百六十三話 総力戦2
ツリーフォクの大群とその陰にいる魔物たちに加え、ツリーフォクの親玉のような巨樹の魔物が、じわじわとこちら側に迫ってくる。
巨樹の魔物に至っては、通路の壁を壊しながら進んでいる。
そのことに、壁の上に陣取っていた射手たちが慌て始めた。
「壁上から逃げろ! 足場が崩れるぞ!」
「機械弓ではなつ鉄杭も、巨大な樹木相手じゃ爪楊枝だ!」
「ただ逃げるのはしゃくだ! せめて、ある物全部使ってやるぜ!」
わーわーと騒ぎながら、足元が崩れる前に、射手たちは壁上に用意した物で、すぐ目の前にいる巨樹の魔物を攻撃していく。
大きな石が当たる。少し木肌を削るぐらいの役にしかたっていない。
矢、鉄杭が刺さる。さほど効いているように見えない。
壺が当たって割れ、中に入っていた油が広がる。そこに、矢に火をつけるために使われていた、松明が投げ入れられる。
あっという間に、油は大火に変貌した。
巨樹の魔物が、悲鳴のような声を上げる。
「ア゛オ゛、オ゛オ゛オ゛、ア゛ア゛オ゛ー」
「効いているみたいだぞ! あるだけ、油を投げつけろ!」
油壺を投げつけ、火がどんどんと大きく強くなる。
けど、ただでやられる魔物ではない。
体を左右に動かして、自分から壁を崩そうとし始めた。
射手たちは、崩壊が早まった足元に目を向け、大慌てで逃げ始める。
「退避ー! 退避だー!!」
「暴れやがって、このくそが――」
欲張って壺をもう一つ投げつけた男の服に、揺れる巨樹の魔物の枝が引っ掛かった。
そして、揺れる動きに合わせて、男は空中に投げ出される。
「――ぎょわああああああ!」
悲鳴を上げ、数秒後、頭から地面に落ちた。
語るまでもなく、死亡したようだ。
そんな犠牲があったものの、こちらはそれに構っていられるほど、悠長な時間はない。
目の前に倒すべき敵が、うじゃうじゃと待っているのだから。
けど幸いなことに、巨樹の魔物が壊した部分の壁は、その巨樹の魔物によって塞がれている。そのため、他の魔物が町中に流出することは防がれていた。
そして人を狙う魔物の特性からか、巨樹の魔物は集まっている俺たちを狙って直進してきていて、町中へ進む様子はない。
なら、ツリーフォクを全滅させ、その陰にいる魔物もやっつけ、そのあとに巨樹の魔物を倒せば、この町に平和が戻る。
実現が難しいということに目をつぶって、楽な気持で戦うことを心がけていく。
さて、こちらから迎え撃とう。
そう思って一歩踏み出したときに、近くで大声が上がった。
「倒したぞおおお! オーガよ、楽しませてもらったあああ!!」
ぎょっとして振り向くと、血だらけのオゥアマトの姿が目に入った。
さらに驚きかけ、その体に傷らしい傷がないこと、そして掲げ持っている心臓の存在に気がつく。
オゥアマトの足元に視線を落とすと、口を真横に、喉から胸元まで縦に裂かれたオーガが転がっていた。胸の中央には、血まみれの鉈が突き刺さったまま。
なんだ、単なる返り血か。
オゥアマトに怪我がなかったことに安堵していると、オゥアマトがさらに叫ぶ。
「魔物とはいえ、このオーガは戦士に値するそんざいであった。経緯を表し、僕の血肉と力の一部になる権利を与えよう!」
そう言って、オゥアマトは掲げていた心臓を、大口を開けて丸呑みにした。
その姿に、味方はドン引きしている。
俺がサーペイアルで生で魚を食べて驚かれたように、生肉を食べる人がいることが信じられないんだろうな。
そうは気が付かないオゥアマトは、周囲の反応に小首をかしげている。
不思議そうな顔のまま、こちらに近づいてきた。
「オーガを倒したことを大々的に知らせたのに、士気が上がらないのだが?」
「それはきっと、オゥアマトが心臓を丸のみにしたせいじゃないかな」
「うむむっ。戦闘中に飲食をするのは、人の世でははしたない行為ということか……」
そうじゃないんだけどと、説明している時間はなくなった。
なにせ、もう十歩進めば当たるほど、ツリーフォクの大群が近づいていたのだから。
ツリーフォクの大群に、住民が一丸となって一当たりしてみた。
結果、俺とオゥアマトが主力となって、戦う必要性が出てきた。
