第19話 カフェトーク
クリスマスまで、あと5日
しばらく道なりに歩く。
「ねぇ、浅草で話題沸騰のマクロビカフェ、どんなの?」
咲希さんはこんな事を僕に訪ねた。
「スイーツが美味しいから、毎月のご褒美に通っているよ」
僕は、そのお店の概要を咲希さんに話した。
そう、雷門前から南に少し歩いた先にある<マクロビ喫茶・五右衛門>は、健康志向の人々から絶大な人気を誇っている。
僕も半年前から通い始め、今ではその店のファン。
咲希さんにも食べてほしくてね。
とにかくお店にたどり着いた。
「いらっしゃいませ!」
割烹着姿のウェイトレスさん達が出迎えた。
「2名様で」
「かしこまりました。カウンター席へどうぞ」
僕たちはカウンター席へと案内された。
店内は昭和モダン漂う落ち着いた雰囲気。
ここで出されるマクロビフードは、罪悪感なく食べれると女性客や健康志向の中年男性からの人気が高い。
要するに、いつの時代もマクロビ系は身体とお腹を癒す心強いメニューだ。
「ご注文は?」
「マクロビキーマカレープレートと食後のデザートに季節のプラントベースショートケーキ、後はデザートと一緒にオーガニックホットコーヒーを2つ」
僕は、食べたいなと思うものを注文する。
「かしこまりました」
オーダーした物が来るまでしばらく待つ。
「悠斗くん、なんだか嬉しそう」
「わかるかい?」
「だって、私のために頑張るから応援したくなるわ」
なんだか嬉しいな。
最後の撮影でそんなことを言われるなんて。
「でも、こんないいお店を知っているなんて、悠斗くんは罪な男ね」
咲希さんは悪戯な笑顔を見せる。
僕はそれにドギマギした。
「僕のこれまで、話そうか?」
こんな話を切り出す。
「聞かせて」
咲希さんは興味津々。
僕は千葉県の勝浦で生まれ育った。
小さい頃は、悪ガキ大将でみんなの笑われ者として近所から愛された。
「悠斗くん、そんなやんちゃな頃があったのね」
「今もアイツらとは連絡を取り合っているよ」
中学に入ってからは、成績はそこそこで体育はそれほど得意ではなかった。
僕はそんなに勉強は好きじゃないし、スポーツは余り興味はなかった。
と言うより、僕は義務教育そのものに疑問を持ち始めた。
当たり前に生きて、当たり前に答える。
そんな毎日に嫌気が差してきた。
僕の人生が大きく変わる出来事が起きた。
それは、中古ショップで買ったカメラとの出会いだった。
今使っているコンパクトカメラを購入した中古品だが、それなりに使える性能を持っている。
「そんないいカメラを?」
「たまたま見つけたんだ。かなり気に入ったからね」
そして、高校に入った時は写真部に入部した。
当初は部員は少なかったけど、3年生の時は7人とそれなりの数を持っていた。
僕はそれだけでも満足していた。
「良い青春を送っていたね」
「でも、大学の進路を決めるまでが地獄だった」
高校最後の夏、僕は写真部の部長として最後の作品を出すことにした。
その時の女子部員がコスプレイヤーとして駆け出しだったことを知り、全国コンクールに出す写真を決めた。
「その子とはどんな関係だったの?」
「ただの部員で、女子高生レイヤーとして名が知れ始めた頃だった」
その時撮影したのが、当時のモーターショーでキャンペーンガールとして出演した女子部員を撮影し、マシンと美女という構成で見事全国グランプリを獲得した。
「その時から写真のセンスがあったの!」
「でも、グランプリを取ったことがきっかけで、その後が地獄だった」
グランプリ受賞から数日後、僕の家に苦情の電話が入った。
『うちの子は勉強一筋なのに、写真でグランプリを取るなんて許せない!』
それがきっかけで、立て続けに抗議の電話や手紙が毎日のように届いた。
『受験第一! 趣味廃棄!』
「グランプリの返納を! 作品の破棄を!!」
それを聞いて、
「毒親って、自分たちを出し抜いた相手を貶めることで威厳を保とうとしているから嫌になるわね」
咲希さんがそう言いながらお冷の水を飲む。
「でも、僕は諦めなかった。千葉総合大学で趣味のサークルを作ろうと必死に勉強したんだ」
僕は、千葉総合大学に入るまでカメラを封印し、死にものぐるいで勉強し、見事合格を勝ち取った。
「そして、私と出会って今に至ったというわけね」
咲希さんは納得の表情を見せた。
それもそのはずだ。
こうして君と出会わなかったら、死ぬ時凄く後悔していたのかも知れない。
「お待たせいたしました」
ウェイトレスさんが料理を運んできた。
えんどう豆ベースひき肉を使った干し椎茸のだしで作ったスパイスキーマカレーとお麩の角煮や季節野菜サラダが乗ったカレープレートが目の前に来た。
オーガニックスパイスの香りが食欲をそそる。
「ほほう、これが食べログでも評価4以上の店の看板ですか」
咲希さんは興味津々だ。
キーマカレーをひとくち食べてみる。
スパイスの奥深い辛味としいたけ出汁の旨味が波状攻撃を仕掛けてくる。
「美味しい! お肉とか使ってないのに、こんなに美味しいなんて、マクロビ系の概念が変わった」
「でしょ?」
「これは罪悪感なく食べれちゃう! ちょっとしたご褒美に良いかも!」
咲希さんは喜んでくれた。
やっぱり通ってきたかいがあった。
「追加で、豆乳ヨーグルトとココナッツミルクのラッシーは、通たちの間では定番らしいですよ」
「じゃぁ、追加で2つ頼んじゃおう!」
咲希さんは、本当に欲張りなんだなぁ。
そうこうしている内に、ラッシーが運ばれてきた。
「私はおすすめされたら、試さないと気がすまないから」
そういうところがあるんだ。
百聞は一見にしかずというのは、まさにこの事か。
咲希さんがラッシーを一口飲んでみる。
「あ、これは微妙だけど、慣れてくれば意外と美味しいかも」
よかった。
最初は変な味だったけど、慣れてくると独特の甘みとかが癖になるんだよね。
僕と咲希さんが他愛のないトークを始める。
「あ、明日のクリスマス配信、絶対に見てくださいね!」
「勿論だよ! プレゼントに良いお酒を送っておいたし!」
そんなこんなで、
「デザートをお持ちしました」
ケーキが運ばれてきた。
白いクリームの上に、ぶどうとメロンが乗った高級感あふれる一品だった。
「これが、卵とかを一切使わないヴィーガンも唸らせる絶品ケーキですか!」
咲希さんは目を輝かせた。
「ここのケーキに使ってるクリームは豆乳をベースにしているから、健康志向の人にもってこいだよ」
「これだけ美味しそうなケーキですもの! 早く食べたい!」
咲希さんが興奮している。
それはまるで、無邪気な子どものようだった。
カフェトークする時何を話題にしますか?




