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二百六十三話 宝石ゴーレムと奴隷たち

 グンツに教えてもらった道順を辿り終えると、見えた通路の先では既に戦闘が始まっていた。


「オレが大金槌で殴れる隙を作ってくれよ!」

「いまやっているところだ!」

「お前は脆そうな宝石の場所を見定めていろって!」

「ゴゴゴギゴゴギゴッゴゴゴ!」


 冒険者たちの大声に混じり、宝石ゴーレムの物らしき鳴き声が聞こえてくる。

 俺はチャッコと共に息を殺して、戦っている場所の近くへと進む。

 こっそりと覗くと、大きく半円状にくり抜かれた坑道の中に、宝石のゴーレムがいた。

 ゴーレムの身長は六メートルほどあり、体型的にはボディービルダーのような逆三角形型。

 ゴーレムが手足を伸ばすと、ちょうど空間いっぱいになる。

 そのことから察するに、あの半円状の広間は、宝石ゴーレムが居心地よくなるよう改造したものなんだろう。

 そして、ゴーレムは噂通りに体が宝石で出来ているようだ。

 でも、頭は赤、首は青、腕や足は様々な色の斑模様と言った具合に、各部の色が分かれている。

 様子から、単一の宝石で出来ているのではなく、色々な宝石が寄せ集まっていると予想できた。

 そう観察を続けて、少し困った事態だと気付く。

 それは、ゴーレムと冒険者たちだけで半円状の空間は満杯で、俺とチャッコがすり抜ける隙間がないことだった。

 このままでは、領主の奴隷たちと鉢合わせするであろう、イアナとテッドリィさんを救いに行くことができない。

 俺は坑道の地図を広げ、迂回路を探す。

 しかし、二人の声が聞こえてきたあたりに通じそうな小道は、どこにも書かれていなかった。

 少し遠めな場所にならありそうだったが、そのあたりはもう奴隷たちが進出している可能性が高い。

 俺は歯噛みして、対応策を考える。

 事態が事態なだけに、いまゴーレムと戦っている冒険者に事情を話すことに決めた。

 そのためには、間にいる宝石のゴーレムが邪魔になる。

 けど、あえて倒す必要はないので、ほんの少しだけ行動を止めて、冒険者に近づくことにした。

 俺は両手を地面につけると、魔塊から魔力を引っ張り出し、攻撃用の土属性の魔法を発動させる。


「足元の地面、ゴーレムを飲み込め!」


 イメージを固めるために言葉を出すと、ゴーレムの足元の地面が流体化し、脚や腕に生き物のように絡みついた。


「ゴゴゴギゴギギギギ」


 困惑した様子のゴーレムの鳴き声が響くが、冒険者たちも俺の魔法に驚いていた。


「なんだ?! 新しいスライムか!?」

「いや、なにかの魔法だろう。ゴーレムの向こうにある道に、誰かの気配がする」


 指摘を受けてから出るのはしゃくだったが、時間がないので、俺はチャッコと共に身動きが止まったゴーレムの横を通っていく。

 そして、敵意がないことを示す身振りをしつつ、冒険者たちに声をかける。


「大変な事態が起きたんだ。宝石ゴーレムと戦っている場合じゃない」

「なんだお前は。いきなり現れてなにを言ってやがる?」


 その疑問は当然のことなので、俺はイアナとテッドリィさんの仲間であることを告げ、さらに領主の奴隷たちがこちらに迫ってきていることを話した。

 すると、冒険者たちは一様に舌打ちを返してくる。


「五十人の奴隷だと。ちっ、それじゃあゴーレムを倒したって、宝石を奪われちまうな」

「それよりか、嬢ちゃんと姐さんが心配だ。あの二人のことだから、オレたちがゴーレムと存分に戦えるようにって、踏ん張り続けるかもしれないぞ」

「坑道が狭い分、一度に相手する数が少なくてすむから、余計にな」


 どうするかと考える彼らには悪いが、俺はすでに二人を助けに向かう気だ。


「先に行かせて貰うからな」


 そう言い残して進もうとして、冒険者たちに止められた。


「おい、ちょっと待て。一応言っておくが、街道上のように奴隷を殺すのは駄目だからな」

「……それはまた、なんでだ?」

「当たり前だろ。ここは鉱山――つまり鉱山町の一部だ。ここで奴隷を殺そうものなら、町の法の下で罪に問われるぞ」

「奴隷たちが襲ってきて、それを撃退したとしてもか?」

「その場合は、向こうが襲ってきたことを証明しなきゃいけない。だが、相手はマインラ領主の奴隷だぞ。なんらかのあくどい手で、お前に罪を被せて犯罪奴隷に落としにかかるかもしれない」

