街歩き
さて、エレナを口説くのに神殿はあまり適していないだろう。
なんせ、厄介な男がいる。
聞くと、保護されてから今日までエレナは神殿から一歩も外に出ていないそうだ。
森で保護された時のエレナはかなり衰弱していた。
しかし、それから一ヶ月以上が経ち、体調もすっかり元通りだというのに、レナードの外出許可が下りなかったのだ。
(きっと、ああいうタイプがストーカーになるんだろうね。それで相手を監禁とかしちゃうんだよ)
というわけで、僕はエレナを街歩きに誘うことにした。
こちらは護衛騎士が二人に侍女が一人、ついでに護衛見習いの獣人が一人付いている。
これだけの付き添いがいるのだから、安全面を理由にレナードが断ることはできない。
それに、街といっても神殿そのものが街の中心に位置しているため、馬車も使わずに徒歩での移動だ。
「ずっと閉じ込められたままだと余計に辛くなりますよ? たまには息抜きくらいしてもいいんじゃないですか?」
「……わかりました」
こうしてレナードから無事に外出許可をむしり取る。
神殿を出発してから十分程歩くと屋台が軒を連ねるエリアに到着した。
ここは食べ物だけでなく雑貨や服に装飾品、さらには薬や骨董品まで扱っている全体的にチープさが売りのエリアだ。
ここを勧めてくれたのが護衛騎士の一人で、見ているだけでも楽しいとのお墨付きだった。
特に目的も決めずに屋台を見て回ることにする。
「この大きな角は魔物素材ですか?」
軒先にぶら下がった巨大な角をエレナが興味深そうに指差す。
「おそらく一角牛の角ですね」
「一角牛?」
「名前の通り立派な角を持つ牛型の魔物なんです」
僕はまだギイザの森に足を踏み入れたことはないが、次期当主として魔物については学んでいた。
「なんだか怖そうですね……」
「でも肉の味は絶品なんですよ」
「え!?」
途端にエレナの瞳が驚きに見開く。
「魔物って食べられるんですか?」
どうやらメルソーナ王国では魔物を食べる習慣がないらしい。
国による文化の違いというやつだ。
といっても、リシャグーノ王国内で魔物肉が流通しているのかと言われると、王都の一部の店舗のみが扱っているくらいで、ほとんどがダルサニア辺境伯領内で消費されている。
つまり、新鮮な魔物肉を食べるなら我が領が一番というわけだ。
「魔物にもよりますが……一角牛や闇堕ち鳥、魔魚なら稚魚より成魚が人気ですね」
どれも癖がなく、万人に受けやすい味という意味で。
もちろんマニアックな魔物肉も存在する。
「どんな味なのか想像がつかないかも……」
「でしたら、豊穣祭に参加してみてはどうでしょう? どの店も秘蔵の魔物肉を振る舞ってくれるそうですよ」
とは言ってみたものの、実は僕も豊穣祭に参加したことはない。
父がフェリシアと再婚するまで、別館で暮らしていた僕は父から完全無視をされていた。
そのため、祭への参加を希望しても許可が下りなかったのだ。
だが、さすがに今年の祭には参加させてもらえるだろう。
魔物肉からうまく豊穣祭の話題へと誘導した僕は、このままデートの約束を取り付けようと張り切る。
「いいですね。ぜひ参加したいです」
「それじゃあ僕と一緒に……」
「ダナも!」
まさかの声が僕の後ろから聞こえてきた。
「ダナもおにくたべたい!」
そのまま僕とエレナの間にダナが割り込んでくる。
「あいせるといっしょ!」
「…………」
そして、僕に満面の笑顔を向けてくるダナ。
思わず無言になる僕。
助けを求めるように振り返ると、護衛騎士二人とファニーが微笑みながら頷く。
これは「一緒に行ってやれ」という表情だ。
「アイセル様。ダナ君も一緒にいいですか?」
「……ええ。もちろん!」
エレナにまでそう言われてしまえば僕に断る選択肢はない。
(まあ、いいや。まだまだ時間はあるんだし)
王都では滞在期間が決まっていたが、ダルサニア辺境伯領内ならば焦る必要はない。
ちなみにエレナを保護している件については、すでに王家へ連絡済みである。
どうやらエレナを罪人として扱うには罪が微妙らしく、だからといって現時点で聖魔法が使えないエレナを聖女にするわけにもいかず……。
メルソーナ王国側から何かしらのアクションがあるかもしれないと、判断は先延ばしにされていた。
(職務怠慢で追放……しかも第二王子の独断となれば慎重にもなるだろうし)
これはサディアスとクレイブの会話から得たメルソーナ王国の情報。
王家ももちろん把握しているだろう。
(このままダルサニア辺境伯家でエレナを囲ってしまうのが得策だと僕は思うけど)
そうすれば、メルソーナ王国側からエレナを返すよう要望がきても、突っぱねる理由の一つになるはず……。
そんなことを考えながら、街歩きを二時間ほど楽しみ、日が暮れる前に神殿へエレナを送り届けた。
それを待ち構えていたかのようにレナードが飛び出してくる。
(うわぁ……過保護……)
しかし、レナードはエレナではなく僕の前に立つと、思い詰めた表情で口を開いた。
「アイセル様……。お話したいことがあるので少しお時間をいただけないでしょうか?」
読んでいただきありがとうございます。
次回は明日の朝8時頃に投稿予定です。
よろしくお願いいたします。




