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十八話 開拓村の鍛冶屋

 冒険者になって初の依頼を果たした翌日、俺はテッドリィさんと依頼を受けるために冒険者組合の事務所へと歩いて向かっていた。

 昨日、食堂で散財したので、今日も稼がないといけないからだ。


「テッドリィさんは、何にするの?」

「あたしは昨日と同じ木こりの護衛にすっかな。バルトは何にすんだよ?」

「うーん、一度鍛冶屋に行ってはみたいんだよね。故郷の鍛冶屋とどう違うか確認もしたいし」


 やりたい依頼が違うので、事務所に着くと分かれて行動することになった。

 俺は昨日対応してくれた男性職員さんが運良く空いたので、鍛冶屋の仕事があるかどうか尋ねに行く。


「おはようございます。昨日、聞いた鍛冶屋の依頼って、受けられますか?」

「おはようございます。先方に紹介するのはやぶさかではないですよ。ですが、昨日少し大変なことがあっただけで、今日受ける依頼を変えるとなると、醜聞が悪いと思いますが?」


 受けられるのか受けられないのか、言っていることがあやふやで分かり難い。


「ずっと依頼を受けないといけないって決まりは、言われてなかったと思いますけど?」

「ええ、そうなのですけど。でも少し噂になっているんですよ、バルティニーさんのこと」


 どんな噂だろうかと思っていると、職員さんは顔を寄せてきた。


「なんでも、魔物が来たときに一番先に逃げ出し、避難先で女の冒険者に怒られていた臆病者だ、なんていう噂です」


 事実のようで事実ではない噂に、思わず腹立たしさを感じてしまう。

 だけど、いけないいけない。事実無根の噂で腹を立てるなんて、器の大きい男がすることじゃないよな。


「色々弁明するのも変なので、事実は違うとだけ言っておきます」

「そうなのですか? ではなぜ今日は、鍛冶仕事の依頼がいいと?」

「単に、テッドリィさんに好きな依頼を受けるようにと言われただけです」


 それで職員さんは一応の納得はしたらしく、一枚の皮紙を手渡してくれた。

 内容を見ると、どうやら組合から鍛冶屋への紹介状のようだ。

 

「ありがとうございます」

「いえいえ。ですが、老婆心で忠告を。事実でない噂なら、払拭するのは早いほうがいいですよ。悪い話ほど、広がるのが早いですし」


 前世のことわざにも、悪事千里を走るなんてのがあるから、頷ける話だ。

 でも、ほとんど嘘な噂なのに、気にするほどのことなのかよく分からない。

 けど、もうちょっと話を聞いてみた方がいいだろうな。


「噂の払拭って、例えばどんな風にですか?」

「草摘みをしながら、来た魔物を殺すのが効果的です。狩りの依頼を受けて、それなりの魔物を倒せたら、一発で臆病者とは言われなくなりますね。絡んできた人を打ち倒すなんていう方法もありますが、禍根が残るのでお勧めはしませんね」