「あの二人から聞いているぞ。お前、かなり優秀な冒険者なんだってな。そんな人材を手に入れられる機会だ。あのバカ領主のこと、手段を選ばずに陥れてくるだろう」


 冒険者たちの助言を聞いて、俺は憮然とした態度で問い返す。


「つまり、奴隷たちとは戦わずに、イアナとテッドリィさんを連れて逃げてこいってこと?」

「その通り。今なら、あのゴーレムは動きが取れない。お前が来た道をたどって逃げれば、鉱山の外に出られる」

「ま、そのとき、ゴーレムを自由にして、奴隷たちにぶつけてもいいな。それで奴隷が死んでも、やったのはゴーレムだ。オレたちの罪には問われない」


 冒険者の処世術に感心はするが、その方法にはあまり納得いかない。

 とりあえずその考え方は頭に入れつつ、俺はイアナとテッドリィさんを助けに、今度こそ坑道の先へと駆け出したのだった。





 ランタンが等間隔にある明るい坑道を走っていくと、イアナとテッドリィさんの声が聞こえてきた。


「――そんなに大勢で、脅したって聞きませんから!」

「こいつの言う通りさ。こっから先に行くのは、待ってもらいたいねぇ」


 口ぶりから、どうやら奴隷たちと出会ってしまっているらしい。

 その証拠に、誰とも知れない男性の声がいくつも続く。


「この人数を見ても威勢がいいのは感心だ。けどな、女二人で止められると本気で考えてはいないよな?」

「そもそも、オレたちゃ領主の命令できているんだ。冒険者が歯向かっていいと思ってんのか」

「お前らの体を使わせてくれるんなら、足止めされてやってもいいぜぇー」


 下卑た笑い声が、坑道に反響して聞こえてきた。

 独占欲というわけじゃないけど、仲間が悪しく笑われていることに、むかっ腹が立ってくる。

 それは。言われたイアナとテッドリィさんも同じなようだった。


「誰がそんな真似するか! やるって言うなら相手になってやります!」

「よく言った。あたしらだって、一端の冒険者だ。押し通るっていうなら、手足の一つ二つ失う覚悟で来なよ」


 ふてぶてしく言う二人の声に、俺は安心しながら、聞こえてきた方へ全速力で走っていく。

 少しして、イアナとテッドリィさんの居る場所に着いた。

 二人は尻込みする様子もなく、大勢の武器を持つ人たちと対峙している。

 まだ戦いになっていないことに安堵すると、俺は声をかける。


「イアナ、テッドリィさん、迎えにきた!」


 俺の声に、二人は横目でこちらを見て、少し驚いた顔をする。


「バルティニーさん、どうやってここに? というか、なぜ後ろから??」

「おい、バルティニー。ゴーレムと戦っている奴らはどうしたんだい? まさか、もうやられちまったってわけじゃないよな?」

「安心して。ゴーレムの横を素通りしてきただけだから。冒険者の人たちも健在だよ」


 俺が二人と合流しながら状況を説明していると、奴隷たちの先頭にいる男性が笑みを浮かべる。


「やっぱりこの先に、宝石でできたゴーレムがいるんだな。そうと分かれば、お前らを排除してでも押し通るまでだぜ」


 剥き身の武器をこちらに向けてきたことに、俺は少し苛立ちを覚えた。

 けど、先ほど冒険者たちから受けた助言を思い出し、俺はイアナとテッドリィさんの肩に手を乗せる。


「ここは引くよ。冒険者の人たちも、あの人たちに宝石ゴーレムと戦う順番を渡す気でいたからね」

「それ、本当なんですか?」

「あいつら、あのゴーレムを倒して、食糧を買い集める気でいるたってのに」

「この鉱山が町の一部だから、下手に領主の息がかかった手勢と争うのはまずいって、判断したようだった」


 端的に説明すると、イアナもテッドリィさんも苦々しい顔になった。

 しかし状況を理解してか、すぐに引き下がる気になったようだ。


「そうだとすると、わたしたちはゴーレムの居る向こう側に逃げないといけないわけですよね」

「バルティニーとチャッコが横を抜けたって言ってたから、あたしらもできるんだろうけどねぇ」

「平気だよ。身動き取れないように、岩で固めてあるから」


 話しながら、徐々に移動を開始しようとする。

 けれど、元野盗な境遇の奴隷たちは俺たちを見逃す気がないようだった。


「ゴーレム戦の準備運動だ。こいつらを叩きのめすとしようぜ」

「ついでに、女を使って腰の運動といこうや。長い奴隷生活で、溜まっちまって股ぐらが重たいから、軽くしたいしな」


 卑しく笑う奴隷たちに、チャッコが気分を害したように大声で吠えた。


「ゥオオオオオウ!!」

「ッぐおおっ――」


 驚きと、坑道に反射し増幅された音によって、奴隷たちは怯んだ。

 イアナとテッドリィさんも若干硬直したようだったが、俺が手を引っ張って無理やりに走らせる。

 俺たちが逃げ始めて数秒後、後ろから奴隷たちが走る音が聞こえてきた。


「ま、待ちやがれ!」


 そう言われても、待つわけがない。