「でえぃやああああああああ!」
「食らうがいいいいいいいい!」
俺は攻撃用の魔法で赤熱化させた鉈を振るって、オゥアマトは尻尾に掴んだ大きな石を振り回して、ツリーフォクを一匹ずつ倒していけている。
けれど、他の住民たちの武器では、なかなか倒すことが難しいようだ。
ターフロンが声を張り上げる。
「剣や槍を持つ者は、根を斬り払え! 斧持ちは、根が少なくなった個体を中心に、切り倒していけ! それと壁上でウロウロしている射手、火矢の援護はどうした! 大型機械弓持ちたちはここまで降りてきて、ツリーフォクに鉄杭を打ち込むんだよ、早く移動しろ!」
その指示通りに動き、少なからずの戦果を得ている。
けれど、俺とオゥアマトが一撃で倒すのに比べて、倒す速さはどうしても遅くなる。
それなら俺たちが奮闘して、全滅させればいい。
そう思いかけるが、ツリーフォクだけを相手にし続けられない。
陰に隠れていた魔物たちが、こちらに襲い掛かってくる。
「ギギィヤヤヤヤアア!」
「キチチガガチチイイ!」
ゴブリンがツリーフォクの陰から、蜘蛛の魔物が枝葉の陰から、俺に襲い掛かってきた。
赤熱化させた鉈をツリーフォクに食らわせた後で手放し、もう一本の鉈で二匹の魔物を斬り殺す。
絶命の確認は後回しにし、六方手裏剣を数枚手に取る。
手に持った部分以外を魔法で赤熱化させてから、鉈を食らわせたのとは別のツリーフォクに投げつけた。
「たあああああああ!」
「オオ、オ、オオオオオオ」
手裏剣を食らった個体が、数秒後に体を発火させてもだえ苦しみだした。
その隙に、俺は突き刺したまま手放した鉈を回収し、もう一度赤熱化させる。
そして次のツリーフォクへと斬り込んだ。
俺の隣で戦うオゥアマトの戦いぶりは、とても派手だ。
「ちぃ、石が砕けてしまったな。ならば、丸太で叩き折るまで!」
尻尾に掴んでいた石が割れるや、二つに折って倒したツリーフォクの根のある側を、脇に抱える。
当たり前のような気軽さで持ち上げ、近くのツリーフォクに振るった。
「あっはっはー! 同じ魔物で同じ硬さだ、それで殴って効かぬ道理はないな!」
オゥアマトは、身の丈に合わない大きさの即席棍棒で、ツリーフォクを殴り折り始めた。
持っていたのが壊れれば、地面に転がる別のツリーフォクの死体を代わりに使用する。
陰から襲い掛かってくる魔物に対しては、尻尾の一撃で叩き殺していっている。
そんな戦いを見て悲鳴が上がる。それは魔物たち――ではなく、俺たちの後ろで奮闘している住民たちからのものだ。
「あわわわ。ツリーフォク一匹で、金貨がもらえるのに。なんてもったいないことを!」
「そう考えると贅沢な武器だよな。少なくとも金貨一枚分の価値がある棍棒だぜ?」
今より先を心配できるなんて、余裕があるなと思いながら、ツリーフォクをもう一匹倒す。
そうやって俺とオゥアマトが最前線で戦い続けたからか、無事な周囲の壁の上からと、後方の遠くから援護がやってきた。
俺たちが戦うより奥へと火矢が打ち込まれて、ツリーフォクたちから火が上がる。
それと同時に、俺たちの戦う付近に、鉄杭が飛んできて、一匹の幹に突き刺さった。
いい腕に、後ろを確認すると、台座か何かに乗って背が高くなった、ターフロンが大型のボウガンを持っていた。
筋骨隆々の偉丈夫が、巨大な武器を抱えている姿は、とても似合っている。
「反撃の準備は整った。ツリーフォクを全滅させるぞ! そのあとで、あのデカブツへ総攻撃だ!」
ターフロンは言いながら、手にあるボウガンを取り巻きに投げ渡す。
そして、代わりに装填済みのものを受け取り、またツリーフォクに鉄杭を打ち込む。
使い終われば取り巻きに渡し、装填済みのを手に取るという、火縄銃じゃないけど、三段撃ちの仕組みを使って攻撃していく。
町の代表たるターフロンが働く姿を見て、住民たちも意気を上げて、ツリーフォクや他の魔物たちを仕留めていった。
そして大まかに倒し終えると、ほぼ全員が顔を通路の先へと向ける。
そこには、かけた油が燃え尽きて、黒い焦げ跡をさらす巨樹の魔物が、相変わらず壁を崩しながらこっちへと向かってきていた。