 参考にはなったけど、テッドリィさんには鍛冶屋に行く、って言ってしまってあるからなぁ。

 教えてもらったことを実行するのは、早くても明日からになりそうだ。


「教えてくれてありがとうございます。でもやっぱり今日は、この鍛冶屋にいってみたいと思います。噂を気にしすぎるのも変ですしね」

「それは、そうなんですけどね。いえ、そういう決断をしたのですから、こちらがあれこれ言うものではありませんね」


 微妙に意味深なことを言われたが、今日の予定はすでに作ってしまったので、気にせずに皮紙に書かれた場所に行くことにしたのだった。





 目的の鍛冶屋は、開拓村の入り口から少し裏道を行ったところにあった。

 家を何軒もつなげて作ったかのような、なんとなく時代劇の長屋とか、ドラマの町工場といったものに似ている建物だ。

 そんな店舗の前に立った俺は、内側からやおら吹いてきた熱風に、思わず目を細める。


「風が熱いってことは、炉があるの!?」


 驚愕して中を覗き込むと、大釜が乗った炉が赤々と燃えているのが目に入った。

 その近くには、汗だくで何かの装置に繋がっている板を踏んでいる上半身裸の男たちがいる。

 何をやっているのかは分からないが、炉と汗だらけの男たちが合わさって、異様な熱気がその一角から出ていた。

 そんな光景を呆然と見ていると、横合いから怒鳴り声が飛んできた。


「何を覗いていやがるんだ!!」


 驚いて視線を横にやると、前世の有名RPGゲームに出てきたドワーフ種族に似た、ずんぐりむっくりでヒゲもじゃな人が立っていた。


「工房は秘密が沢山あるんだ、素人にだっておいそれと見ていい場所じゃねえんだぞ!」


 俺の反応が鈍かったからか、さらに怒鳴られてしまった。

 慌てて手にある皮紙をそのドワーフ(仮)の人に渡す。


「あ、あの。組合からの紹介で」

「なんだ、見せてみろ。本物だな。鍛冶が得意というが、どんなのが出来る?」


 なんだか話のテンポが速くて、何を聞かれているのかを理解するのがやっとな感じだ。


「どんなのって、樽精製で石から鉄を作ったりですけど」

「いや、そうではない。作成物を見せろといったのだ」


 そう言っていたっけと思いながらも、鍛冶に必要ないと思いながらも持ってきてはいた武器の中から、鉈を手渡した。


「一から全部作った自作品です」

「ふむ。ぎりぎり二級品だな。まあ、いいだろ。仕事を任せる。こい」


 投げ返すようにされた鉈の柄を慌てて掴み、鞘に押し込めると、慌てて後についていく。

 やがて案内されたのは、あの炉からの熱気も届かない位置まで離れた一画だった。

 そこには、故郷のスミプト師匠の鍛冶小屋で見慣れたものとは、二回り以上大きい樽が十個ほど置かれていた。

 もちろんなかには、石がぎっしりと詰まっているやつだ。


「武器は作るな、ここで鉄だけ作れ。石はあそこに積んであるのを使え。疲れたらそれで終わりでいい」

「え、は、はい――って、行っちゃったよ……」


 言うだけ言って、あのドワーフ(仮)は、あの炉の近くへと戻っていってしまった。

 一人残されてしまったので思わず周囲を確認するが、誰も居ない。

 これは、体よく追い払われたか?

