二百二十三話 補給物資と包囲
ゾンビやスケルトンを倒しては拠点に戻る日々を過ごすと、ある日にアグルアース伯の馬車が数台、護衛と共にやってきた。
出迎えてみると、食糧の供給に来てくれたのだという。
先に、大きい拠点に住む冒険者たちに補給してから、こちらにも運び入れてくれた。
その際に、ちょっと世間話をする。
「冒険者の皆さんが生きているかの確認も含めて、ちょくちょく来る予定です。武器などの消耗品なども要望を出してくれれば、次のときに持ってきますよ」
「ありがとうございます。ですが、いまはまだ足りていますね」
「そうなんですか? あちら側の冒険者たちは、あれが足りないこれが足りないって、色々と要望を出してきましたよ」
「俺たちは事前に、消耗品を多めに持ってきてますからね。それとあちらと比べて、人数も少ないですし」
ほど良く談笑してから、俺は馬車を見送った。
その後で、運び込まれた物資を確認する。
多くが日持ちのする野菜で、塩漬け肉なんかもあった。
確認を続けていくと、藁が敷かれた箱があり、中に封がされた一升瓶サイズの陶器の瓶が、十本収まっている。
鼻を近づけると、アルコールの匂い。
一つ封を開け、手に垂らして感触と匂いを確認する。素材と銘柄は分からないが、度数の高い透明な蒸留酒だ。
イアナも中身を見て、そして首を傾げる。
「わたしたちはお酒好きってわけじゃないのに、なんで持ってきたんでしょう?」
「きっと、ゾンビに噛まれた傷にかける、消毒用だな。じゃなきゃ、わざわざこんな酒精がキツイ酒を持ってこないだろ」
「傷口にお酒をかけるんですか?! なんだかとっても染みそうです」
「傷口を清めると、治りが早くなるんだぞ。といっても、水で洗い流しても、さほど効果は変わらないと聞いたことがあるけどな」
前世の教育番組からの知識を披露すると、イアナは感心した声をだした。
「へー。なら、バルティニーさんが魔法で水を出せるので、このお酒って必要ないですね」
「飲んでしまえばいいんだろうが、酒精のキツイ酒なんて飲みなれてないしな。それに、冬の寒い時期に酒を飲むなんて、うっかりと凍え死にそうだしな」
「あれ? お酒飲むと、ぽかぽかと温かくなりますよ。キツイお酒なら、もっと温かくなりそうですよ?」
「俺が聞いた話だと、酒は体温を肌や指に伝えて凍傷を防ぐ効果はあるが、直接体を温めているわけじゃないらしいぞ。外で温まるなら、普通にお湯を飲んだ方がいいらしい」
「そうなんだー。バルティニーさんって、意外と物知りですよね。魔法も使えるのに、なんで一人旅なんて――」
「ゥワン!」
チャッコに訂正を求められて、イアナは慌てて言い直す。
「――わわっ。一人と一匹で旅をしていたのか不思議です」
「俺だって不思議だ。仲間ができても、なぜかすぐに別れることになるんだよなぁ」
人付き合いが長続きしないのは、俺も少し気にしているので、話題にするのは止めて欲しいところだ。
そんな気持ちを察してくれたのか、イアナは話を酒のことに戻してくれた。
「結局これ、どうしましょう?」
「捨てるのももったいないし、酒精がキツイならお湯で薄めて飲めばいいだろうから、取っておけばいい」
「お酒にお湯を入れて飲むんですか?」
「やったことはないけど、そういう飲み方があるとは聞いたことがある」
前世の焼酎にお湯割りがあるなら、今世の蒸留酒でも大丈夫だろ。
もし不味かったら、飲まなければいいだけだしな。
しかし、酒がこちらにも来たということは……。
「これからは、戸締りをきちんとしないといけないな」
「それはまたどうしてです?」
「向こうの冒険者たちが酒を飲み尽くして、ここに盗みに来るかもしれないからだ」
予想を話していると、冒険者たちが住む拠点の方向から、酒盛りをしているらしき音が聞こえてきた。
ここは平原の真っ只中で娯楽が皆無だから、酒を見て羽目が外れてしまったんだろうな。
真昼間なのに宴会なんてと思わなくもないが、こちらが口をだす理由もない。
彼らのことを無視して、拠点の戸締りを厳重にすると、俺はイアナとチャッコを連れてゾンビとスケルトンの討伐に出かけることにしたのだった。
