百六十話 殿の戦い
大門の前まで戻ってきた人たちは、必死に通用口を叩いていた。
「開けろ! 開けろって!!」
必死に訴えかけるが、閉じた通用口の裏にいる門番が放った、大声での返答は冷めたいものだった。
「あそこまで魔物が来ているんじゃ、もう開けられない! 悪いが大門を開けて魔物を引き入れるときまで、自分の力で生き残ってくれ!」
魔物の大群の先頭は、クロルクル住民が木々を拓いた場所へと、出てきている。
もう何分もしないうちに、外壁へと到着してしまう。
だから、門の安全を守る役目である、門番の判断としては正しいものなんだろう。
ただし、見捨てるような言葉を告げられた、生き残りの人たちにとっては、文字通り死活問題だ。
茫然とした表情から一転して、怒りの形相で通用口を武器で打ち始めた。
「開けろ! 開けんだよ! じゃなきゃ、ぶっ壊すぞ!」
「やれるもんならやってみろ! 通用口たってな、大門並みに硬い扉がはまっているんだ、斧で打とうと無駄だ!」
ぎゃーぎゃーと喚き合う声が聞こえてきた。
俺を含めた壁上にいる人たちは、少しの間、彼らの様子を上から見ていた。
しかし数秒後には、多くの人が興味を失ったように視線を外し、魔物の迎撃に戻っていく。
その冷たい対応に、俺はイラッときた。
助けを求めている人がいて、まだ魔物は外壁や大門に到着していない。
なら、まだ助けることだってできるはずだ。
俺は壁上から下を見て、壁の高さを確認する。
水の魔法を全身に纏えば、無傷で着地できそうだ。
あとは、武器でも魔法でもいいから、通用口を破壊して、彼らを中に入れよう。
その後は、壊した通用口の扉代わりになって、入ろうとする魔物を倒し続けていけばいい。
そう判断して、俺は弓を肩掛けにして、外壁から飛び降りようとする。
だけどその前に、オゥアマトの尻尾が俺の胴体に巻きついた。
「僕の友よ。顔見知りを助けようという気持ちはわからんではないが、少々無謀じゃないか?」
「平気だ。この高さから飛び降りても、怪我しない方法がある!」
「いや、そうではなくてだな。ちょっと落ち着け」
尻尾の力で持ち上げられて、俺は足が床につかなくなった。
空中に置かれては、人間である身では、移動することはできない。
これが魔物にやられていることなら、鉈を叩き込んで脱出する場面だろう。
けど、俺を尻尾で掴んでいるのは、オゥアマトだ。
そんなことは、できない。
だからせめてもの抵抗に、見損なったって感じの目を向けてやる。
すると、ヤレヤレと肩をすくめられてしまった。
「人を助けたいと純粋に思う気持ちは尊く、戦士――とりわけ守り人としての気性に、必要なものではある。だが、僕の友よ。自分一人で、なんでもかんでもやろうとしなくてもいいだろう?」
とっさに言い返そうとして、オゥアマトが顎で何かを指す。
俺は口を噤み、そちらに視線を向ける。
すると、ターフロンが考え込んでいる姿が目に入った。
そして、彼は何かを決断した顔になると、壁上から門番へと声を降らせる。
「おい、門番! そいつらを中に入れてやれ!」
「えっ、いいんですか!?」
「いい。ただし、通用口を再び閉じるために、その邪魔をする魔物を倒すことに協力してもらえ」
続いて、大門前にいる人たちに、ターフロンを声を降らせる。
「貴様らのことを、一時的に助けてやろう。ただし、通用口の防衛と、その後にやってくる通路内で戦闘に参加してもらう。その役目から逃げ出したら、その場では無理でも、後できっちり我輩が殺すからな。この条件を飲むやつのみ、通用口から中に入れ」
ターフロンが言葉を終わらせるのと同時に、オゥアマトは俺を壁上の床に下した。
「自分と同じ考えを持つ人が他にいないと、勝手に思い込まないように。それと、視野狭窄にならず、広い視界で物事をみる癖をつけたほうがいいぞ」
「うう……わかったよ」
オゥアマトに叱られるなんてって、落ち込む。
そして、前世で人助け中に刺殺されたときと、救助に対する心根と考え方がまったく変わってなかったことに、ちょっと恥ずかしく思った。
俺たちがそうこうしているうちに、通用口の扉が開かれたようだ。
大門前にいた人たちは、我先にと殺到する。
しかし、通用口は狭いため、人詰まりを起こした。
「くそ、どけよ。通れねえだろう!」
「お前が下がれよ!」
