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美談

商談が成立した証として、獣人の子の首に装着されている首輪の鍵を男から受け取る。


この首輪は装着者を支配するために作られた魔導具で、鍵の持ち主が魔力を発動すると首輪から電流が流れる仕組みになっているそうだ。


(うわっ、悪趣味……)


うんざりした感情を表に出さないよう気をつけながら、僕は男の説明に頷く。

そして、説明を終えた男は金貨をポケットに入れると、もう用は済んだとばかりに上機嫌で荷馬車へと戻っていった。


「僕たちも行こうか」


獣人の子に声をかけると、不安げに揺れる紅い瞳と視線がぶつかる。


「ああ、その前に……」


警戒心マックスな獣人の子に近づいた僕は、鍵を使って首輪を外してやった。

獣人の子は驚きに目を見開く。


その顔立ちを間近で確認した僕は、一種の感動を覚えていた。


(うん、僕が見込んだとおりだ……!)


この子はきっと磨けば光る。

僕の勘と、これまで読んだ漫画の経験則がそう告げている。


「君、名前はなんていうの?」

「なまえ……?」

「僕の名前はアイセル」

「あいせる……」

「名前を教えてくれないか?」

「………ダナ」

「そう。ダナって言うんだね。君にぴったりの可愛い名前だ」

「かわいい……?」


不思議そうな表情(かお)になるダナ。

きっと自身の魅力にまだ気づいていないのだろう。


(大丈夫。僕がその魅力をちゃんと引き出してあげるからね)


その時、ダナのお腹からキュルキュルと音が鳴った。


「お腹が空いているんだね。僕の家でごはんを食べようか」

「ごはん!?」


ダナの紅い瞳がキラキラと輝く。


そうして、僕はダナを連れて馬車に乗り、メレディスとともにタウンハウスへ戻るのだった。





タウンハウスの手前で馬車を降り、メレディスに別れを告げる。

そのままダナと二人で歩いていると、タウンハウスの門の前から僕を呼ぶ声が聞こえてきた。


「坊ちゃま!!」


焦った様子のファニーが僕に駆け寄り、無事を確かめると安堵の表情を浮かべる。

どうやら僕が屋敷から抜けだしたことがすでにバレてしまっているようだ。


「どこへ行っていたのですか!? どうして一人で屋敷の外へ……」


ファニーはダナの存在に気づき、言葉を止める。

そのタイミングで僕は事情を説明するために口を開いた。


「実は……」


偶然、闇オークションの存在を知ったこと。

そこで人身売買が横行していると聞き、義憤に駆られた僕はオークション会場に忍び込もうとするも寝過ごしてしまい、売れ残っていたダナを救出したのだ……という話を美談に仕立て上げ、盛りに盛ってファニーに話して聞かせた。


「はあ……?」


それなのに、なぜか胡散臭そうな目で僕を見つめるファニー。

どうして信じてくれないのかと不思議に思いながらも、僕はダナを風呂場に連れて行くよう指示を出す。


「ごはん……」

「大丈夫。お風呂のあとに一緒に食べよう」


ダナは嬉しそうにふにゃりと笑うと、そのままファニーに手を引かれていく。

そんな二人のあとに続いて僕が屋敷に入ると、仁王立ちをしたクレイブが玄関ホールに待ち構えていた。


「アイセル! 護衛も連れずに勝手に屋敷を抜け出すなんて……何を考えているんだ!」


珍しく本気の雷を落とされる。


「申し訳ありません。しかし、これには深い理由(わけ)があるのです」

理由(わけ)だと?」

「はい。実は……」


僕はファニーに話して聞かせたように、一連の出来事を美談に仕立て上げてクレイブへ伝えた。


しかし、なぜかクレイブは訝しげな視線を僕へ向ける。


「お前がそんな殊勝な真似をするはずがないだろ?」

「…………」


なんて失礼な男なんだ。

息子の言葉を信じられないなんて、僕がグレたらどうしてくれる。


「仮にそれが本当だとしても獣人の子供を連れ帰るなんて……。今ならまだ間にあうかもしれん。もう一度オークション会場へ戻って、その子供を返してくるんだ」

「父上! あの子がまた辛い目に遭ってもいいと言うのですか!?」

「しかしな……。素性のわからない獣人を受け入れるのは……」


そこへ、侍女たちとともにフェリシアが駆けつける。


「アイセル様! ご無事でよかった!」

「ご心配をおかけしてしまい申し訳ありません」

「夜中に屋敷を抜け出すなんて、一体何があったのですか……!?」


ここで三度目の美談……いや、事情説明である。


「そんな……獣人の子供が売られていただなんて……!」


しかし、ファニーやクレイブと違って、フェリシアはあっさりと僕の話を信じてくれた。


「クレイブ様。素性がわからない獣人とはいえ、子供を見捨てるようなまねはできません!」

「フェリシア様……!」


さすがは僕のフェリシアだ。


やはりフェリシアに対して強く反論できないクレイブは、ついにダナを保護することに賛成してくれた。


「ダナ様ー! お待ちください!」


すると、今度はファニーの大きな声が玄関ホールに響いた。

反射的に声のする方へ顔を向けると、髪も身体もびしゃびしゃに濡らしたままのダナが、素っ裸でこちらへ向かって駆けてくるところだった。


そんなダナの股間には見慣れたモノがぶら下がっていて……。


「え?」


読んだいただきありがとうございます。

次回は明日の朝8時頃の予定です。

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