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第10話 初夜は湯、衣、それと……後編

 去年改築した宿坊の大浴場は、広くて綺麗でどう考えてもお客様用だ。翡翠石と黒曜石で作った浴槽はとても美しくて、思わずため息が出てしまう。


 髪艶に良い薬草を混ぜた石鹸を使って、洗い流す。昔は皮脂や髪油の汚れを落とすために、粘土や火山灰を浸かっていたが、明治時代には石鹸を使うことが増えた。

 髪は霊力を蓄積する呪術に近い。だからこそできるだけこまめに髪を洗い、清潔を心がけている。髪を洗い終えると、もふもふ姿の鵺様の体を洗うことにした。


「鵺様、かゆいところはありませんか?」

「ない」

「それは良かったです」

「むう(この姿だと栞が大胆すぎる。……しかし可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い)」


 そして私は今、旦那様になる鵺様のふわふわなお体を丁寧に洗っている。頭は狼、四肢は虎、背中に梟の羽根、狐のお腹に、尻尾は蛇と全身真っ白でとてもお美しい姿をしている。

 アヤカシというよりも神獣、神様の御使いなのではないかと思う。白澤(はくたく)様や麒麟(きりん)様にだって負けないわ。それぐらい神々しくて恐れ多い。洗っているけれど。

 乾かした後のもふもふは癖になるほど、すごく温かくて安心するのだ。


(こうやって体を洗うのも役得です……)

「栞は小生の本来の姿のほうが好いているのだな」

「私はどの鵺様も素敵で、お慕いしておりますわ。その……人の姿は時々でしたから、その……」

「いやなのか?」

「いえ! 素敵すぎて緊張してしまうのです」

「(え、小生の妻が奥ゆかしくて、照れて可愛らしいのだけれど)可愛い可愛い可愛い可愛い」


 人の姿だとご尊顔が素敵すぎて、慕っていると恥ずかしくて言えないけれど、このお姿は自然と言葉がこぼれ落ちる。

 鵺様はまんざらでもないのか、蛇の尻尾が揺れていた。その愛くるしさに胸がキュッとなる。こんなに満ち足りているのに、モヤモヤは消えない。


「鵺様がこんなに可愛らしくて素敵で、人の姿も男前だと……私以外にも触れるのを許容したりするのですか?」

「まさか。私の姿を見て愛らしいだとか、守りたい、毛繕いをしないなどというのは、栞だけだ。もっとも伴侶にしか毛繕いは許さないが」

(伴侶……!)


 鵺様はご機嫌で喉をくくっ、と鳴らした。その姿が可愛らしい。それに私を伴侶と行ってくださるのも嬉しい。


「毛繕いもですか?」

「そうとも。他の鵺と巫女姫との関係は小生とは異なるらしいが、まあ小生は栞が巫女姫だからではなく、栞だからこそ伴侶に選んだのだけれどな」

「他の鵺様!」


 鵺様が何人もいることに衝撃を受けた。しかしよくよく考えると、その考えも当然だと腑に落ちる。古今東西で同じアヤカシでも、性質や性格が異なる伝承が数多くあるのだ。


(アヤカシ名とは、人にとって名字のようなものなのかもしれないわ)

「魔界京都で同胞に会ったが、皆はやり猿の顔で小生のような狼はいなかったな」

「まあ、そうなのですね」


 魔界京都。

 平安時代から血で血を争う権力争いの都でもあり、魔界に通じることが多く、今では神聖よりも地獄寄りに近い。アヤカシの力が強まる場所として知られている。そのため住んでいる者たちは魔蟲(まとう)に耐性があるか、神々の加護持ちで無ければ立ち入りが難しいとされている。一応一般観光区画はあるらしいが、自己責任らしい。


「私は鵺様のお姿を気に入っておりますので、嬉しい限りですが」

「小生も別段、顔がどうだろうと【鵺】としての性質を持っているので、なんとも思っていない。そもそも【鵺】は、見たものの角度や視点によって姿が変わるのだからな」


 魔界京都の塚に祀られている鵺様の神社や、鵺様の文献を何度も読んだ。『鵺』のもとになったのは猿、虎、蛇、こちらは十二支の動物で、猿(申)は西南西、虎(寅)は東北東、蛇(巳)は南南東で、当時の『鵺』を屠ったのは、源頼政の家来、猪早太(井早太とも呼ばれている)──猪(亥)は北北西とそれぞれ方角に意味を持つ。


 つまり鵺を語る際に四つの方角が関係し、対角線上の組み合わせになる。鵺のいる位置を中央とし、その地点から梓弓の弦を打ち鳴らすことで、四方に魔除けの儀式を行った。


 鵺様が生み出された理由は、魔蟲(まとう)を祓うための儀式の名称だったのが、その回数を増やすことでアヤカシとしなって形を得た。


(あるいは、そうなるように作られた?)