生き残ろうと必死な彼らの頭に、譲り合いという意識が失われているようだ。
そんな様子を、壁上にいる人たちだけでなく、スタートダッシュに遅れたあの五人の冒険者、そして迫りくる魔物も見ていたようだ。
まず、ツリーフォクを盾にして進んでいた他の魔物たちが、一斉に前へと走り出てきた。
ものすごい速さで目指す先は、開かれた通用口と、そこで詰まっている人たちがあった。
魔物に狙われていると知って、より一層必死に、詰まった人々が通用口から中に入ろうとする。
そのとき、肩を落とした五人の冒険者たちが、最後尾に回った。
そして体の向きを、通用口から迫る魔物へと変える。
さらに、通用口でもみ合っている人たちに向かって、怒鳴り声を上げた。
「魔物は俺たちが食い止めてやるから、焦らずに一人ずつ中にいけ!」
「このままじゃ、私たちが死ぬどころか、通用口を開けてくれたことが、無駄になっちゃうわ!」
「門番も見てないで、そいつらを整列させろ! 本来ならこの人数ぐらい、三十も数えない間に中に入れられるはずだぞ!」
貧乏くじを彼らが引いてくれたお陰で、通用口に詰まった人たちが冷静になったようだ。
大慌てで、通用口に入れるように整列を始める。
門番も通用口の外へと出て、整列を手助けし、先頭から順に通用口を通していく。
その光景を見ていた壁上の人たちから、関心したような声が漏れ出てきた。
「へぇ、腰抜けの前評判と違い、ここ一番のときには腹が座ってやがるな」
「そうだな。腰抜けは言い過ぎだな。せめて弱腰――いや、逃げ腰ぐらいにしてやろう」
人を逃がすために残ったことを揶揄したあだ名が、五人の冒険者たちに贈られる。
それと同時に、彼らに襲い掛かろうとする魔物に対し、射手が先制の矢をプレゼントしていた。
矢を食らって倒れる魔物たち。
だがそれを乗り越えて、無事な魔物たちが冒険者たちに襲い掛かる。
「ここまで来て、さっくりと死ねるか!」
「百数える間だけ生き残れれば、私たちだって門の中に入れるのよ!」
五人の冒険者たちは、闘技場でゴブリンと戦ったときと同じく、お互いをカバーし合う堅実で地味な戦い方を始める。
魔物たちは次から次へと押し寄せてくるが、どうにか対応しきれているようだ。
彼らを助けるために、俺を含めた射手が、壁上から魔物へと矢を降らせる。
それだけでなく、こちらに意識を向けさせるために、大声を出す。
「おい! こっちだ、こっちを見ろ!!」
「お前らを殺すのは、その五人じゃないぞ! 壁の上にいる、オレたちだ!」
壁上から射かけられて、魔物たちは混乱したようだ。
五人の冒険者にとびかかるモノ、射手を狙おうと外壁へ向かうモノ、ツリーフォクの後ろまで逃げようとするモノ、などなど。
まったく統制が取れてない様子になった。
そのことに、安堵した空気が、壁上に流れた。
けどそれは、ただ一瞬だけのことだった。
「げぇ! オーガがいやがるぞ!」
「ああ、くそ! 矢が通じねえ!」
驚きの声を上げた射手たちが見る先に、赤肌で二本角のオーガがいた。
オーガは、降りかかる矢をうっとうしげに手で払いのけつつ、悠々とした足取りで通用口へと向かっていく。
その姿を見て、冒険者五人は救いを求める目で、まだ十人ほど残っている通用口を振り返る。
そして、顔をまたオーガに向け、腰が引けた様子に変わった。
オーガの姿は、魔物側にも影響を及ぼす。
統率が失われかけていた魔物たちが、そのオーガを中心に再度終結を始めたのだ。
そして一丸となって、通用口を歩いて目指す。
それはあたかも、その速さで進んでも、通用口が閉まる前にたどり着けると自信をもっているかのようだった。
――だけど、その油断が命取りだ。
俺は心の中でそう呟き、矢を弓に番えて引く。
そして攻撃用の魔法で鏃を赤熱化――させようとしたとき、横に押しのけられてしまった。
「鉈斬り、どいてくれ。そこが、あのデカブツを狙うのに、ちょうどいいんだ!」
俺を押しのけたのは、組みあがった大型のボウガンを運ぶ、三人の男たちだった。
彼らは外壁の縁まで進むと、ボウガンの狙いを、あのオーガへ向けた。
すでに弦は巻き上げられ、鉄の細長い杭も装填されている。
「この試作強化機械弓なら、お前だって無事じゃすまないはずだ!」
言葉と共に引き金が引かれた。
