つまりはそういうこと
(この耳は……犬? 犬の獣人なのか?)
よく見ると左耳の一部が欠けている。
そして、ぱっちりとした愛らしいルビーのような紅い瞳に、薄汚れたワンピースからはガリガリの手足が伸び、首には金属の首輪が装着されていた。
(それじゃあこの子は……)
獣人はふらふらと立ち上がると、再び歩き出そうとする。
「よし、捕まえたぁ!!」
だが、追いかけてきた男によって獣人は後ろから羽交い締めにされてしまった。
「離して!!!」
「暴れんじゃねぇ! まだ躾が足りねぇのか!?」
腕から逃れようと暴れる獣人に、男が怒鳴りつけている。
「全く、売れ残りの分際で生意気なんだよ。おら! こっちへ来い!」
「やだ!!!」
嫌がる獣人を男は無理やり抱え上げた。
そんな目の前のやり取りを見て、獣人と男の関係性を把握する。
「ねぇ、ちょっと待ちなよ!」
立ち上がった僕は、荷馬車に向かって歩き出そうとする男を呼び止めた。
すると、男は振り向いて訝しげな表情で僕を見る。
「僕、その獣人の子にぶつかられて怪我をしちゃったんだよね」
「はあ?」
「あれ? 貴族に怪我をさせてその態度?」
「…………」
男は僕の服装を見て、無言のまま眉を跳ね上げる。
「それじゃあ、その獣人の子に責任を取らせるから、こっちに渡してくれる?」
「あのなあ。いくらお貴族様でも無茶が全部通るわけじゃねぇんだよ!」
おそらく、この男は闇オークションのスタッフ……いや、ゴロツキらしい風貌を見るに下働きの者だろう。
そして、獣人の子供はオークションに出品された商品だ。
「でも、その子……売れ残りなんでしょ?」
「次は買い手がつくかもしれねぇだろ?」
「それまでずっと飼っておくつもり? それに獣人は成長が早いから子供のほうが人気なんだよね?」
「それは……まあ、そうだけどよ」
嫌な話になるが、オークションで獣人を買うような連中は、愛玩用や観賞用など特殊な目的のために金を出す。
だからこそ手懐けやすい幼い子供の獣人のほうが人気なのだと聞いたことがあった。
それなのに、ちょうど売れ時の時期にもかかわらず、目の前の犬の獣人は売れ残ってしまったのだ。
おそらく左耳が一部欠けていることや、獣人の中でも人気の種族ではなかったことが原因だろう。
「よし、じゃあ僕がその子を買い取ってあげるよ。それなら文句はないよね?」
僕は高揚する気持を隠したまま、男に宣言をする。
(やっぱり……下見じゃなくて本番だったんだ……!)
ハーレム漫画の主人公が闇オークションで出会うのは、事情があって売られてしまったヒロインたち。
中には売れ残りのヒロインを主人公が買い取り、愛情を持って接していくうちに……という展開にも心当たりがあった。
つまりはそういうことなのだろう。
僕に幼女趣味はないので、今すぐこの子をハーレムの一員に加えるつもりはない。
ただ、成長の早い獣人であれば、数年もしないうちに成人になるはずだ。
「いや、だけどよ……」
迷っている男に僕は近づくと、闇オークションの招待状を見せ、僕が客であることを証明する。
「君に直接支払ってもいいかな?」
そして、彼の手のひらの上に金貨を載せていくと、男の目つきが変わった。
きっと、何割かを自身の懐に入れることを思いついたのだろう。
ちなみにこの金貨は母の形見を売却して得たものである。
生まれて初めて母に感謝の気持ちが芽生えた。
「さて、こんなものかな?」
僕は金貨を五枚載せてからぱっと手を引く。
「あー……いや、ちょっと足りねぇかな」
「そう?」
僕がもう一枚金貨を載せると、男はゴクリと喉を鳴らした。
「あともう少し……」
「じゃあ、やめておくよ」
「なっ!?」
「よく考えたら、そこまで欲しいものじゃないし」
嘘だ。ハーレムチャンスをみすみす逃すつもりはない。
だけど、このまま男の要求を聞き続けると、調子に乗るだろうことは予想がついた。
ちょろい客だと侮られ、この男より上の立場の人間を呼ばれるのは避けたい。
「ま、待ってくれ!」
金貨を取り上げようとする僕を制止し、男はようやく商談が成立したことを告げるのだった。
読んでいただきありがとうございます。
次回は明日の朝8時頃に投稿予定です。
頑張って年内には完結したい……。
よろしくお願いいたします。




