僕が幸せにしましょう
読んでいただきありがとうございます。
こちらは同タイトルの短編作品の長編版です。
(タイトルを七歳→7歳にちょこっとだけ変更)
短編版の内容を加筆修正したものが1〜6話です。
よろしくお願いいたします。
※本日1話目の投稿です。
(あー……最悪)
僕、堂島愛斗は夜の駅のホームで深い溜息を吐く。
あと一歩のところで無情にもドアは閉まり、乗るつもりだった電車を見送るはめになってしまったのだ。
(早く帰ってベッドにダイブしたい……)
今日は大学時代の友人たちと集まり、久しぶりに楽しい酒を飲み、見事に飲み過ぎてしまった。
眠気と闘いながらホームのベンチに腰を下ろし、時間を潰そうと鞄からスマホを取り出す。
ロックを解除すると、未読メッセージを知らせる通知が目に入った。
その数、なんと九十五件。
相手は見なくてもわかる。たぶん別れたばかりの元カノ。
(いつもこうなっちゃうんだよなぁ)
僕は、どうにも不幸そうな女性に惹かれてしまう性質だった。
可哀想な女性を僕の手で幸せにしてあげたい。
デロデロに甘やかしてあげたい。
そう思って恋人になるも、笑顔を取り戻した彼女たちは揃いも揃ってだんだんと僕に執着するようになってしまう。
そうなると僕のほうはすっかり冷めてしまうわけで……。
しかし、友人たちに言わせると僕にも原因があるのだという。
『依存させるだけさせて最後はポイって……お前、そのうち刺されるんじゃね?』
これは、今日の飲みの席で友人から掛けられた言葉。
(そんなつもりはないんだけど……)
可哀想な女性を幸せにしたいだけなのに、友人たちからは「女の趣味が悪い」やら「メンヘラ製造機」だの散々な言われようだった。
「はあ……」
僕はもう一度溜息を吐いてから、メッセージを読むことなく元カノをブロックする。
そろそろ次の電車が到着する時間となり、ベンチから立ち上がると、線路に向かって歩き出し白線ぎりぎりで足を止める。
その時だった。
「うわっ!」
突然、誰かにドンッと強く背中を押され、僕はよろめきながら前へ数歩たたら踏む。
あわや線路へ落ちるすんでのところで踏み止まり、恐怖で心臓がバクバクと音を立てた。
(危なっ……あっ!)
しかし、体勢を整える前にもう一度さらに強く背中を押されてしまい……。
間近に迫る電車のライトに照らされながら、今度こそ僕は線路に向かって落ちていく。
◇◇◇◇◇◇
(………ん?)
目が覚めると赤ん坊だった。
何を言っているんだと思われるかもしれないが、本当に赤ん坊になっている。
しかも、乳母に抱きかかえられ、鏡に映った自身の姿は金髪に紫の瞳という日本人とは掛け離れたもの。
さらに周りの声に耳を傾けると、日本とは違った身分制度に獣人や魔族など他種族の存在、そして魔法やギフトと呼ばれる特殊能力まで揃っている。
それらの情報を吟味した結果、僕は一つの結論に辿り着いた。
(これ、異世界転生だ……!)
ただ、前世の記憶のほとんどは残っているが、なぜ自分が異世界に転生することになってしまったのか……その部分が抜け落ちてしまっている。
(まあ、どうせトラックに轢かれでもしたんだろうな。漫画でよく見るパターンだし)
そう。僕の異世界転生に関する知識は、全て前世の漫画から得たものだった。
あれは、何気なくバナー広告をタップし、暇つぶしに読み始めた青年漫画。
それなりに面白かったので、いくつか似たような作品を続けて読んでいった。
日本から異世界に転生した主人公がチート能力で成り上がっていくストーリー。
チートにも種類があり、最初から最強の能力もあれば、何の役に立つのかわからないスキルが後に開花したり、前世の知識で無双するなんてパターンもあった。
(この状況……つまり僕が主人公ってこと!?)
