。


「いやー、硬い硬い。流石は金になる相手だって感じだった」

「少し削ったぐらいじゃ、ゆっくりと治っていっちまうからな。時間がかかることかかること。けど、深いヒビは治せないみたいだったがな」

「それによ、戦闘音を聞きつけた他の魔物がやってきやがってな。だから二組に別れて、ゴーレムとその他の魔物を倒すようになったりよ」

「でもな、そんな苦労に見合うだけの価値は、当然あったぜ。核だけでも大金だが、体の石だって売れるんだぜ」

「なんでも、普通に石の中に銅があるらしくて、割るだけで取り出せるんだとさ。鑑定に見せた鍛冶屋のオヤジには、あればあるだけもってこい買い取ってやる、なんて催促されちまったよ」


 よほどお金が入ってきたのか、彼らはニコニコ顔で気前よく話してくれた。

 話に聞く分では大変そうには聞こえない。

 けど、傍らにある武器を見ると、ハンマーとツルハシがかなり消耗しているのが見えた。

 これは弓と鉈が武器の俺が戦って、勝てる相手じゃないな。

 矢に風を纏わせる魔法を使っても、きっと矢が突き刺さらずに潰れちゃうだろうし。

 石のゴーレムに俺たちの勝算が薄いのは、テッドリィさんも気付いているようだ。

 彼らの話を楽しげに聞いているだけで、戦いたいといった顔はしていない。

 けど、土のゴーレムといま戦い続けているように、勝算があれば戦いにいこうとするような気もするけど。

 そんなことよりも、ちょっと気になったことがある。


「石のゴーレムの体に、銅がそのまま入っているんですか?」

「ん? ああ、そうだぜ。鍛冶屋のオヤジにゴーレムの欠片――拳大の石を割って見せてもらったとき、小粒の銅が中にあったんだ」

「銅のない石の部分にも、見えないだけで銅があるらしくてな。この土地で取れる石の、五倍以上の銅が合計で取れるんだそうだ」

「なんだ、お前も石のゴーレムと戦いたくなったか?」

「止めとけよ、バルト。あたしらの武器じゃ役に立たねぇし、ハンマーなんて買っても他に使い道がねぇかんな」


 テッドリィさんの苦言に、違う違うと首を横に振る。


「そうじゃなくて。石のゴーレムに銅の粒があるってことはさ、この森の主がもしもゴーレムなら、その体は本当に銅でできているんじゃないかな。そう思っただけだよ」

「ああー。前の話し合いで、主が鉄か銅のゴーレムっつー話をしてたっけか」


 こちらの言い分を、テッドリィが理解してくれたようだ。


「それで、もし本当に銅のゴーレムがいて、もしも倒せたりしたら。すごいことになりそうだって想像したんだよ」

「そりゃまたなんでだ?」

「だって、核だけでも大金って話だったけど。あのゴーレムの巨体の全部が銅だよ。一抱えもある量を換金したら、それだけで金貨に届くんじゃない?」

「ははん、なるほど。しかもそれが森の主だったら、討伐の報酬は桁違いになる。こりゃあ一匹倒せたら、後の人生は悠々自適に暮せるだろうな。挑戦するには良すぎる相手ってわけだ」


 口ではそう言っているけれど、テッドリィさんの態度は自分に関係がない話だと物語っていた。

 まあそうだろうな。俺たちじゃ、石のゴーレムと戦うのも苦労するはずなのに、その上のゴーレムが相手じゃね。

 けど、この何気ない話に、相席していた冒険者たちが物凄く反応した。


「そうか、その通りだな! こうしちゃいられない!」

「森の主を倒そうっていう冒険者が、日々少しずつやってきているんだ。飯食っている場合じゃねぇ!」

「鍛冶屋のオヤジのところに行こう! あ、そうそう。金は多めに置いていくから、坊主とネェちゃんは楽しんでくれな」


 ちょっと前に見たようなことを言いながら、彼らは鍛冶屋がある方向へ走っていった。

 よほど慌てていたのか、それとも金銭に余裕があったのか、一掴みの銅貨と二枚の銀貨が机の上に置かれている。

 テッドリィさんはそれを見て銀貨だけを摘むと、俺に一枚渡した。


「折角の好意だ、ありがたく頂こうぜ。ただし、銅貨分だけな」

「この食堂でなら、これだけ銅貨があれば、お腹いっぱい食べられるしね」


 ちゃっかりしたテッドリィさんに苦笑いしつつ、きっちり置かれた銅貨分だけ料理を食べまくった。

 その後で宿に戻ってベッドに寝転がり、二人して食いすぎて苦しいと愚痴を言い合ったのだった。




 それから数日後、森の奥で銅のゴーレムを見つけた冒険者がいるらしいと噂が立った。

 ちょうどそのときに、道端で会ったので聞いてみると、どうやら見つけて一度戦ったらしい。

 けど倒していないからか、彼らは口数が少なくて、大した話はしてくれなかった。


「じゃあな。鍛冶屋に行かなきゃならん」


 少ない話が終わると彼らは、そそくさと去っていく。

 姿が見えなくなってから、テッドリィさんが彼らの態度の理由を教えてくれた。


「獲物を横取りされちゃたまらねぇしな。それに銅のゴーレムが噂になってんのも変だ。アイツらが倒してない相手の話を触れ回るはずがねぇから、誰かの口から漏れたって考えんのが普通だろうさ」

