三十一話 対策会議
逃げてきた人たちを助けた次の日から、また少し魔物の動きが変わった。
今までは森の際には滅多に来なかったのに、ちょくちょく見かけられるようになったのだ。
それだけではなく、少数のゴブリンやオークたちが森から出てきて、村との間にある平原をうろつき始めている。
冒険者が見つけた端から倒しているので、村まで来ることはない。
けれど、なにか良くないことが起きる前触れじゃないか、という気がしてくる。
それは冒険者組合でもそう思っていたらしく、腕に覚えがある冒険者を秘密裏に集めて、対策を立てることになった。
幸いなのか、それとも不幸なのか。俺とテッドリィさんも、その話し合いに加わることになっている。
職員さんに促されて、組合の建物の奥にある一室に通された。
中には、強そうだと思わせる外見の、二十歳以上の男性ばかりが二十人ほど。俺と同年代の少年や、テッドリィさんみたいな女性の冒険者は他にはいないようだ。
だからか、中にいた冒険者たちに不躾な視線を向けられる。
だけどテッドリィさんは気にしたようすもなく、空いている席に座ると、背もたれにだらしなく体重を預けてみせた。
「はあぁ~、くっちゃべっても金にならないんだからよぉ、面倒くせえったらありゃしねぇよなぁ~」
誰に言うでもないけど独り言にしては大きな声に、周囲の人たちから失笑する。
その中の一人が、テッドリィさんに声をかけてきた。
「職員から要請はされたが、受けるも受けないも自由だったはずだ。話し合いの参加を拒否すればよかっただろうに」
この言い分に、テッドリィさんは頷きながら、俺の腕を掴むと引き寄せる。
「そうしたかったんだけどよぉ。今のあたしは、こいつの教育係だからな。やる気がなくたって、真面目な部分も見せなきゃならんのさ」
ぐりぐりと無遠慮に頭を撫でられて、前世のチビだった頃を思い出して、少しムッとしてしまう。
俺の仕草が子供っぽく映ったのか、周囲からは生暖かな笑みがこちらに向けられる。
「子守とは難儀なことだな。しかし、そのひよっ子もこの話し合いに参加するのか?」
「こいつは器用なヤツだから、将来のために見せておこうって、職員は思ったのかもしれねえな。まっ、あたしのオマケだから参加させるんだろうけどな」
「社会勉強、ってやつか。教育係がつくような新人にしては、ずいぶんと見込まれているようだな」
話の流れが俺に向いてきて、ちょっと居心地悪く感じながら椅子に座る。
すると、テッドリィさんが平手で背中を叩いてきた。
「痛ッ!? もう、いきなりなにするんだよ」
「辛気臭ぇ顔すんな。デカイ男になりたいんだろ。身勝手なことを周りに言われたって気にするな、常に堂々としてろ」
「テッドリィさんも、俺をダシに勝手なこと言ってたくせに」
「なんだ、少し意地悪されたからって、ガキみたいに拗ねんなよな」
またぐりぐりと頭を撫でられ、それに合わせて周囲は苦笑いする。
俺がテッドリィさんの手を払うと、冒険者組合の職員さんが二人、この部屋に入ってきた。
椅子は全部人で埋まっているので、どこに座るのだろう。
そう思っていると、俺たちをここから出さなくするみたいに、閉めた扉の前に立った。
「お待たせしました。これより、森の外に出てくるようになった魔物の、対策会議を始めます」
職員さんの宣言を受けて、俺は軽く居住まいを正した。
しかし、他の冒険者はそんな真似はしなかった。
楽に椅子に腰掛けながら、早く話せといった感じの目をしている。
職員さんたちもそれが分かるのだろう、すぐに話を始める。
「では早速。魔物が外に出てくるようになったのは、森に出入りする人のせいではなく、森の主が現れたことが原因ではないか。そう、こちらでは考えています」
「他の魔の森と接する場所でも、森の主が出た途端に魔物が外に出てくることが報告されていますので、間違いないと思われます」
そこで冒険者の一人が手を上げる。
「ってことは、この森の主は『領域安堵型』じゃなくて、『領域奪還型』ってことか」
「最近では虫の魔物も外に出始めたようなので、それは間違いないかと」
この話を聞いて、冒険者たちは思い悩むように軽く唸った。
一方で、俺は聞きなれない二つの単語に首を傾げる。
すると、二人いる職員さんの片方に目ざとく見つけられてしまった。
「魔の森に現れる主は二種類に分別できるのです。領域安堵型は、現れた時点の森の範囲を維持し続けようとします。領域奪還型は、森の範囲を広げようと活動します」
「両者の違いは、森の木を伐採した際の姿勢にも現れます。前者は木を切る音を聞いた途端に、どこからでも駆けつけて木を切ろうとした者を殺します。後者は木を切り倒そうとしても襲ってはきませんが、自ら魔物を引き連れて近くの人里を破壊して森を広げようとします」
