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セルティスと小さな弟2


「それで、ロマリスが暮らしていた紅玉宮の様子はどんな感じだったのですか?」


 皇后が救助された翌々日、セルティスは改めて皇后宮を訪れていた。

 前日に姉の健やかな姿を確かめ、そちらについてはもう心配していなかったが、一夜が経って落ち着くと、俄かに顔も見知らぬ小さな弟の事が気になって堪らなくなったからだ。


 自分も十二歳まで宮殿に引きこもって暮らしていたが、自分とロマリスとでは環境が全く異なっている。

 宮殿費は潤沢に与えられていたし、何よりセルティスの傍には姉がいて、孤独を感じた事は一度もなかった。


「ひどいものよ」

 セルティスの問いに、皇后は少し辛そうに瞳を伏せた。


「傍近くに仕えていた侍女は三名だけど、その者達から辛く当たられていたみたい。

 元々マイアール妃付きであった者が、政変後にロマリス付きとなったようね」


「マイアール妃付きの侍女? 彼女らはすべて貴族位剥奪となって皇宮から出されたと記憶していますが」


 首を捻るセルティスに、


「マイアール妃に従ってレイアトーの城塞に入った者はそうなったわ。

 その三名は政変時、紅玉宮に留まっていたの。多分、衣装や宝玉の管理のために残されたのだと思うけど、そのせいで処分を免れたのね。


 ただ、未来を閉ざされたという意味では放逐された侍女達と同じだったわ。

 三人のうち二人は夫君から離縁され、未婚であったもう一人もいい縁など望むべくもない。落ちぶれた生家で一生を過ごすか、修道院に入るかという選択肢しかなくなって、三人はそのまま紅玉宮で勤める道を選んだみたい。


 ロマリスに対する忠誠心など欠片もないし、むしろ憎んでいたようね。

 自分達がこうなったのは余計な欲をかいたセゾン卿のせいで、そもそもロマリスが生まれてきたのが悪いって」


 勝手な言い分にセルティスは呆れ果てた。

「生まれてひと月にも経たないうちに、反第一皇子派の旗印にされたロマリスこそが一番の被害者だと思いますが」


「そうね。一番罪がないのはロマリスよ。でも世話をする侍女達はそうは思わなかった。

 ただ一つ良かったのは、ロマリスから乳姥おんばが遠ざけられなかった事かしら」


「乳姥?」

 聞き慣れない言葉に、セルティスは思わず眉根を寄せた。


「実際に乳をあげる者の事よ。ロマリスの公的乳母にはきちんとした貴族夫人が立ったけど、乳を含ませたのは乳姥と呼ばれる平民の女人なの。

 公的乳母であったレッテ夫人は貴族位を剥奪されて皇宮を離れたけど、残された乳姥は愛情深くロマリスを育てたらしいわ。


 ただ、乳母も乳姥も傍に置けるのは三つまでなの。

 乳母なら養育係という役職に名を変えて傍に留まる事は可能だけど、その乳姥はロマリスが四つになる前日に皇宮を出されたみたい。

 ロマリスは乳姥を恋しがって泣き暮らしていたようだけど、小さいから今は忘れてしまったようね」


「そうだったのですか。ロマリスはまだ五つだし、覚えていないのも仕方ありませんね」


「乳姥の入れ替わりで紅玉宮にやって来たのが女性の家庭教師で、どうやらロマリスに仕えていた侍女の姪に当たるらしいわ。

 他の侍女達と一緒になってロマリスを厳しくしつけたようよ」


 報告された内容を思い出したのか、皇后は瞳を翳らせた。

「あれは教育なんかじゃないわ。虐待と言っていいでしょうね」


「……まさか、このままにしておくつもりはありませんよね」

 

「勿論よ」

 セルティスの言葉に皇后は深く頷いた。


「昨日、侍女の手配を侍従長に頼んだの。いずれロマリスには侍従をつけるけど、まだ母が恋しい年齢だから、年の離れた侍従よりも若い侍女達の方がいいと思って。


 迂闊な者をロマリスに近付ける訳にもいかないし、人柄も優れ、家柄がきちんとした令嬢がいないか探してもらっていたのだけど、ビエッタ夫人とエレイア夫人がそれぞれ身内を紹介してくれて、お昼前からロマリスのところに行ってもらっているわ」




 その後、小さな弟がどう過ごしているのか気になったセルティスは、昼をかなり回ってから紅玉宮を訪れる事にした。


 初めて訪れた紅玉宮の印象は、何か全体的にくすんでいるなというものだった。

 下級使用人達の数が足りていなかったのは事実だが、それよりも使用人達のやる気のなさが関係していたのだろう。

 壁は何だか薄汚れているし、廊下の隅には埃が溜まっている。


 下級使用人がここまでだらけたのは、紅玉宮の監視責任者をしていたジュペルとかいう男の怠慢だろう。いや、悪意と言い換えるべきだなとセルティスは思い直した。


 小さなロマリスは下級使用人達に話しかける事もあったようだが、誰もロマリスの言葉に耳を貸さなかったと聞いている。

 勿論、下級使用人の方から貴人に話しかける事は許されていないが、話しかけられた場合、身を低くして言葉を返すのが当たり前だ。

 けれどジュペルは、ロマリスが何を言っても無視をするようにと下級使用人達に命じていたらしい。

 この男も己が没落した恨みをロマリスにぶつけていたようだ。


 余談ではあるが、今、セルティスを部屋に案内してくれているのが、そのジュペルに代わって今後、紅玉宮を管理監督していく予定のディルクという男である。

 ロマリスの後見人となるアルディス卿が紅玉宮の新たな侍従長候補として推薦してきた者で、年齢はかなり若い。せいぜい三十代後半といったところだろう。

 まだ正式な辞令は出ていないが、おそらく今日中にも裁可される筈だ。



 中央階段を上がってしばらくすると、子どもや若い女性達の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 ロマリスの部屋の扉は開け放たれていて、セルティスの姿を認めた若い侍女達が驚いたように声を上げ、慌てて膝を折る。