「……もしかして、俺たちが周囲に話しているって、あの人たちに思われているってこと?」

「いや、そういうわけじゃなさそうだぜ。もしそうなら、戦ったなんて言わなかっただろうさ。けど、誰の口から流れたかわからねぇから、用心して口数を少なくしてんだろ」


 なるほど、理解できる話だ。

 銅のゴーレムを倒そうと、彼らは武器まで作っているんだ。

 誰かに先に倒されたりしたら、その分だけ丸損になっちゃう。

 他の人を警戒するのは、当然だろうね。

 考えがまとまったところで、テッドリィさんが俺に注意を向けさせるように、手を頭に乗せてきた。


「やつらのことは置いておけよ。これからあたしらは魔物を倒しにいくんだからよ。そのことに集中しろ」

「分かっているよ。故郷で猟師のシューハンさんに、森での狩りは散々仕込まれているんだからね」

「ふふっ、そういやそうだったな。森歩きじゃ、あたしよりバルトの方が上だったな」


 テッドリィさんは笑顔になると、俺の頭を撫でる。

 なんだか子ども扱いされているなと思いながらも、手を跳ね除けたりはしない。

 ここまでの付き合いで、なんとなくこれはテッドリィさんの不器用な愛情表現だと知っていたからだ。

 そんな風になんだかんだとありつつも、俺たちは森の中に入った。

 この森のことは浅い場所なら大体把握したので、魔物のいそうな場所にも目星がつく。

 その目星を巡って、数多くの魔物を倒して回る。

 運良く、土のゴーレムを一匹発見し、テッドリィさんの剣と俺の風の魔法で、さほど苦労もなく倒した。

 

「今日はなんだか調子が良いな。この調子でバンバン倒して行っちまおうぜ」

「そうしてもいいけど。これだけ魔物を倒せて稼ぎは十分なんだから、今日は早めに切り上げてもいいかもよ?」


 そんな事を小声で話しながら、次の魔物を見つけるため再び歩き始める。

 このとき、俺とテッドリィさんは気楽な調子ながら、気を抜いていたり油断はしていなかった。そう思う。

 けどやっぱり、慣れはあったのだろう。

 巨木の陰に人間大の岩があるなとは、思っていた。平原にあるこの森でも、多少の岩は存在しているので、この岩についても特に変には思わなかった。

 けど、まさかそれが座っていただけの石のゴーレムで、俺の目と鼻の先で突然立ち上がるとは考えもしなかった。


「!? テッドリィさん、逃げるよ!」

「いきなりどうしたよ?」


 慌てて逃げようとする俺と、巨木でゴーレムが見えていなかったテッドリィさんの間に、危険に対する温度差があった。

 多分だけど、テッドリィさんも石のゴーレムがいると、予想していなかったんだと思う。

 そのことが、決定的な隙になってしまった。

 石のゴーレムが木の陰から振り上げた足が、俺たちを直撃する軌道を取る。

 俺は、退避行動を取らないテッドリィさんを横に押し飛ばして、地面に伏せた。

 だけどテッドリィさんは、俺がどうしてそんな行動を取ったのか、理解出来ていない顔をしていた。

 そして俺の目の前で、石のゴーレムが振るった足の端が、運悪くテッドリィさんの右太腿にかするように当たった。


「――ぐあッ!?」


 少し当たっただけなのに、テッドリィさんは質量差で吹き飛ばされて、地面を転がった。

 しかし、熟練の冒険者だけあって、すぐに体勢を立て直して立ち上がる。

 俺も立ち上がり、石のゴーレムから距離を取るように移動する。


「くそッ! なんで石のゴーレムが、浅い場所にいやがるんだ!」


 テッドリィさんは剣を抜いて身構えると、突然の膝の力を失ったように尻餅をついた。

 そして焦ったような声を出す。


「なっ!? くそッ、足が!!」

「テッドリィさん、どうしたの!?」


 俺は退避する方向を変えて、慌ててテッドリィさんへと近づく。

 すると、彼女の右太腿が大きく裂けて血がでているのが目に入った。

 これじゃ立てない!?


「テッドリィさん、捕まって立って! 俺が運ぶから!」

「バカ言ってねぇで、バルトだけで逃げろ! 怪我したあたしを連れてじゃ、逃げ切れねぇだろうが!」

「うるさい! ほら早くしろって!」


 渋るテッドリィさんの胸倉を掴んで引き起こす。

 けど、強情にも救助を拒んでくる。


「石のゴーレムがもうすぐ近くにいるんだ、足手まといは置いて早く逃げろって!」


 言うことも、そうするべきだろうということもわかる。

 けどな、そんな人を簡単に見捨てられる性格だったら、そもそも前世で死んでこの世界にくることもなかったよ!


「ああもう! こんなときぐらい、俺に素直に従え!」


 後ろを振り向いて、本当に手の届きそうな距離に石のゴーレムがいるのが見えた。

 肩を貸すんじゃ間に合わない!

 担いで運ぶ!!


「こら、バルト! 無理だ、止めろ! 下ろせ、下ろせって!」

「暴れないで黙ってて、揺れるから舌噛むよ!」


 俺の肩の上にテッドリィさんの腹を乗せるように担ぐと、急いで走って逃げる。

 すぐ後ろに、石のゴーレムの手か足が地面に落ちた音が聞こえたけど、振り向いている余裕はない。

 それなのにテッドリィさんは、相変わらずうるさい。


「バカ! お前みたいな成人したてのガキが、人を背負って逃げ切れるわけねぇだろ! ゴーレムの走る速さ知ってんだろうが!」

「あーもう、黙って静かに運ばれてろってば! ただでさえ重いんだから、暴れたらもっと重く感じるから!」

「なッ! バルト、お前! 一級民のガキのクセに、女性に体重のことを言ったらダメだと教育されてねぇのかよ!」

「体重だ女性だなんて、こんな命懸けの状況で知ったことか!!」


 すぐ後ろに迫る石のゴーレムを前に、ぎゃーぎゃー言い合う。

 こうして、嫌がるテッドリィさんを無理矢理担いでの撤退が、始まったのだった。

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