九話 もうちょっとでひとり立ち
鍛冶仕事を学びつつ、荘園にも遊びに出かけ続けているうちに、もう十二歳になった。
そして、いま俺は荘園から少し遠くにある、魔の森にきている。
一人できているわけではない。スミプト師匠のように、屋敷の裏手に作られた家に住む、猟師のシューハンさんと一緒だ。
なぜかというと、マノデメセン父さんから「十四歳になる歳の夏の初めに、ひとり立ちするように」と言われたことが関係している。
このひとり立ちというのは、屋敷と荘園から離れて暮らせと言う意味だ。
なので仮に俺が鍛冶仕事を求めて、どこか大きな町に向かうとしよう。
でも、このファンタジックな世界では、前世の日本のように街道が安全じゃない。
野盗や、森の近くなら魔物だって出てくるらしいので、身を守る術を学ばないといけない。
道中に飲食店はないので、食料を得る方法を知らないと、飢えてしまうことになる。
そういったもろもろを学ぶため、マノデメセン父さんに頼まれて、シューハンさんが猟に連れてきてくれているわけなのだ。
しかしながら、順調に学べているかは少し怪しい。
「……見ろ」
シューハンさんが、草を指してぽつりという。どうやら食べられる野草らしいので、俺はその特徴を必死に覚える。
「……射ろ」
枝を指差す。鳥がとまっているので、シューハンさんに教えてもらいながら作った弓で狙う。
「……痕だ」
生き物がいた痕跡を示して、どの方向へ行ったかを指で表す。その後で、獲物を求めて二人で森の中を歩く。
とまあ、終始こんな感じ。シューハンさんは無口な人なのだ。
そのために、自分で必死に、彼の言葉少ない教えと見せる動きを学ばないといけない。
それでもまだ、うっかり毒草を摘んでしまったり、矢が逸れて獲物を逃したりと、お荷物な感じだ。
しかし、そんな俺にだって、猟に役立つこともある。
「……休憩。水」
「はい、どうぞ」
差し出してきた革の水筒に、魔法で水を入れる。
シューハンさんは魔法を使えない人らしく、俺を連れれば水場からかなり離れた場所で狩りが出来ると、喜んでくれている。
まあ、言葉少ない喋り方だったので、大分想像で補った解釈だけど。
そうそう。魔法で分かったことがある。以前に、スミプト師匠から言われた、魔力の質の話だ。
質の良い魔力を出す方法は、魔塊から魔力を引っ張り出せば良いと分かった。
それは、魔塊が石のような固まったものではなく、毛糸玉のような少しずつ解ける性質があると分かったことから解明できたことだ。
こっそりと試してみて、判明した攻撃魔法の使い方だが。
まず、魔塊から魔力を少し解く。
それを、魔貯庫から体の外へでるための道を通して手に集めて、火、水、風、土の四属性のどれを使いたいか考え、どういった魔法かを明確にイメージ。
そうすれば、思い描いたとおりに魔法が生まれる。このときに、呪文は必要ないようだ。
この攻撃用の魔法は、もちろんかなりの威力はある。
風の刃を想像して使ってみたら、土の地面にざっくりとした切れ目を入れることが出来たほど。
あまりに危険なので、何度か試してからは攻撃魔法を使っていない。
使わない理由には、使うたびに魔塊の大きさが減るといことが分かったのも含まれる。もっともこっちは、俺の魔塊が巨大なことと、魔産工場を動かしていればやがて元の大きさに戻るので、些細な問題だったけど。
そんな回想を休憩中にしていると、シューハンさんは何かに感付いたように弓を取り、中腰の姿勢になった。
「……魔物だ」
さらに小さくした言葉を受けて、俺も物音を立てないように弓を持つ。
やがて、木々の先に子供ぐらいの背の、緑色の肌をした人の形をした生き物が三匹見えてきた。
「……『小さな厄者』――ゴブリンだ」
シューハンさんは呟くと、弓を番える。
そう。不思議なことに、この魔物の名称と姿は、前世にあった有名ゲームに出てきたゴブリンと同じものだ。
他にも、スライムやオークにオーガといった、ゲームでは雑魚キャラとして有名だった魔物もいると、シューハンさんに教わった。
変に前世とリンクしていることは疑問だったが、今ではそのことを考えている場合ではない。
シューハンさんが引いて弓が軋んだ音が耳に入ったのか、三匹のゴブリンたちが周囲を見回して警戒状態に入った。
だが、まだこっちを見つけてはいないらしい。
そうしている間に狙いが定まったようで、シューハンさんは矢から手を放した。
弓で加速された矢が、素早く木々の間を通り過ぎて、ゴブリンの一匹の側頭部に突き刺さる。
矢が飛んできた方向をそれで分かったのだろう、残りのゴブリンたちが一斉にこっちを見てきた。
その振り返った二つの顔に、シューハンさんが素早く連続して引き射ちした、二本の矢が突き刺さった。
あっさりとゴブリン三匹片付けてしまう手腕に、拍手を送りたい気分になる。もちろん、魔の森の中なのでそんな真似はしないけど。
