追放された聖女①
リシャグーノ王国の東の端に位置するのがダルサニア辺境伯領。
その先にメルソーナ王国がある。
ただし、二つの国の境界にはギイザの森が広がっている。
ギイザの森には数多の魔物が住み着いており、メルソーナ王国へ向かうには森を避けて迂回しなければならない。
そのため交易ルートは他国を経由しなければならず、メルソーナ王国は隣国でありながらリシャグーノ王国との国交が活発とは言い難い国だった。
そんなメルソーナ王国の聖女が追放され、ギイザの森の中を彷徨っているところを保護されたそうだ。
ちなみに聖女を見つけたのはクレイブの弟……僕の叔父のサディアス。
クレイブが王都に滞在している間の代理を務めるサディアスは、私設騎士団団長としてギイザの森の見回りにも参加しており、その時に……ということらしい。
(聖女かぁ……)
なんとも心くすぐられる響きである。
希少な聖魔法の遣い手である聖女は、国によって扱いに差はあるものの重宝される存在であることに間違いはない。
(それなのに追放だなんて……)
一体、メルソーナ王国でどのような問題を起こしたのだろうか。
(もしかしたら、ものすごい悪女だったりして)
フェリシアの太腿に頭を乗せて幸せそうに眠るダナを睨み続けながら、僕はそんなことを考えていたのだった。
◇◇◇◇◇◇
無事にダルサニア辺境伯領へ帰還し、ようやくいつもの日常が戻ってくる……と思いきや、ダナの存在が僕の心に影を落としていた。
いや、僕とクレイブ二人の心に影を落としまくっている。
「新しい服もとっても似合ってるわ」
「これ、うごきにくい」
「そう? じゃあ、こっちの服はどうかしら?」
たくさんの子供服を並べ、ダナで着せ替えごっこを楽しむフェリシア。
王都に滞在している間に溜まった仕事を片付けるためクレイブは執務室に籠っている。
本来ならば僕とフェリシアの二人きりで甘く楽しい時間を過ごしているはずだったのに……。
実際は、ダルサニア辺境伯邸に戻ってからもフェリシアはダナに夢中で、僕は奥歯を食いしばりながらもそれを見守るしかない状況。
そして、もう一つの問題はダナの引き取り先が見つからないことだった。
ダナの両親は居場所どころか生死も不明。
ならば孤児院に預けようとするも、狼獣人を受け入れてくれるような所は見つからない。
結局、フェリシアの意向もあり、とりあえず僕たちと一緒に暮らしているのだが……。
(引き剥がしたい……)
フェリシアからダナを引き剥がしたい。
もちろん、フェリシアがダナを異性として見ているわけじゃないことはわかっている。
だが、今は幼くともダナは獣人だ。
人間よりも成長が早い……つまり、僕よりも先に成人してしまうということ。
そうなる前に手を打ちたいのだが、無理やり引き剥がすと僕がフェリシアに嫌われてしまう可能性がある。
なんとも悩ましい問題だ。
「あいせる〜」
そんな僕の悩みに欠片も気づいていないダナが、フェリシアに選んでもらった服を着て、僕に近づいてくる。
「ダナのあたらしいふく。どう?」
「……似合っているよ」
フェリシアの手前、「個性的なデザインだ」とか「フリルがえげつない」なんて言うわけにはいかない。
「かわいい?」
「まあ、可愛いんじゃないか」
すると、ダナは嬉しそうに笑って、その場でピョンピョンと飛び跳ねる。
「やっぱりダナちゃんはアイセル様が一番好きなようですね」
「え?」
思わぬフェリシアの言葉に僕は驚く。
「一番はフェリシア様だと思いますけど……」
ちなみに僕の一番もフェリシアだ。
「いえ、ダナちゃんはアイセル様のことをずっと追いかけていますから。今日の服選びだってアイセル様が一緒じゃないと嫌だと言われてしまって」
言われてみれば、いつも僕の周りをダナがうろちょろしていたような……。
その時、名案が僕の頭に閃く。
(だったら、ダナを僕の専属にしてしまえばいいんじゃないか?)
そうすれば、ダナとフェリシアが二人きりになることはほぼなくなるし、ダナとフェリシアの関係が進展しないよう僕が見張ることもできる。
(よし、行こう!)
善は急げ。
僕はダナを部屋から連れ出し、クレイブの執務室を訪れる。
「なんだアイセルか……。悪いが今は忙し……」
「父上、ダナを僕の専属にしてください」
「はあ?」
「このままだとダナはフェリシア様のペットになってしまいます」
「いや、そうは言ってもだな……」
「いいんですか? 獣人のダナはあっという間に成人になりますけど」
「…………」
「若い獣人の男にフェリシア様が夢中になってしまいますよ?」
「………許可しよう」
こうして、ダナは僕の専属護衛騎士(見習い)になることが決まったのだった。
読んでいただきありがとうございます。
聖女登場シーンまで辿り着けなかった……。
次回(明日の朝8時頃投稿)に登場します。すみません。
よろしくお願いいたします。




