十四話 道行き
俺はテッドリィさんに連れられ、商隊の護衛としてヒューヴィレの町を離れた。
行き先は、俺の故郷の荘園とはヒューヴィレの町を挟んで反対の位置にある、開拓村だ。
つい最近――といっても十年ほど前――に、冒険者たちが魔の森の一区画を治めていた魔物を倒した場所近くにあるようだ。
そこではいま、森の開墾と村の拡張で働く人足やら、出てくる魔物を倒す冒険者やら、彼らの衣食住を供給する商人やらで、大賑わいらしい。
この商隊も、その村で一山当てようと、こうして向かっているのだそうだ。
「そういう商人にとっては美味しい場所、ってのは分かりましたけど。なんで新人教育の場所にそこを選んだんですか?」
「魔物の主が不在で、ひっちゃかめっちゃかになった魔の森ってのは、冒険者にとっても狙い目なんだよ。働き口に困らないわ、物資は溢れているわ、流れてきた鍛冶屋や防具屋で頼めば格安で装備がそろうわでだ」
「へ~、そうなんですね」
相槌を打った途端に、頭を叩かれた。
「背中が痒くなるから、その言葉遣い止めろって言ったろが。何時まで、一級民のつもりでいやがるんだ」
出合ってからの短い間でよく分かったが、テッドリィさんは言葉の前に手が出る性格らしかった。
「ああ、ごめんごめん。年上の人だと、ついね」
「ああん? なんだ、あたしが年増だって言いたいのか、コラァ!?」
それと、年齢に関わる話は禁句のようだ。
しかし、同行している商隊の護衛から、ぽろっと伝え聞いた限りでは、本当に二十代前半だという。
なら、そんなに気にするほどのことじゃ――いや、コレは前世の知識上ではか。荘園にいた身分奴隷の人たちなんか、十四・五で夫婦になるのが当然のようだったし。二十代はこの世界では行き送れの部類なのかもしれない。
そんな考えを見透かしたかのように、テッドリィさんが顔を寄せて睨んでくる。
「おい。なんか不愉快なこと考えているだろ?」
「い、いいえ。テッドリィさんって、綺麗な人だから不思議だって思っただけだよ」
お世辞半分ではあるが、彼女が綺麗な人というのは本当のことだ。
パーツとその配置は整っているので、荒くれ役専門の西欧人映画女優といった感じ。
もっとも、ぼさぼさの髪を整えて化粧を軽くすればと、注釈はつくけど。
「な、なに変なことを言いやがる、このマセガキ!」
「痛ッ!」
あと、実はかなり純情らしくて、この手の褒め言葉には弱いらしい。
いまも、近づけていた顔を離して、軽く赤くなった顔を誤魔化すように俺を蹴っている。
ただし、あくまで本心で言った場合に限るみたいで――
「その坊主の言うとおりだぜ。可愛い顔してるんだから、もっとおしとやかになりゃあ、引く手あまたなのによ」
「なんでこっちが、男どもにおべっか使わなきゃならねぇんだ。逆に、テメェらが下手に出て誘にくればいいだろうが。まあそんときは、お礼にケツの穴につま先ねじ込んでやるから感謝しやがれよ」
護衛の冒険者の一人が言ったように、からかい半分だと何倍もなって言い返してくる。
なんでこう、生意気女という単語が似合うマネをするのかと、出会ってしばらくは不思議だった。
しかしだ。商隊を護衛している中にいる数人の女性たちを見て、その疑問は氷解していた。
「ねぇ~。あんな頭が悪そうな売れ残り女のことなんて、どうでもいいじゃないの」
「なんだよ、おい。一丁前に嫉妬なんかしやがって。さっきのは、あいつをからかっただけだって、分かるだろう?」
「でもぉ~。他の女に目を向けられると、寂しくなっちゃう~」
とこんな風に、ことあるごとに甘い言葉を吐いて、しな垂れかかることが多い。
要するに、彼女たちは媚を売って、ときには体を提供して、強い男に守ってもらっているわけ。実に強かだ。
けれども、テッドリィさんはその女性たちを蔑んで見ているように、その選択肢を取らなかった。
結果的に生意気女の道を、進むしかなかったのだろうと、勝手に納得している。
俺も男なので女性にモテたいという気持ちはあるが、ああいった男を利用することしか能のない女性はお断りしたい。
とそこで、テッドリィさんに肩を組まれて、耳元に口が近寄ってきた。
「おい。いいこと教えてやるよ。ああいう頭と尻が軽い女は、お前が一級民の子供だって知ったら喜んで股を開くぞ。タマが溜まったら、使ってみるんだね」
そうしたら、まとわりつかれて破滅する未来しか、ない気がするんだけど。
それに、せっかくファンタジックな世界で自由に過ごせるんだ。ああいう粘着質っぽい女性と関わって、時間を無駄にしたくない。
「……遠慮する。ああいうの、一夜限りでも重そうだし」
「へぇ。女ってもんをよく分かってんじゃねーか。荘園で奴隷をとっかえて遊んでた口か、おい」
「そんなことをしたら、俺は父親に殺されてるよ。血が濃くなり過ぎないように、別の荘園と生まれた子供の交換はあるけど。先祖代々働き続ける身分奴隷が多くて、ちょっとした親戚同士みたいな間柄なんだから」
非難がましく言うと、テッドリィさんは意外そうな顔をした。
「……なんだ。かなりまともな荘園なのかよ。一級民にしては、珍しいこった」
「まともじゃない場合は知らないけどさ。俺をことあるごとに、一級民って呼ばないでよ」
どういう意味かは知らないけど、明らかに悪い意味で使っているのは分かる。
その返事は、額へのデコピンだった。意外と痛い!
