第1話 過去と現在
人生最後のクリスマス、貴方は大切な人に何を送りますか?
それは、去年のクリスマスのことだった。
東京渋谷のイルミネーションがきらめく、華やかな街で僕、坂田悠斗は、気の合う友達とカラオケに行っていた。
「飾りじゃないのよ女は、ゆきさ〜ん」
悪友がカラオケで替え歌を披露した。
勿論大爆笑した。
「やめろよ、健児」
僕はもう苦笑するしかなかった。
「でも、俺達の大学時代最後のクリスマスだよな」
そう、僕は来年で大学を卒業して社会人になる。
「そうだね。僕はカメラマンになるかな?」
僕は、趣味で始めたカメラでコスプレイヤーの撮影をしていたから、プロのカメラマンとして活躍することを決めていた。
「坂田くんって、プロカメラマン志望なの?」
と、一人の女性が僕に近寄ってきた。
彼女は三島咲希。
僕が密かに想いを寄せている人で、現状では友達関係を続けていた。
「咲希さん、この後の予定は?」
「ごめん! この後お家に帰らなきゃいけないの!」
丁寧に断われてしまった。
ショックだ。
「なんで?」
「実は親から言われたの。早く帰ってこいって」
そう言われたら仕方なかった。
僕は後悔した。
また逃したという後悔が未だにこびりついた。
それでも、
「咲希さんの連絡先、」
「それなら大丈夫!」
どうやら、連絡先を交換することは出来た。
これは大きな収穫だった。
「僕の番だ」
僕はおはこのアニメソングを歌う。
90年代初頭のアニメソングに、みんなは少し引いてしまった。
それでも、咲希さんの笑顔は思いの外忘れられなかった。
そして、歌い終えるとみんなは笑顔でブーイングを起こした。
でも、どこか嬉しかった。
僕は少し胸に違和感を覚えた。
「ごめん、もう帰らなきゃ!」
僕はそう言うとカラオケ店を出た。
渋谷に俄雪が降る中、僕は近くかかりつけの総合病院で検査を受けることにした。
「先生、僕の病気はもうどのくらい進行んでいますか?」
東京大学附属病院で佐伯明彦先生は、
「君の現状からすれば、余命は長くて来年のクリスマスまで、と言っておこうか」
そう、僕の心臓はとある難病に侵されている。
拡張型心筋症。
心臓が大きくなり、まともに血液を送り出せなくなる難病で、僕はその進行を抑える治療を受けている。
それでも、病は確実に僕の体を蝕んでいく。
佐伯先生から、僕は来年のクリスマスまでしか生きられないと宣告された。
「そうですね。今の薬を飲んでも、完全には治りませんね」
「君のことだ、心臓移植も考えてはいないだろう?」
移植手術を受ければ僕は生きながらえることは出来る。
でも、僕はそれを拒む理由がある。
「僕はどのみち長くは生きられないんです。せめて、残り少ない人生を精一杯生きてみたいと思うんです」
それが理由。
誰かの命を犠牲にして生きるくらいなら、僕は自分の終わりを自分で決めたかった。
「ご家族も、あなたのことを心配しています。坂田さん、それでも、自分の死を受け入れるのですか?」
佐伯先生も心配している。
それでも、僕は揺るがなかった。
「僕は今を精一杯生きて、死ぬときは笑顔で迎えたいんです」
それが、去年のクリスマスの出来事だった。
それから1年、11月30日。
「とうとう、この日が来たんだな」
プロカメラマンを諦め、傷病者手当をつかって生活している。
「兄さん、無理しないでね」
妹の澪が心配してくれた。
父さんや母さんも含めて、みんな僕を心配してくれている。
「行ってきます」
僕は、綿あめ撮影会の屋外10分個撮へと向かった。
現場は東京ビッグサイト付近の水の広場公園。
「あ、悠斗さん!」
「真彩さんこんにちは。今回の差し入れだよ」
主宰モデルの新宮寺真彩に僕がネット注文したスカッチキャンディを渡す。
「ありがとう! 咲希ちゃんもいるから思い切り楽しんでね!」
そう、咲希さんは綿あめ撮影会の運営会社CEO。
真彩さんはその補佐であり、僕の良き理解者でもある。
「悠斗さん、やっぱりあなたの身体のこと、咲希ちゃんに言ったほうが良いじゃないの? あなたが死ぬとわかったら、咲希ちゃんだって」
「それはまだ言わないほうが良い。彼女の笑顔を守るためにもなるんだ」
そう、咲希さんには僕の病気を伝えていない。
もし知られたら、彼女を悲しませることにつながる。
それだけは絶対に避けたかった。
僕はとりあえず適当なモデルさんと咲希さんを予約し、合計6000円払った。
「それでは、開始してください!」
僕はカメラを構える。
お気に入りのモデルを撮影する。
それが、僕に出来る何よりの楽しみだ。
「悠斗さん、何かポーズ指定は?」
「とりあえず、バンザイポーズで!」
とにかく、モデルを撮影していき、自分なりの写真を保存する。
要約咲希さんの出番。
彼女を撮影することが、何よりの楽しみだった。
「坂田くん、よろしくね!」
「最高の写真を撮ってあげるよ!」
僕は、彼女の笑顔やポーズをファインダーに収めていく。
例えるなら、それはファインダー越しの恋。
木兎咲希さんの特別な関係だった。
同時に、僕はその関係に終止符を打ちたかった。
僕の身体もそれを理解していた。
「ねぇ、坂田くん? リクエスト撮影も予約したんだよね?」
撮影を終えると、咲希さんが僕に近寄った。
「まぁ、一応これで最後にしたくてね」
僕は、このリクエスト撮影が最後の撮影にしようと思っている。
それは、12月24日のクリスマスイヴ。
僕の死ぬ最後の時を一緒に迎えたかった。
「でも、なんで最後なの? なにか理由があるの?」
咲希さんが問い詰めてきた。
僕はすかさず、
「知らないほうが良い。それが君のためになるのだから」
嘘をついて冷たく突き放す。
これ以上彼女を苦しませたくない。
そんな不器用な嘘だった。
発作が起きそうになったが、常に持っている抑制剤を飲む。
これで発作は治まった。
「大丈夫?」
「平気だ。ただの立ち眩み」
咲希さんの心配を僕は笑って誤魔化した。
遠い目で観た真彩さんはこう思っていた。
(やっぱり、悠斗さんは咲希ちゃんを心配させたくなかった。なら、私が出来ることは……!)
僕は咲希さんたちと別れて帰宅の途に着いた。
僕の家は千葉県にあるとある集合住宅。
「兄さん、大丈夫?」
「大丈夫だよ。澪は心配性なんだから」
僕はそう言うと、風呂場へと向かった。
そして、こう思った。
これが、最後の聖夜になると。
今年のクリスマス、みなさんは誰に何を送りますか?




