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十三話 先輩――テッドリィ

 ヒューヴィレの冒険者事務所の寝室で、一人起きた。

 昨日、あの職員さんをナンパ避けのつもりで誘ったのだが、きっちり食事を奢らされた。まあ、本当に美味しいのに安い食堂だったので、懐が寒くなったということはない。

 その際に、文字が読めて簡単な鍛冶や魔法を使えるならと、お店の手伝いをするなどの作業系の依頼を進められた。

 魔物や獣を相手にする狩猟系や、行商について回る護衛系よりも安全だし、技能がある分だけ賃金が良いのだそうだ。

 でも、新人教育では狩猟系と護衛系を学ばせることが主眼らしく、俺につけるつもりの先輩もそっち方面が上手な人らしい。

 そんな冒険者の先輩を、組合の事務所の中で待つ。

 待ち時間で、俺は魔塊を回して、細胞にある魔産工場を動かし、体外へ出る魔力の流れを感じる訓練をする。

 なぜこんなことをし始めたかというと、野盗に襲われたとき、体格差で押し切られそうになったことに起因している。

 あのとき、普通の水で怯ませてどうにかなったが、攻撃魔法の水だったらより簡単に倒せたはずだった。

 そう。ゲームで『たたかう』だけでごり押しするよりも、『アイテム』や『まほう』といった選択肢も使った方が難易度が下がるのと同じ。選択肢は多く持っておいた方が良いと、遅まきながら気づいたわけだ。

 それでこの訓練が何に役立つのかというと、攻撃魔法をより素早く使うための下準備だ。

 攻撃魔法は、魔塊を解した魔力を流れ道にそって移動させて、体外に放出しなければ使えない。しかし、魔産工場からの魔力はさらりとしているが、魔塊からの魔力はトロリと粘度が高く感じる魔力だ。そのため、流れる道をイメージ上で設定しないと、脇道に入ったりして、中々体外に出てこないという特性がある。

 だからこそ、こうして魔力が体外へと流れる道を再確認し、経路のイメージを固めていく。

 的確な経路を思い描ければ、素早く攻撃魔法が使えるようになる――はずだと思っている。

 そうやって時間を潰していると、昨日の職員さんが呼びにきてくれた。

 