「けっ。奴隷を何人も『働かせなきゃ』いけなかった、広い土地持っている家に生まれたんだろ。なら、一級民じゃねーかよ。あたしらのような毎日あくせく働かないと生きていけない二級民とは、生まれ持ったものが違うだろうが」
その発言で、どういう意味なのか理解した。
「……この国の平民に身分差はないでしょ。その~級民って正しくは、所有地税納付者と人頭税納付者だし」
そう。この国に住む民には、税を納める方法が二つある。
一つは、俺の実家のような広い土地を持つ家族に対して行われる、所有地税。
もう一つは、町に住む商人や職人たち向けの、人頭税。
人頭税ってのは、一人の成人でいくら、一人の未成人でいくらの税金だ。多くの平民がこれを払う。
所有地税は、対象家族が所持する土地の大きさで決定される、定額の税金のことだ。これを納めれば、その土地に住む全員の税金を払ったことになる。
そんな人数によらない固定税なので、既得権益に見えるかもしれない。だが実際は、物凄く高い税金を払わなきゃいけない。
実家の荘園だと開墾しきってない土地分も含む。なので、俺の家族と奴隷たちの分を人頭税で払ったほうが安いかもしれない、とは税金を払った後の父親の愚痴だ。
それと、土地の広さに対して、使用人や奴隷を最低何人所有しなければならない、という決まりもある。違反したら税金が上乗せだ。
この制度は重要らしくて、脇で聞いていだけの俺でも覚えるほど、兄たちの授業に何度も出てきた。
ここまで説明すれば分かると思うが、税金の支払い方だけで土地持ちが一級やそれ以外は二級と分けるような話は、とんでもない誤解である。
といったことを掻い摘んで説明するが、話の途中でまたデコピンされてしまった。
「そういうのが、持ってるやつの余裕ってやつなんだよ。二級民は人頭税払うので、ひーこら働いているんだ、よッ!」
「あいだッ! なんでそう、人の額をイジメるんだよ」
「はんッ。指で弾きやすい額なんだよ、あんたのはね」
もう一度されそうになって、慌てて額を手で隠して距離を取る。
しかし、テッドリィさんの方が上手で、逃げた分だけ詰められて、結局はデコピンを貰ってしまったのだった。
街道を進んでいると、ときどき馬車の残骸と身包みはがされた死体がある。
実家からヒューヴィレに来るときはなかったので、人が集まれば犯罪者も一定数集まるという証拠ということだろう。
「危険な分だけ、実入りも大きくなるものですよ」
と、商隊を率いる商人さんは、残骸から使えそうなものがないか調べながら、そう言っていた。
前世の日本人にはない、強靭すぎるバイタリティーだと呆れてしまう。
そんな風に危険な場所なのだが、この商隊は野盗や魔物にまだ一度も襲われていなかった。
理由は、テッドリィさんによると。
「馬車のない野盗が盗れる量には、限度があんだよ。護衛が多い商隊を襲うよか、単独行している行商狙うほうが、危険と実入りが釣りあうってんだろ。きっとな」
言われて考えてみれば、そのとおりのような気がした。
「そういう考えなのか。でも、人数集めて襲えば解決するんじゃ?」
「ははっ。逃げた犯罪奴隷か、税払えないで逃げた馬鹿に、そんな知恵があるわきゃねぇだろ。仮にあったとして、どうせ先陣で揉めるか、盗品の分配でいざこざ起こすかで、結局は殺し合いになるだけだろうな」
それって、救いようのない馬鹿、と言っているのと同じのような……。
「でも、それだけ馬鹿なら。さっき言った、商隊を襲う危険も分からないんじゃ?」
「あー……もしかしたら、そっかもしんねぇな。でも、そんだけ馬鹿なら、逆に危険もないだろ。どうせ突っ込んできて――」
会話の最中で、商隊の先頭がやおら騒がしくなった。
目をやると、街道の草むらに隠れていた十人ほどの野盗が、横合いから襲い掛かっている。
しかし、俺が腰の鉈を抜く前に、護衛たちが矢を放って全員を倒し終えていた。
「――って感じで、こっちが一方的に殺れるんだからな。まあ、全員は殺してねえみてぇだけどな」
「……そうみたいだね」
ほよど余裕があったのか、野盗の何人かは生かされていて、何かを聞き出すために拷問される。
そして、護衛の何人か離れていき、商隊は街道を再び進み始めた。
「あの人たち、野盗の拠点を襲いに行くんだよね?」
「たまに貯め込んでいる奴らがいるしよ。まあ目的は、平原ゴブリンの住処にならないように、あなぐらを潰すことだろうがな」
こうした、新たに知ったこの世界の当たり前を学びつつ、安全な旅路の暇つぶしに、体の魔力の通り道の確認作業を片手間で始めたのだった。