それなりの数を倒し、小金を得て微笑むイアナと、骨を齧りながら歩くチャッコと共に、拠点に帰ってきた。
けど、目の前の光景を見て、目が点になった。
冒険者たちの酒盛りの音を聞きつけたのか、ゾンビやスケルトンがそこかしこにいたからだ。
「冒険者たちの拠点が、ゾンビとスケルトンに包囲されている……」
「わたしたちの拠点の周囲にも、たくさんいますね……」
茫然と見ていると、耳に宴会の音が聞こえてきた。
こんな状況になっているのに、冒険者たちは気付いていないんだろうな。
面倒な事態に頭を抱えたくなったが、そうもしていられない。
イアナが不安そうな顔で、こちらを見てくる。
「バルティニーさん。ど、どうしましょう?」
「どうするって、掃除して拠点に入るしなかいだろ。寒空の下、ゾンビやスケルトンがいる野原で野宿なんて、気が休まらないしな」
「それはそうですけど。でもなんで、ゾンビとスケルトンがこの場所にいるんでしょう。これまで、こんなことはなかったのに」
イアナの呟きを聞いて、俺も変だと思い直した。
冒険者の宴会の声が外まで漏れているが、いままでの生活でも音が漏れていたことはあっただろう。
それに俺たちは、外に水甕を置き風呂にしていたが、使用している際にゾンビやスケルトンを見かけたことなんてなかった。
そして冒険者たちも、ここまでゾンビたちがやってこないと思っていたからこそ、宴会で騒いでいるんだろうしな。
この事態になった原因が何かと考えれば――
「――もしかしたら、例の滅んだ村にいるという、ゾンビやスケルトンを操る魔物が、何か指示をしたのかもしれないな」
「わたしたちがゾンビたちを倒して回っていることに、気がついたってことですか?」
「だからこそ手下を差し向けたと考えれば、突然やってきたことに理由がつくな」
俺たちの考えが合っているかは、とりあえずおいておこう。
まずは拠点の周りにいるゾンビたちを倒さないと、寝床の心配をしなきゃいけない羽目になるしな。
倒し方は今までと同じ。スケルトンを先に倒し、続いてゾンビを討伐していく。
もう何日もやっている作業なので、俺もイアナも手慣れたものだ。チャッコも、スケルトンの感知範囲に入りそうになったとき、こちらに体を擦り当てて知らせてくれる。
楽々と数を減らしていっている最中、急にドンドンと大きな音が聞こえた。
驚いて、俺たちは音がした方顔を向ける。
冒険者たちの拠点の壁を、ゾンビたちが殴りつけていた。
「アアアーーー」「オオアアアーー」
動きは鈍いが、抱き着く力が強いだけあり、殴る威力も相当あるように見えた。
まるで太鼓を鳴らしているかのように、ドンドンと大きな音が鳴り続ける。
その音に堪り兼ねた様子で、冒険者が拠点の扉を開けて出てきてしまった。
「冒険者のガキが、うるせーぞ! こっちは楽しく酒盛りを――?! ちッ!!」
苦情を言う口ぶりから、俺たちが叩いていたと勘違いしていたらしい。
けど、アグルアース伯が雇った手練れの冒険者だけある。叩いていたのがゾンビだと知ると、扉付近にいるモノだけを蹴り飛ばし、大急ぎで扉を閉めてみせた。
そして建物から大声の会話が出てきた。
「酒盛りしている場合じゃねーぞ! ゾンビどもに囲まれてやがる!」
「ああー? 酒の飲み過ぎで、幻覚でも見ているんじゃねーか?」
「馬鹿言え! 嘘だと思うなら、そこの木窓を開けて、外をみてみろよ!!」
窓が開き、酔っ払い顔が覗く。
赤ら顔がさっと青くなり、窓が急いで閉じられた。
「大真面目に本当じゃねえかよ! あんな集られていたんじゃあ、外に出られねえ!」
「それなら窓を開けろ。槍や剣の届く範囲だけでも、数を減らしていくぞ。その後で、扉から外にでて、本格的にやっつけるんだ!」
「こんなにドンドンと音たてられて、石壁や木の扉がもつのか?!」
「知るか! 壊されたら、壊されたときに考えろ!」
一気に慌ただしくなり、木窓が開けられ、近くのゾンビの頭に剣や槍が繰り出され始めた。
その様子を見てか、スケルトンたちが顎を鳴らし始める。
「カタタタタカタタタ」「カチチチチカチチチチチ」「ガチガチチチガチチチチ」