森の主にも違いがあるのかと、興味深く思った。
俺の故郷は結構森に近かったけど、魔物が森の外まで出てきたことはなかった。ってことは、あそこ森の主は領域安堵型なのかな。
おっと。少し考えが脇道に逸れた。
その説明で、この開拓村に近い森の主が領域奪還型だと聞いた冒険者たちが、悩みだした理由と今後の展開がわかった。
「ということは、遅かれ早かれ魔の森の主が、この村に襲い掛かってくるってことですよね?」
職員さんたちにそう尋ねると、重々しく頷かれた。
「ご明察です。それを防ぐために、こうして皆様をお呼びしたのです」
腕に覚えがある冒険者を、ここに集めた理由は分かった。
しかしここに居る人たちだけで、魔の森から出てくるであろう大量の魔物を、さばききることは無理だと思うんだけど。
そんな感想を抱いていると、考え違いだとすぐに分かることとなる。
「こんな防備の薄い開拓村で防衛戦は無理だ。ならば打って出るしかないな」
「なら、どこで戦うよ? 森の中か? 原っぱか?」
「防備が整っていれば、平原で戦う方が安全だけどよ。ここじゃ、主を倒したけど魔物に壊されて村がなくなっていた、ってことになるだろ」
「つーわけで、森の中での戦闘しか選択肢はないわけだ。人数はどうする、多く集めるか?」
「ゴーレムが森の主っぽいって話だったろ。ロクに戦えないやつらは、あの巨大な腕と足にやられちまうよ」
「とりあえず、それぞれが一度ぶつかって、感触を確かめてみるか。いけそうなら、もう一度この面々で集まって、共同で討伐しにいくってことで」
「倒せなさそうなら、森にいる他の魔物を倒しまくろうぜ。魔物の数がまとまらなきゃ、領域奪還型は外まで出てこないって聞くしな」
冒険者全員が手馴れた感じで、戦い方を話し合っていく。
そしてあれよあれよという間に、大まかなことが決まってしまっていた。
議論の煮詰め方の素早さに、俺は手練の冒険者っていうのはこういうものなのかと深く関心しつつ、その頼もしさをデカイ男になるために参考にする。
そうして議論が閉めに入った頃に、話し合っていた数人がこちらに顔を向けてきた。
「それで、アンタらはどうするよ?」
「その新人クンは要らないとしても、女性ながらにも腕は立つんだろ?」
「腕に自信はあるけどよ、女ながらってのは余計だ!」
言葉をかけてきた人たちに、テッドリィさんはそう怒声を上げた。
その後で、首を横に振る。
「あたしは、平原での戦いに慣れた冒険者だからな。森での戦いが中心ってなら、足手まといになりそうだから止めとくよ。バルトの世話もあることだしね」
「そうか、それは残念だな。男ばかりの暗いとこに、明るい色が入ると思ったんだな」
「おいおい。少し色あせてるんだから、そんな明るくはならないだろうよ」
「うっさいぞ。色が欲しけりゃ、町に戻って女衒にでもいけ! それと、色あせているってのはどういう意味だ、コラァ!」
テッドリィさんは席を立つと駆け出し、おちょくってきた男の人へと向かう。
そしてお互いに立った状態で、手四つで押し比べを始めてしまった。
その途端に、周囲からはやし立てる声が上がる。
「良いぞ、ネェちゃん! もっと力を込めて押し込め!」
「大の男が負けそうになってんじゃねえよ! しっかりと踏ん張られよ!」
「賭けをしないか! どっちが勝つか、賭けをしないか!」
「手堅く、このまま勝ちそうな、アネさんに!」
「俺は負けそうなこの男に賭けるぞ!」
わいわいと楽しげに騒ぐ姿を見て、二人の職員さんは額に軽く手を当てている。
「大体の話は、まとまっていましたし」
「ええ。この状況を止めるのは、こちらの仕事ではありませんし」
二人してそんな事を言い合うと、この部屋から出ていった。
冒険者組合の職員なのに仲裁しないでいいのかと、俺は思ってしまう。
そして、ちょっと前にテッドリィさんに叩かれた、まだひりひりする背中を意識する。
「……身勝手なことを周りに言われたって気にするな、って言ったのはテッドリィさんなのになぁ」
テッドリィさんの周囲はうるさく騒いでいるので、聞こえないだろうと思って呟いた。
けど、聞こえてしまったらしい。
「バルト! 人にはな、他人から言われたら許せない言葉ってのが、一つや二つや三つはあんだよ!!」
「数が増えてんぞ! けっきょく、何個なんだそりゃ!」
「あたしの気分次第だ!!」
お互いに力が拮抗して動かなくなったからか、至近距離で吠えるような言い合いが始まった。
もうどうにでもすればいいよと、俺は思いながら、この事態が終結するのを待ったのだった。
ちなみに、長時間にわたった勝負は、根性の差でテッドリィさんが勝った。もっとも、筋肉痛があるのか、価値名乗りを上げたときに顔は引きつっていたけど。