シューハンさんは俺にこの場で待つように身振りすると、鉄のナイフ――スミプト師匠のお手製だ――を握ってゴブリンたちに近づく。
持ち物を漁り、打製石器の武器しかないのを確かめると、腹を切り裂いてから戻ってきた。
「そのまま放置するのは、他の魔物や獣に処理させるためでしたっけ?」
「……エサになる。人では食えない、不味い」
それだけ言うと、行くぞと身振りする。
血の匂いで魔物や獣が寄ってくる前に、この場を離れるためだ。
しばらく移動して場所を放してから、狩りを再開する。
いい狩場だったのか、今日の成果はウサギが三匹、名称不明の鳥が大小合わせて五匹と、上々だった。
別の日。
俺は荘園に、マノデメセン父さんと兄二人と共にきていた。
ここでの俺の仕事は、農具の点検と補修だ。もちろん、もう一人で農具を作って良いという、スミプト師匠に許しをもらってから行っていることだ。
荘園の奴隷たち――ほとんどが身分奴隷らしい――は農具を大切に使っているので、基本的には磨り減った鉄を補充するだけだ。
一通りの作業を終わらせると、ここからは見回りという名前の自由時間となる。
といっても、父さんたちは仕事で構ってはいられないので、俺に荘園で暇つぶしさせるための口実みたいだけど。
シューハンさんと狩りをするようになってからは、一応は魔物が隠れていないか見回るという体裁になっているらしい。
そんな建前はどうでもいいので、荘園の中をぶらぶらと歩いていく。
今年も、早生りと年生りの小麦の出来はいいようだ。ブドウも着実に実をつけている。
働いている奴隷の人たちも、作物の出来がよさそうだからか、どこか嬉しげだ。
そんな風に見て回っていると、トマト畑の横で呼び止められた。
「おー、坊ちゃん。いいところにきてくれました」
手招きされたので近づくと、木の器が三つ入っているだけの、空き樽があった。
「飲み水がなくなっちゃったの?」
「坊ちゃんの提案で、魔産工場を暴走させないよう、暑い日にはよく水を飲むようになったのと、水場はここは遠くてですね」
「仕方ないなぁ。でも、ちゃんと水汲みはしてよ」
「ええ、そりゃあもう。助かります」
熱中症にかかられてもこまるので、俺は手から魔法で水を出して、樽を一杯にしてやった。
すると、待っていたのか、トマト畑で働いてた人たちが一斉にやってきて、我先にと水を飲み始める。
「もう。我慢するぐらいなら、水汲みに行けばいいのに」
「もうちょっとで昼食だと思うと、どうにも気乗りしないものでして」
樽の水を飲み尽くす勢いだったので、水を樽に追加してから、別の場所へ歩いていく。
少しして、先に見慣れた牛車が止まっている。
近づくと、早生り小麦の畑の土を、マノデメセン父さんが手に取っているのが見えた。
「何しているの?」
「ああバルトか。この畑が次の早生り小麦の栽培に耐えられるか調べていたのだ」
言いながら渡された土を触ってみると、どことなく元気がないと感じる。
なんというか、水ではない何かが抜けて、パサパサしているような指ざわりだった。
「ここを野菜畑にしたら、なにかいけないことがあるの?」
「いけなくはない。我々が食べる小麦の量が少なくなり、代わりに野菜ばかりの食事になるな」
具沢山のスープは好きだし、野菜も嫌いではないので、別にそれでもいいと思う。
しかし、この世界の常識では、野菜ばかりの食事は貧乏食というイメージらしく、マノデメセン父さんの言葉に兄二人は嫌そうにしている。
「父さん。次もこの畑に、早生りを植えましょう」
「そうですよ。もう一度くらいは耐えられるはずです」
「そうしてもいい。だが仮に不作だった場合、小麦が少なく、野菜も少ない食事になるが。それでもいいのか?」
そうして三人と周囲の奴隷たちは、どうするべきかと考え始める。
そんな中、俺は手にある土を弄っていた。パサパサする原因がなんなのか、ちょっと気になったんだ。
恐らく肥料か何かが足りないのだろうと、魔法で補充できないかこっそり試す。
前世では土いじりしたことはなかったが、荘園にくるようになって、よく作物が実る畑の土を散々触ってきた。こけて口に入いったこともあったので、味も知っている。
ならできるだろうと、魔産工場を動かして、手の土を魔力で覆う。
しかし、パサパサ感は改善されない。
なら、魔力の質を上げてみようと、魔塊から引っ張ってきた魔力を使ってみる。
すると、パサパサした感触が消え、今まで触った中で一番しっとりとした土になった。
この魔法を使っておけば、畑は何年も連続して豊作続きに違いない。
とは思うが、実際の畑でやってみるつもりはない。
前世でも、肥料や農薬に関連しての作物被害のニュースが度々あったように、この魔法を使って害がないとは言い切れないし。
手の土を畑ではなく道へ落とし、どういう結論が出るかを待つ。
結局、飢えるよりはマシとの判断で、次は早生り小麦ではなく野菜を畑に植えることにしたようだった。
次からは一日一話です。