音に引き寄せられて、周囲のゾンビたちが集まっていく
「「「オーアーーーー」」」
「仲間を呼ぶんじゃねえよ、このクソスケルトンが!」
木の杯が木窓から投げられ、スケルトンの一匹の頭に直撃する。
けど威力不足だったのか、頭蓋骨が割れず、顎を鳴りやますことはできなかったようだ。
こうして冒険者たちの拠点にゾンビたちが集まったので、俺たちは逆に動きやすくなった。
密度の薄い場所を狙い、スケルトンとゾンビたちを倒していくことにした。
拠点を包囲されて夕暮れが近いので、今ばかりはイアナに全てのゾンビを任せてはいられない。
俺も鉈でゾンビの首を落としていった。
チャッコも毛が汚れることを気にせずに、飛びかかり前足で蹴り潰していく。もっともその後で、戦いが終わったら体を洗えよ、って感じの目を向けてきたけどな。
奮闘してけっこうな数を倒したが、まだまだ冒険者たちの拠点の周囲にゾンビたちがいる。
よく見ると、木の扉を少し開けて、外に出るタイミングをうかがっているのが分かった。
それならと、弓矢で援護して、扉の前にたむろするゾンビたちを射止めてやることにした。
「十発ぐらいでいけるかな?」
軽く呼吸を整えてから、筒から素早く矢を抜き、弓に番えて放った。
矢が届くのを見届けずに、次の標的を狙い、次矢を放つ。
同じようにして、矢を放ち、放ち、放ち続けていった。
八匹、九匹と倒したところで、木の扉が大きくあけ放たれ、冒険者たちが武器を手に出てくる。
「死体に戻れ、この腐れゾンビが!」
「オレたちの拠点に、臭い汁を擦りつけるんじゃない!」
冒険者たちは叫びながら、ゾンビの頭を武器で割っていく。
腐った汁が飛び散り、体にかぶっているが、気にせず動き回る。
獅子奮迅といった姿に、援護の必要はないだろうと、俺たちの拠点付近にいるゾンビとスケルトンの掃討に移ることにした。
やがて夜になる直前で、集まっていたゾンビたちを倒し終わった。
俺やイアナが死屍累々な惨状に顔をしかめる中、あの冒険者たちは吐いていた。
「おごえええー! くそっ、酒飲んで暴れたから、おぼおおおええええー……」
「いい酒だったのによう。うぷっ――おえぇぇえぇぇー」
「疲れたからベッドに潜り込みたいのに、自分のゲロとゾンビの汚汁まみれじゃ、臭くて寝れたもんじゃねえよな」
「拠点の中に湯船はあるし、生活魔法が使えるヤツがいるんだ、風呂でさっぱりしようじゃねえか」
「おいおい、お湯なんて出せないし、薪は節約したいから、水風呂になるぜ?」
「綺麗になるなら、なんだっていいさ。おい、そっちの犬を連れた若い冒険者!」
唐突に呼ばれて、俺とイアナは顔を上げ、チャッコは嫌そうに鼻に皺を寄せた。
なにを言われるのかと身構えると、大手を振ってくる。
「矢での援護、ありがとうよ! 出るに出れなかったから、あれは助かったぜ!」
「競合相手だからあまり仲良くはできねえが、そっちが困ったときは、お返しに助けてやるからな!」
そんな礼を言いながら、彼らは拠点の中に戻っていった。
なんというか、自由な人たちだな。
俺は肩をすくめて、イアナとチャッコに中に入ろうと示す。
「俺たちも、風呂に入って綺麗にしよう」
「それなら一番最初は、チャッコちゃんに入ってもらいましょう。かなり頑張ってくれて、汚れちゃいましたからね」
「ゥワウン」
よきに計らえと胸を張るチャッコに、俺とイアナは微笑む。
さっそく水甕にお湯を張り、チャッコを洗っていく。今日来た補給の中に石鹸があったので、顔にかからないように気を付けて、泡々にしてやった。
温風の魔法で乾かし、ふわふわでいい匂いのする毛並みになった。
お湯を張り直して、イアナ、俺の順に入り、後片付けをする。
そのときふとある予感がきて、水甕を外から拠点の中に入れ、しっかりと戸締りをすることにした。
食事を取って寝て、翌朝起きてから、予感が当たっていたかを確かめるために、そっと木窓を開けて外を覗いてみる。
「「アーーアーーー」」
ちっ、やっぱりゾンビが集まってきたか。
心の中で毒づきながら、木窓を閉めて閂をかけ、さて今日はどうしようかと考えを巡らすことにしたのだった。