「セルティス殿下!」


 真ん中にいた男の子がセルティスの方を振り向き、こてんと首を傾げた。

「……せるてぃす殿下?」


 セルティスはその子をまじまじと見つめた。


 随分目がぱっちりしているな……。

 セルティスが一番に感じたのはそんな印象だった。

 瞳はマイラと同じ緑色だが、ロマリスの方が茶色がかっている。髪は自分と同じ金髪だが、緩やかなウエーブがかかっていて、色白の顔をふんわりと縁取っていた。


「私はお前の兄だ。兄上と呼べ」

 照れ臭かったセルティスはそんな風に声を掛けたが、言われたロマリスは、んん? とちっちゃな眉間に皺を作った。


「兄上?

 おととい会った皇帝陛下も兄上だとおっしゃいました」


「皇帝陛下もお前の兄だ。私の兄でもある」


 ロマリスはふえっと驚いたような顔でセルティスを見ていたが、やがて不思議そうに口を開いた。

「何だか姉上と似ていらっしゃいます」


 こいつ、なかなかいいことを言う……とセルティスは上機嫌になった。

「当たり前だ。私は姉上と血が繋がっている」


「あのぉ……、私は?」

「繋がっていない」


 バッサリと言い捨てると、ロマリスは大きな目を更に見開いた。

「嘘……」


 心なしか涙目になり、くるくると表情が動いて面白いなと、セルティスは零れそうになる笑いを呑み込んだ。

 とはいえ、ここで笑っては小さな弟が傷つくので、セルティスは必死に真面目な表情を取り繕った。


「お前と血が繋がっているのは私だ。皇帝陛下もそうだ。ああ、あと、マイラという姉もいるぞ」


 ロマリスの気分を引き立ててやろうと本物の兄姉の話をしてやったのに、生憎ロマリスはそっちの話には乗って来なかった。

 一昨日会った皇帝や目の前にいる兄よりも、皇后の事の方が気になるようだ。


「でも、姉上は私の事を弟だって」 

「義理の姉だ。マイラもお前も、姉上とは血は繋がっていない」


 事実を淡々とそう告げてやった後、セルティスはふふんと胸を反らし、言わずもがなの言葉を付け足した。

「血が繋がっているのは、私だけだ」


 ……小さい弟相手にもついつい自慢してしまう、非常に大人げない兄だった。


 それはそうと、セルティスはどうしてもこの弟に告げておきたい言葉があった。

「お前が姉上を見つけてくれたそうだな」


 小さく頷く弟と目線を合わせるように、セルティスは腰を落とした。

「礼を言う。私にとっては大切な姉だ。お前が見つけてくれなかったらと思うと、ぞっとする」


 それからそっと手を伸ばし、怯えさせないように気を付けながらロマリスの体を抱き寄せた。

 ロマリスはびっくりしたように体を固くしていたが、やがておずおずとセルティスの体に小さな手を回してきた。


 侍女達からあれほどの仕打ちを受けて良くここまで素直に育ったものだと、セルティスは切なさにも似た胸の痛みを覚えながら、その体をかき抱く。

 ロマリスの記憶にない乳媼の確かな愛情が、幼いロマリスを守ってくれたのかもしれない。


 腕の中の柔らかな温もりからは、子ども特有の太陽のような匂いがした。

 ロマリスの柔らかな金髪に頬を寄せながら、この小さな弟を何としてでも守ってやろうと、セルティスは心に深く誓った。

 



 そうこうする間に、ロマリスの周囲では目まぐるしく状況が変わっていった。

 その晩にはアルディス卿がロマリスの傳育官ふいくかんとして紅玉宮に赴任した。

 皇族が七つの誕生日を迎える前に解任されるご養育係と異なり、成人するまで皇族の傍に侍る事が許される、事実上の後見人である。

 アルディス卿夫人も夫と共に紅玉宮に入り、ロマリスの母代わりとして共に暮らす事になった。

 

 その翌日には、皇后が正式に紅玉宮を訪ね、宮廷人らの大きな話題を集めていた。

 水晶宮に暮らす子ども達や妹のマイラには、すでに皇后の口からロマリスの事が伝えられている。

 子ども達はロマリスと会うのを心待ちにしており、ロマリスが精神的に落ち着いているようなら引き合わせたいと皇后は思ったようだ。


 その後、子ども同士の顔合わせも順調に進み、二日後にセルティスが水晶宮を訪れた時は、ロマリスは子ども同士で仲良く遊んでいた。

 八つのマイラがお姉さん役となり、下の子をうまくまとめているようだ。

 賑やかな笑い声が遊び部屋に響いていて、その傍で皇后が幸せそうに微笑んでいた。




本日、コミックスの『仮初め寵妃のプライド』二巻が発売されました。よろしくお願い致します。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとう御座います♪ 『仮初め寵妃のプライド』シリーズ全て購入したほど大好きです!!(小説の方は新しい方の挿絵が綺麗で新旧両方) ロマリス君の話は、まだ続きが読めるのか?楽しみです…
[良い点] ロマリスがよく育ちますように! いきなり兄や姉がたくさん出来てかわいがってもらえてよかったなぁ…。 産まれた子供に八つ当たりする大人は最低ですが、自分がもしその立場だったら同じ態度をとるか…
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