ボウガンから発射された鉄杭が、残像を引いて空中を飛び、オーガの頭へ向かって突き進む。
オーガは弓矢と同じように、手で鉄杭を払いのけようとする。
だが――
「グウウオオオオオオオオオ!!」
――鉄杭はオーガの手のひらを貫き、先が左目のあたりにまで突き刺さった。
悲鳴を上げ、鉄杭を体から抜こうとするオーガの姿に、大型ボウガンを持った三人が歓声を上げる。
「いやほおおお! この機械弓さえあれば、オーガなんて怖くねえ!」
「なあなあ! 町の外に売りに出すときの商品名、オーガ殺しにしないか!?」
「いいな、それ! 絶対に売れる――」
はしゃぐ三人の顔の横を、先ほどボウガンで射った鉄杭が通り過ぎた。
そのことに、顔面蒼白になった彼らだけでなく、壁上の射手もオーガに顔を向ける。
すると、槍投げを振り切ったような体制で、オーガはこちらを見ていた。
左目はつぶれてしまったのか、赤い血がとめどなく流れている姿が印象的だ。
壁上の誰もがオーガに注目する中、五人の冒険者たちは自分の役目を全うし終えようとしていた。
「外壁の射手のお陰で、時間が稼げた!」
「通用口に人影がなくなったわ。下がるわよ!」
五人は戦っていた魔物に止めを刺すと、反転して通用口を目指す。
その撤退ぶりは手慣れていて、通用口は狭いのに、五人は詰まることなく逃げきった。
「魔物が来る前に、閉めろ!」
「あと鍵と閂だ! 閉じる扉に魔物を挟むなよ!」
冒険者が中に入った瞬間に、門番が急いで通用口を閉じる。
無事な魔物たちが、慌てて殺到するが、一秒差で閉鎖が早かった。
「ギィイイイ、ギィイイイイ!」
「グワオグワオオオ!!」
魔物が通用口に集まり、手や足、または体当たりで、扉を壊そうとする。
けれど、びくともしない。
続いて、左目を失ったオーガが歩み寄り、渾身の力で扉を殴りつけた。
「グゴガアアアアアアアアア!」
派手に大きな音がしたが、壁上から見る限りでは、オーガの膂力にも通用口の扉は耐えきってみせたようだった。
それでも諦め悪く、魔物たちは通用口をこじ開けようとする。
それを黙って見過ごすほど、壁上にいる俺たちは間抜けじゃない。
「――しっ!」
俺がゴブリンの一匹を射抜くと、近くにいた射手も魔物へと矢を降らせる。
それどころか、大門の直上に陣取った人たちが、眼下にいる獲物目がけて、石を落としていく。
こちらの攻撃に、魔物は通用口から撤退した。
そして、じわじわと迫ってきていた、ツリーフォクの後ろにまた隠れる。
とりあえずこれで一区切りだと、壁上の人たちが少し気を緩めつつ、近くまで迫っているツリーフォクへ火矢や大型ボウガンを射ち込んでいく。
ツリーフォクは一番最初から比べると、半数近くまで減っていた。
「ここまで打撃を与えれば、逃げ帰るのも時間の問題だぜ」
壁上の射手の誰かが、当たり前の口調で告げる。
クロルクル住民にとっての共通認識なのか、戦闘中だといさめる声は上がらなかった。
けど、俺は本当にそうなのかなと、首を傾げていた。
なにせツリーフォクたちは、仲間を減らされながらも、前進を止める素振りがない。
そして、魔物の集団の最後尾にいる、森の主である大樹の魔物の存在が不気味だ。
何か起きなきゃいいけどと思っていると、クロルクルの外壁が揺れた。
「なんだ、どうした!?」
俺の心の中を代弁するように、ターフロンが周囲に報告を求めた。
知らせを放ってきたのは、大門の直上にいる人たちだ。
「ターフロンの大将! ツリーフォクが門に体当たりして――いいや、総出で大門を押し開けようとしてまさ!」
「なんだと!?」
視線を大門へ向けると、報告通りに、ツリーフォクを先頭に一丸となった魔物たちが、力を合わせて大門を押し開けようとしている。
「チッ。ツリーフォクを、天然の破城槌にするつもりか! 総員、攻撃の手を緩めるな!」
ターフロンの号令に、壁上にいる全員が魔物へ攻撃する。
だが、大部分がツリーフォクに当たってしまい、その下に集まる魔物たちには当てられない。
それに、火矢を受け炎上したツリーフォクが、大門へ倒れかかってくる。
頑強に作られている大門は、倒れ込んだツリーフォクと、押し寄せる魔物の一団の圧力に、耐えてはいる。
しかし、長々とは耐えきれないことを教えるように、外壁と大門をつないでいる部分が、軋み音を立て始めていた。




