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百十話 工作

 シャンティを連れて家まで帰ると、俺は宛がわれた部屋の中で、手裏剣のような投擲武器を作ることにした。

 鍛冶魔法を教えると約束したシャンティに、作業風景を見せようかと思ったのだけど、ヘプテインさんとミッノシトさんに却下されてしまった。


「悪いが、それは認められん。」

「お気持ちは有り難く思いますわ。けれども、シャルハムティに必要だと判断すれば、我が領内で最高の鍛冶師を教師につけますので、ご心配なく」


 貴族の家の方針なら仕方がないやと、今のところは引き下がることにした。

 でも、男が一度約束したからには、守らないといけない。

 次に町歩きをするときに、軽くやりかたを教えよう。シャンティは、基本的な生活用の魔法は使えるみたいだから、少し教えるだけである程度までは進むことができるはずだしね。

 さてさて、シャンティとした約束のことは、一先ず置いておこう。

 道具屋で買った粗雑な鉄を、精製しないままで、鍛冶魔法を使って試作品を作っていく。

 細胞からの魔力で鉄を柔らかくして、適当な大きさに千切る。

 前世で家庭科の授業で習った、うどん作りみたいな感じで、千切った鉄をこねてから、手だけで薄く延ばしていく。

 道具屋でみた鉄の歯車を参考に、余分な場所はカット。

 この武器は、弓矢を構えるまでの足止めや、鉈を抜くまでの接近する相手への牽制が目的だ。

 威力を増すために、あまり大きくする必要ないな。

 そうして、手の平ぐらいの大きさの、薄くて丸い鉄板が出来た。

 鍛冶魔法による魔力が抜けて、硬さが戻るのを待ってから、俺はその鉄板を軽くベッドの上へ投げてみる。

 フリスビーのように回転して飛んだけど、比重が偏っているのか、飛び方がぐらぐらしている。

 ベッドの上に静かに落ちた円盤を拾って確認すると、厚みが均一じゃなかった。

 調整して、もう一度投げてみる。

 今度はしっかりと回転して、ぐらつくこともなく、円盤はベッドの上に落ちた。

 なら、次はこの円盤に歯を――いや、武器だから刃を付けていく。

 鍛冶魔法で柔らかくしてから、外周を指でなぞって、刃物のような薄い刃をまずつけてみた。

 触れば指が切れそうな刃つけが出来た。

 これでちゃんと飛ぶか確かめて大丈夫なら、粗鉄を鍛冶魔法で精製した鉄で作り直そう。

 俺はまだまだある粗鉄を薄い板状に大きく伸ばすと、家具の上に置いた。

 少し距離を離して、その鉄板に目掛けて、作ったばかりの刃つきの円盤を投げる。


「よっ――やばっ!?」


 普通に軽く投げたつもりだったけど、円盤の軌道が途中でねじれて、急カーブを描く。

 幸いにも、壁や家具に当たらずに、鉄板の左端に当たってくれた。

 部屋に傷をつけずに済んでホッとしつつ、軌道がねじれた原因を考える。

 そういえばトランプカードを投げると、予想外のところに飛ぶことがあったな。

 たしか、空気の抵抗をカードの面が受けて、軌道が曲がるんだったっけ。

 でも、カードは紙で、この円盤は鉄だ。

 鉄は重いんだから、空気抵抗を受けても、真っ直ぐに飛ぶんじゃないのか?

