証拠は?
「これまでもユージン様の振る舞いに思うところはありました。婚約者であるわたくしを差し置いて他の女性とこれ見よがしに親密になり、それを咎めると強く叱責されて……」
周りの皆がディアナに注目しながらも、ユージンに寄り添うミアへチラチラと視線を向ける。
ディアナの言う『他の女性』が誰であるかは明白だったからだ。
「ですが、女性問題だけでなく、幼い子供に暴力を振るうだなんて……さすがに看過できません!」
「ディアナ、何を……」
「あなたに愛想が尽きたと言っているのです!」
ユージンを真っ直ぐ見つめながら、ディアナは迷うことなく決別の言葉を突きつける。
「は……?」
対するユージンはぽかんと口を開け、何を言われているのか理解できていない様子。
(ディアナ様から捨てられるだなんて考えもしなかったんだろうな)
そうでなければ、あんなに堂々と浮気まがいの行動をするはずがない。
おそらく、婚約者の立場というよりは、ユージンを慕うディアナの想いに胡座をかいていたのだろう。
全てはディアナの我慢によって成り立っていただけ。
「お、おい。待てよ……」
「父にはわたくしから話を通しておきます。アクロイド侯爵様にはご自身で報告なさってください」
「本気なのか?」
「冗談でこのような話をするとでも? さすがに今回の件を話せば父も婚約破棄に賛成してくれると思います」
「違うんだ。えっと……そうだ! 証拠は? 俺が暴力を振るった証拠がないだろ?」
「先程、アイセル様が自分たちを馬鹿にしたからと……そう、あなたが理由を仰っていたじゃありませんか。それに、こちらの方の目撃証言もあります」
そう言いながら、ディアナは褐色肌の男を手で示す。
「たしかに馬鹿にされたのは事実で、俺も大人げなくカッとなってしまった。だけど俺が暴力を振るったところをディアナは見ていないんだろ?」
なんと、まさかのユージンが粘ってきた。
「アイセル様があんなにも泣いてらっしゃったのに?」
「大袈裟に騒いでるんだよ。子供だったらそういうこともある。俺を信じてくれよ。な?」
「…………」
僕がユージンに胸ぐらを掴まれている場面を直接見たのは、ミアたち逆転ハーレムメンバーと褐色肌の男のみ。
つまり、僕の爆泣きのおかげで限りなく黒には近いものの、状況証拠しかない状態。
(さて、どうするか……)
もう一度泣いて周りからの同情をさらに引こうかと考えていると、意外な人物が動いた。
褐色肌の男が僕の向かいに立つと、目線の高さを合わせるようにしゃがみ込む。
「えっと、アイセル君……だったかな?」
「はい」
「少し触れてもいいかい?」
男に触られても嬉しくはないので普段ならお断りだ。
だが、僕は気弱な美少年を演じている最中のため、仕方なく無言のままコクリと頷く。
すると、褐色肌の男がするりと僕の前髪をかきあげ、僕の額やこめかみをじっと観察し始める。
間近で彼の顔を見ることになり、長い前髪に隠されていた水色の瞳は切れ長で、随分整った顔立ちをしていることに気がついた。
(コイツ……なんでこんな野暮ったい髪型をしているんだろう? 髪を短くして顔を出すだけで垢抜けそうなのに)
そんなことを考えていると、褐色肌の男が口を開く。
「アイセル君のこめかみに軽い火傷がある。髪も少し焦げているな……。この火傷の魔力残滓を調べれば、どちらが嘘をついているのかハッキリするだろう」
どうやら僕が気づかないうちに、ユージンの火魔法にわずかに触れて火傷を負っていたようだ。
魔力残滓とは、その名のとおり魔力の残りカスのこと。
魔法を対象物に向けて使用すると、しばらくはこの魔力残滓が対象物に残る。
それを測定することにより、その魔法の使用者を特定できるというわけだった。
この火傷の魔力残滓がユージンのものであるとわかれば、褐色肌の男の目撃証言が正しいと証明される。
(なかなかやるじゃないか!)
偶然とはいえ、この男に助けてもらえたのはラッキーだった。
さらに言えば、あの状況で軽い火傷を負って証拠を残していた自分自身に拍手を贈りたい。
そして、褐色肌の男の提案を聞いたユージンの顔色がどんどん悪くなっていく。
「それではすぐに保健室へ向かいましょう」
「ディアナ! 待ってくれ!」
「事情を説明するために俺も付き添おう」
「ええ。お願いいたします」
ディアナは褐色肌の男との会話を優先し、ユージンの言葉に耳を傾けることはない。
「ディアナ! どうして俺の話を信じてくれないんだ! 俺たちの仲だろう!?」
そこでようやくディアナはユージンと向き合った。
「あなたはわたくしの話を信じてくれなかったのに?」
「え……?」
「ハーボトル男爵令嬢の話を鵜呑みにして、わたくしの話は聞いてさえもくれなかった」
「それは……」
「二人で築き上げた信頼を先に裏切ったのはあなたよ?」
「…………」
ディアナの指摘にユージンは何も答えることができない。
「そんなあなたと一緒にいてもわたくしは幸せになれない。わたくしにあなたは必要ないわ。だから……さようなら」
そして、ディアナはスカートの裾を翻しユージンに背を向けて歩き出す。
揺るぎない芯の強さを持ち、凛とした眼差しで前を見つめるディアナは見惚れるくらいに美しかった。
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次回は明日の朝8時頃に投稿予定です。
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