 まあいいや。樽精製ならやりなれた仕事だし、一人で黙々と作業するのは苦にならない性格だし。

 まずは、樽の中の石がどんな石かを確かめないといけない。

 備え付けの脚立を使って、樽の一番上の石を取る。

 そして、魔塊を回して細胞にある魔産工場を活性化させて魔力を出す。

 やがて過剰生成で体外へと排出された魔力で手にある石を覆って、使えそうな金属があるか大まかな成分分析をする。

 どんな石にでも鉄は多かれ少なかれ入っているが、それ以外に有効な金属が含まれていることもある。

 それが分かっていないと、鉄を取り出した後に捨ててしまって、損をすることに繋がってしまう。

 っと、復習がてらに調べてみると、どうやら銅が多少含まれた石だったみたいだ。

 他の樽も調べてみるが、大体同じ感じがする石ばかり。

 故郷では銅が含まれた石なんて滅多になかったが、この開拓村――もしくは魔の森ではこの石がふんだんにあるのかもしれない。


「さて、成分も分かったし。鉄を作るだけでいいんだよね」


 俺は樽の一つに近寄ると、手を突き出し、生み出した魔力で覆っていく。

 いつも使っていた樽よりも大きかったので、少し時間がかかったが、覆えてしまえばこちらのものだ。

 スミプト師匠に教えてもらったとおりに、高純度の鉄を石から取り出して流動化させ、樽の下部にある受け棚へ移動させていく。

 最後は、前世にあった歯磨きチューブを搾り出すような感じで、石から最後の一滴まで鉄を絞りきったら終わりだ。

 魔塊の回転を止めて魔産工場を停止させ、樽の受け棚を引き出して出来上がった鉄を取り出す。

 これで、綺麗な平たい円柱状の鉄インゴットの出来上がりだ。

 この樽の中身を入れ替えてもいいのだけれど、折角セットしてあるのだからと他の樽に移動する。

 同じ手順で、鉄を精製していった。

 三つ目の樽が終わったところで、鉄インゴットを重ねて置いてから、疲れた風を装って休憩する。

 これには理由がちゃんとある。

 普通の人だと、樽精製を長時間すると魔産工場が唐突に一定時間動かなくなってしまう。だからときどき休憩を入れないといけない、という鉄則が鍛冶師にはあるらしいのだ。

 まあ、俺の場合は赤ちゃんの頃から色々とやってきた所為で、魔産工場がかなり長く動かせるから関係ないのだけど。

 でも、スミプト師匠から、俺が他の土地で鍛冶をするときは、あまり長くやるなと釘を刺されていた。

 なので、スミプト師匠の限界という基準で、三つ目の樽が終わった辺りで、疲れた風を装って休憩することにしたわけだ。

 けど、疲れてもいないのに休憩しても暇なので、精製が終わった樽の中身を入れ替えることにした。


「……んーと、これが機構かな?」


 慣れない道具を観察しながら、樽を上下逆さまにする装置を動かす。

 といっても、単にストッパーを外して、レバーを回転させればいいだけなのだけど。

 そのレバーが収納式だったので手間取ったが、場所が分かれば手馴れたもんだ。

 レバーを回すとゆっくりと樽が回転し始め、やがて縁から石がこぼれ始める。

 角度をさらに増していき、もとの状態から百二十度ほどの位置になるまで回転させれば、中にあった石を全て出すことができた。

 九十度になるまで戻してから、使っていいといわれた換えの石を持つ。

 こっそりと魔力を使って鉄が含まれているのを確認し、両手一杯に抱え往復して運んで樽の中に詰めていく。

 少し背が足りなかったので、鉈を鞘に入れたまま使って、樽の三分の一程度まで入れた。

 樽底へ石が少量ずつ転がり落ちるように、ゆっくりと六十度まで戻す。

 そこで樽の二分の一になるまで石を追加して入れ、三十度まで戻す。

 限界まで入れてから、元の位置に戻し、零れ落ちないよう慎重に上にさらに積んでいく。

 この作業を、精製し終わった他の二つの樽にもやっていった。

 全て終えると、結果的に銅が含まれた石が散乱している。

 さて、どう片付けるか考えなきゃな。

 周囲を見回すと、使えといわれていたのとは別の場所に、石が山積している場所があった。

 位置的には、俺の居る場所と炉のある場所の中間点だ。

 もしかしてという思いがあって、そこの石を魔力で成分分析すると、鉄がおおよそ抜けた銅混じりの石だった。

 それで、樽精製が終わった石はここに積めばいいと分かる。

 だけども、勝手なことをして怒られるのもつまらないので、ここにきたときに案内してくれたあのドワーフ(仮)の人を探す。

 炉の近くで、装置を汗だくで踏んで動かしている人の傍で、なにやら声を上げていた。


「あのー。樽精製で使い終わった石はどうすればいいんですか」


 そう声をかけると、俺の顔を見てから、作業員の人たちに怒声を浴びせる。


「戻ってくるまで踏む足を緩めるな! よし、出来栄えをみてやる」


 ドワーフ(仮)の人が移動し始めると、作業員の人たちがホッとした表情を浮かべ、感謝するような目を向けてくる。

 どうやら相当に恐れられているらしい。

 観察していて足を止めていたら、俺にも怒声が飛んできた。


「さっさとこい!」

「は、はい!」


 樽精製の場所に移動すると、すぐに使い終わった石を手に取って調べられた。

 どういう評価がされるかドキドキしていると、興味を失ったかのようにポイ捨てされる。


「ふむ。人族にしてはいい腕だ。師匠に感謝しろ。中間地点に載積していい」


 さっきの炉の方へ戻ろうとするので、気になったことを投げかける。


「人族にしてはってことは、貴方は違うんですか?」

「見て分かれ。ドワーフだ。貴方ではなく、ロッスタボだ。親方でいい」


 やっぱりドワーフなんだ、この世界にも居るんだ!

 と思っている間に、ロッスタボ親方はもう炉に戻っていて怒声を上げていた。

 怒られている作業員たちから、恨めしげな視線が遠くから投げかけられる。

 ごめんなさいと身振りしてから、俺は鉄を精製し終わった石を運びにかかった。

 そして、視線から逃れるように樽精製で鉄を作るのに勤しむのだった。


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