「お待たせ。教育してくれる人と合わせるから、こっちにきて」


 先導されて場所を移動する。

 ほどなくして、事務所の角にある席に座っていた女の人の前にやってきた。


「この人が、新米君に冒険者の初歩を教えてくれる先生。テッドリィよ」


 紹介された人を、失礼にならない程度に短く観察する。

 肩口まである、ぼさぼさで明るい茶色の髪。不機嫌そうに吊りあがった目の上にある、細く長い眉。鼻筋が通っていて、顎のラインも整っている。

 体には丁寧に作られ、そして使い込まれた革鎧。四肢は女性らしさが残ってはいるが筋肉質で、歴戦の女戦士という言葉が似合いそう。

 全体のなんとなくの印象で、メスのライオンっぽいと感じてしまう、二十代前半な女の人だった。

 とりあえず、彼女――テッドリィさんは先輩であり先生なので、挨拶をしないといけない。


「バルティニーです。冒険者のことをよく知らない新人ですので、色々と教えてください。よろしくお願いします」

「昨日伝えていたように、礼儀正しい子でしょ」


 職員さんの言葉に、テッドリィさんは俺をじろじろと見てくる。

 そして、鼻で笑った。


「はんっ。見た感じからして、どこぞの良いお坊ちゃまだな。冒険者なんて割りの合わない仕事じゃなくて、親にもっと良い仕事を紹介してもらえ」


 放った言葉は、見た目通りに荒っぽかった。

 それで慌てたのは、俺じゃなくて職員さんだった。


「こら、テッドリィ! なんでそんな場を荒らすような言葉しか使えないの!」


 叱られて、テッドリィさんは小指を耳の穴に入れて、ほじり始めた。


「うっさいな。あたしはこの坊やのためを思って言ってるんじゃないか。冒険者なんて困難しかない道を勧める前に、引き返す道を示すのも先輩として当たり前だろう」

「そういう我がままを言いたいなら、うち預かりの借金奴隷の証――その首輪を外してからにしなさい」


 職員さんが指差す先、テッドリィさんの首には、細い黒色革のチョーカーのような首輪があった。

 銀の鎖に似たチャームのようなものが喉の部分にあるので、てっきりファッションかと思っていたけど、それが借金奴隷の証らしい。

 テッドリィさんは忌々しそうな顔になると、その黒革の首輪に指をかける。


「まったくよぉ。借金は、もう全部返したんだ。これ外してくれたっていいだろうに」

「組合で借金すると利子の代わりに、こっち主体の拘束時間が付与されるって、忘れてないわよね?」

「あーあー、面倒な制度だよなー! こんな生意気そうなガキに使う時間で、依頼こなしていた方が、もっと組合のためになるのになー!!」


 まるでここにいない誰かに不満を言うように、テッドリィさんは大声を出す。

 職員さんは大慌てで押し止めると、こっちの様子を伺う視線を向けてくる。

 けど生憎、俺は怒っていなかった。

 だって、テッドリィさんが文句を言っているのは、俺じゃなくて、冒険者組合の仕組みにだ。

 なのに、俺が怒るなんて筋違いもいいところだし。

 そういう思いで、気にしていないと職員さんに身振りした。すると、テッドリィさんに面白くなさそうな目で睨みつけられた。


「おい。黙ってねえで、なんか言い返してみろ。縮み上がってタマが消えでもしたのかよ」


 職員さん相手では埒が明かないからか、こっちに難癖をつける方向を変えてきたようだ。

 かといって、俺がテッドリィさんに言うべきことは、あまりないけど。でもこういう人には、今抱いたそのままの考えを伝えた方がいい気がするな。


「そう、ですね。言っていることは、真っ当なことだと思いますよ。新人の教育なんて、テッドリィさんに実入りのない仕事のようですし」

「お、おお。なんだ、分かってんじゃないか。それじゃあ、この話は――」

「でも、こっちは冒険者を辞める気は今のところないので、違う道を勧められても困ります。あと、いい歳の大人の女性なのですから、何時までも子供のように駄々をこねないでください。それと、下ネタは控えてくれると会話がしやすいです」


 畳み掛けるように思っていたことを言うと、テッドリィさんはぽかんとした顔をしていた。

 はて、どうしたのかなと、助けを求めて職員さんの方を見る。しかしこちらも、ほぼ同じ顔をしている。

 そのまま少し時間が経つと、テッドリィさんは我に返った顔をしてから、ぼさぼさの頭をよりぼさぼさにするかのように頭をかき始めた。


「ああもう! 見た目と違って根性座ってんなこいつ。分かったよ、あんたは冒険者向きの性格だ、保障する。だけどな、あたしがいい歳ってのは、余計だ、コラぁ!」

「あ痛ッ!」


 言葉の途中で俺の頭を叩くと、テッドリィさんは席を立ち事務所の外へと向かっていく。

 どうしたらと職員さんに目配せするが、分からないとばかりに首を横に振るだけだった。

 すると、事務所の扉を開けてから、テッドリィさんが立ち止まって振り返る。


「おい、なにしてる。冒険者になりたいんだろ。仕方ねえから、あたしが教えてやんよ。さっさとこい」

「は、はい!」


 慌てて駆け寄り、テッドリィさんの後ろについて歩く。


「いいか。あくまで、この邪魔な首輪を取るために、仕方なくやってやるんだって覚えておけよ。あと、あたしはあまり優しくねえからな、泣き言ったって途中で止めてやらねえぞ」


 脅すような口調での前置きに、俺はすんなりと頷いてみせる。


「はい、それでいいですよ。それで、まずは何をするんですか?」


 すると、テッドリィさんは本当にやりにくいと言いたげに、もう一度頭を激しくかいた。


「移動するんだよ。なじみの行商人の護衛に入れてもらって、少し遠くにある魔の森までな。飛び入りだが、金取らねえって言えば、あっさり入れてくれるから心配すんな」

「あれ、この町から遠出していいんですか?」

「うっせぇ。何をどう教えるかは、こっちが勝手に決めていいって言われてんだよ。それに、こんな面倒ごとを、二度三度と引き受けさせられてたまっか! 拘束期間一杯に使って、お前に冒険者ってもんを教えて、それで借金奴隷とはおさらばだ! それと二度と組合で借金するもんか!」


 言動から、気難しいけど世話焼きな性格だって、透けて見える。

 けど、前世を含めて今まで会ったことのないタイプの人だ。

 そんなテッドリィさんの教えってどんなのか、楽しみになってきた。


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