 いやもしかしたら【鵺】は、朝廷が【鬼】と定めていた形骸化した神々の血族、武士という存在の台頭に伴って、新たな悪役、祓う存在を作り出そうとしたのではないか。中国の知識や術などを取り入れた陰陽道の思想なども反映し、作られたアヤカシ、それが鵺様の始まりなのではないか。

 では何故、八酉神社の鵺様は狼なのか。


「鵺様のお顔が狼なのは、方位による影響なのでしょうね。この地は昔から狼信仰も盛んでしたし」

「相変わらず栞は博識だな。なにより小生のことを知ろうとしてくれるのが良い」


 耳を揺らして、尾の蛇も嬉しそうに踊っていた。


「好きな人のことなら、知りたいと思うのは普通ではないでしょうか。それに……」

「それに?」

「書は知れば知るほど、より深みを増して様々なことを教えて、気付かせてくれます」

「栞は賢いだけじゃなく、好奇心旺盛だな。それに生き生きした栞は可愛い」

「……!」


 鵺様は私を喜ばせる天才だと思うのです。

 鵺の泡を湯水で洗い流し、私と鵺様は大浴場に入る。久しぶりの湯船に力が抜けていく。ほどよい温度、体の疲れが吹き飛ぶよう。


「……これからも読みたい本があれば好きなだけ、小生の書庫を使うが良い」

「よろしいのですか!?」


 思わず前のめりになってしまった。ちょんと、唇が鵺様の鼻先に当たってしまったが、今はあの薄暗い書庫の閲覧許可を得るほうが先だ。


「あ、ああ。深淵書庫には、古今東西の様々な書籍が詰まっている。好きなだって読んで良い」

「ありがとうございます!」


 深淵書庫。鵺様の作り出した特別な空間らしくて、幼い頃私はそこに入り込んでしまったのだ。そこで子犬姿の鵺様を見つけた。

 それが私と鵺様の出会い。


「でも入り浸りすぎるのは駄目だ」

「え」


 今までのように好きなだけ居て良いと言ってくださったのに、制限を付けたことが悲しかった。そんな落ち込む私に、鵺様は頬ずりしてくる。先ほどまで体を洗ってぬれていたのに、あっと今にふわふわしていた。

 このもふもふ具合に、落ち込んだ気持ちが少し浮上する。


「これからは小生との時間が長くなるのだから、籠もられるのは困る」

「……!」


 ぷい、っと顔を背ける鵺様が可愛すぎて、思わず湯船に浸かりつつ、鵺様に抱きつく。


「はい……!」

「栞っ、……君は……本当にずるい」


 ごにょっ、と何か呟いていたが照れているだけだと分かって口元が緩んだ。今まで虐げられてきた日々が嘘のように、私の中で積もり積もっていた黒い何かが雪解けと同じく、消え去っていた。



 ***



 極楽の湯に浸かって体も心も洗い流した後で、私は座敷わらし的な子どもたちによって化粧やら服などを着せられる。

 鵺様曰く、なおかっぱ頭の女の子たちは、式神(しきがみ)九十九神(つくもがみ)らしい。私をこの宿坊の主人と認めているから色々と手助けしているとか。昔、私が魔蟲(まとう)から守ったことが大きいらしい。


(すみません、まったく心当たりがありません)

「綺麗にする」

「これからはずっといっしょ」

「やっと宿坊の掌握できた」

「歓喜。不要な者をやっと追い出せる」


 ちょっと途中から恐ろしいことを言っていたような気がします。それにしてもいつも私の様子を見てくれている子たちが、こんなにいっぱいいるとはわからなかった。


「まあ!」


 そんなことを考えている間に、あっという間に身綺麗に仕上げて貰った。白の首元まであるブラウスに、紺色の(あわせ)着物に黒のロングスカート、黒のソックスに、ショートブーツと異国と和装を混ぜ込んだ服装に驚いてしまう。


(いつもお下がりか使い古しの巫女服と、古い着物しかもっていなかったから嬉しい!)

「着替えたらこっち」

「いっしょ」


 手を繋いで、新しく現れた襖を開けてくぐる。この不思議な現象に慣れたものだ。もっとも襖の先が、宿坊でも絢爛豪華な最高級の部屋にたどり着くとは想像もしていなかった。


「え? いつもの……四畳半の部屋じゃない?」


 夕暮れの空がよく見える。

 一面の硝子で作られた窓に、ふかふかの絨毯、広々とした部屋に天井がとても高い。テーブルや椅子、ソファがあり、その奥が寝室になっている。


(どう見ても洋部屋! しかもかなり高級な!)


 そこで広縁(ひろえん)のソファに座って、書物を読んでいる鵺様を見つけた。そのお姿は一枚絵のようだ。


「ん? ああ、また一段と美しくなった」

「鵺様……。この服は」

「依頼を受けている合間に、栞に似合うと思っていくつか見繕った。……想像以上に綺麗だ」

「まあ! ありがとうございます!」

「ん。……可愛い」


 読んでいた書物をテーブルに置いて、あっという間に私の傍に来て褒めちぎってくださる。やっぱりふわふわな本来の姿ではなく人の姿だと、ご尊顔が素晴らしすぎて直視するのが難しい。


「身を清めて、衣服を纏ったとなれば、次はなんだか分かるな」

「それはもちろん、しょ──」


 食事だと言いかけたところで、私のお腹がぐう、と鳴った。


「「……」」


楽しんでいただけたのなら幸いです。

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