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特別

なぜかレナードに話がしたいと指名されてしまった僕。

おそらくエレナのことについてだろう。


だが、レナードに何を言われようとも僕の考えや行動が変わることはない。

つまり時間の無駄だ。


(さて、どう断ろうか……)


すると、ダナが会話に割り込んできた。


「ダナは? いっしょ?」

「申し訳ありませんがアイセル様と二人きりでお話がしたいのです」

「ダナはあいせるのごえい!」

「アイセル様に危害を加えるような真似はいたしません」


ダナは眉間にシワを寄せながら、レナードをじっと睨みつけている。

どうやらダナにも護衛としての自覚が出てきたようだ。


そこへ今度はファニーが口を挟む。


「ダナ様は私と一緒にお菓子を食べて待っていましょうね」

「……おかし?」

「ええ。屋台で買った甘くてふわふわな美味しいお菓子です」

「うん。わかった」


まさかの秒で買収。


「レナード司祭様、少しの間でしたらアイセル様と二人きりでお話をしていただいて構いません。ただし、私たちから見える場所でお願いいたします」

「ええ。それはもちろんです! ええっと、あなたは……?」

「ダルサニア辺境伯家の侍女ファニーと申します」

「ファニーさん! ありがとうございます!」


ぱあっと表情を明るくしたレナードが感謝の言葉を述べ、それを笑顔で受け取るファニー。


(あー……)


一連の流れを見ていた僕はすぐに察した。

レナードがファニーの好みのタイプであることを……。


こうして、自身の好感度を上げるためファニーに売られた僕は、神殿の中庭へ案内される。


そこに設置された白い石造りのガゼボに僕とレナードの二人が座り、護衛たちは少し離れた位置から僕を見守る。

そのすぐ側では、芝生の上に座ったファニーとエレナとダナが楽しそうにお菓子を食べ始めた。


(僕もあっちに混ざりたい)


どうして僕がこんな男の相手をしてやらなければならないのか……。


「それで、僕に話とは何でしょう?」


とりあえず話を聞くだけ聞いて、さっさと終わらせるに限る。

もし、エレナに対する恋の相談だったら、僕がその恋心をバキバキに折って引導を渡してやろう。


「アイセル様は神が存在するとお思いですか?」

「…………」


もう帰りたい。


「私はずっと神は存在すると信じていました」


そうしてレナードの自分語りが始まる。


レナードはとある子爵家の次男として生まれた。

その家は代々聖職者を輩出する家系で、例にも漏れずレナードも聖魔法に目覚める。


ただし、レナードの兄は聖魔法に目覚めることはなかった。


そのせいで、両親は露骨にレナードだけを優遇し、レナードもその影響を強く受けて育ってしまう。

つまり、聖魔法を扱える自分は神に選ばれた存在なのだと認識してしまったのだ。


その考えを正す機会がないまま、レナードは聖職者の道へと進む。

そして、ようやく現実を知ってしまった。


「神殿に所属するのは、神に選ばれた優れた信仰心の持ち主だけだと……そう思い込んでいたのです」


実際は実に人間らしい欲に塗れた者たちの集まりだったというわけだ。


(まあ、神殿も所詮は組織だからね)


しかも、かなりの権力を有し、各地に支部を持つ巨大な組織。

もちろんレナードのような信仰心溢れる若者も所属しているだろうが、上層部にもなると綺麗事だけで神殿を運営し続けることは難しい。


「心底ガッカリした私は、神殿内の膿を出し切り、本来のあるべき姿を取り戻そうとしたのですが……」

「そのせいで辺境の地へ送られてしまったと……?」

「はい……その通りです」


何代にも渡って聖職者を輩出する子爵家出身ならば、おそらく神殿内でもエリートコースだったはず。

そんなレナードが王都から遠く離れたダルサニア辺境伯領で司祭を務めているのは、上層部に煙たがられ、左遷されてしまったからだった。


「私は正しいことをしているはずなのに……。汚職に手を染めた者たちに神の裁きが下るわけでもなく、神殿は何も変わらないまま……。その時、初めて神の存在を疑いました。しかし、そうすると神に選ばれたはずの『私』の存在は一体何だったのだろうかと……」


自身の存在価値にすら疑念を(いだ)いてしまったレナードは不安定になり、神の存在を証明するものを渇望するようになったのだ。


「なるほど。それがエレナ様だったというわけですか」

「はい。彼女の聖魔法はまさに神の御業(みわざ)と呼べるほどに素晴らしかった」


レナードがエレナを崇拝していた理由をようやく理解する。


「言っておきますが、エレナ様はあなたのための神の代弁者でも何でもありませんよ? 彼女は普通の(・・・)女の子なんです」

「ええ。アイセル様に叱られてようやく目が覚めました。たしかにエレナ様の聖魔法はとても優れておりましたが、彼女自身は善良で平凡な普通の少女なのだと……」


そう言って、レナードは申し訳なさそうな態度を見せる。

どうやら、街歩きに出掛ける前に僕と言い争いをした件で何か思うことがあったらしい。


(だけど、こういうタイプって根本は変わらないからなぁ)


前世でも、レナードのようなタイプの女性に出会ったことがある。

彼女はまるで崇拝するように彼氏に依存しており、そんな彼女の目を覚まさせてやったのが僕だった。

しかし、結局は崇拝対象が僕にすり替わっただけの話だったのだが……。


「まあ、わかってくだされば結構です。これ以上、エレナ様に精神的な負担をかけないようにしてくださいね?」

「はい。もちろんです!」


本当にわかっているんだろうかとレナードの表情を窺うと、柔らかな微笑みが返ってくる。


「聖女様よりも特別な存在に出会えましたから」

「……ん?」

「ふふっ。アイセル様……あなたはいつからそう(・・)なのですか?」

「……どういう意味です?」

「あなたとの会話はまるで経験豊富な大人と話しているようです」

「まあ、僕は事情があって大人に囲まれて育ちましたから」


だから大人びているのだと言い訳を口にするも、レナードの笑みがさらに深まる。


「どこの神殿にも孤児院が併設されておりまして、私も見習いの頃から孤児たちの世話をしてまいりました。そこでも事情があって大人びている子供を見たことがあります。もちろん貴族の子供にだって……。けれど、アイセル様のような方は初めてなのです! あなたは根本的に何かが違う!」

「…………」

「アイセル様は私の言動を(たしな)め、正しき道へ導こうとしてくださった。きっと神が私のもとへあなたを遣わされたのですね」

「違います」


レナードの瞳に期待と執着の色がじわりと滲み、それが僕に向けられていることを自覚する。


(クソっ! どうしてこんなことに……)


それからは使命やら何やらよくわからない話をしだしたレナードを置いて、僕は逃げるように神殿をあとにしたのだった。


読んでいただきありがとうございます。

次回は明日の朝8時頃に投稿予定です。

よろしくお願いいたします。

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