そして、どの作品にも共通しているのは、主人公を取り巻く魅力に溢れた女の子たちの存在。
異世界転生した漫画の主人公たちは皆、ハーレムを築いていたのだ。
(それじゃあ、僕もいずれ漫画の主人公たちと同じ道を辿る……?)
なんてことだ……!
ハーレムだなんて最高過ぎるじゃないか!
前世への未練なんて秒で立ち消える。
──こうして僕は異世界で新たな人生を歩むことになった。
僕が転生したのはリシャグーノ王国のダルサニア辺境伯家の一人息子。
名前はアイセル・ダルサニア。
途中、僕を産んだ母がいなくなったり、父から疎まれて冷遇されたりと色々あったが、僕の中身は成人男性。
家庭環境がイマイチだからって、どうってことはない。
そうして五歳になると、僕は少々特殊なスキルに目覚める。
この世界ではスキルを持つ者は珍しい。
魔法にはいくつかの属性があるものの、一定値の魔力量と適性があれば誰でもそれなりに魔法が使える。
そんな魔法とは違って、スキルは目覚めた者のみが使える固有魔法だ。
ただ、僕のスキルは人に知られると厄介な類のもので、スキルに目覚めたことは周りに隠そうと決めた。
(そんなところも主人公っぽいんじゃない?)
これはもうハーレム主人公待ったなしだろう。
将来はたくさんの女の子たちに囲まれて幸せに暮らすのだ。
漫画で読んだのだから間違いない。
そんな明るい未来しか見えない僕が七歳になった時、父の再婚が決まる。
「フェリシアと申します。どうぞこれからよろしくお願いいたします」
父の再婚を知らされたのはなんと挙式の前日。
そして、執事から紹介されたのは、フェリシア・エンブリー子爵令嬢。
珍しい白銀色の髪に翠の瞳を持つ、父と一回りも年の離れた清楚な女性だった。
(こんなに可愛い子が僕の継母になるの?)
正直、幸が薄そうで儚げな雰囲気が僕の好みド真ん中。
父には勿体無い女性だ。
そうは思っても、さすがに再婚を止めることはできず、いよいよ二人の挙式が始まった。
ただ、父とフェリシアの様子がどうにもおかしい。
視線は一切合わさず、表情も固く、まるで見知らぬ他人同士……いや、実際に他人ではあるのだけれど、これから一生を添い遂げるにしてはあまりにも殺伐とした空気が二人の間に漂っている。
(何これ……嫌な予感しかしないんだけど?)
というわけで、一抹の不安を抱いた僕は、その日の夜にこっそり夫婦の寝室の扉に張り付いて中の様子を探ってみることにした。
ちなみに使用人たちは空気を読み、今夜は寝室に近寄らないことになっている。
僕だって、こんな真似はしたくなかったんだよ?
それに、ことが始まればさっさと自室に戻るつもりだ。
だけど中から聞こえてきたのは……。
「君を愛するつもりはない」
父がフェリシアへ冷たく言い放つ声。
「俺が君に求めるのはダルサニア辺境伯夫人としての役割だけだ。あとは好きにしてもらって構わない」
つまり、夫婦としての関係を築くつもりは一切なく、お飾りの妻を望んでいるのだと父は告げる。
(……は?)
一体この男は何を言っているのだろう。
(ねぇ、初夜だよ? しかも相手は初婚で、一回りも年下のご令嬢だよ?)
開いた口が塞がらないとはこのことだ。
「……承知いたしました」
しかし、フェリシアは怒ることなく落ち着いた声で返事をする。
(いやいやいや、承知しちゃったらダメでしょ!?)
僕と同じく父も驚いたのか、そのまま気まずい沈黙が室内を支配した。
(このままじゃダメだ)
父は彼女を幸せにするつもりはないらしい。
それを理解した上でフェリシアは受け入れようとしている。
(だったら……)
重苦しい空気を切り裂くように、僕は寝室の扉を勢いよく開け放つ。
「ならば、フェリシア様は僕が幸せにしましょう!」




