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第5章 再会(7)



***6月25日***


 航留と……海に行った。初めてマスターのことを航留って書く。これから彼のことをそう呼ぶから。

 気持ちが通じ合えた日。波がきらきらと光って綺麗だった。


****


 ノートに書かれた細かい字。この日は、いつも以上に丁寧に書かれているように思う。モバイルで画像を探す。

 

 ――――これかな。


 太陽の光に反射する海が、画像なのに眩しく映える。成行と航留、別々の写真しかなかったけれど、それでも満ち足りた表情から、その日何が起こったのかわかる。

 今日初めて会ったのに、航留の顔や髪、長い脚がちらちらと浮かびあがる。心臓が少し忙しい。記憶を失った成行は渉のことも全部忘れて、航留に恋をしていた。


 ――――野波零か……。君は幸せだったんだね。


 その後のノートには、過去を振り返りたくない『零』の気持ちが吐露されていく。思い出したくない。このままでいたい。そんな彼の必死な願いが綴られるばかりになっていた。

 自分が書いた覚えがなくても赤面してしまう。ノートの内容が機械的ものから感情的に変化したのは明らかにこの日が境だった。


 ――――航留……さん。


 画像から漏れ出る優しい笑顔。自分のことを壊れ物のように扱ってるのがわかる。彼は彼で、いつか成行が自分の元から去るのを恐れていたのだろう。失いたくないと思いながら、それを拒むことができないと知っていた。


 ――――今の僕は、渉のことが好きだろうか。記憶が戻って、実家よりこの場所を選んだのは無意識のうちにあいつに会いたかったから?


 それとは違う。どういうわけかそんな気がする。再会したときも、自分のなかでは時間は経ってなかったから『久しぶり』って感情はなかった。ただ、自分が何者なのか、ちゃんと『佐納成行』だったことに安心はした。


 ――――そうだ。僕はなにか、確かめたいことがあった気がする。


 不思議なことに、同居を始めても渉に対する気持ちは盛り上がることなく落ち着いていた。心のどこかで、自分には他に好きな人がいるのだと知っていたかのように。

 その感情はしっかりと閉じられた箱に入れられ、リボンがかけてあって……。でも、いつか来る出番を待っている。


 ――――馬鹿な。航留さんに会って、こんなノートや画像をたくさん見せられて動揺してるんだ。そんなんですぐ好きになるなんて、惚れっぽいにもほどがあるよ。


 けれど、確かめたいことってなんだろう。とにかく渉に会わなければって思った。それは間違いない。成行は再びノートの文字を追う。機械的に書かれた部分にもなにかヒントのようなものはないだろうかと。


「ん?」


 成行はノートを捲る手を止めた。海に行った日より少し前のことだ。



***6月20日***


 突然、めまいがした。越崎先生の腕時計を見た途端、何かがよみがえる。でも、わからない。二人が心配してくれたけど、どう説明していいかわからない。

 先生が病院を紹介してくれた。マスターと行くことになった。


***


 海に行った日は、病院に行った日のようだ。検査のことが書かれてないのは、その後の展開に全部持っていかれたんだろう。おそらく結果は、『零』にとって悪いものではなかった。


 ――――腕時計。


 成行は想像してみる。医師の時計を見て驚く自分。何が蘇ったのか。なにかぼんやりとした映像が脳裏に浮かぶ。しかしその思考はパタリと扉を閉められた。突然、自分のスマホが振動したのだ。相当驚いた成行は思わず仰け反る。


 ――――あ、航留さんからだ。


 4時間ほど前、連絡先を交換したばかりの航留からの着信だった。シーツの上で震えるスマホを取り、深呼吸をしてから電話に出た。


「はい」

「あ、航留です。今、大丈夫かな」


 何故だが、胸が熱くなる。聞きたいと思っていた声が耳から心に伝わっていく。ゆっくりと暖かいものが体中に広がった。





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