 前世で習った高校物理を思い出しながら考えてみたけど、あまりよく分からない。

 とりあえず、薄い鉄板状だと駄目そうなことは、理解した。

 なら、次に取るべき方法は、二つ。

 一つは、鉄板の厚みを増やして、空気の抵抗をもっと受けないように工夫すること。

 もう一つは、いっそ形を変えてしまう。

 ふむ、どうしようか。

 前世で、修学旅行の博物館で見た手裏剣の刃が、十字とか八方に突き出た形だったのには、きっと理由があるはず。

 なら、手裏剣を参考に形を変える方向にしよう。

 円盤と鉄板を鍛冶魔法で一まとめにして、次に小指ぐらいの長さと幅のある板を複数作っていく。

 作った細長い板を二つ取り、十字に組み合わせれば、ベーシックな十字型の手裏剣ができた。

 もう一個、同じ方法で十字手裏剣を作ってから、端を少し曲げて卍形に。

 同じような要領で、六方と八方に真っ直ぐ刃が出た手裏剣を、一つずつ作製する。

 その際に、どうしても厚くなる中央部分は、鍛冶魔法で鉄が柔らかくなっているので、手でこそぎ落とすように厚みを減らすことにした。

 こうして四種類の手裏剣を作ると、硬く戻るのを待ってから先ほどと同じように、板状にした余った粗鉄を家具の上に置き、そこ目掛けて試し投げをしてみる。


「よっ――よしっ、真っ直ぐ飛んだ」


 十字手裏剣は真っ直ぐに飛び、鉄板に当たった。

 床に落ちた手裏剣を回収して、どこに当たったか確認する。

 粗雑な鉄製で柔らかいので、鉄板に当たったところがへこんでいるから、確認が楽に出来る。

 いま投げた十字手裏剣は――どうやら刃の上端が、鉄板に当たったみたいだった。

 てっきり、十字の先っぽが当たって、相手に刺さると思っていたので、期待はずれだった。

 試しに卍形の手裏剣を投げると、曲がった角が当たっていた。

 いや、これは俺が投げる方向を、逆にしてしまったからみたいだ。

 けど、足止めや牽制のときに咄嗟に投げる物だから、投げる向きが決まっているのは具合が悪い気がする。

 十字と卍は候補から消し、六方と八方に刃がある手裏剣を試す。

 どちらも、刃の先の方が当たっていた。

 これなら、相手に刺さるな。

 けど、八方のほうは、少し空気抵抗を受けていたような感じがした。

 なので、六方に刃がある手裏剣――六方手裏剣を精製しなおした鉄で量産することに決めた。

 ああ、そうだ。

 手裏剣を作るからには、それを入れるものが必要になるや。

 明日もシャンティと町歩きをするはずだから、そのときに鞄屋や道具屋で見繕おう。

 それまでは、この部屋に置いた荷物の中に、ボロ布に包んで入れて置こうっと。

 そう決めて、俺はいそいそと六方手裏剣の製作に取り掛かっていったのだった。





 左足に括り付けるタイプの鞘を改造して入れ物のにすることで、俺の装備に新たに手裏剣が加わった。

 けど、次の日も、また次の日も、活躍をする場面はやってこなかった。

 俺とシャンティが外出すると、護衛の人以外にもつけてくる気配はするので、諦めてはいないみたいだ。

 襲ってこないのならいいやと、俺は約束したとおりに、シャンティに鍛冶魔法のやり方を教える。

 もちろん、護衛の人に気づかれて、ヘプテインさんたちに告げ口されないように、こっそりとだ。


「まずは、石の形を変えることからだな。コツは、魔力で包み込んでから、奥まで浸透させていくことだ。そうすると、こんな風に柔らかくなる」

「はい。勉強になります」


 真面目なシャンティは、俺が指で押しつぶした小石を受け取ると、早速鍛冶魔法を試み始めた。

 生活用の魔法は使えても、鍛冶魔法はやや勝手が違うので、苦戦しているようだ。

 町歩きを続けつつ、こっそりと鍛冶魔法を教えていく、そんなとりあえずは平穏な日々が続いた。


 あと三日後に、剥製にした海の魔物を目玉にした競売オークションを控えた朝。

 シャンティの朝稽古に付き合った後、俺はヘプテインさんに呼び出された。


「なんのご用でしょうか?」

「うむ。呼び出したのは他でもない。シャルハムティを付け狙う者たちについて、話しておくべきことがあってのことだ」

「要するに、このままでは埒が明かないから、少し強引な手を取りたいと言っているのですわ」


 ミッノシトさんの通訳を聞いて、強引な方法ってなんだろうと首を傾げる。

 俺のそんな様子を見てだろうか、ヘプテインさんが使用人の一人に目配せした。

 すると、稽古が終わってから、水で汗と汚れを落としたらしき、少し神が濡れたリフリケが入ってきた。

 この何日か屋敷に世話になっているからか、出会った当初の小汚さはなくなっていた。

 髪が丁寧に切りそろえられているし、食事事情が改善されて肌の血色も良くなっている。

 あり大抵に言ってしまえば、黙っていればいいところのお嬢さんのように見える姿になっていた。

 所作と護身術の教育を受けたからか、部屋の中に入ってくる動きも、多少洗練されて見える。

 もっとも、どこか付け焼刃的なぎこちなさは残っているので、見る人が見れば見破られてしまうに違いないだろうけど。

 けど、容姿が少し整ったリフリケが、先ほどの強引な方法と、どんな関係があるんだろうかと考えてしまう。

 そこで、リフリケがこの家に暮らせているのは、シャンティの影武者という役割を得たからだと思い出した。

 もしかして――


「――リフリケを囮にして、襲撃者を釣る気なんですか?」

「ほう、分かったか。うむ、その通りだ。君には、シャルハムティと過ごすように、リフリケと町を巡ってもらう。その最中で、リフリケがなにかに気を取られたように演技して、君から離れるという手はずになっている」

「あと三日で競売が始まりますわ。襲う側も、手柄がなくて焦っていることでしょう。この餌に食いつくはずですわ」


 二人の意見は分かった。

 けど、問題は二つある。


「シャンティ――シャルハムティさまは、知っているのですか?」

「いや、シャルハムティには知らせてはいない。今日は一日、ここまで遊び歩いてきた代わりに、みっちりと教育時間を入れる予定なので、心配しなくていい」

「貴方が居ないことを尋ねられたら、リフリケに裏通りを案内してもらっていると、教えるつもりでいますわ」


 リフリケがより危険な囮をさせられると知ったら、シャンティは気に病みそうだったので、その点については心配しなくていいみたいだ。

 なら、もう一つの問題だ。


「リフリケは、納得しているのか?」


 そう尋ねると、リフリケは力強く首を上下に動かす。


「もちろん。命懸けで行動するなんて、今までの生活で慣れてるよ。そんで、この仕事をこなせば、正式に影武者ってのになれて、この生活が続けられるだ。逃す手はないよ」


 強がって言っている感じではないが、決意は伝わる話し振りだった。

 そのことにどう反応すれば良いか困っていると、リフリケは一転してニカリと笑顔を見せる。


「囮っていっても、にぃちゃんが、きっちりと守ってくれるんだろ。なら、安心だよな。なんたって、すごい冒険者なんだろ?」


 ヘプテインさんたちからどんな説明を受けたか知らないけど、全幅の信頼を俺に寄せているみたいだ。

 なら、その信頼にこたえて見せなきゃ、大きな男じゃないよな。


「任せとけ。ちゃんと怪我なく守ってやるさ」


 乱暴に頭をなでてやると、リフリケはくすぐったそうな表情をする。

 さて、じゃあ今日は、リフリケと町歩きしつつ、襲ってくる奴らを撃退して捕まえることにしようか。

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