 俺は二人の手を引きながら走り、宝石ゴーレムが居る場所まで逃げる。

 そこには、冒険者たちの姿はなく、両腕の拘束を解いたゴーレムが大暴れして、下半身を覆う岩を殴り壊そうとしていた。

 既にヒビが入っていて、あと何秒もすれば自由になってしまうと予想がついた。

 そんな状況になっていたからだろう、暴れるゴーレムの向こう側――俺がやってきた坑道に、あの冒険者たちが呼び寄せるような身振りをしながら立っていた。

 俺はイアナとテッドリィさんと共に、ゴーレムの横を通りすぎようとする。

 そのとき、ゴーレムは下半身を拘束する岩を叩くのを止めて、腕をこちらに振り下ろしてきた。


「ゴゴガガゴゴゴ!」

「ひぃっ!?」

「ちっぃ!!」


 イアナの悲鳴とテッドリィさんの舌打ちを聞きながら、俺は攻撃用の魔法を使って体に水を纏わせると、そのアシストと防御力でゴーレム腕を受け止めた。

 魔法の水によって減衰された衝撃が体に走るが、構わず二人に命令する。


「先に行って! チャッコも!」

「ゥワウ!」


 心得たとばかりに、チャッコは俺が手放したイアナとテッドリィさんを連れて、冒険者たちがいる坑道へ逃げていく。

 俺はそれを見届けた後で、宝石ゴーレムの下半身を拘束する岩に手をつける。

 魔法を発動して岩を流体化させ、ゴーレムを自由にしてやる。

 その後で、纏ったままである魔法の水の力を使って、皆が退避している坑道へ跳び入った。

 すると、俺の体を心配して、冒険者たちが喋りかけてくる。


「おい! ゴーレムに殴られたようだったが、平気なのか!?」

「腕が潰れてないか? 骨が折れているなら、当て木にいいものがあるから言えよ」

「いや、平気。ほら、腕は折れても潰れてもいないでしょ」


 俺が腕を動かしてみせると、冒険者たちは感心したような呟きを漏らす。

 しかしその呟きが空気を震わせる前に、重々しい音が響いてかき消してしまう。

 はっと後ろを見やれば、俺たちがいる坑道を広げようと、宝石ゴーレムが両腕で壁を殴り壊す姿が目に入った。


「ゴロゴガガゴゴロゴロガ!!」


 よほど魔法で拘束されたことが頭にきているのか、俺を執拗に狙っている感じだ。

 その際に俺たちと冒険者たちは、ゴーレムが壁を殴りつける度に天井からパラパラと小石が落ちてくるのを見て、慌てて坑道を逃げることにした。


「ゴーレムが諦める距離まで、さっさと移動するよ」

「この振動で崩落が起きて生き埋めになったら、シャレにならん!」


 そうして移動し始めた頃、ゴーレムが壁を破砕する音に紛れて、奴隷たちの声が聞こえてきた。

 

「見ろ! 宝石で出来たゴーレムだ!」

「こいつを倒して体を持って帰れば、オレたちは自由の身に戻れるんだ!」

「よっしゃ! 囲んで叩いて壊すぞ!」


 奴隷たちが発するときの声の後で、武器がゴーレムに当たる音がし始める。

 その途端にゴーレムが壁を殴る音は止み、すぐに湿ったものを殴るような音と奴隷の悲鳴が木霊した。


「なんだこいつ。すげぇ硬い上に、ものすげぇ怪力じゃねえか!」

「ゴーレムは関節だ! 関節を狙え!!」

「やってるよ! けど、刃が立たねえ!!」

「ゴゴゴガゴロゴガガ!」

「「いぎぃやあああああ!!」」

「怯むな! 攻撃の手を止めるな! どうせ犯罪奴隷用の首輪のせいで、ゴーレムと戦えって命令からは逃げられねえ! 戦って倒すしか、オレたちに生き残る道はないんだ!!」

「クソ、クソ! このクソ首輪め! こんなところで、死んでやるもんか!!」

「後ろから来るヤツのために間を空けろ! 余裕があるなら、ゴーレム野郎の後ろに回れ!」


 怒号と悲鳴が入り混じる音を耳にして、俺たちは誰からともなく逃げる足を止める。

 全員が考えていることは分かるので、俺が代表して言語化することにした。


「このまま外に逃げる? それとも、奴隷が全滅するまで待った後で、もう一度宝石ゴーレムに挑む?」


 俺が冒険者たちに質問すると、全員が小難しい顔をしてから首を横に振った。


「オレたちは獲物を横取りされた形だが、人が死ぬ場面を見て機会を待つほど性悪じゃない」

「いまは組合に戻って、職員の偉い人から領主に苦情を言って貰うことが先決だろうな」

「どうせあの奴隷たちは、宝石ゴーレムを倒せはしないだろうしな。普通の剣や槍で砕けるほど、あの関節は柔らかくないしな」

「この金槌でも壊せそうにないから、時間とともに回復されることを承知で、比較的柔らかそうな手足を割ろうとしていたんだしな」


 その冒険者たちの判断に従って、俺たちも一度鉱山から出ることにした。

 グンツに貸してもらった地図を見ながら移動する際に、延々と奴隷たちの悲鳴を耳にし続けながらの逃走だった。

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